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読書ノート

ナラ枯れ文献・「武蔵学園構内におけるナラ枯れ報告(2022 年度) 6月21日 

白井 亮久・秋葉(岩渕)祐子「武蔵学園構内におけるナラ枯れ報告(2022 年度)~学園創立以前から存在する残存林で見つかったコナラの半枯れ~」。1922年、日本最初の私立七年制「武蔵高等学校」として開学した学校法人根津育英会武蔵学園(武蔵大学・武蔵高等学校・武蔵中学校)の江古田キャンパスで発生したナラ枯れについて28頁の調査報告です。「武蔵高等学校中学校紀要」第7号(2023年3月刊)3~30頁に掲載されています。コットントラップは市民の森でもためしてみようと思っています。YouTubeの動画もじっくり視ました。貴重な映像です。

要旨 2022 年夏、東京都練馬区にある武蔵学園の林で、カシノナガキクイムシが原因と考えられるコナラの枯死木がみつかった。構内に生育するブナ科樹木のフラスと穿孔の被害状況を調べたところ、コナラが最も顕著であり、シラカシ、スダジイでも確認された。マテバシイでは被害は軽微で、他の都市公園の報告とは異なりクヌギでは被害が確認されなかった。
コットンを用いたトラップにより、コナラ、シラカシ、スダジイでカシノナガキクイムシの生息が確認された。冬期にかけてもフラスの発生が続き、樹木内部での活発な活動が予想されることから次年度以降も被害拡大について注視が必要である。コナラの枯死木が見つかった林は、武蔵学園が創立された 1922 年以前から唯一残されてきた植生であり、現在も授業や生徒の課外活動の場として利活用される貴重な学園の資源である。今後の 100 年を見越して、学園の緑について適切な維持・管理を進めていくことが急務である。
目次
1.はじめに
2.方法
 2-1.構内の樹木調査と穿孔木の確認
 2-2.カシノナガキクイムシの採集調査
  ①トランク・ウィンドウ・トラップ法(以下,クリアファイルトラップ)
  ②コットンを用いたトラップ(以下,コットントラップ)
 2-3.学校周辺のナラ枯れの状況把握
3.結果と考察
 3-1.構内の樹木調査と穿孔木の確認
  3-1-1.被害状況の概要
  3-1-2.各種の被害状況
   ①コナラ
   ②クヌギ
   ③シラカシ
   ④スダジイ
   ⑤マテバシイ
  3-1-3.構内での健全木と被害木の分布
   11頁
   ①構内のブナ科樹木の分布
   ②健全木と被害木の分布
  3-1-4.ドローンおよび目視による樹冠の観察
 3-2.カシノナガキクイムシの採集調査
  3-2-1.トラップの結果
  3-2-2.偶発的に捕獲されたカシノナガキクイムシ雌個体の特徴
 3-3.学校周辺域の被害の状況
 3-4.武蔵学園のナラ枯れの現状
 3-5.これからの対応策
4.おわりに:今後の林や樹木の管理の提言
謝辞
引用文献
追記:脱稿後の 2023 年 3 月 8–9 日に,残存林の半枯れのコナラは伐採され,切られた幹
もナラ枯れ拡大防止のために適切に処理された。伐採を担当した業者によれば樹齢 100 年
はゆうに超えているとのことで,簡易的に数えた年輪の数もそれに近く,残存林の歴史的
な背景を勘案しても矛盾のないものだった。今後,年輪の精査を行う予定である。
Abstract
図版
 図版1 2022 年 8 月に見つかった半枯れのコナラ
 図版2 ドローンで撮影された残存林のナラ枯れ(2022/9/16 撮影:安田明弘)
 図版3 半枯れのコナラの結実状況(2022/9/21 撮影)
 図版4 各樹木の被害:フラスの噴出(南門周辺,2022/10/21 撮影)
 図版5 武蔵学園で採集されたカシノナガキクイムシ(2022/11/29)
 図版6 調査風景,被害を防ぐための対策
 図版7 残存林の歴史
 図版8 残存林の歴史(「武蔵七十年史」より)

 

 

噂を検証・「家が健康を左右する」ってほんと? 3月18日 

新建ハウジングの『だん』12号(2022年4月)は「住まいと健康の深い関係」を特集しています。伊香賀俊治さんの「噂を検証 「家が健康を左右する」ってホント?」を読みました。
だん12号

噂その1 病院に通う頻度が減った 医療費が減った
 図1 断熱改修による入院率の減少
 図1
2020年に医学雑誌に掲載されたニュージーランドの調査では、約20面世帯で断熱改修の前と比べると、何らかの疾病で入院する頻度が明らかに減少した、という結果がでている。

 図2 高血圧予防から見た室温
 図2
国土交通省「スマートウェルネス住宅等推進事業」の調査(SWH調査)では、断熱改修することによって起床時の最高血圧が約3.1㎜Hg低下するという効果が明らかになっている。

 図3 各種疾病予防から見た室温
 図3
室内の温度が18℃未満である場合、18℃以上の家と比べて高血圧、糖尿病、脂質異常症などの疾病患者数が約1.5倍前後多いことも判明。関節症は18℃未満だと2.74倍、腰痛は2.83倍も患者数が増える。内臓だけでなく、関節にも室温の影響が及んでいる。

噂その2 室内が暖かいと介護の負担が減る。
 図4 介護予防から見た室温
 図4
2019年に日本建築学会環境系論文集に掲載された調査では、冬季の居間の平均室温が14.7℃の家よりも17.0℃の家の方が、要介護状態になる年齢が約2.9年遅くなる、ということがわかった。

噂その3 子どものアトピー症状が軽減した
 図5 子どもの疾病と諸病状の分析
 図5
SWH調査では、12歳未満の子どもを対象にした室内の温度・湿度と健康の関係のデータも調べている。居間の床付近の温度が16.1℃以上の住宅だと、16.1℃未満の住宅よりも喘息の子が約半数も少ないという結果。アレルギー性鼻炎については、床上の気温が18℃未満で湿度40%未満の家だと、40%以上60%未満の適正な湿度の家と比べて、約2.5倍多くなる。逆に居間の湿度が60%以上の家だと、アトピー性皮膚炎であるケースが約1.9倍多い。居間の温度が低いことに加えて、乾燥していたり、湿気が多すぎたりするのは、子どものとって健康的でない環境であるということ。

噂その4 子どもの運動量が増え活発になった
断熱改修前後の幼稚園で子どもたちの活動量を測定した調査では、改修後、温熱的に快適になった環境では1日の活動時間が平均12分ほど増えた。別のいくつかの幼稚園を比較した調査では、特に高断熱仕様の建物で床下温風式の床暖房を採用し、無垢の床材を張っていて足元が暖かく感じられる幼稚園では園児がもっとも活発。

噂その5 奥さんが元気になった
 図6 女性の疾病予防から見た室温
 図6
女性は男性よりも筋肉量が少なく基礎代謝が低いため、寒冷環境の影響を受けやすい。気密・断熱性能の低い家で室温が低い状態を過ごしていると、交換神経が緊張して、体温を奪われないように血管が収縮。体内を流れる血流の量が減り、手足の末端まで血流が行き届きにくくなり、冷えに悩まされることになる。交感神経が長時間活発になると、副交感神経の働きは低下するので、PMS(月経前症候群)が発生する可能性が高くなる。居間が寒いと1.29倍、居間の足元が寒いと1.44倍、廊下など居室以外が寒いときには1.45倍、その患者数が多くなる。

噂その6 ぐっすり眠れるようになった
 図7 空調方式と入眠潜時・睡眠効率
 図7
ZEH水準で、部屋ごとにエアコンが設置されている個別空調の家(排気を換気扇等で強制的に行い、給気口から自然吸気で外気を取り入れるので、外気に含まれる温熱や湿気をそのまま室内に取り込む)と、全館空調の家(吸気・排気とも機械設備で行うので、外気の熱を調整し、湿気を取り除いた空気を室内に廻らす)との比較。全室空調の家は個別空調の家よりも、起床時最高血圧が4.1㎜Hg低い。夏季の睡眠については、全館空調の家では、個別空調の家よりも入眠潜時は0.6倍に短縮、睡眠効率は1.09倍高い。寝付くまでの時間が短くなり、睡眠がとれている時間も長くなる。「ぐっすり眠れるようになった」と感じる。

噂その7 勉強や仕事の効率が上がる
 図8 オフィスの温熱環境と知的生産性
 図8
温熱効果が良好であれば健康の負担が減る。その結果として仕事の効率も高まる。オフィス内での空調が適切に使用されている状態でもっとも作業効率が高くなっている。

健康省エネ住宅の啓発リーフレット(日本サスティナブル建築協会、2020年)
  国の健康省エネ住宅の啓発リーフレット_1国の健康省エネ住宅の啓発リーフレット_2
  協力:国交省と厚労省が相乗り←画期的
  省エネ住宅:断熱性の高い住宅

 
目次:00:00 オープニング
  9265
02:02 WHOが勧告する最低室温18℃
   9267
03:37 寒冷地ほど、死亡リスクが少ない?
   9270
05:21 家の断熱性と死亡リスクの関係
   9273

06:42 国が推奨する健康住宅とは?
   9274

07:32 寒い家ほど健康リスクは高くなる!?
   92759276

12:48 エビデンスで証明された健康リスク
   9277

15:04 女性は、より暖かくするのが理想
   9278
16:46 省庁連名で健康住宅啓発はじまる
17:55 暖かい家は、子どもが活発に!
   9279
19:24 暖かい家は、子どもが健康的!
21:13 暖かい家なら脳年齢を若く保てる
   9282
23:43 暖かい家ほど、要介護期間が減る?
   9285

24:41 足元が暖かい家で冷えを抑制!
   9287
25:31 足元が暖かいと生産性が向上!
   9288
26:58 視聴者へのメッセージ

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★「住宅×健康」★jimosumu(ジモスム)住宅の断熱性能向上と健康の関係2023.01.23 等から検索
伊藤真紀「住宅の断熱リフォームと健康の関係〜国土交通省スマートウェルネス住宅等推進事業調査から〜2019.06.12  建築再生展2019 住宅リフォーム推進協議会セミナー
1. 住環境と健康、2. 日本版エビデンスの必要性、3. 得られつつある知見。4. 断熱改修事例

 住宅の温熱環境と健康の関連_01


高断熱住宅で暮らすとどんなメリットがあるのか。どうして高断熱住宅に住むべきなのか。住まいと健康、そして断熱性能の関係について調査・研究を続けている近畿大学建築学部学部長の岩前篤教授が解説。
●健康リスクが減り症状が改善。生活が変わり暮らしやすい家に
高断熱住宅は家が暖かく、涼しくなる。高断熱化の最大のメリットは、健康リスクを軽減し健康長寿に貢献すること。日本の家はこれまで「快適」を追求し、健康長寿という視点が抜けていた。快適を追い求めても健康長寿を得ることはできない。
  ●高断熱化が遅れた日本はいまだに「採暖」が中心
  ●室内の温度差で心臓発作や脳卒中に
  ●低温で免疫機能も低下。重ね着はストレスに
  ●高断熱住宅への引越しで健康状態が大きく改善
  ●高断熱化と室温、血圧の関係も明らかに
  ●民間の断熱基準「HEAT20」が目指す室温と断熱性能提示
  ●医療費と光熱費の削減で高断熱化のコストは回収

jimosumuの記事から「住まい×健康の専門家が解説!高断熱住宅で暮らすメリット(後編」2021.02.22
●高断熱住宅は暮らしやすい家。家で過ごす時間も増えた
  ●「毛布が一枚減った」「洗面所も15~20℃に」
  ●「お風呂のお湯が冷めにくく」「ひどい結露とカビが解消」
  ●寒くない吹き抜け実現。プランの自由度も増す


22年度国土交通省 国土技術政策総合研究所(国総研)講演会『気候変動への対応~国土交通グリーンチャレンジに向けた国総研の取り組み~2022.12.08
 国総研講演会(20221218)_1

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『健康で快適な暮らしのためのリフォーム読本』 3月12日

前真之監修・編集制作 新建新聞社/新建ハウジング『健康で快適な暮らしのためのリフォーム読本』(暮らし創造研究会発行、2020年)を読みました。
リフォーム読本_01
寒さは我慢すべき宿命ではなく「解決」しなければならない課題(前真之)
「冬は寒くて当たり前」「凍えながら我慢するしか仕方がない」――日本の家に住んでいる人たちの多くは、冬の寒さは避けられない宿命のようにとらえてしまっているのではないでしょうか。しかし、住まいの寒さがもたらす「ヒートショック」などの健康被害が知られるようになり、寒さは我慢すべき宿命ではなく、「解決」しなければならない課題としてしっかり対処すべき時代になりました。
新築の家では近年になって高断熱・高気密化が急激に進み、冬暖かい家が普通に手に入るようになりました。一方で、今建っている既存住宅の多くは、建物の性能不足と暖房の不備から、単に寒いだけでなく健康にもよくない温熱環境のまま取り残されています。
この読本を通して多くの方々に、寒さは解決しなければいけない問題であると認識していただくとともに、解決に向けた具体的な行動・選択をしていただき、暖かく健康な暮らしを手に入れていただきたいと願っています。……
はじめに
  日本の家の現状(改修前)1980年築
 日本の「普通の家」はこんなに寒い
 リフォーム読本_05

1 今の家の不満
  建物の性能が低く暖房設備が不適切だと、寒い・不快・暖房費が高い健康リスクも!
 今の家の不満は「冬の寒さ」
  「冬の寒さ」「夏の暑さ」「光熱費」といった快適性やエネルギーに関する部分について不満を感じている人が多くいます
 「床の冷たさ」や「温度差」がイヤ
  「寒い家」の不満として特に目立つのが「床が冷たい」ことや「脱衣室、浴室、トイレなど暖房をしていない部屋が寒い」ことです。

2 あったか知識
 「寒い家」が体にもたらす悪影響
  ヒートショックが常識に
  寒い家は体に悪い
  健康に過ごせる室温とは?
  リフォーム読本_08
 空気温度ではなく「作用温度」に注目!
  「作用温度」を整えることが快適で健康な室内環境のカギ!
   作用温度(体感温度)≒〔(壁・床・天井等の)表面温度(放射温度)+空気温度〕÷2
  高断熱+床暖房なら空気温度を上げずに快適性確保
  リフォーム読本_09
 「暖かい家」は建物と暖房でつくる
  まずは建物性能の確保。「断熱」「気密」を高めよう
  次に建物性能に合わせた暖房設備の選択を
  リフォーム読本_10
 リフォームこそ床暖房がおすすめ
  リフォームにこそ床暖房が有効なワケ

3 リフォーム経験者のホンネ
 断熱リフォームのメリットは?
 断熱までやるリフォームは多くない?
  他の工事の“ついで”に断熱リフォーム

4 ベストなリフォームを見つけよう
 リフォームの3つの不安と解決方法
  費用の不安
   生活する範囲を1階に絞り、そこだけ断熱リフォームする「1階おまとめ」でコストカットと暖かさを両立!
  工事中の不安
   工期も短く、家で生活しながら断熱リフォームする「居ながら工事」で引っ越ししなくても簡単あったか!
  仕上がりの不安
   「とってもあったかい」プランで暖かさと暖房費の目安を確認しよう!
  リフォーム読本_14
 「あったかリフォーム」4つの断熱プラン
 リフォーム読本_15
  リフォームプラン1 1階の窓だけを断熱強化
   簡単居ながら工法 内窓だけ取り付け
   本格工法 カバー工法
  リフォームプラン2 1階の窓と床を断熱強化
   簡単居ながら工法 床下断熱施工+温水マット後置き
   本格工法 床下断熱施工+温水パネル設置
  リフォームプラン3 1、2階の窓と床、天井をを断熱強化
   簡単居ながら工法 天井裏を断熱
   本格工法 天井を取り除いて断熱
  リフォームプラン4 住宅全体を断熱リフォーム
   簡単工法 内側改修タイプ・外付加タイプ
   本格工法 完全スケルトン化

 あなたにピッタリのあったかリフォームを見つけよう
  STEP1 断熱を強化する部位と生活範囲を決めよう
  リフォーム読本_24
  STEP2 エアコン?床暖房?暖房方式を決めよう
  リフォーム読本_25
 
 断熱リフォームの経験者に聞いてみたよ!

