●草地・飼料畑における温室効果ガス
草地・飼料畑における温室効果ガスの収支は、一定面積の圃場に、流入する温室効果ガスの量と、流出する温室効果ガスの量の差である。流入量の方が多ければ、温室効果ガスを吸収することから地球温暖化を抑制し、流出量の方が多ければ草地は温室効果ガスを放出するため地球温暖化を促進するということになる。
草地・飼料畑から吸収・放出される温室効果ガスには、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、亜酸化窒素(N2O)の 3 つがある。CO2 は、光合成によって、大気から植物体に吸収され、有機物として蓄積されるが、枯死体や残渣、堆肥、土壌中の有機物が分解することで大気中に放出される。さらに、植物体に蓄積された有機物は、収穫時に系外へ持ち出されるが、肥料として投入される堆肥には多量の有機物を含む。そこで,CO2 収支には、これらを全て勘定に入れなければならない。CH4とN2Oは土壌中の微生物の活動によって吸収・放出される。とくに、N2Oは堆肥や化学肥料の施用によって、その放出が増大する。そのため、草地・飼料畑における温室効果ガスの年間収支を考える場合は、施肥や収穫に伴うこれらのガスの収支を求める必要がある。なお N2OやCH4の地球温暖化に及ぼす影響は、単位ガス重量あたりで比較するとCO2よりも大きく、CO2量に換算して求める(地球温暖化指数)。
●温室効果ガス
二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、亜酸化窒素(N2O)、クロロフルオロカーボン(CFC)などは、温室のガラスと同じように、太陽からの日射エネルギーをほぼ完全に通過させるが、地表から放射させる熱(赤外線)を吸収し、熱が地球の外に放出されるのを妨げる。温室効果ガスはこのような大気圏の気温を上昇させる効果(温室効果)をもつ気体の総称である。
●地球温暖化指数(GWP)
ガスの種類ごとに異なる地球温暖化への影響を、二酸化炭素(CO2)を基準として相互に比較するための係数である。IPCC の 2001 年報告書によれば、今後100年間の積算効果を考える場合、各ガス種の単位重量当たりのGWPは、CO2の1に対して、メタン(CH4)が23、亜酸化窒素(N2O)が296倍の影響をもたらすとされている。
●二酸化炭素(CO2)
主に石炭、石油、天然ガス、木材など炭素分を含む燃料の燃焼により発生する。大気中濃度は、産業革命以前280ppm程度であったが、産業革命以降、化石燃料の燃焼、吸収源である森林の減少などによって、年々増加し、2005年に379ppm にまで上昇した。地球温暖化の原因の60%を占める。
●メタン(CH4)
有機物が嫌気状態で腐敗、発酵するときに生じる。有機性の廃棄物の最終処分場や、沼沢の底、家畜のふん尿、下水汚泥の嫌気性分解過程などから発生する。大気中濃度は、産業革命以前0.715ppm 程度であったが、2005年に1.774ppm にまで上昇した。単位重量あたりの温
室効果はCO2の23倍。地球温暖化の原因の20%を占める。
●亜酸化窒素(N2O)
有機物の燃焼や窒素肥料の施肥などが発生原因であると言われている。大気中濃度は、産業革命以前0.270ppm であったが、2005年に0.319ppm にまで上昇した。近年、中国など発展途上国の農業は生産性向上のために多量の化学肥料が使用されるようになり、大気への亜酸化窒素ガスの放出が急増し、地球温暖化に大きな影響を及ぼすことが懸念されている。単位重量あたりの温室効果は、CO2の296 倍。
●土壌炭素含量
土壌は2000Gt植物体量の約4倍の炭素を保持する。土壌へ炭素を蓄積させることは、大気への二酸化炭素(CO2)放出の抑制、つまり地球温暖化を抑制することを意味する。そこで、土壌に炭素を多く含む堆肥を施与することは、地球温暖化の緩和策として期待される。また、草
地は陸地の37%を占め、また耕地よりも炭素蓄積能力が高い。このため、EUでは土壌へ炭素を蓄積させる農法、特に永年草地の維持及び耕地から永年草地への転換を奨励している。
2.1.窒素負荷に起因する環境影響の現状
2.2.構造的に大きくなりやすい窒素負荷
日本の人口密度の高さは窒素負荷が集中しやすい要因となるものの、食料生産・消費に伴う廃棄物や排せつ物に由来する窒素の大部分が有機肥料としてリサイクルされていれば窒素負荷を抑えることが可能である。しかし、日本では特に一部の湖沼・地下水の水質において窒素負荷の影響が顕在化している。よって、日本には窒素のリサイクルを妨げる構造的な問題が存在することが示唆される。
現在の日本は食料と飼料の多くを輸入に頼り、2013年の食料自給率(供給熱量ベース)は39%、飼料自給率は26%である。食料・飼料の消費に伴い発生する窒素の量は、その栄養価が同様であれば国内産でも国外産でも同程度である。ならば、農業生産に伴う窒素負荷が国内で発生しない点で、食料・飼料を国外に頼る現状はうまい戦略に見える(ただし、輸出国で窒素問題が深刻化すれば、この環境コストが将来的に内部化される可能性がある)。一方で、食料・飼料の高い輸入依存は、廃棄物や排せつ物の窒素を有機肥料としてリサイクルする点で不利である。なぜなら、リサイクル窒素を受け入れられる国内生産の場が限られるためである。ましてや、リサイクル窒素を国外に送ることは現実味に乏しい。結果として、食料・飼料の消費に伴い発生する窒素の大部分が余剰となって環境に負荷される。言い換えれば、日本は世界中から食料・飼料に含まれる形で窒素をかき集め、最終的に環境にばらまいている。日本は輸入額と輸出額の差分では世界一の食料輸入超過国である。よって、窒素の輸入超過でも世界一であるのかも知れない。