 断熱リフォームは丁寧な施工が大事!
 リフォーム読本_27
おわりに
 断熱リフォームとセットで考えたい床暖房
 リフォーム読本_28

 寒い浴室は浴室暖房で暖かく
 リフォーム読本_29

なぜ暖房しているのに不快なのか、快適な住まいにするにはどうすればよいのか。前真之さんの解説。
●採暖で得られるのは快適ではなく快感
1
●目指すは暖房による「快適」バランスの仕組みを知る
こうした快感と快適は大きく異なる。短い時間にだけ得られる快感とは異なり、快適はずっと長く続く。目指すべきはこの快適の方。一番大事なのは「体内からの代謝熱=体表面からの放熱」が釣り合うこと。
2
人間の体の中では常に熱が生み出されており、それによって体温を正常に維持している(代謝熱)。体の表面からは、周辺の環境に熱が放出されます。冬の室内では、空気への対流・壁への放射という2つの放熱ルートがメイン。この「代謝熱量」と「放熱量」のバランスが肝心。
冬に周辺環境が低温になると、体表面からの放熱量が増加し、「代謝熱量<放熱量」の状態になります。このままでは体が冷え切ってしまいますから、体は血流を絞って皮膚の表面温度を下げ、放熱量を減らします。
こうして皮膚の表面温度が下降する際に体のセンサー(冷点)が感知して「寒い」という感覚が生み出されるのです。
寒い時に代謝熱量と放熱量のバランスを取り戻すには、体を動かして代謝熱を増やす、着衣量を増やして放熱量を減らす、などの方法があります。
ですが、ずっと体を動かし続けるのはしんどいですし、着衣が厚すぎるのも不便。そこで、「暖房」が必要になります。
暖房により空気と壁の温度を高く保つことで、体表面からの対流(→空気)と放射(→壁)による放熱量が自然に減少します。無理に放熱量を絞る必要がないので血流を増やし、体表面温度も高くできます。皮膚表面の冷点も寒さを感じなくなり、血流も増えて体全体の温度が上昇します。寒さを感じることなく、体も心もリラックスしたままずっと長く居続けることができるのです。
暖房とはこのように、人の周りの空気と壁の温度を整え、快適性を確保することなのです。
●暖房設備に頼る前に建物の高断熱・高気密化を
ストーブやヒーターなどの採暖機器で、一時の快感は得られる。しかし本当の快適を得ることは難しく、また体の各部位の温度が極端に異なり、血流も絞られるために、健康にも悪影響がある。断熱・気密の技術がなく、また熱と煙を分離できなかった時代のやり方。エアコンは温風を出して部屋を暖めようとするが、高温の暖気は軽いので、上に浮き上がって隙間から屋外に漏れる。逆に外の低温の冷気は重いので、下の隙間から侵入してくる。このため室内の上下で大きな温度ムラが発生し、足元が寒いまま、頭だけが暑くなってしまう場合が少なくない。顔に高温の空気があたると乾燥感の原因にもなる。
こうした温度ムラの原因は、暖房設備だけでは解決しません。建物の気密と断熱が不可欠なのです。気密により、暖気の漏れと冷気の侵入を防げます。断熱により、暖房に必要な熱が減少するので、エアコンは高温の温風を吹く必要がなくなります。壁の表面温度も上昇し、体全体を包む温熱環境全体が穏やかになります。
「本当の暖房」、つまり「暖かい空間」を実現するには、まずは建物の断熱・気密性能をしっかり確保することがなにより肝心です。建物の基本性能をしっかり確保した上で暖房設備により少しの熱を加えることで、本当に快適な温熱環境をつくることができるのです。

前真之「冬に備える家づくり」(2015-16) 3月8日

日経新聞電子版に2015年12月から16年1月に7回連載された前真之さんの「冬に備える家づくり」シリーズ。エコハウスのウソ』(2012年6月発行)は、15年12月に第2版『エコハウスのウソ(増補改訂版)』になりました。

第1回 「採暖」の落とし穴  体に優しい快適暖房の条件(『日本経済新聞電子版』2015/12/14 6:30)
 「冬にストーブで体を温める」という考え方は、暖房の手段として必ずしも正しくない。建物のプランや外皮(外壁や窓など開口部)をきちんと設計することで、冬の暖房にかかるエネルギーを大幅に減らし、快適な室内環境をつくることができる。しかし現実的に可能な断熱では、なかなか「無暖房」というわけにはいかない。やはり暖房器具の助けが必要である。
■暖房は人体を加熱するにあらず
 夏の冷房時はもちろんのこと、冬の暖房時においても「人体は常に熱を放出している」。体の熱収支がプラスになるほど体を温めては、人間はオーバーヒートして死んでしまう。体からの対流や放射による放熱量が過大にならないよう、適度に空気や放射温度を整えるのが暖房の役割。体の一部は加熱されていても、体全体としては熱を放出している。火に当たっている「オモテ面」は、確かに加熱されているが、火に当たらない「ウラ面」は、空気への対流・壁への放射により冷却されている。
■片側だけ加熱の「採暖」は不快で危険
 「体の一部を加熱する」やり方は暖を採るということで「採暖」と呼ばれ、暖房とは明確に区別されている。日本では韓国のオンドルのような本格的な暖房が発展せず、囲炉裏や火鉢といった採暖で冬をしのいできた経緯がある。現在でも根強く残っているストーブや電気ヒーターは、こうした採暖のなごり。
■究極の快適暖房は「コメの空間」
 日本人にとって究極のメニューとは「コメ」。毎日食べても食べ過ぎず、栄養バランスのとれた主食。「究極に快適な冷暖房」とは毎日長時間いても不快に感じず体に負担とならない、「コメのような」空間をつくるものである。究極の快適暖房をつくることは容易ではない。その実現のためには、暖房設備だけではなく、建物の外皮性能をセットで考えることが不可欠。高断熱・高気密による暖房負荷低減と空気・放射両方の環境改善、そこに必要最低温の暖房設備が組み合わさった時、究極の暖房が実現する。

第2回 空気は怠け者  性質の理解が「快適暖房」への一歩(『日本経済新聞電子版』2015/12/21 6:30)
 質の高い暖房とは、人体全体から「バランス良く放熱ができる空間」をつくること。
■対流はボールの流れ・性能で伝熱力が決まる
 熱の伝わり方は3つ。「伝導」はパンチ。直接接触することで熱を伝える。「対流」はボール当て。ボール(空位や水の粒)がエネルギーを伝える。「輻射」はレーザービーム。何もない真空でもエネルギーを伝えられる。
■空気は"当たり"が弱い
■空気は「パス」がヘタ
 2-5
■空気は対流放熱が穏やか
 気は「当たりが弱い」「パスワーク下手」「コントロールに難」と、三拍子そろった迷プレーヤー、つまりただの"怠け者"。過度な期待は禁物。そもそも空気と水では、はなから勝負にならない。空気が水のように"働き者"だったらどうなるのか。20℃の水風呂に入ることを想像していただきたい。働き者の水はせっせと熱を奪い運び去ってしまうので、体はあっという間に冷え切ってしまう。空気の対流による穏やかな熱のやりとりのおかげで、我々は日々快適に過ごせるのだ。

第3回 「エアコン隠し」は厳禁  床暖房にも熱ロスの弱点(『日本経済新聞電子版』2015/12/23 6:30)
 「設備を隠す」という設計の美学に対して、省エネの観点から疑問を投げかける。
■エアコンは醜い、されど隠すべからず
 3-1
 見た目はスッキリであるが、これで暖房をすると空気は下に吹き出せず、暖かい(軽い)空気が上に滞留するだけで、全く暖まらない。屋外機。これまた見栄えがせず、風も音も出すので嫌われるが、それもこれもヒートポンプが外気の熱を集めているから。この屋外機こそ、ヒートポンプの「心臓」であるコンプレッサーを内蔵し、外気と熱をやりとりする主役。見苦しいからと囲っては、夏の排熱・冬の集熱に必要な空気の流れを妨げてしまい、エネルギー効率が大幅に低下。
■床暖房ラブのホンネは「設備を隠せる」
 加熱能力が小さいために立ち上がりに時間がかかる。床表面温度を上げれば加熱量を増やせるが、身体に直接触れる床暖房では低温やけどのリスクがあるので限界がある。
 床暖房は放熱パネル下面や配管からの熱ロスが大きく、また熱源効率に限界があり、エネルギー効率が低くなりがち。床暖房で省エネするには、高効率な熱源や放熱パネルの採用・床下や配管の断熱強化など、注意深い設計と施工が不可欠。
■寡黙な電気ヒーターのエネルギー効率は「最悪」
 エネルギー効率は最悪だ。電気で暖房・給湯をする場合には、空気熱を集めて効率を稼ぐヒートポンプ式を絶対に選ぶことをお勧め。
■全ての細部が必然
 設備のディテールを知ることが、真のエコ設計への近道。

第4回 小型で高効率がベスト エアコン選びの極意(『日本経済新聞電子版』2015/12/28 6:30)
■年間エネルギー効率が高いエアコンを
 まずは何より、少ない電気で多くの熱を取り除いてくれる「エネルギー効率の高い」エアコンが望ましい。このエネルギー効率は「年間エネルギー効率:APF(Annual Performance Factor)」と呼ばれ、カタログや省エネラベルに必ず記載されている。
 能力が大きい機種ほどAPF が低下している、つまりエネルギー効率が低い。エアコンの屋内機や屋外機のサイズは、能力の差ほどには変わらない。5.0kW の機種が、2.5kW の機種より2 倍大きいわけではない。特に屋内機は日本家屋の柱の間に収まるよう、幅800mm 以下に抑えられている。自動車でいえば、全ての車種が「軽自動車」の車格に抑えられているようなもの。
■エアコンの効率向上はもはや限界に
 最近になってエアコンの効率向上が限界に達しつつある。現実的なコストでできる対策がほぼやり尽くされ、ハードウエア的な改善が限界に来ている。10年後に今のエアコンを買い替えたとしても、もはや大きな節電効果は望み薄。ハードウエアの改善のアテがなくなった今、さらなる省エネのためには「建物性能の向上」と建物性能に見合った「適切なエアコンの選定や配置計画」が重要になってきている。
■「◯◯畳」の目安は断熱等級3
 カタログに記載された暖冷房能力の目安「◯◯畳」という表示は、断熱等級3程度の貧弱な建物性能を想定したもの。
■つつましい冷房ができるプランを
 蒸し暑くなれば冷房はどうしても必要。プランを決める際には通風だけでなく、冷房をした時に効率良く冷やせることもきちんと考えておきたい。

第5回 エネルギー爆食住宅追放へ 「H25基準」のインパクト(『日本経済新聞電子版』2016/1/4 6:30)
 オイルショック直後の1980年(昭和55年)に住宅の省エネルギーの基準を初めて制定。1991年(平成4年)と1999年(平成11年)の2 度にわたってレベルアップを図ってきた。1980年、1991年、1999年の断熱のレベルは、それぞれ「断熱等級2」「断熱等級3」「断熱等級4」と呼ばれる。1999年の「断熱等級4」は、「H11基準」とも呼ばれる。ただし、こうした断熱基準は義務ではなかった。「守りたい人は守ってくださいね」という、任意の推奨にすぎなかった。必須ではない以上、この基準を満たしている住宅は長らく普及しないままだったのも無理はない。
■エネルギーを規制していなかったH11基準
 2011年の東日本大震災以降、エネルギー事情が急変するなかで、2013年(平成25年)に省エネ基準を大幅に改正。この通称「H25基準」の目玉は、なんといっても「義務化」。大きな建築物から徐々にH25基準を必ずクリアしなければならなくなり、2020年までには住宅を含めて全ての建築物において必須の規制となる。耐震基準と同じく、満たしていなければ確認申請が下りなくなる。「省エネあらずんば建てるべからず」の時代が、ついにやってきた。
■消費エネルギー量そのものを規制
■1次エネを「爆食」する電気生焚設備
■H25基準は「15年前の外皮」+「時代遅れの設備」
 H25基準の基準値はどのように決められたのか。建前としては、先の「H11基準の断熱・日射遮蔽を施した外皮性能」に、「2010年ごろに一般的だった機器」を組み合わせた場合とされている。しかし、H11基準は既に15年以上も前の外皮基準であり、現状ではごく当たり前にできるレベル。設備についても照明には白熱灯が含まれ、給湯も従来型のガス給湯器になっているなど、既に「時代遅れの機器」が多く想定されている。H25 基準の基準値はかなり大きく、レベルは低い。エネルギー効率が多少悪い建物や設備計画であっても、エネルギーを大量に使う給湯機を省エネ型にするなど少しの努力で楽々クリアできる程度のレベル。
■H25基準は「ミニマム」
 義務化にはもちろん一定の効果がある。"札付きの不良"な住宅や設備を排除する「底上げ効果」は確かに期待できる。しかし全ての住宅が無理なくクリアできるよう、そのレベルは「バカなことをやらなければクリアできる」程度にならざるを得ない。「H25基準を満たしているから省エネはバッチリ」などとは、なりようがない。H25基準は、エネルギー爆食住宅を市場から排除することが当面の使命なのである。過剰な期待は避け、より高い次元の住宅性能の確保に努めるべき。

第6回 静かなブーム「薪ストーブ」 後悔しないための心得(『日本経済新聞電子版』2016/1/19 6:30)
 情緒豊かで環境にやさしい薪ストーブが静かなブームになっているが、実は薪ストーブは"手ごわい"暖房器具。
■薪かペレットか、それが問題だ
 6-3
■薪の用意は計画的に
 薪ストーブを選ぶのであればペレットと電気の恩恵を受けずに、「独力」で上手に木を燃やす必要が出てくる。最初のハードルは、薪を「計画的」に入手するコネの確保。そして薪は遅くとも「1年前」に割っておくこと。木はしっかり乾燥させることが不可欠。しけっていても薪は燃えるが、せっかく得られた熱の多くが薪の水分を水蒸気にするのに使われてしまい、薪を燃やした割には室内に熱が出てこない。効率が悪い。薪を割って軒下に積んでおくのは、カリカリに乾燥させて水分に熱を"盗まれない"工夫。
■1日の必要量は10kg以上
 事前に割っておくべき薪の量。薪1kg当たりの燃焼熱量は、20MJ(メガジュール)弱。同じ1kgの灯油の熱量は40MJ 以上なので、薪は灯油の半分程度の熱量しかない。つまり灯油1 缶(18L=14.4kg)分の熱量を得るには、約30kgもの薪が必要になる。1日の暖房にどれくらいの薪が必要になるのだろうか。暖房に必要な熱量は家の断熱性にもよるが、冬であれば200MJ程度が一つの目安。1日に10kg以上の薪が必要ということになる。 冬が何カ月も続くことを考えれば、10kg×100日=1000kgということで1トンのストックは必要ということになる。薪を割る作業自体、相当な重労働。薪を「買ってくる」のも一案。ただし、薪は買うとなると結構高い。「どこかからもらって」「自分で割って」こそ薪はコストパフォーマンスが良い。

第7回 情緒豊かでも手ごわい、薪ストーブは「ポジションが命」(『日本経済新聞電子版』2016/1/22 6:30)
 7-1
 薪ストーブの放熱は主に「放射」、サブで「対流」によって行われる。放射というと家中の隅々にまで届くという神秘の力を期待されがちだが、それは大きな間違いだ。薪ストーブは空間全体に比べれば小さなモノなので、赤外線を四方八方に放射する「点」といって差し支えない。
■煙突を侮るべからず
 7-2
 木に限らずモノが燃えるためには、燃焼に必要な空気がきちんと供給され、かつ煙がスムーズに排気される必要がある。ペレットストーブの場合は、電動ファンの力で給気・排気を強制的に行うことができる。一方、薪ストーブの給気・排気の動力は、加熱され軽くなった煙が自然と上昇する「煙突効果」だけしかない。
■素人仕事は危険がいっぱい
 冷地の郊外ではバイオマス暖房普及のポテンシャルが特に高そう。近くに森林資源が豊富で、薪やペレットの安定供給が期待できる。スペースに余裕があるのでストーブの置き場所や薪を乾燥させるための保管場所も確保でき、何より生活スケジュールにも柔軟性がある。寒冷地では日射不足や積雪・外気温の低さのため、太陽熱やヒートポンプといった"ライバル"も効率が低くなる。エネルギー効率の面からも、薪ストーブは相対的に有利。

usuk0824「断熱等性能等級4は寒い? 等級3との違いや基準値について解説」(昇高建設株式会社『418BASE』2022年12月6日記事)
usuk0824ペレットストーブは後悔しやすい?新築で失敗しないために注意すべき3つのこと」(昇高建設株式会社『418BASE』2022年12月6日更新記事)

宿谷・三澤・前「冬に備える家づくり」(2014-5) 2月25日

日経アーキテクチャに2014年10月から15年1月に6回連載された「冬に備える家づくり」。「家は夏を旨とすべし」。吉田兼好の「徒然草」から引用されたこの言葉が、日本の家づくりに大いなる誤解を招いているとして、「冬を旨とした家づくり」のために知っておきたいポイントを宿谷昌則さん、三澤康彦・三澤文子さん(『立てる前に読む 家づくりの基礎知識』日経BP社、2014年9月の第1章、第2章)、前真之さん(『エコハウスのウソ』日経BP社、2012年6月)が解説しています。
 家づくりの基礎知識

第1回 宿谷昌則「暖房の前にまず「断熱」 失敗しない家づくりの常識」(『日経アーキテクチュア』2014年10月16日)
「断熱」の基礎知識
 1-41-51-7

第2回 宿谷昌則「意外に知らない「遮熱」と「断熱」の違い」(『日経アーキテクチュア』2014年10月22日)
遮熱と断熱の違い
 2-C2-A2-4

第3回 三澤康彦・三澤文子「本当に怖い「内部結露」 断熱材取り付け誤ると命取り」(『日経アーキテクチャ』2014年10月30日)
冬場の快適性を高めるためには、まず断熱性を高めることが重要。断熱材の取り付け方を誤ると、「内部結露」という家の寿命を縮めかねない危険な状況に陥る。
 3-23-33-4

第4回 前真之「エコハウスのウソ 実は少ない冷房の電力消費」(『日経アーキテクチュア』2014年11月11日)

「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。暑き比[ころ]わろき住居[すまい]は、堪へ難き事なり。」 よく知られた『徒然草』の一節。この「夏を旨とすべし」はエコハウス設計に「害」をもたらしている。通風だけで夏を過ごそうと、大開口による「開けっぴろげ」で、間仕切りなし+吹き抜けの「開放的」な住宅が量産されている。

 ■通風や扇風機だけでは限界
 ■冬への備えは不可欠
 ■視覚イメージと実際のズレ
 ■給湯・照明・家電はなぜ多い
  4-6

第5回 前真之「おしゃれな「吹き抜け空間」は省エネの敵」(『日経アーキテクチュア』2014年11月20日 )
大きな吹き抜け空間があっても、そこにイメージどおりに風の流れを作るのは簡単ではない。冬の暖房が難しい。
 ■エアコンもファンヒーターもジレンマに直面
 ■無人の空間を暖房するハメに
  5-A5-3

第6回 前真之「エアコン「暖房に不向き」はウソ 正しく使い最強の省エネ」(『日経アーキテクチュア』2015年1月4日)
エアコンが暖房に向かないと思っている人は少なくない。「省エネ」のためにエアコンよりも電気ヒーターや電気カーペットを使っているとしたら、それは明らかに判断を誤っている。
 ■エアコンの心臓「ヒートポンプ」
 ■「風量控えめ」は省エネにあらず
 ■小型2台で柔軟な運転
  6-26-3
   6-46-5

 

前真之「エコハウスのウソ」(2011年) 2月21日

前真之さんが建築総合誌『日経アーキテクチュア』(日経BP社)に2011年に連載した「エコハウスのウソ」を読みました。全16回の連載終了後、テーマ数を28に増やし、書き直された書籍が『エコハウスのウソ』(日経BP社、2012年6月発行)です。連載第1回が書籍のQ4に当たります。書籍の目次は2月14日記事にあります。

前真之「エコハウスのウソ」(2011年)
第1回 住まいは夏を旨とすべし?
(『日経アーキテクチュア』2011年5月10日号)
 夏は湿度と風でしのげる
 「エコハウス」の真実
 「良さげ」でなく「良い」家を
 2011-1

第2回 冷房のエネルギーが一番?
(『日経アーキテクチュア』2011年5月25日号)
 エネルギーを使っているのは
 給湯、照明、家電はなぜ多い
 誤解の原因は前月との比較

第3回 「パッシブ」で暖房は解決?
(『日経アーキテクチュア』2011年6月10日号)
 大窓の“エコハウス
 原理は簡単だが

第4回 空気は働き者?
(『日経アーキテクチュア』2011年6月25日号)
 空気は熱を「運ばない」
 空気は「届かない」

第5回 「気密」は息がつまる?
(『日経アーキテクチュア』2011年7月10日号)
 問題1:暖房するほど寒くなる
 問題2:断熱が効かない
 問題3:換気ができない
 やはり気密は不自然?
 2011-5

第6回 吹き抜けは最高?
(『日経アーキテクチュア』2011年7月25日号)
 温風が床に届かない
 無人の空間を暖房するハメに

第7回 もっと光を?
(『日経アーキテクチュア』2011年8月10日号)
 「もれなくオマケ」の日射熱
 足元に忍び寄る冷気

第8回 通風はクール?
(『日経アーキテクチュア』2011年8月25日号)
 クールな空気を探せ
 まず間隔、次に平面計画
 「過度な期待」をクールダウン

第9回 隠せばハッピー?
(『日経アーキテクチュア』2011年9月10日号)
 エアコンは隠すな
 「床暖房ラブ」の真実
 好都合な電気ヒーターは「×」
 設計が設備を飲み込むために
 2011-9

★10回~12回は太陽光と太陽熱の比較
第10回 ソーラーは太陽光発電だけ?
(『日経アーキテクチュア』2011年9月25日号)
 エコハウスのお約束
 太陽光発電は必要か
 電気は「りんごジュース」
 太陽光の圧勝か
 2011-10

第11回 エネルギーは創り出せる?
(『日経アーキテクチュア』2011年10月10日号)
 エネルギーを「創り出す」?
 化石エネルギー中毒
 太陽がない時に必要
 2011-11

第12回 屋根に太陽光発電を載せるべき?
(『日経アーキテクチュア』2011年10月25日号)
 自立といってもパラサイト
 ライバルは「田んぼ」
 太陽熱に必然あり
 2011-12

第13回 省エネよりもゼロエネ?
(『日経アーキテクチュア』2011年11月10日号)
 省エネは時代とともに変化
 ゼロエネの行き着く先は?
 2011-13

第14回 CO2は減らすべき?
(『日経アーキテクチュア』2011年11月25日号)
 CO2は計算できる?
 カネの切れ目で排出権も
 まずは「省コスト」から

第15回 オール電化はオールエコ?
(『日経アーキテクチュア』2011年12月10日号)
 ヒートポンプも使い方次第
 安けりゃいいじゃん?
 結局、原子力をどうするのか
 2011-15

第16回 結局、エコハウスは必要?
(『日経アーキテクチュア』2011年12月25日号)
 エコは「様式」にあらず
 まともな「暮らし」してますか
 エコハウスは何のため?
 2011-16

※FIX窓[フィクス窓]=開閉ができない「はめ殺し窓」

前真之『エコハウスのウソ』(2012年)② 2月14日


第4章 暖房
断熱・気密をしっかりとったとしても、なかなか「無暖房」は難しい。寒い冬を過ごすには、暖房の助けが不可欠である。ところが日本では暖房の「模範解答」が見つかっていない。快適で省エネな暖房はどうあるべきか、そもそも暖房とは何なのか、考えてみよう。
Q14 暖房で体を暖めよう?
  A.体を加熱するには「採暖」。暖房は空気や壁を温めて体の放熱を穏やかにするのが目的。
  熱の伝わり方は3通り[伝導・対流・放射]
  暖房は人体を加熱するにあらず
  片側だけの「採暖」は危険
  究極の快適暖房は「コメの空間」

Q15 空気は働き者?
  A.空気は「対流」で熱を伝える主役。決して優秀な働き者ではないが、おかげで我々は快適に過ごせる。
  対流はボールの流れ、ボールの性能で伝熱力が決まる
  空気は「当たりが弱い」
  空気は「パスがヘタ」「コントロールも難」
  空気が働き者だったら困ります

Q16 エアコンは暖房に向かない?
  A.使い方を間違えなければ、エアコンは究極の暖房器具。風量「控えめ」は逆効果。
  エアコンの心臓「ヒートポンプ」
 16-128
  ヒートポンプは「熱のブローカー」
 16-130
  効率試験のための「隠しコマンド」も
  効率命1「爆風モード」の教訓とは?
  エアコンは大1うより小2つ

Q17 隠せばハッピー?
  A.エアコンを隠すと性能が大幅に低下する。床暖やヒーターなど「隠しやすい設備」にもご用心
  エアコンは隠すべからず
  「床暖房ラブ」のホンネ
  寡黙な電気ヒーターは「ご法度」
  全ての細部が必然

Q18 放射は暖房の救世主?
  A.放射は手強い。対流とのバランスを忘れずに。
  放射は一本やり
  暖炉の前のソファの秘密
  放射の正体は「電磁波」
  「究極の冷暖房」は6面冷温水パネル
  四方八方に目配りせよ

Q19 薪ストーブは原始的?
  A.薪ストーブはハイテク。ポイントは「置き場所」と「煙突」。素人判断は危険。
 19-149
  薪かペレットか、それが問題だ
  薪のご用意は計画的に
  薪ストーブはポジショニング命
  煙突を侮るべからず
  薪ストーブはハイテク、やるならトコトン

第5章 太陽エネルギー
「太陽光発電載せずんば家にあらず」の今日この頃。確かに発電できるのは魅力だが、それだけでいいのだろうか。そういえば太陽熱利用って最近耳にしないけど、やっぱりダメなのか。太陽から、電気と熱の「2大エネルギー」の特徴を考えてみよう。
Q20 ソーラー=太陽光発電
  A.エネルギーの質では電気だが、熱利用なら太陽熱温水器も。
  太陽光発電はなぜ偉いのか
  電気は「りんごジュース」
 20-164
  太陽光発電の圧勝か?

Q21 エネルギーは創り出せる?
  A.存在していたエネルギーを利用しやすい形に変換しているだけ。
  エネルギーを「創り出す」?
  化石エネルギー中毒の末路
  太陽がない時にこそエネルギーは必要
 21-170

 21-171

Q22 屋根に載せるなら太陽光発電?
  A.条件の良い場合はシッカリ載せる。悪条件なら諦めて他の自然エネルギーを。
  系統連携はパラサイト、火力発電は不可決に
  ライバルは「田んぼ」、マーケットでは過酷な競争が
 22-176
  太陽熱に必然あり

Q23 平時でも蓄電は美徳?
  A.平時には電気の出し入れのロスが発生するだけ。非常時も家庭ならば発電機の方が手軽。
  完全自立には巨大な蓄電池が必要
  完全自立にコストメリットはない
  「穴あき」のタンス預金
  電気はさっさと売り飛ばせ
  今度の計画停電では鉄道・病院は大丈夫
  非常時はカセットボンベ式の発電機でもOK
  「エコ」と「安心」は別のもの、冷静に見極めを

第6章 電力と検針値
節電が注目されるなか、「スマートハウス」や「ゼロエネ」といった様々なキーワードが飛び交っている。そういえば、ちょっと前まではCO2削減が最大の目標だった。こうした問題の多くは実際のところ、「電力」の事情がそのコアに存在する。このムツカシイ電力の問題について、いま少し考えてみよう。
Q24 HEMSは最強の節電ツール?


  A.現時点では、導入費用の元が取れるかは疑問。家庭内で最も有効な節約行動は「節湯」。
  HEMSのホントの評判は?
  HEMSはペイするのか?
  日本の検針票は世界一!
  コスト削減は節湯一番!
 24-194

Q25 省エネよりゼロエネ?
  A.省エネと創エネは将来、競合する可能性あり。住宅の基本は「省エネ」。
  省エネは時代とともに変化
  ゼロエネの行き着く先は?
 25-199
  家は器、王道は省エネ

Q26 目指せCO2削減?
  A.誰もが共有できる目標は「省コスト」。ただし現状では「歪み」も。
  CO2は燃やした燃料の種類で決まる
 26-202

 26-203
  金の切れ目で排出権も…
  昭和30年、電気は10倍高かった!
 26-207
  まずは一番ピンとくる「省コスト」から

Q27 オール電化はオールエコ?
  A.使用機器や使い方によっては「増エネ」を誘発してしまう場合も。
  ヒートポンプ給湯器「エコキュート」も使い方次第
  安けりゃいいじゃん?
  結局、原子力はどうするのか

第7章 エピローグ
これまで6つの章27のテーマにわたり、エコハウスを様々な視点から論じてきた。残念ながら「ホント」のテーマには、いまだにたどり着いていない。エコハウスとは結局何なのか、そもそも本当に必要なものなのかどうかさえ分からなくなる。本書の締めくくりとして、この最後のテーマを検証する。あなたはエコハウスが好きですか?
Q28 結局、エコハウスは必要?
  A.必要。ただし、真剣に議論して「本物」を育てなければならない。
 28-217

  エコは「様式」にあらず
  まともな「暮らし」してますか
  結局、エコハウスは何のため?

※松尾和也『エコハウス超入門~84の法則ですぐ分かる~』(新建新聞社、2020年8月)
 エコハウス超入門カバーエコハウス超入門44


前真之『エコハウスのウソ』(2012年)① 2月14日

3月19日(日曜日)に開催される環境学習会『健康・快適で電気代も安心な新しい家づくりと暮らし方~今、住宅用太陽光発電が必要な理由~の講師、前真之さんの『エコハウスのウソ~27の誤解と1つのホント』(日経BP、2012年6月)を読みました。この本は2015年12月に増補改訂版『エコハウスのウソ~40の誤解と1つのホント~(詳細な目次は当ブログ記事)、2020年8月に第2弾『エコハウスのウソ 2』(詳細な目次は当ブログ記事)が出版されています。読みやすい文章とイラスト、データも豊富で、3冊とも読んでおきたい本です。
エコハウスのウソカバー

前真之『エコハウスのウソ~27の誤解と1つのホント』目次
はじめに
 1. 実体験から得られた「真実」を率直に
 2. 特定の案件について誹謗中傷はしない
 3. 普通の人が呼んで楽しいものに?

第1章 冷房
「節電」が最大の関心事となるなかで、目の敵にされているのが「エアコン冷房」。しかし、住宅からエアコンをなくせば全ての問題が解決するのか。そもそもエアコンで冷房する個とは、そんなに「イケナイ」ことなのだろうか。

Q1 家のエアコンは節電の敵?
  A.まず頑張るべきなのはオフィス。住宅は、小さなエアコンで冷房できるように工夫すべし。
  電力ピークをもたらす主犯は?
  オフィスこそ「冷房中毒」、節電はここから
  本当に「暑い」なら、つつましくエアコン冷房を

Q2 エアコンなしで夏は過ごせる?
 2-18
  A.人間は暑さに強い動物だが、それは「汗が乾く」から。湿度の高い日本の夏に、「冷房なし」は熱中症の危険。
  人間はウマ並みに暑さに強い?
 2-20
  「日本の夏」は「アフリカの夏」より過酷
 2-21
  本当に「暑い」なら、頼りはエアコンだけ
 2-22

Q3 冷房が最大?
  A.給湯や照明、家電のエネルギーの方がはるかに多い。
  イメージと実際のズレ
  給湯、照明、家電はなぜ多い?
  誤解の原因は前月との比較、ベースの消費を見逃すな

Q4 住まいは夏を旨とすべし?
  A.夏と冬のどちらかを優先するならば「冬を旨とすべし」。
  通風オンリーは真の「夏旨」にあらず
  冬の備えは不可決
 4-32
 4-33

Q5 選ぶならハイパワーのエアコン?
  A.「能力過大」は効率に難。小さなエアコンで効率良く冷やせる工夫を。
  まずはAPF[円環エネルギー効率]の高いエアコンを選ぼう
  つつましい冷房ができるプランを
  冷房の最低限必要な電気は何W?
  太陽光発電と相性が良いエアコン冷房
  通風と冷房のバランス

第2章 夏への備え
冬が大事と言ってみても、やはり夏への備えは気になるもの。実は、夏への備えはそんなに難しくない。夏を涼しく過ごすためには、まずは侵入してくる熱を減らすのが先決。風への期待は「ほどほど」が一番。冷静な敷地分析とディテールを忘れずに。
Q6 暑さ対策は設計段階から完璧に?
  A.夏の備えは「後付け」上等。内部発熱も、日射熱も、完成後の対策で効果を発揮。
  「電子レンジの法則」熱量(J)=ワット(W)×時間
  内部発熱撲滅!「マラソン家電」をマークせよ
 6-47

  内部発熱100Wで温度は何℃上がる?
 6-49
  西窓は「小さく小さく」
  南窓は夏・冬のバランスを
  夏の備えは「後付け」上等

Q7 通風はクール?
  A.通風で涼をとることは、光条件の敷地でないと難しい。
  クールな空気を探せ
  まず隣棟間隔、次に平面計画
  「過度な期待」には秋風を

Q8 卓越風を信じよ?
  A.住宅地の風は気まぐれ。どの方向からの風も捉えられるよう、窓の工夫を。
  気象台は全知全能にあらず
  風は気まぐれ、建物1つ建てば「想定外」に
  風は風来坊、どんな向きでも乗りこなす工夫を
  風は人にぶつけよう
  「開けるのが楽しい窓」こそ通風の鍵
  「ディテール命」で風をつかまえよう

第3章 吹き抜け・大開口
設計者も建て主も夢中にさせる吹き抜け・大開口。写真写りの良い空間をつくり出すのに欠かせない夢のアイテムだが、安易な乱用は禁物。光・熱・空気のそれぞれに、やっかいなトラブルが吹き出すことになる。その真実を見ていこう。
Q9 もっと光を?
  A.むやみに窓を大きくすると明暗比が過大になり、かえって暗く感じる。
  人る員目は太陽光に最適化されている
  残念、強すぎる!
  大窓は部屋を「暗く」する
  天窓光をつかまえよう

Q10 大窓でダイレクトゲイン?
  A.太陽熱を窓から直接取り込むダイレクトゲインは、簡単そうに見えて、実はとても難しい。
  ダイレクトゲインは「攻め」の手法
  真冬でも「オーバーヒート」を警戒せよ
  RC造は理想の素材にあらず
  ガラスは透明?