食生活の変化は窒素負荷を変える。経済発展に伴い畜産物(肉類、鶏卵、および乳製品)の消費量が増えるのは世界共通のことであり、日本も例外ではない。肉類はたんぱく質に富むため、その消費は結果として窒素負荷を増やすことになる。また、国内飼養の家畜について、その飼料の国内生産および家畜排せつ物が窒素負荷をもたらす。日本では1965年から2012年にかけて一人あたり年間の供給純食料が肉類で9.2kgから30.0kg、鶏卵で11.3kgから16.7kg、牛乳・乳製品で37.5kgから89.5kgに増加した。この間に総人口は9920万人から12750万人に増加し、消費増加に人口増加を乗じた分の窒素負荷が増えたことになる。
加えて、現在の日本では、本来食べられるのに廃棄される食品(食品ロス)が多い。食品関連事業者および一般家庭における食品ロスは年間500~800万トン(2010年)に達する(参考:世界全体の食料援助が年間400万トン、日本のコメ生産量が年間850万トン)。ここには生産現場から出荷されずに捨てられる農産物が含まれておらず、実際にはさらに多くが食品として消費されずに処分されている。食品ロスが増えるだけ窒素負荷も増えてしまう。
窒素負荷が空間的に集中すれば、そこでは環境影響(典型的には地下水や湖沼の水質汚染や富栄養化)が生じやすい。集約的畜産地域では地域内の農耕地に比して多量に発生する家畜排せつ物が、肥料多投入型作物の生産地域では農耕地からの溶脱が増える窒素肥料が、窒素負荷の原因となる。これらの窒素負荷源が集水域のどこに位置し、水の流れと他の土地利用がどう関わるかといった要素もまた、窒素負荷がもたらす環境影響を大きく左右する。
窒素がもたらす環境影響の空間スケールは多様である。よって、窒素問題を評価する指標には、総量、一人あたり、および面積あたりなど様々な切り口がある。例えば、温室効果ガスとしてのN2O発生量を評価するには国の総量がよく、食料消費に伴う窒素負荷を国別に比較するならば人口あたりがよく、生態系への影響評価に用いるには面積あたりがよい。目的に応じた指標は重要である。しかし同時に、指標が複数あることは、切り口によって見え方が変わることを意味する。単一の指標に頼っては窒素問題の本質を見誤る危険性がある。3.世界における窒素問題への取り組み例
ここまでを読む限り、読者の多くが日本の窒素負荷は大きいと思うであろう。しかし、国民一人あたりの窒素負荷を比べると日本はOECD諸国の中で2番目に小さい(日本:21.2kgNcap–1yr–1、OECD平均:47.9kgNcap–1yr–1)。その原因は食料生産に伴う窒素負荷がとても小さいことにある(日本:3.8kgNcap–1yr–1、OECD平均:26.2kgNcap–1yr–1)。これは日本が輸入する食料・飼料を生産する国における窒素負荷が日本の負荷として考慮されていないためである。将来的には、食料・飼料輸入国はその生産国における窒素負荷を補償すべきという議論が起こるかも知れない。一方、国土面積あたりの窒素負荷を比べると日本はアジア諸国の中で3番目に大きく、2000年時点で約50kgNha–1yr–1であった。環境への窒素負荷の観点では、日本の負荷は決して小さくない。また、農耕地の余剰窒素(耕地面積あたりの窒素負荷)という指標もある。これは農耕地への窒素投入量(施肥、大気沈着、窒素固定など)から作物として収穫される窒素量を差し引いたものである(ただし、事例により考慮する過程が若干異なる)。2002–2004年の日本の農耕地の余剰窒素は171kgNha–1であり、これはOECD諸国の中で韓国、オランダ、ベルギーに次いで4番目に大きく、OECD平均74kgNha–1より約100kgNha–1も多い。日本の農耕地には廃棄物や排せつ物由来の窒素をこれ以上に受け入れる量的な余地はなく、余地を作るには化学肥料としての窒素投入量を減らす必要がある。このように、指標ごとに様々な状況を読むことができる。個々の指標の切り口を考慮しつつ、多様な指標を用いて全体像をあぶりだすことが大切である。ただし、総合評価を行うには、各指標の統合的な解釈方法の開発が必要となる。
補足として、上記の指標はいずれも窒素の化学種を区別しない。冒頭で述べたとおり、窒素は環境中において酸化態、還元態(有機物を含む)、およびN2と多様な化学種として存在し、ガス、溶存イオン、固体などの多様な化学形態をとる。そして、諸反応により化学種や
化学形態がめまぐるしく変化する。これらのために特定の化学種を対象とした指標を定めにくい。対流圏で安定なガスとして存在するN2Oは例外的である。
3.1.国際窒素イニシアティブ(INI)
3.2.FutureEarth(FE)
3.3.経済協力開発機構(OECD)
4.おわりに