Q11 吹き抜けは最高?
  A.暖房するのが非常にやっかい。温風が床に届かずムダが多い。
  温風が床に届かない
  無人の空間を暖房するはめに

Q12 次世代基準で断熱は万全?
  A.仕様やQ値[熱損失係数]だけでは省エネ性・快適性は保証されない。「ワンランク上」も検討を
  「できたらいいね」の省エネ基準
  「3つのルート」の怪
 12-95
  ルートいろいろ、ダイエットもいろいろ
  ルートCの「食材しばり」ではカロリー決まらず
  ルートBの「カロリー制限」も万能にあらず
  ルートAが無理なら「ワンランク上の仕様」に

Q13 気密は息が詰まる?
  A.気密は暖房の要。気密なしでは換気も効果半減。
  問題1:暖房するほど寒くなる
  問題2:断熱が利かない
  問題3:換気ができない
  やっぱり気密は不自然?

前真之『エコハウスのウソ[増補改訂版]』(2015年)② 2月13日

第4章 夏への備え
 冬が大事と言ってみても、やはり夏への備えは気になるもの。実は、夏への備えはそんなに難しくない。夏を涼しく過ごすためには、まずは侵入してくる熱を減らすのが先決。風や放射冷却への期待は「ほどほど」が一番。ともすると過剰になりがちな夏対策のホントを明らかにしていこう。
Q.19 通風はクール?
 通風で涼をとることは、光条件の敷地でないと難しい。
 クールな空気はどこにある?
 まず隣棟間隔をチェック、次に平面計画で両面開口を
 通風への過度の期待は「クールダウン」を

Q.20 卓越風を信じよ?
 住宅地の風は気まぐれ。どの方向からの風も捉えられるよう、窓の工夫を。
 気象台は全知全能にあらず
 風は気まぐれ、隣に建物1つで風向きは「想定外」に
 採涼の風は「人のいるところ」へ届けよう
 「開ける」のが楽しい窓」こそ通風の鍵
 「ディーテール命」で風をつかまえよう

Q.21 暑さ対策は夏専用のやり方でないとダメ?
 吹き抜けや大きな庇など、夏専用の対策はほどほどに。まずは「夏冬共通」の対策をしっかりと施すべき。
 夏専用の「通風偏重」がもたらす悲劇
 家の中に潜む内部発熱をリストラせよ!
 西・東の日射遮蔽は徹底、南はどうする?
 日射遮蔽は「後付け上等」でお気楽に
 屋根は防衛ラインを積み重ねて対処せよ
 解放的なプランを可能にしてくれる「断熱・気密」
 
Q.22 夜間放射で夏の夜もヒンヤリ?
 「放射冷却」は乾燥地帯で有効。雲が多く、湿度が高い日本では過度の期待は禁物。
 サーモカメラで空を見てみると……
 夜間放射の強さは湿度と雲の量で決まる
 高温多湿の日本では夜間放射は効かない
 放射冷却は両刃の剣、冬の冷え込みの原因にも
 日本では夏のメリットより冬のデメリットに注意

第5章 吹き抜け・大開口
 吹き抜け・大開口は、設計者も建て主も夢中にさせる「空間の魔術師」。見栄えの良い夢のアイテムだが、乱用すれば、光・熱・空気それぞれに、やっかいなリスクを抱え込むことになる。見かけの良さに隠された「不都合な真実」を見ていくことにしよう。
Q.23 吹き抜けは最高?
 暖房するのが非常にやっかい。温風が床に届かずムダが多い。
 温風は軽い。下に向いても床にはなかなか届かない
 吹き抜けがあると無人の空間を暖房するハメに

Q.24 気密は息が詰まる?
 気密は快適・省エネ暖房の要。気密なしでは機械換気も効果が半減する。
 問題1:低気密では暖房するほど寒くなる。
 問題2:低気密では断熱が利かない
 問題3:低気密では機械換気が機能しない
 それでも気密はやっぱり不自然?

Q.25 もっと光を?
 むやみに窓を大きくすると直射光で明暗比が過大になり、かえって暗く感じてしまう。
 人間の目は太陽光に最適化されている
 太陽の直射光は照明に強すぎる!
 太陽からの直射光は部屋を「暗く」する
 空に開いて天空光をつかまえよう

Q.26 大窓でダイレクトゲイン?
 太陽熱を窓から直接取り込むダイレクトゲインは、簡単そうに見えて、実はとても難しい。
 真冬でも「オーバーヒート」を警戒せよ
 ガラスは透明に見えても透明にあらず?
 RC造[Reinforced Concrete 鉄筋コンクリート造]は理想の素材にあらず。木造の熱量アップが課題

第6章 暖房
 断熱・気密をしっかりとったとしても、なかなか「無暖房」は難しい。寒い冬を過ごすには、暖房の助けが不可欠である。ところが日本では暖房の「模範解答」がいまだ見つかっていない。快適で省エネな暖房はどうあるべきか、そもそも暖房とは何なのか。分かっているようで分かっていないこの問題を、いま一度考えてみよう。
Q.27 暖房で体を温めよう?
 体を加熱するのは「採暖」。暖房は空気や壁を温めて体の放熱を穏やかにするのが目的。
 暖房は人体を加熱するにあらず
 27-263
 片側だけ加熱の「採暖」は不快で危険
 27-265
 究極の快適暖房はいつまでも飽きない「コメの空間」

Q.28 エアコンは暖房に向かない?
 使い方を間違えなければ、エアコンは究極の暖房器具。「必要最低温」が省エネのカギ。
 エアコンの高効率は「ヒートポンプ」のおかげ
 ヒートポンプは熱をつくらず、熱を移動させるのみ
 ヒートポンプは素晴らしい技術、されど魔法にはあらず
 エアコン暖房の生命線は外皮の断熱気密にあり

Q.29 空気は働き者?
 空気は「対流」で熱を伝える主役。決して優秀な働き者ではないが、おかげで我々は快適に過ごせる。
 対流はボールの流れ、ボールの流れで伝熱力が決る
 空気は当たりが弱い、次善対流では特に弱い
 空気は「パスがヘタ」「コントロールにも難」
 空気は怠け者、だから対流放熱が穏やか

Q.30 隠せばハッピー?
 エアコンを隠すと性能が大幅に低下する。床暖やヒーターなど「隠しやすい設備」にもご用心。
 エアコンは醜い、されど隠すべからず
 床暖房ラブの本音は「設備を隠せる」から?
 寡黙な電気ヒーターはH25省エネ基準で「御法度」に
 全ての細部が必然
 30-289


Q.31 放射は暖房の救世主?
 放射は手強い。対流とのバランスを忘れずに。
 放射は一本やり、後ろに回り込まない
 欧米のリビングは暖炉前のソファに秘密あり
 放射の正体は電磁波の仲間の「遠赤外線」
 四方八方に目配りして放射環境の改善を

Q.32 薪ストーブは原始的?
 薪ストーブはハイテク。ポイントは「置き場所」と「煙突」。素人判断は危険。
 薪かペレットか、それが問題だ
 32-301
 薪のご用意は計画的に
 薪ストーブは超高温暖房、置き場所が最重要
 32-305
 薪ストーブでは煙突を侮るべからず
 32-306
 薪ストーブは意外と難しい、素人仕事はキケンがいっぱい

第7章 再生可能エネルギー
 「太陽光発電を載せずんば家に有らず」の今日この頃。身近に発電できるのは魅力だが、太陽光発電を載せておけばエネルギー問題は解決するのだろうか。そういえば、最近耳にしない太陽熱給湯はどうなったのか。太陽から得られる「電気」と「熱」。この2つを中心に、地球に優しい「再生可能エネルギー」を考えてみよう。
Q.33 エネルギーは創り出せる?
 地球上のエネルギーはほぼ100%太陽起源。我々にできるのは、太陽エネルギーの「形」をちょっと変えることだけ。
 地球上のエネルギーはほぼ全て太陽の恵み
 太陽を忘れ化石エネルギー中毒になった現代人
 太陽がない時にこそエネルギーは必要という不都合
 世界の再生可能エネは風力中心、PV[太陽光発電]は夏のピーク専用?

Q.34 ソーラー=太陽光発電?
 エネルギーの質は電気有利も、太陽熱利用にも長所あり。
 太陽光発電はなぜ偉いのか
 電気は「リンゴジュース」、りんごよりも高密度
 太陽光発電の圧勝か?
 要は導入コストの問題、安ければ太陽熱にもチャンス

Q.35 太陽光発電が日本を救う?
 太陽光発電は素晴らしい再エネだが、限界もある。ブームやバッシングではなく着実な普及が望ましい。
 系統連携のPVはパラサイト、火力発電が不可決
 ライバルはメガソーラー、いい屋根かどうかを見きわめよう
 迫りくる「2019問題」、10年後もPVは発電している?
 固定期間終了後、PV売電価格は10円以下に?
 可愛さ余ってソーラーバッシング?

Q.36 平時でも蓄電は美徳?
 平時には電気出し入れロスが発生するだけ損。非常時も家庭ならば発電機の方が手軽。
 完全自立には巨大な蓄電池が必要に
 「完全自立」にランニングコストのメリットはない
 蓄電は「穴あき」のタンス預金。出し入れでロス発生
 電気はさっさと売りとばすのが吉
 今度の計画停電では鉄道・病院は大丈夫(らしい)
 非常時はカセットボンベ式の発電機でもOKなのだ
 「エコ」と「安心」は別もの、冷静に見極めを

第8章 電気
 節電が注目されるなか、「スマートハウス」や「ゼロエネ」といった様々なキーワードが飛び交っている。CO2の削減も世界中の最大テーマ。こうしたエネルギー問題のコアには、必ず「電気」が絡んでくる。これからは自由に買えるようになる電気、このムツカシイ問題について、いま少し考えてみよう。
Q.37 HEMS[Home Energy Management System]は最強の節電ツール?
 現時点では元が取れるか疑問だが、将来には期待。一番お得な省エネは「節湯」。
 HEMSのホントの評判は?
 HEMSはペイするのか?
 月々の検針票、活用しないのはもったいない!
 スマートメーターなら30分間隔の電力値が分かる
 「元がとれる」省エネなら節湯シャワーが一番おトク

Q.38 省エネよりゼロエネ?
 建物外皮・設備・PVどれにお金をかけるべきか。メリットをよく考えよう。
 遂に減り始めた日本のエネルギー消費
 これからは「ゼロエネ住宅」が当たり前に?
 経産省ZEHはHEAT20G1レベルの外皮+高効率設備+PV5KW
 ゼロエネ目標だとPVは必須アイテムだが……

Q.39 目指せCO2削減?
 電力のCO2原単位は変動大。みんなが共有できる目標はまず「省コスト」。
 電気のCO2は地域や粘土でコロコロ変わる
 やっぱりコスト一番、昭和30年は電気が10倍高かった!
 まず一番ピンとくる「省コスト」から

Q.40 オール電化はオールエコ?
 使用機器や使い方によっては「増エネ」を誘発してしまう。自由化で電気vsガスは無意味に。
 ヒートポンプ給湯機「エコキュート」の効率はモード次第
 深夜電力といえどもムダ使いは許されない時代に
 電気はもっとメーンのエネルギー源になっていく
 「電気VSガス」の闘いは小売自由化で過去のことに

エピローグ
 これまで8つの章40のテーマにわたり、エコハウスを種々な視点から論じてきた。残念ながら「ホント」の答えにはいまだたどり着いていない。エコハウスとは結局何なのか、そもそも「本当に必要なのか」さえ分からなくなってくる。本書の締めくくりとして、この禁断のテーマを検証する。
 あなたはエコハウスが好きですか?
Q.41 結局、エコハウスは必要なの?
 必要。ただし、真剣に努力して「本物」を増やさなければならない。
 そもそもなぜエコハウスを目指すのか?
 結局、エコハウスは誰のため?
 41-377
 エコハウスのウソをみんなで測って「ガッテン」理解
 エコハウスはみんなのもの、努力すれば必ず手に入る


前真之『エコハウスのウソ[増補改訂版]』(2015年)① 2月13日

3月19日(日曜日)に開催される環境学習会『健康・快適で電気代も安心な新しい家づくりと暮らし方~今、住宅用太陽光発電が必要な理由~の講師、前真之さんの『エコハウスのウソ[増補改訂版]40の誤解と1つのホント』(日経BP、2015年12月)を読みました。2020年8月に『エコハウスのウソ 2』(詳細な目次は当ブログ記事を見て下さい)が出版されていますが、併せて読んでおくとよいでしょう。
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前真之『エコハウスのウソ 増補改訂版  40の誤解と1つのホント』目次
はじめに

プロローグ 省エネ基準義務化
 欧米では省エネ基準がとっくに義務化され、省エネ基準か「任意」の日本は遅れているといわれてきた。ついに日本でも、2020年までに全ての住宅で省エネ基準がぎむかかされるらしい。義務化というと、全ての家がエコハウスになるビッグなことが熾きそうな気がしてしまうが、実際のところはどうなのだろう。
Q.1 2020年以降、全ての家がエコハウスに?
 2020年に省エネ基準が義務化されるが、レベルは低く設定されている。「クリア」できて当たり前」。
 エネルギーを規制していなかった「外皮のみ」H11基準
 H25基準は消費エネルギー量そのものを規制
 1次エネを「漠食」する電気生焚設備は永久追放
 H25基準は「15年前の外皮」+「時代遅れの設備」
 なぜ基準値は低レベルになってしまうのか?
 H25基準は「ミニマム」、さらに上を目指すべき
 
Q.2 新省エネ基準を守るだけで暖かい家になる?
 2-22
 H25基準には断熱の規定はあるが、特に温暖地では最低限レベル。さらに上を目指すべき。
 気候区分は6区分⇒8区分に
 断熱性が「Q値」⇒「外皮平均熱貫流率UA」へ変更
 日本の断熱基準は温暖地で緩すぎる
 まずは民間規格「HEAT20」のG1・G2レベルを目指そう
 暖房時熱負荷のザックリ見積もりは意外と簡単
 気密なき断熱は無力なり!

Q.3 地域の気候は「8区分」でバッチリ?
 省エネ基準の8区分は気候の一要素を取り出して決めたもの。日射量なども考慮した総合的な気候分析がエコハウス実現のカギ。
 ケッペンの世界気候区分では日本は「温帯湿潤」
 夏は地域間で大差なし、冬は寒冷地と温暖地で大きな差

Q.4 家なんてどこに頼んでも同じ?
 選び方を間違うと、「寒い」「増エネ」な家になる。建築主の勉強が不可決。
 4-41
 大手メーカーは「H25基準」をほぼクリア
 建築課ルートでは「一点突破」型に要注意
 ハイレベルな「スーパー工務店」が続々登場
 4-47
 「安かろう悪かろう」の建売事業者も侮れない?
 信頼できる会社を見つけられれば「8割成功」

第1章 人と気候
 エコハウスの第一歩は、敷地の気候を丁寧に読み解くこと。そして、建物の中に暮らす我々人間の体の特徴をしっかり認識することが欠かせない。ところが、気候や人間を素直に理解することは結構難しい。思い込みやイデオロギーは横に置いて、いま一度この日本の気候と我々の体を見つめ直してみよう。
Q.5 人間は暑さに弱い?
 人間は動物のなかでも「暑さにめっぽう強い」。弱点は「寒さ」。
 恒温動物は「熱を捨てる」宿命を負った生き物
 人間は1時間に1500グラムの汗をかける
 乾燥した気候を「持久力」で生き延びた人類の祖先
 アフリカ育ちの体で世界に広がった人類
 
Q.6 湿度はパーセント(%)が当たり前?
 6-60
 湿度にはいろいろな表現があり、「相対湿度(%)」よりも「湿球温度(℃)」の方が実感に近いこともある。
 湿度は「髪の毛」や「水」で計測できる
 1日のなかで湿球温度はほとんど変わらない
 「暑さ指数」の主役は湿球温度

Q.7 エアコンなしでも日本の夏は大丈夫?
 人間は暑さに強い動物だが、それは「汗が乾く」から。湿度の高い日本の夏に、「冷房なし」は熱中症の危険。
 アメリカでは湿球温度の快適上限21℃
 湿球25℃では汗をかいても乾かない
 日本の夏と冬はどちらも結構厳しい
 日本の夏、「温度を下げる」「湿度を下げる」どちらかは必要
 高齢者は熱中症のリスクを忘れずに
 
Q.8 温暖地は冬の朝も温暖?
 気温は「日平均」の値だけ見ていてはダメ。一番冷え込む明け方の「日最低」のチェックが肝心。
 気温は「時々刻々」変化している
 明け方の冷え込みは「日最低の月平均」でチェック
 冬の昼に晴れる地域ほど明け方の冷え込みに注意

Q.9 日ノ本の国はどこでも太陽サンサン?
 冬の日射量は地域差が大きい。冬に開口部から日射を入れるには高性能なガラスの選定が必要。
 年間の水平面日射量は地域差が小さい
 冬の南垂直面への日射は地域差3倍!
 晴れと曇の日射量をチェック
 ダイレクトゲインの損得は地域とガラス次第
 
Q.10 結局、住まいは夏を旨とすべし?
 「夏旨(なつむね)」は通風偏重・断熱気密軽視の言い訳に使われていることが多い。日本の家はまず「冬旨(ふゆむね))でつくっておくべし。
 夏は大事、されど「夏旨」にはご用心
 10-96
 快適性モデル「PMV・PPD」で「快・不快」を知る
 温度と湿度の関係をオルゲーとPMV・PPDで比較
 通風でどこまで涼しくできる?
 日本では外気そのままで快適な時間はごく短い
 本当に備えが必要なのは、やはり冬
 夏冬どちらかとすれば、まずは「冬を旨とすべし」
 10-105

第2章 建物の外皮性能
 高効率エアコンや太陽光発電に比べて、地味な感じのある外皮性能。家を買うときに、建物の「皮」まで気にする人は少ないかもしれない。けれども、外皮の断熱・気密は建物の温熱環境や省エネ性を支える基礎体力。建物の「足腰」を鍛えることが、真のエコハウスへの王道なのだ。
Q.1 1 離れた壁や窓、天井の温度は快適性に無関係?
 人間の体は離れた物体と放射で熱をやりとりしている。周辺放射温度は快適性に影響大。
 11-111
 熱の伝わり方は3通り[伝導・対流・放射]
 室内での人体放熱は「対流」と「放射」がメーン
 快適に空気温度と放射温度の組み合わせを探す
 一番不快なのは「熱い天井」、次に「冷たい壁」
 
Q.12 ローイーガラスって日射を遮蔽するガラスでしょ?
 ローイー(Low-E)は「低放射」の意味で、主目的は放射による熱ロスのカット。日射に関しては「透過型」と「遮蔽型」がある。
 日本の「ガラス障子」は窓にあらず
 熱ロスの3ルート[伝導・対流・放射]を遮断せよ!
 ローイーガラスは当たり前に、でもその選び方は?
 「目に見えない」太陽光を入れるべきか防ぐべきか?
 南窓には透過型、東・西窓には遮蔽型がセオリー

Q.13 日本の窓はずっと世界サイテー?
 アルミサッシの成功体験で、高断熱窓の普及が遅れたのは事実。しかし、日本でも世界水準の高断熱窓が続々登場している。
 13-130
 アルミサッシの成功体験が裏目に出た?
 「アルミ死守」(?)のサッシ業界
 13-134
 ドイツではUw値1.3超の低断熱窓はは禁止されている
 窓が進化すると家は「明るく」「暖かく」?

Q.14 断熱材と構法にこだわれば断熱はバッチリ?
 あらゆる断熱材・断熱構法には長所・短所がある。丁寧な施工が性能確保のカギ。
 住宅着工は激減するも断熱材の売り上げは堅調
 断熱材は小さな穴で空気をフリーズさせる
 それぞれに一長一短、「完璧な断熱材はない」
 14-147
 断熱の種類と構法は「適材適所」で

第3章  冷房
 「節電」が最大の関心事になるなかで、目の敵にされているのが「エアコン冷房」。しかし、住宅からエアコンをなくせば全ての問題は解決するのか。そもそもエアコンで冷房することは、そんなに「イケナイ」ことなのだろうか。
Q.15 家のエアコンは節電の敵?
 まず頑張るべきはオフィス。住宅はエアコンで賢く冷房できるように工夫すべし。
 夏の昼に電力ピークをもたらす真犯人は?
 15-156
 オフィスこそ「冷房中毒」、節電はこっちから
 ついに減り始めた夏の昼間の電力ピーク
 PV[太陽光発電]普及しつつある今、夏の冷房は恐るに足らず!
 太陽光発電と相性抜群のエアコン冷房
 15-163

Q.16 冷房が最大?
 給湯や照明、家電のエネルギー消費の方がはるかに多い。
 16-164
 一番エネルギーを使うのは?イメージと実際のズレ
 16-166

 16-166-2
 給湯、照明、家電の消費エネはなぜ多い?
 誤解の原因は前月との比較偏重、通年での消費を見逃すな

Q.17 選ぶならハイパワーのエアコン?
 「能力過大」は効率に難。小さなエアコンで効率良く冷やせる工夫を。
 まずは年間エネルギー効率APFが高いエアコンを
 エアコンの効率向上はもはや限界に
 「○○畳」の目安は断熱等級3の貧弱な建物を想定
 つつましい冷房ができるプランを

Q.18 除湿は冷房よりもエコ?
 きちんと気密防湿がされていない家で除湿すると、膨大なエネルギーが必要になる。
 18-178
 温度を下げるか湿度を下げるか?それが問題だ
 空気が持つ熱量「エンタルピー」は顕熱・潜熱の2種類
 夏の炎天下、1時間の電気代はいくら?
 「冷房」と「除湿」、エアコンの効率にも大きな違いが
 冷房を毛嫌いせず、温度・湿度の制御を真面目に考えよう
 18-189

前真之『エコハウスのウソ 2 』(2020年)② 2月4日


前真之『エコハスノウソ 2 』PART2 目次
   PART2 変わらない真実-対策編
 エコハウスのウソpart2
  省エネ技術が進み、社会や家づくりへのニーズも変わってきた。
  だが、真のエコハウスに必要な対策は、実は大きく変わってはいない。
  理想とする暮らしや地域制、予算に応じて数ある手法を組み合わせ、健康・快適・ゼロエネのエコハウスを確実に手に入れよう。
    第6章 冬の備え
  吉田兼好には申し訳ないが、『エコハウスは冬を旨とすべし』。低断熱・低機密の“スカスカ外皮”の住宅に太陽光発電を載せたところで、期待した効果は得られない。それどころか、寒さに耐えながら高い電気代を払い続けるハメになる。数値だけに惑わされない「冬の備え」について考えてみよう。
    Q15 空気の温度さえ高ければ冬も快適?
  ▶快適な温熱環境とは、ずっとその場所に居続けられる「不快がない」環境を表す。
  ▶代謝熱と放熱のバランスが取れていることと、局所不快がないことの2つが大前提。
   建築物省エネ法の断熱等級4では暖かい家にならない
   空気温度だけではなく放射温度込みの「作用温度」が肝心
   冬に最も快適な作用温度は「24℃」
   局所不快①上下温度差:断熱・機密の徹底が唯一の解決法
   局所不快②床表面温度:素足なら床仕上げ材の選択が重要
   局所不快③気流感:吹き出し空気は人体に直接ぶつけない
   局所不快④:放射不均一:単板がらすの窓は体の片面が冷える
   湿度何%なら乾燥感はなくなるの?
   高温空気をなくすことが乾燥感の低減につながる
   冬の不快を解消するのは断熱・気密+全館24時間空調

    Q16 [小さな複数連続させた]ポツ窓住宅は省エネ?
 8618
  ▶窓は外皮断熱における最大の弱点。
   ガラスやフレームは必ず高断熱タイプを選ぶ。
  ▶大きさや開き方を詳細に検討すれば、ポツ窓でなくても高断熱にすることが可能。
   断熱等級2・3・4からHEAT20 G1・G2・G3へ
   建築物省エネ法の断熱指標Ua値は換気と湿気をカバーしない
   部位の熱貫流率U値に面積をかけた合計が外皮熱損失量q値
   窓の断熱はガラスとフレームの両方を対策すること
   窓の高断熱化は戸建てでは進むも集合住宅では普及途上
   窓の熱貫流率Uw値は計算方式で大きく違う
   Uw値を下げるにはフレーム面積を小さくするのが効果的
   同じ窓面積ならフレームの細いFIX・片引きがUw値小

    Q17 UA値さえ小さければ気密なんて気にしなくていい?
 8643
  ▶省エネ法の「外皮平均熱貫流率Ua値」は、熱損失のうち熱貫流率しか考慮していない。
  ▶漏気・換気による熱損失低減も含めた総合的な熱損失の削減が重要。
   壁もシングル断熱からダブル断熱へ
   漏気を減らすためには気密化で相当隙間面積C値を減らす
   熱貫流・換気・漏気の削減は熱損失全体のバランスで
   「熱貫流→漏気→熱交換換気」で建物全体の熱損失を削減

    Q18 健康・快適な全館24時間暖房は高くつく?
  ▶暖房コストは、「熱暖房負荷」と熱器効率と燃料単価による「暖房燃費」で決まる。
  ▶全館24時間暖房は建物の熱損失削減と低燃費暖房で、リーズナブルな暖房費で運用可能。
   断熱・気密を改善すればエアコン暖房でも快適に
   家全体を温めるには「断熱気密+全館24時間空調」が有効
   床暖房は温水床パネルを広めに敷き詰めるのが吉
   放射パネルはパネル面積と設置場所がポイント
   温水暖房は熱源効率も高効率タイプを
   薪ストーブを採用するなら設置場所に注意
   家全体の熱収支の赤字分が「暖房熱負荷」
   暖房費は暖房熱負荷と燃料単価・エネルギー効率で決まる
   暖房熱負荷低減と低燃費暖房で全館24時間暖房をお安く

    Q19 冬の無暖房なんて絶対無理?
  ▶暖房負荷などの熱損失を減らし、日射熱で熱取得を増やせば、無暖房化は実現可能。
  ▶窓性能の詳細計算と、ガラス・開き方まで考慮した「窓全体の最適化」が低コストのカギ。
   日射熱取得を増やすには窓の断熱・日射取得の詳細計算が有効
   南の窓は必ず「日射取得型」のガラスを選ぶ
   ガラス面積率が減る「引き違い」は損
   値の削減に木を取られて安易な窓面積ダウンは禁物
   日射取得型ガラス・FIX窓に変更するだけで改善できる
   無暖房住宅は夢物語にあらず、既に実現している
   日射熱が広がるプランと蓄放熱で住宅全体を1日中暖かく

    Q20 部分リフォームでは寒くても仕方ない?
  ▶部分リフォームの「ついでに断熱」でも、暖かい家に改修することは十分に可能。
  ▶効果の大きい場所から壇越強化するのが肝心。「最大の弱点」の窓を優先し、床の断熱気密も
   部分リフォームでも「ついでに断熱」がおススメ
   断熱リフォームで全ての「赤点住宅」を合格点に引き上げる
   「まずは窓・床から」が断熱リフォームの定石
   内窓は断熱リフォームの第1候補、コスパの抜群
   床の断熱気密と気流止めで床下冷気の侵入を防ぐ
   リフォームでは新築以上に暖房設備の選択を慎重に
   健康・快適な生活ゾーンをコンパクトにまとめる
   廊下や寝室も生活ゾーンに取り込むプランで健康温度を確保
   浴室・脱衣室やトイレにも暖房設備を設置
   リフォームに正解なし、条件に合わせた合格点を

 第7章 夏の備え
  高断熱・高気密な住宅ほど重要になるのが、日射遮蔽をはじめとした「夏の備え」。昔ながらの遮熱や通風だけの暑さ対策では、限界がきている。近年ますます暑さが増す日本において、快適な冷房を低コストで実現するための対策も重みを増している。
    Q21 冷房はギリギリまでガマン?
  ▶冷房の不快の元は、低断熱の屋根による放射温度上昇と無理やりな低温空気冷房。
  ▶外皮断熱を強化のうえ、日射遮蔽の徹底を。
  ▶暑さ指数25℃オーバーなら躊躇せずに冷房ON。
   日本伝統の夏対策では限界、気温上昇で冷房が必要に
   暑さ指数が警戒レベルなら躊躇せずに冷房ON
   暑さ指数WBGTは空気温度・湿度・放射温度を総合的に評価
   夏の不快要因には「湿度」の他、「高温の天井」も影響
   人間特有の発汗蒸散は、乾燥環境なら強力な冷房効果あり
   夏に最も快適な作用温度は26℃、湿度の影響は?
   除湿は省エネにあらず、温度を下げる方が快適で節電に
   夏の不満は高い放射温度と日射熱が主因
   冬も夏も快適な室内環境のためには建物外皮の性能が肝心

    Q22 日射遮蔽は軒や庇で安心?
  ▶高断熱住宅ほど日射遮蔽の徹底が必須。
   無対策の「のっぺら住宅」はもってのほか。
  ▶直達・天空日射の両方を、窓外側の「面」で防御。
   軒・庇の出が大きいと冬の日射取得の障壁に。
   冷房期の平均日射熱取得率ηAC値[イータエーシー値]の計算はUa値より面倒
   図面では確認できない日射遮蔽の付属部材は無視される
   安易なηAC値削減で日射遮蔽型ガラスの採用はNG
   高断熱に見合った日射遮蔽の基準値が定められていない
   日射遮蔽を強化しない高断熱化はオーバーヒートの原因に
   効果的な日射遮蔽は太陽の位置の理解から
   日射は「直達」と「天空」の2つ、夏は天空の割合が多い
   庇・軒は高い高度からの直達日射しか防げない
   窓外側の面で天空日射と低高度からの直達日射を防ぐ
   ガラスの外で防げない場合の次善の策は「反射」の利用
   日射遮蔽のやり方はいろいろ、窓は方位ごとにしっかり対策

    Q23 全館24時間冷房は電気代が高い?
  ▶ヒートポンプのスイートスポットを生かせば、全館24時間冷房は低コストで運用可能。
  ▶簡易な定風量型の登場で設置コストもダウン。
   快適性が向上し、太陽光発電とも相性抜群。
   最もメジャーな個別エアコン冷房は「居室間欠運転」専用
   壁掛けエアコンのファンは空気を遠くに送る力「静圧」が弱い
   ダクト式全館冷房は各部屋に冷気をしっかり届ける
   全館空調は簡単安価な定風量(CAV)が主流に
   庇の日射遮蔽と内部発熱が冷房最大の敵
   暖房の暖気は下に、冷房の冷気は横に吹き出す
   冷房をきちんと効かせるには送風量の確保が絶対条件
   屋根の断熱+窓の日射遮蔽+全館24時間冷房は非常に快適
   全館24時間冷房でも電気代は意外と安い

    第8章 空気とお湯
  新型コロナウィルスの感染拡大の影響があり、一気に関心が高まった「換気」。実はこれまでかなりいいかげんに扱われたきた設備である。メンテナンスを含めた空気質の維持と、省エネを確立する丁寧な設計・施工が求められる。「給湯」もまだまだ工夫の余地あり。
    Q24 花粉対策は空気清浄機が1番?
  ▶空気清浄機は室内空気質確保の脇役。屋外から室内への花粉持ち込みを防ぐのがカギ。
  ▶換気の吸気口にフィルターを付け、外から侵入する花粉をブロックするのが効果的。
   空気清浄機の脱臭試験はたばこ煙の3成分だけが対象
   「換気」と「付着」の花粉侵入ルートを塞ぐ
   侵入した花粉は床面に沈下するので床掃除が肝心
   新型コロナ対策でも「換気不足を補う」脇役

    Q25 換気設備は設置さえすればOK?
  ▶室内空気質確保の「主役」は換気設備。
   給気・排気がしっかりできる設計・施工を
  ▶換気の生命線はメンテナンス。給気口やフィルターの清掃のしゃすさは超大事!
   昔の家は漏気メイン「局所換気」で臭いを排出
   1990年代には気密化と合成建材でシックハウスが大問題に
   2003年の建築基準法改正で換気設備が義務化
   全館換気は第一種・第二種・第三種の3タイプ
   建築基準法改正で義務化されたのは換気装置の「設置」だけ
   1年8760時間動く換気ユニットは省電力タイプを選ぶ
   ダクトは「太く」「滑らか」にしないと空気が通らない
   換気システムの生命線は「メンテナンス」のしやすさ
   第三種換気では各居室の給気口メンテナンスも必要

    Q26 換気をしたら寒くなる?
  ▶外気を給気する第三種換気システムは、寒さを感じさせない給気口位置の工夫が必要。
  ▶排気の熱を給気に使う熱交換換気なら、暖房熱負荷減と冷気を防ぎながらの換気が可能
   寒さ防止と熱ロス削減が無暖房化のカギ
   生の空気は寒さと暑さの原因に
   第三種換気の省エネならデマンド換気で換気量を抑制
   熱交換換気で排気の熱を取り戻し給気を予熱する
   熱区間換気システム選びのチェックポイント
   局所換気の多用は第一種換気の給排気バランスを崩す
   ダクトレス熱交換換気は2個1セットの換気ユニット

    Q27 給湯は湯水のごとく?
  ▶高効率給湯機は、住宅省エネの最重要設備。必ず高効率タイプを選択すること。
  ▶給湯省エネのためには「節湯」もコスパ良。様々な手法があるので積極的に採用しよう。
   給湯は住宅で2ばんめにCO2排出量が多い
   個別給湯から住戸セントラル給湯へ
   高効率給湯機が2000年以降に続々登場
   高効率給湯機は住宅省エネの最重要設備
   エコキュートは低温沸き上げ・適量貯湯が高効率発揮のカギ
   ハイブリッドは電気ヒートポンプを貸す瞬間式がサポート
   昼間沸き上げの老舗「太陽熱給湯設備」
   コージェネは「マイホーム発電」で排熱を有効利用
   節湯も給湯省エネがカギ! 節水もできてコスパはピカイチ

    エピローグ
  これまで8つの章27のテーマにわたり、エコハウスを様々な視点から論じてきた。取り入れるべき対策や解決すべき課題がたくさんあり過ぎると感じたかもしれない。それでも、「誰もがエコハウスに住める」のか。本書の締めくくりとして、この禁断のテーマを検証する。
  あなたはエコハウスに住みたいですか?
    Q28 みんなエコハウスに住めるかな?
  ▶誰でもエコハウスに住むことはできる。
  ▶快適な生活を絶対に諦めないこと。
   冬に無暖房・ゼロエネで健康・快適に暮らす方法は色々ある
   敷地と建物詳細を考慮できる設計ツールが最後のカギ
   「差別化」に惑わされず学び続ける優良事業者を見つけよう
   信頼できるつくり手を見つければエコハウスは建ったも同然
   優良な設計者・施工者に腕を振るってもらうために

  キーワード索引
  最後に

前真之『エコハウスのウソ 2 』(2020年)① 2月4日

3月19日の環境学習会の講師、前真之さんの『エコハウスのウソ 2 』(日経BP、2020年8月)を読みました。
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『新著:エコハウスのウソ 2  』~エコハウスの常識が、この動画で変わる?~ 19:28
(YouTube「未来のための家づくり大学」有識者や専門家に学ぼう! by Eco Works 2020.08.29)
 

前真之『エコハウスのウソ 2 』PART1 目次
 はじめに
 エコハウスのウソ2はじめに
  みんながエコハウスで暮らせるために
   健康・快適な室内環境が家づくりの最重要課題に
   新型コロナ問題で生活の中心は再び住宅に
   エコハウスを実現できなかった住宅・エネルギー業界
   全ての人がエコハウスで暮らせる幸せな時代

   
  PART1 変わる常識-基本編
  エコハウスのウソpart1

  エコハウスづくりに関係する環境・エネルギー問題や気候、新技術などの情報は常に更新され続けている。
  これまでの常識がいつの間にか“ウソ”に変わっていることも。
  設計に取り掛かる前に、前提となる常識をアップデートしよう。
    第1章 環境・エネルギー
  地球温暖化やエネルギー問題というと、家づくりには関係ないこと、もしくは個人ではどうしようもないことと思うかもしれない。だが本当は、電気代に直結する身近な問題であり、子どもたちの未来に影響する切実な課題でもあるのだ。国やつくり手に任せきりで大丈夫なのだろうか。
    Q1 地球の温暖化はウソだよね?
 8752
  ▶冬は暖かく、夏はさらに暑くなっている事実を、日本全国の気象データは裏付けている。
  ▶地球温暖化は「リアル」な脅威であり、全世界の早急な対応が求められる。
   世界の結論は「温暖化は疑う余地なし」「人間が原因」
   建築物省エネ法「地域区分の見直し」の衝撃
   冬の寒さは和らいできている
   夏の暑さは危険レベルに突入
   暑さと風水害への備えを忘れずに

    Q2 住宅のCO2削減は他人ごと?
  ▶電力会社と家電メーカーのツートップに頼り過ぎた結果、住宅の質の向上が遅れる痛恨。
  ▶省エネ・省CO2と健康・快適の両立は、一人ひとりが自分ごとと認識する必要あり。
   世界はCO2排出量ゼロに向けて動き出している
   パリ協定順守のため住宅分野に厳しいCO2削減目標
   人口減でも増え続ける少人数世帯がCO2排出を下支え
   CO2削減は電力会社と家電メーカーの仕事?
   ツートップ戦略の栄光と崩壊、京都議定書もお金で補填
   日本で重視されてこなかった住宅そのものの性能確保
   家の寒さでヒートショックが大問題に
   家中を暖かくできない無断熱住宅は健康・快適の大敵

    Q3 安い電気は良い電気?
  ▶電力の全面自由化で登場した「新電力」のコストメリットは、電力消費の多い世帯限定。
  ▶電気は燃料次第でCO2排出量が変わる。安さだけでなく「きれいな」電気を選ぼう。
   電力の小売り全面自由化で好きな電気を選べる時代に
   小売電力事業者は必要な電気を個別に調達
   需要と発電の「同時同量」守れないとペナルティー
   新電力の小売シェアは都市部で増加中
   新電力の安さのカラクリはフラットな単価設定にあり
   電源の燃料構成で電気代とCO2排出量が大きく変化する
   どうせ買うならきれいな電気を選ぼう

    Q4 電気代はずっと上がらない?
 8703
  ▶将来的には、需要がひっ迫する「時間帯」や「季節」に電気単価が上がる可能性大。
  ▶買電単価上昇に備えて、太陽光を活用したエネルギー自立の家づくりが求められる。
   電気代の値上げは戦後直後とオイルショックの2回
   電気の従量単価の内訳は?
   住宅の託送料金は割高、さらなる負担の増加も
   「夏はオフィス」「冬は住宅」が需要のピークをつくる
   夏は昼下がり、冬は朝と夕方が電力需要のピーク
   電気が不足する時間帯は電気単価が高くなる時代に
   電気単価上昇に備え太陽の都合に合わせた家づくりを

    第2章 健康
  汚れた空気は体に悪い。もちろんウィルスも。健康意識の高まりから、食事に気を使う人は多いが、何か大事なものを忘れてはいないだろうか。1日3度どころか四六時中、常に体に取り入れている空気。目には見えない「室内空気質」にも、これまで以上に意識を向けるべきなのだ。
    Q5 汚れた空気は健康とは無関係?
  ▶人が体内に取り込む物質で最も多いのは「空気」。肺がん急増で死因のトップに。
  ▶健康で快適な暮らしのため、食べ物や水だけでなく、身の回りの空気質にも注意を。
   体に取り込む物質で最も多いのは「空気」
   死因で急増するのは「肺がん」と「肺炎」
   肺がんの最大の原因はやっぱり「喫煙」
   空気の汚染は発がん性が確実な「グループ1」に
   大気汚染物質は減少したが微小粒子PM2.5が問題に
   大気汚染の新たな難敵「PM2.5」
   体内に吸い込む「室内空気」にも関心を

    Q6 ウィルス対策は加湿でバッチリ?
  ▶低断熱住宅で無理に加湿すると、低温部に結露が発生してカビやダニの温床に。
  ▶それでも加湿する場合は、外皮の断熱や防湿・換気設備など総合的な計画が必要。
   インフルエンザの予防は合わせ技で
   水1日33リットル・電気代1ヵ月2万円
   低断熱住宅の加湿にはリスクがいっぱい
   湿気とカビは世界共通の大問題
   インフルエンザの感染経路は「飛沫」と「接触」
   それでも加湿するなら建物全体で計画を

    第3章 家電
  エアコンや冷蔵庫、テレビなど、いかにも電気を食っていそうな家電製品を買い替える。それが最もお手軽な節電・節約技だと思っている人は少なくない。ところが、省エネ家電の性能向上は完全に頭打ち。お手軽な省エネのネタが尽きる中、住宅そのものの性能向上が求められている。
    Q7 最新家電ならどれでも省エネ?
 8380
  ▶主な家電はトップランナー基準の目標年度を終えており、さらなる省エネは期待薄。
  ▶家電の高効率化をアテにせず、建物側で省エネ性能の向上を図っていく必要がある。
   「しんきゅうさん」で家電買い替えの節電効果をチェック
   2005年以前の冷蔵庫の消費電力量は実態と乖離
   古い冷蔵庫の買い替えはコスパ良でおススメ
   テレビの省エネは液晶化で進むも今は一段落
   益昌テレビでも大画面・高画素数なら増エネに
   貯湯式の温水洗浄便座なら買い替えがおススメ
   家電のお手軽な省エネから建物と設備の地道な省エネへ

    Q8 エアコンを買い替えれば節電に?
 8382
  ▶エアコン効率COPやAPFは長らく頭打ち。機種交換による節電は、もはや期待できない。
  ▶「畳数の目安」は大昔の低性能住宅を想定したもの。過大な能力の機種を選ぶと増エネに。
   APFは冷房と暖房の両方をカバーする効率指標
   「畳数の目安」は無断熱・日射遮蔽なしの住宅を想定
   COPはまさかの低下傾向、APFも近年は足踏み
   エアコンは中間能力に効率のスイートポットがある
   エアコンの実運転は高負荷 or 超低負荷がほとんど
   エアコン効率のスイートポットを生かす使い方

    第4章 太陽光発電
  太陽光発電は住宅の再生可能エネルギーでは、ほぼ唯一の選択肢。設置コストも手ごろになっており、割高に電気を買い取ってくれる制度も或る。蓄電池の省エネ効果には検討の余地があるが、太陽光発電を設置しない理由はもはやない。エネルギー自立に向けて抑える[押さえる?]べきポイントと「損得」をみてみよう。
    Q9 太陽光発電はもう載せなくていい?
 8719
  ▶太陽光発電は、ネガティブな情報が広がっているが、住宅の再エネではほぼ唯一の選択肢。
  ▶エネルギー自立にも必須であり,住宅用は優遇されているので絶対に載せるべき。
   設置事との補助から固定買い取り制度「FIT」へ
   買い取り価格の急変に伴う太陽光バブルの発生と崩壊
   10年経過の「アフターFIT」で買い取り価格暴落
   アフターFITの買い取り単価≒回避可能費用
   電気代に占める発電コストの原価は意外と小さい
   高価買い取りの原資「再エネ賦課金」が上昇中
   太陽光発電からの売電が断られる「出力制御」が発動
   再エネをもっと増やすことは絶対必要

    Q10 太陽光発電は売電で大儲け?
 8708
  ▶これから太陽光発電を設置するなら、「全量買い取り」ではなく「余剰買い取り」が基本。
  ▶従来の系統への売電中心から、住宅内の需要を賄う「自家消費」が重要に。
   売電方法は発電容量10㎾を境に2種類ある
   かつては「余剰買い取り」より「全量買い取り」がトクだった
   もう全量買い取りは儲からない、これからは余剰買い取り
   自家消費できるだけの適性容量の太陽光を載せるのが基本
   初期費用ゼロでも太陽光は載せられる
   売電ではなく自家消費優先で太陽光発電は必ず載せる
   
    Q11 蓄電池で停電とアフターFIT対応は万全?
  ▶「太陽光発電の自家消費」と「停電対策」を定置型蓄電池の容量で両立するのは困難。
  ▶当面はポータブル蓄電池での備えが現実的。電気自動車を活用するV2Hも有望。
   蓄電計画にはカバーしたい用途の見極めが重要
   蓄電池の「定格容量」はフルに使えない
   自家消費と停電対応の両立は?
   経年劣化は蓄電池最大の弱点
   深夜電力充電モードで使うなら蓄電池はただの「増エネ設備」
   定置型蓄電池は現状では採算がとれない
   電気の「基本料金」は将来値上がりするリスク大
   基本料金が上がればオフグリッドが採算に乗る
   オフグリッド化を見越して使い切れる容量の太陽光発電を
   完璧を目指すなら電気自動車を活用するV2H
   移動を含めたゼロエネは究極の目標、まずは建物をしっかりと

    第5章 エコハウスの目標
  真のエコハウスが腐朽していくためには、正しい政策誘導が欠かせない。だが、本当の主役はあなた自身。適切なゴール設定の下、住まい手が健康・快適な暮らしを諦めず、作り手が工夫を凝らせば、誰もがエコハウスを建てられる日は決して夢ではないのだ。
    Q12 省エネの義務化なんて必要ないよね?
  ▶建築物省エネ法の住宅の適合義務化は見送り。
  ▶低性能な「ハズレの家」を引けば、暑さ寒さと高額なエネルギーコストに苦しむことに。
  ▶政策誘導による早急な性能確保は不可決。
   建築物省エネ法は一次エネルギーの規制がメイン
   建築省エネ法「住宅」は適合義務ならず!
   トップランナー制度は「大手事業者のボトムアップ」が必要
   戸建て住宅は多すぎて手に負えない?
   一次エネ計算ができず「省エネ適合」が判定できない設計者
   住宅の適合義務化を吹きとばした「未達4割」
   「建て主は省エネを求めていない」は本当?
   適合義務化の先送りで終わらぬ悲劇
   断熱は本当に「ペイしない」のか?
   「住宅業界への忖度」で住宅ストックの9割が無断熱に
   建築の省エネが急務なワケはロックイン効果にあり
   低所得者の家こそ暖かくする国ドイツ
   
    Q13 ZEHは究極のエコハウス?
 8742
  ▶ZEHの仕様は「今どき当たり前」で、真のエコハウスというには力不足。
  ▶系統への売電に大きく依存しているため、FIT終了後はエネルギーコストが高額に。
   経産省ZEHは断熱・高効率設備・太陽光発電の3点セット
   一次エネ消費量の「その他抜き」と「その他込み」
   強化バージョンのZEH+/ZEH+Rも疑問だらけ
   ZEHならゼロエネで絶対に健康・快適?
   WEBプロでは実際の建物や生活を再現できない
   ネット・ゼロはあくまで「年間で差し引きゼロ」
   ネット・ゼロエネはゼロコストにあらず、FIT終了後は赤字に
   エネルギー消費と発電の季節変化を小さくする建物の工夫を

    Q14 エネルギーコストゼロで快適な生活は無理?
  ▶究極のエコハウスを実現するために必要な建築関係の部材は、既に一通りそろっている。
  ▶適正な容量・傾斜角の太陽光発電と年中安定のエネルギー消費量の2つがカギ。
   エコハウスは何よりもまず住まい手のために
   オフグリッドに備えたエネルギー自立住宅を目指す
   太陽光の傾斜角を大きくすれば冬場の発電量が増える
   エネルギー自立は実質ゼロコストで実現できる
   夏は高効率ヒートポンプと太陽光発電でノープロブレム
   冬は昼間の太陽熱で夜を無暖房に
   新築時はFIT活用で売電優先、FIT終了後に蓄電池を検討
   必要な部材は既にある、後は住まい手の思いと設計の知恵


大舘勝治『民俗からの発想』 1月26日

大舘勝治さんの『民俗からの発想』(幹書房、2000年)の「第4章 地域の中の子どもたち」を読みました。
民俗からの発想

第4章 地域の中の子どもたち
 日本に伝統的地域社会が存在していた昭和30年代までは、地域の子どもたちは地域社会の一員として、労働力として、あるいは祭り・行事・芸能の担い手として重要な役割を果たしてきた。大人たちも将来地域社会の円滑な運営の担い手になる子どもたちに対し、優しくあるときは厳しく見守ってきた長い歴史がある。
 子ども社会の中では、たとえば小学生であれば、底学年から高学年までが一緒になって遊んだり、祭りや行事を彼らが中心となって執行するという機会が日常的にあった。こうした子ども社会には、年齢に応じてそれぞれの役割分担があり、上級生は下級生の面倒を見。下級生は上級生に従って行動し、知らず知らずのうちに子ども社会のさまざまなルールを学んできた。ところが、近年子どもたちが主宰する遊びや祭り行事が衰退し、子どもたちが集団で行動する機会がなくなり、単独で遊び行動をするようになった。テレビと相対してバーチャルリアリティーの世界で遊び、あるいはリモコンで自動車などを動かして遊ぶなど、現実の社会での身の処し方やルールを学ぶ機会が失われてしまった。
 自然の豊かに残る山村の子どもたちでさえ自然の中で遊ぶことがなくなり、子どもの数が少ないこともあるが、親が子どものいる家まで送り届け、子どもは家の中でテレビゲームに夢中になっているというのである。
 また、労働をとおして子どもと大人が接する機会がなくなり、労働の厳しさに立ち向かっている大人たちを見る機会もなくなった。自分の父親や母親が何をして働いているのかさえ知らない子どもが多いのである。「会社に行っている」くらいの認識が普通で、家族のために汗水流している父母の姿を見る機会も少ない。
 本章では、「子どもと仕事」・「子どもと祭り・行事」・「子供と遊び」をとおして、現代の家庭や地域社会に失われている子どもたちの世界について考えてみる。(108~112頁)
第4章 地域の中の子どもたち 目次
1 子どもと仕事
 (1)仕事で学ぶ
 (2)お茶休み
 (3)田植え休み
 (4)蚕休み
2 子どもと祭り・行事・芸能
 (1)獅子舞を担う子どもたち
 (2)子どもの祭り・行事
   1 衰退した子どもの祭り(事例1)「初午行事」
   2 衰退した子どもの祭り(事例2)「厄除け獅子」
   3 祭りを担う子どもたち「お雛粥」「天神マチ」「トーカンヤ(十日夜)」
 (3)オヒナゲエ(お雛粥)
   1 河原沢のオヒナゲエ(お雛粥))
    ①お雛粥の準備
    ②お雛粥の当日
   2 と絶えたお雛粥
 (4)田ノ頭集落の天神マチ、トーカンヤ(十日夜)
   1 昭和59年の天神マチ
   2 平成12年の天神マチ
 (5)お雛粥・天神マチが教えるもの
3 自ら創造する遊び
 (1)「遊びの野球」の復活
 (2)べいごま・めんこの遊び

天神講⑥ 天神講が教えるもの 1月26日

大舘勝治さんの『民俗からの発想』(幹書房、2000年)の150~152頁です。
(5)お雛粥・天神マチが教えるもの
 秩父郡小鹿野町の赤平川流域の集落には、お雛粥をはじめ天神マチ、十日夜など、子ども組が主宰する行事が行われてきた。天神マチは今でも続けられているが、お雛粥や十日夜の行事は姿を消してしまった。姿を消してしまった行事に対して、これらを経験してきた大人は昔を懐かしく思い、行事が失われたことを残念がっている。
 天神マチなどを行っているときの子どもたちは、生き生きと自由な世界にひたっている。上級生は下級生をいたわり、下級生は上級生の始動に従い、秩序ある行動が取られている。行事の中の重要な難しい部分は上級生の役割であり、下級生には下級生の仕事がある。そして、いつでも上級生の持っている経験を通して得た知識は、仕事として下級生に伝えられる。例えば、お雛粥を煮ているときに「こういうふうにすれば火はよく燃える」などと、火の燃し方を教えている。学校や家庭ではえられない年齢を超えた連帯感が育まれる。
 子ども組のまつりの楽しさは、普段と異なり、大人の指図を受けずに子どもだけで取りしきることだという。大人たちは、子ども組の祭りや行事に無関心かというと、そうではない。従って、祭りや行事の重要な部分については関与しないが、側面からの援助は惜しまない。天神マチの寿司作りには、自分の子どもがいるいないにかかわらず、宿に当たる家の隣組の親たちが手助けをする。また、トーカンヤ(十日夜)の藁鉄炮を作れない子どもには大人が作ってあげる。そして、子どもたちの集団が庭を叩きに来るころには、玄関を開けて待っているなど、非常に協力的である。子のように、地域の大人たちは、子ども組の祭りや行事を暖かく見守っている。
 子ども組の祭りや行事は、子どもが主体的にかかわるが、地域全体から見れば地域共同体の下部組織としての子ども組の祭りや行事である。大人の指図を受けない自由はあっても、組織を逸脱した行為は許されないということを子どもたちはよく理解している。地域社会に密着した子ども組は健全そのものであり、子ども組が担う祭りや行事は決して野卑なものではないのである。そこには、子どもの社会教育の原点がある。今、子どもの教育に求められるものは、地域における教育であり、子どもの祭りや行事がその核となり得る要素を十二分に持っているはずだ。地域が子どもを育てていくことが大切である。
大舘勝治『民俗からの発想』(幹書房、2000年)150~152頁

天神講⑤ 2000年 1月26日

秩父郡小鹿野町三山にある田ノ頭集落の天神マチ(天神講)。大舘勝治さんの『民俗からの発想』(幹書房、2000年)144~147頁です。
平成12年[2000年]の天神マチ
 2000年(平成12年)1月22日(土曜日)、この地の天神マチを訪ねてみた。田ノ頭の耕地の様子は、16年前に見たその時と同じような静かな山間のムラで、長い時の流れもなかったかのように瞬時にタイムスリップしている自分に気付いたのである。
 天神マチの会場は、旧田ノ頭支所(役場旧三田川出張所)の2階である。午後1時過ぎ、会場の支所の2階へ子どもたちが三々五々集まってくる。平成6年[1994年]、会場がここになるまでは、中学3年生のオヤカタと称すリーダーの家を会場に行ってきた伝統がある。
 この日集まった子どもたちは、幼稚園児から中学生までの18名である。戸数18戸の耕地にしては若いお嫁さんが比較的多いこともあって、子どもも他の地区に比べて多いという。中学生5名、小学生11名、幼稚園児2名が正式のメンバーであるが、そのほかに母親と一緒の乳飲み子もいる。
 子どもたちのほかに数人の大人がいるが、大人は天神マチのオヤカタになっている子どもの両親が当番として出席しているほか、小さい子どもが参加している母親が数人出ている。
 2階の会場の広間には、天神様に奉納する習字を書く机が用意され、小さい子から順番で1人3枚ずつ掛け軸風の小さな短冊にそれぞれの願いを書く。中学生の子ども(男子)がつきっきりで面倒を見て、3枚書かせる。
 順番を待つ子どもたちは、会場で思い思い遊んでいる。大きい子から小さい子までがにぎやかに会場を所狭しと遊び回り、あたかも18人兄弟の大家族の家庭にいるかのごとくである。遊びに夢中で「オシッコ」と慌てる子どもには、誰彼となくそこにいる母親がトイレに連れていく。日本の良き伝統的地域社会「地域が子供を育てる」という光景の一こまを見る思いである。
 3枚の小さな短冊が書き終わると、最後に、書き初め用紙3枚をつなぎ合わせた長い短冊に、昔からお手本とされる漢詩を皆で一字ずつ書き、皆の名前を添書きする。
 こうしてすべての習字が終わると、裏山の中腹に祀られている諏訪神社(天神様が合祀されている)に向かう。すでに太陽は山の端に隠れて寒さが身に沁みる時刻である。社殿の前にあらかじめ用意されている大きな笹竹の笹に願い事を書いた短冊をつるし、長い大きな短冊は竹の上の方につるし、立ち木を利用して立てられる。まるで冬の七夕様である。子どもたちはそれぞれ天神様を拝んで会場に戻る。
 皆で夕食をとり、お菓子を食べ、夜遅くまで楽しく遊ぶ。遊びの企画は上級生の中学生によるもので、「肝だめし」などが盛り込まれている。
 秩父郡小鹿野町では、2000年1月現在このような子どもたちの天神マチが田ノ頭の耕地のほかに上飯田、松坂、栗尾、和田耕地で行われている。少子化社会で、各地の貴重な伝統行事の存続が危ぶまれる中で、田ノ頭耕地の天神マチは行事の一部は簡略化されたが15、16年前と同じように続けられ、地域に機能して生きていることに感動した。そこにはかつて地域のどこにでもあった子どもたちの年齢を超えた交流、親と子の交流、地域が子どもを育てた民俗の心がある。天神マチは子どもたちが社会性を身につける地域教育の場であり、また地域文化を創造していく原点でもある。
大舘勝治『民俗からの発想』(幹書房、2000年)147~150頁

天神講④ 1984年 1月26日

秩父郡小鹿野町三山にある田ノ頭集落の天神マチ(天神講)。

大舘勝治さんの『民俗からの発想』(幹書房、2000年)144~147頁です。
昭和59年[1984年]の天神マチ
 昭和39年[1964年]ごろまでお雛粥の行事が行われていた秩父郡小鹿野町三山の田ノ頭の集落は、戸数18戸ほどの小さな村である。この集落には、現在、小学生から中学生までの子どもが十数人いて、子どもの伝統的な行事、天神マチ(天神講)を行っている。
 天神マチは、1月25日に行われるのが一般的であるが、ここでは、現在25日に近い土曜日から日曜日にかけて行われている。土曜日の晩にオコモリといって一泊しても、翌日が日曜日でのんびりできるというのが変更の理由である。
 天神マチを行う子どもたちは、小学校1年生から中学校3年生までの男女である。数年前までは男女別々に行っていたが、子どもが少なくなったために合同で行うようになった。また、昭和58年[1983年]の天神マチから、同じ理由でその年に小学校へ入学する幼稚園児も加入できるようになった。上級性の子どもが「天神マチに入って下さい」とお願いに来るので加入するのである。
 上級性の一人がカシラ(オヤカタ)になって采配を振るい、その他の上級生は補助役となって行事は遂行される。
 天神マチの準備は、天神マチが行われる一週間前の日曜日に、上級生が子どものいる家を回って、寿司を作る米を集めることから始める。以前は前日に集めたという。集める米の量は、1人につき3合であるが、子どもが4人いても2人分出せば良い。古くは、1人につき5合で、一家で子どもが3人参加するとなると1升5合の米を出す習わしであった。
 この米で寿司を作るが、寿司を作るのは上級生の母親たちである。以前は子どもがいるいないにかかわらず、天神マチの宿になる家の隣組5軒の母親が集まって寿司を作るしきたりであった。つまり、地域の行事として行われていたが、子どもがいないのに準備に出てもらうのは頼みにくいということになり、上級生の子どもの母親が出て寿司を作るようになった。天神マチを伝承する基盤が変化を生じたのである。
 天神マチの寿司はたくさん作り、米を出した分だけ子どもの家に届ける。したがって、子ども一人につき5合の米を集めていた時代は、兄弟で何人も参加していると、大量の寿司が届けられたという。今では寿司もそれほど喜ばれなくなり、集める米も少なくしたといわれる。
 母親たちが集まって寿司を作る家は上級生の家で、その家を「天神マチの宿」という。子どもたちは、土曜日の午後からこの宿に全員が集まる。母親たちが夕食に食べる寿司を作っている間、子どもたちは習字を習って天神様にあげる旗を書く。この旗は「書き上げ」といって、一本の竹に全員の習字をつるして天神様へ奉納するのである。
 夕食の準備ができると、母親たちはかえってしまい、後は子どもたちだけの時間となる。楽しく夕食を済ませると、歌を歌ったりトランプなどをして遊ぶ。そしてその晩は、オコモリといって宿の家に泊まるのである。オコモリができるのは2年生から上で、幼稚園児や1年生は夜10時ごろ、上級生に送られて家に帰る。
 この夜は、近隣のどこの集落でも天神マチが行われていて、他地区の子どもたちが御馳走を持って遊びに来る。子どもたちは互いに御馳走を交換して食べたり、トランプなどをして一晩楽しく過ごす。
 田ノ頭地区では、むかしから寿司を作るが、近隣の和田、栗尾地区では餅を作り、この夜、互いに交換して食べる習慣がある。なお、他地区に遊びに出かけられるのは上級生だけである。
 天神マチに必要な経費は、以前は子どもたちが行う夜番(夜警)謝礼金とトーカンヤ(十日夜)の祝金ですべて賄っていた。夜番も十日夜の行事もなくなってからは、地区の大人の新年会の席で寄付を集めて、この金を子どもたちに渡している。
 子どもたちが行ってきた夜番とは、12月1日から2月末までの夕方6時から鉦を鳴らしながら地区内を回る夜警の仕事である。2人1組で交替で行い、謝礼を得ていた。しかし、地区の子どもが減少してから、順番がすぐに回ってくるのでかわいそう、ということで中止になった。同じ夜番でも大人の方は今でも行われている。
 天神マチの経費に使われた十日夜の祝金は、旧暦10月10日の秋の収穫祭である十日夜の行事を行っていただいたものである。
 十日夜の行事は、天神マチに参加する男女の子どもたちが、藁鉄炮を持って地区内の各家々の庭を叩いて回る行事である。「トーカンヤをはたかしてください」といって各家に断り、上級生を先頭に並び、号令を発して藁鉄炮を打つ。
 「トーカンヤ、トーカンヤ、十日の晩はいい晩だ 朝ソバキリに昼団子 ヨーメシ食ったらひっぱたけ 貧乏神をはたき出せ 福の神をはたき込め」と唱和して藁鉄炮を打つ。
 各家では祝い金を子どもたちに出すが、祝い金が多いと最後の文句を2回唱和して志に応える。この祝い金を翌年の天神マチの費用に充てるのである。天神マチを男女別に行っていた当時は、十日夜の祝い金を男女等分にして天神マチの経費に充てたという。
 その十日夜の行事は、昭和40年代前半に[1960年代後半]に学校からの指導により、やむなく中止したといわれる。その理由は、十日夜の行事で子どもたちが藁鉄炮を叩いて祝い金をもらって歩くことが「下卑た振る舞い」との評価からである。
 ムラの人たちは、古くから行われてきた行事が中止になったことに驚いたという。十日夜に子どもたちが訪れて来るのを親たちも楽しみにしていたからで、今でも十日夜の行事がなくなったことを残念に思っている人が多い。
 子どもたちの祭りや行事を調べてみると、学校からの指導により中止になったというものが、思いのほか多いのに気づくのである。
大舘勝治『民俗からの発想』(幹書房、2000年)144~147頁

天神講③ 1960・61年 1月26日

菅谷中学校生徒会誌『青嵐』11号 (1960年3月発行)、12号(1961年4月発行)に掲載されている天神講をテーマにした中学生の作文です。
どきょうだめし 一年B組A・K
 いよいよ冬休みだ。ぼくたちは冬休みに、はいるとすぐ天神講をする。宿は三年生の家でし、終ってからどきょうだめしをすることにした。
 ぼくたち一、二年生は、おどかされる方で、三年は、おどかす方である。三年でもあんがいおくびょうものがいる。ぼくたちはそれよりこわかったにちがいない。宿の家から出て百メートルばかり右にいき、それから、こんどは五〇メートルぐらい坂を登る。その坂はまわりから大きな木がかぶさりまっ暗である。登りきるとそこにお墓がある。そこには、まだこのあいだ死んだばかりの人の墓がある。三年生は、そこから、ゆうれいが出るとぼくたちをおどかした。ぼくたちはもうこわくてこわくてしかたがない。その墓をすぎるとまた登り坂である。そこを、まっすぐいくとそこに小さなお堂がある。そこにいって、あめをとってくるというわけである。
 時計が八時をうつ。三年生はみんなをおどかしにいった。第一にTがいくことになった。Tは、あんがいおくびょうであるが口先では、「なあにおっかなくないさ。」といっていた。いよいよ三年のあいずがあったのでTは出ていった。
 あとにのこったY、U、U、Wに僕である。つぎつぎと番はすすむ。いよいよぼくの番である。空には、月がなく星だけがきらきらと光っている。きゅうにUが、「流れ星だ。」と言った。流れ星というのは、なんてきもちのわるいものだなあと思った。ぼくは出発した。まっ暗な道をぐんぐんいくと登り坂にかかった。あたりは、しいんとしてただ遠く犬の鳴く声と、ぼくの歩く足音がするだけである。まっ暗で何も見えない。かんでぐんぐん進む。ときどきほりにおちたり石につまずいたりして、やっと明るい所に出た。そこがお墓である。ぞっと、せなかに水をかぶったようないやな感じがした。そこから、もどろうと思ったが、みんなにわらわれるのが、はづかしいので、しかたなく行った。五〇メートルばかりむこうに、あかるい所が見える。そこにお墓があるのだ。いよいよ墓である。星の光があたって石塔が青白く光って見える。墓所のそばをとおる時からだが、あつくなるのを感じた。そこは、かしの木がおおいかぶさって目がいたいほど暗い。遠くにぼんやりと火の花が見える。お堂の所においてあるちょうちんの光である。そこをめざして歩っていくと、、ぼくは「あっ」と大きな声をだした。なにかぶつかったようにかんじた。よく見ると、三年のはったなわである。声をだすまいと思ったが声を出してしまった。しばらう行くと、お堂についた。そこには、あめがおいてある。ぼくはそれをとるとまた歩き出した。こんどは前よりも暗く、遠くに家のあかりがぼんやりと見えるだけで、なにも見えない。風が葉のないくぬぎの木をならしている。かおがあうとほど寒い。ぼくはめくらめっぽう歩いた。そして大きな松の木の横をまがって、しのやぶへはいった。そこには細い道がでこぼこしていて歩きにくい。きゅうにへっこんでいるので、かくんとする。あっちにつまずき、こっちにつまづいて、やっと家のあかりが見えて来た。
 しばらく歩いてやっと家についた。家にはいったら目がきゅうにかるくなった。そして口々にこわさをいいあった。冬の夜は、星が青白く光り北風が木立をならし、寒さをよけいきびしくかんじる。冬の夜はとてもさびしいものである。
   菅谷中学校生徒会報道部『青嵐』11号 1960年(昭和35)3月
今年の冬休み 一年D組 長島正美
 暮れのうちと、いっても、冬休みに、入ってすぐの頃は、とてもたいくつだったが、三十日の朝、もちをついてからは、本を整理したり、庭の掃除を、したりして、とてもたいくつといって、いられなくなった。
 三十一日の夜、兄と弟はとなりの家へテレビを、見にいったが、ラジオの歌の日本シリーズが聞きたかったのでいかないで、ラジオを聞いて、風呂に、入ってすぐねた。十二時少し過ぎた頃目がさめた。そうしたら除夜の鐘がなっていて、兄たちも帰ってきていた。
 一日の朝も今年は、祝賀式もないので、朝おそくまで、ねていた。二日間は、なにもなく三日に、親類の人が子供を一人連れてきた。それで急に、にぎやかになった。四日目は、天神講である。朝、九時に始まるので、八時頃から、隣の子と、野球やバトミントンを、して遊んで、九時頃、家を出発して、宿(やど)へいったが少しみぞれがふってきた。八幡様へ行く時も、途中で休んだりして、すっきりしないで、あまり面しろくなかった。昼からは、晴れたが、庭がぬかっていたので外で、遊べないので、しかたなく中で、台つぶれや、トランプ、かるたなどをして、じきに帰った。六日に東京から、大人一人、子供二人が、きた。二人とも男の小学生で、野球をしたり、ゴルフ場へいったりして、次の日の十一時頃、帰った。後の残りの日は、のんびりと、遊んだ。今度の冬休みは小学の時の、冬休みと、たいして、かわりなかったが、しいて、いえば、漢字帳を、書いたことである。いつもだら、何もしないで遊んでしまうものを……。
   菅谷中学校生徒会報道部『青嵐』12号 1961年(昭和36)4月
天神講 三年B組 長島睦子
 一月四日。これは私達の長い伝統を持つ天神講である。
 朝八時頃集まって、皆、手に筆を持って、「天満天神宮」などと書いて、神社へお参りするのである。それが終って昼食、前年までは、「あんこもち」のお昼であったが、今年から私達の要望した「寿司」に変った。これはまあ、私達にとれば前年より変化があり良かったと思う。その次三時になると「お茶」、茶菓子とお茶などが、個人に配られる。飲み、食べ、遊んで六時に開散と、ざっとこんな内容である。小学校時代には、天神講と意味も知らずに、ただ遊ぶだけのおもしろさだった。ところが中学生になると意味が、ちょっと解りかけてきたと同時に、「つまらない、おもしろくない。」というようなよけいな考えが育ってしまった。小さい頃のまちどうしいどころではなく、日が近づくに従っていやになる。こんな始末だ。よくない考えだ。今年は、中学三年生。しかも下級生を指導する立場におかれる親玉となるわけだ。しかし、私は身分ばかりで任務は何一つ果せないのである。下級生に対して、申し訳のない次第だ。
 当日「つまらないなあ。」と言いながら出掛けようとすると兄が、「おまえが皆をおもしろくさせなければならないのだ。」と言われたものの、朝は遅刻してしまい、遊び時間は、部屋の片隅で、数人でトランプなどして遊んでという自分勝手な行動。しかし、小さい子はそれなりにふざけあったり、にぎわったりしている。それを見てほっとする。
 残念ながら、皆一緒になって楽しく遊ぶことが出来ないうちに短い一日は終ってしまった。
 こんなだから、すなわち、自分達で自分をつまらなくしているようなものだ。
 今年で天神講というものは、私達三年生にとって最後だった。今考えて見ると、今年はもちろん、九ヶ年間やって来たが思い出深い事はあまりない。来年度からはもっと楽しいものにしていただきたい。
   菅谷中学校生徒会報道部『青嵐』12号 1961年(昭和36)4月

天神講② 1956・58年 1月26日

菅谷中学校生徒会誌『青嵐』7号 (1956年3月発行)、9号(1958年3月発行)に掲載されている天神講をテーマにした中学生の作文です。
一月四日 三年三組 大野トク
 いつものくせで今日もつい朝寝坊をしてしまった。ふすまの間から射しこんでくる光で目がさめた。床に少し入っていたが、ふと「そうだ、今日は天神講だったっけ」と思いついたので、はね起きた。そして隣りの部屋に行って見ると、川口から来たお客と、小岩と、高坂から来たお客と一緒に妹はもう目をさましたまま、まだ床に入っていた。
 「幸子、今日は天神講だから、早く起きないとおくれるよ、もう七時だよ」といって、急がせて起こしてしまった。
 顔を洗いに行くと、もう太陽は東の空に気持よく上っていた。
 「今日も又、良い天気でありますように」朝日はお祈りしながら、歯をみがいていた。朝飯をすましてから又も妹を急がせた。
 「早く半紙を三枚出して、半分に切ってくれよ」妹に云ったら母が「どうせ幸子が切ったんじゃだめになってしまうから、自分で切った方が早いよ」といわれたので、しかたなく、「じゃあ、すずり箱を出してみ」といったら妹はすぐもって来た。
 「そうだ、母ちゃん重箱は?」
 「母ちゃんは手伝いに行くんだから、忙しいからおばあちゃんに出してもらいな」といって出かけてしまった。
 私はもうおそいと思って気が気でなかった。でもすぐ出してくれたのでよかった。これで大体仕度がそろったので、私と妹は出かけた。宿の家に行くと、もう男の子が五、六人女子が三人で、たき火をしていたので「もう篠は取った?」と聞くと「もうとっくだよ!」と云われたので安心した。
 「たけおさん、もう八時になった?」
 「もう八時はすぎたよ」との答えだったが、まだ幾人も集っていなかった。でも少したったら大体集合した。
 そこで天神様に供える習字を書いて、八幡様に納めにいって来た。それからは遊んだりお茶を飲んだり、トランプなどをしたりして楽しく過した。そして最後に、
 「私達三年生は、もう最後だから『螢の光』を歌おう」といって、全員(三十一名)で歌った。
 このようにして最後の天神講を楽しく、ほがらかにすごしたのである。
   菅谷中学校生徒会報道部『青嵐』7号 1956年(昭和31)3月
天神講 一年 中島敏子
 私たちの一年中で最も楽しい天神講は一月五日だ。待ちに待った天神講の日がやって来た。朝寒い頃から、小さい子供達は、うれしくてしかたがないのか、私の家に、
 「もう行ってもいい。」
とまちどうしいように言って来た。私が、
 「まだ早いよ。」
と言っても、きかずに私をむりやりに宿の家まで連れて来てしまった。私は、半紙を切ったりする。
 千枝子ちゃん達は、すみをすって書く用意をしている。そのうちすみもしだいにこくなったので小さい子から順番に書き始めた。
 全部で人数は二十一人です。やがて書いているうちに全部書き終りました。書き終って、十五分ぐらいで男と女で羽根つきをし、八幡様へ全部で納めに行って来てから、又さっきの続きをした。
 男子がとうとう勝った。もう昼近くなったので、おぜんを並べてぼたもちを配ばったり、とうふ汁を配った。くばり終ってから、小さい子をみんな呼んで昼食を食べた。昼も食べ終ってじゅうばこを取りに行った。帰ってきたら羽根つきをしていたので羽根つきにまじった。
 羽根つきもあきたので、私と正子ちゃんで男子が、べいごまをしているのを見に行った。なかなかおもしろいので見ているうちに、三時ちかくなってしまった。三時のお茶休みには、茶菓子が出る。
 その菓子は、天神講が五日なので四日に買いに行くことになっている。毎年男子が買いに行くのだが、今年だけ女子が買いに行った。菓子を買って来てから千枝子ちゃんの家で分けた。男は、大豆、あずき、米、茶菓子を集めた。
 そのうち、お茶休みも終わり、皆と県道の方へ行った。すると、二人ばかりのイラン人が通りかかった。小学生はイラン人がめずらしいのか、イラン人の後をぞろぞろとついて行った。私たち中学生も、後の方からついていった。ちょうど通りかかったところから、五〇〇メートルぐらい行ったところに井戸をほっていた。イラン人は、立ち止まって、何かしきりにわけのわからない、イラン語【ペルシャ語】で話していたが、やがて井戸を掘っているのを手伝っている人達に、
 「さよなら。」
と言って立ち去った。その時私は、
 「このごろイラン人はなかなか日本語が上手になってきたなあ。」とつくずく感じた。なぜと云えば、ハーモニカで、「お手々つないで」とか、いろいろ童謡を吹いたり、歌ったりしているのを聞いたからです。と思っているうちに皆がもとの天神講の宿の家まで引き返して行ってしまったので、私もいそいで帰った。庭でみんなが集まって何だか話をしている。近づいて行くと、かんけりをする相談をしていた。話がまとまり、かんけりを約三十分位したが、ある人が、こんどは千枝子ちゃんの家の前の坂でやろうと言いだしたので、そこへ行くことになった。でも十分位遊んでいるうちに、あたりは薄暗くなったので中学三年の守ちゃんが、
 「もう帰るか。」
と言ったので帰った。
 帰ってから、すぐトランプをしているうちに夕飯の仕度をした。夕飯も終わったので、こんどは小さい順に歌を歌った。
 審査員は中学二年の栄さんと中学三年の守ちゃんです。かねを四つもらった人はキャラメルを四ついただけることに決めた。私は二個いただいた。キャラメルを四つもらった人は三、四人だった。又トランプをした。そのうちにマラソンを終えて、進さんが帰って来て、こんどは、
 「歌った人には、キャラメルを二つずつくれるよ。」
と言ったので、皆歌って、キャラメルをいただいた。歌い終ると、進さんが、記念写真を撮って下さいました。
 全部で写そうとしたけれど、残念なことに少しの人が入らないので、男女別にしました。最初女の子が写し、その次に男全部で写した。その後で、私と、とみちゃんと正子ちゃんで写していただいた。まだ他に写していただいた人もいた。
 ふと時計を見ると九時近くになるところだった。予定では九時だけれど写真を写していたので少しおそくなってしまった。
 宿の人と別れて五、六人一緒で家へ帰った。夜道は明るく、歩く足音は昼間とちがってとても大きく聞こえた。
 皆寒いのか背中をまるめて、いそいで歩いて行く。
 もう家もすぐ目の前に近づいて来た。
   菅谷中学校生徒会報道部『青嵐』9号 1958年(昭和33)3月
天神講 一年 杉田けい子
 天神様と言うのは菅原道真を祭ってあるのであって、字がじょうずになるように(天満天神宮とか天神様)と字を書く。そし又字がじょうずになるだけでなく、文学、たとえば勉強ができるようになる。だから天神様をすることは結構なことであります。
と校長先生がおっしゃいましたが、私の方でもその天神様を五日にしました。
 宿は私の家です。では前の日からお話しします。
 中学生の女子が四人手伝いに来てくれました。寒いうちに米二合、あづき、さとうなどを集めて来て、ちょうど十時ごろだったので母が、
 「どうもすみませんでした。じゃあお茶を入れますから。」
と言って、まもなく持ってきて、
 「どうぞ。」と言った。けれども皆んな遠慮してなかなか飲まないから私が茶碗を一人、一人わたしてやりました。休みにすこしバトミントンをして遊ぶと二年生のゆき子ちゃんが、
 「けい子ちゃん、芋洗いなんかするんだべ。」と言った。
 「私は知らないから母に聞いてくらあ。」
といって家にかけこんだ。
 「かあちゃん、皆んなが芋洗いなんかするんか、と言ったけれどどうする。」
と言うと母が、
 「皆んながしてくれると言った。」
 「うん。」
と言うと、
 「じゃあ、してもらうか。」
と言った。そして私は「庭へ行ってたるに、こんぶがふやかしてあるんだけれど洗って出してくれる。」と言って、私が野菜かごを持って井戸ばたに行った。たるに入れてあった水はとても冷たいので汲みたての水ととりかえて洗い始めた。
 四人で洗ったからあっと言う間に洗いきってしまった。それが、すむとこんどは芋洗いでしたので、私が芋出しに行き母に、
 「芋はどのくらい出したらいい?」と聞くと母が、
 「バケツ二はいぐらいでたくさんだよ。」と言った。
 皆んな一生懸命仕事をしてもらったので母はおおだすかりと言っておりました。又芋むきまでもしてくれた。これで終ったので皆んなに、
 「ありがとね。」と言った。
 皆んな昼になったので家へ、家へと足を進めた。半日すぎていよいよ夜になると母は煮物でいそがしそうだ。私は風呂に入り八時ごろ寝床につきました。けれども色々なことが考えられて眠れません。習字も書いてないし、作文も書いてない。こんなことを考えると天神様なんかしたくなくなってしまう。
 その二日間のうちに習字と作文くらい書ける。私はついに声を出して、
 「天神様なんかしたくない。」
と言ってしまった。そして、いつの間にか眠ってしまった。朝の明けたのも知らず起きたら七時をすぎていた。
 父に「鼻がつまって風邪をひいちゃった。」と言うと父は、
 「おまえはよわいな。一年に何回風邪をひくのか。」
といわれた。でも起きて御飯を食べて掃除が終ったら、庭でバトミントンをつく音が聞こえたので出て見たら、千代子ちゃんが来ていたので、母にもう遊んでいいと聞いたら、
 「掃除をしたのかい。」
 「うん、掃除はしたよ。」と言うと、
 「じゃ皆んなと遊びな。」と言った。
 皆んなとバトミントンをしたり、うしろむきなどしているうちに十時ごろになってしまったので、私が墨とすずりを出してえんがわですみをすってもらった。そのうちに私が筆を用意して書き始めた。小さい順に書かせた。一、二年生は、「てんじんさま」とひらがなで書き、初めは、大きい人が手を取って書かせた。それから三、四、五年生は「天神様」と漢字で書き、もう三、四、五年生になると自分でざっさと書いてしまう。
 いよいよ私たちの番になったので私は「天満天神宮」と書いた。これで全部書き終ったので、こんどは書いた紙にしのをまきつけて、その上のまん中に穴をあけて糸を通して竹につるす仕事をした。
 これはだいたい大きい子がしのをはりつける。小さい子が竹につるす。こう言うふうにしてからすぐに終ったので、八幡様へ納めに行くのです。その途中ぬまで氷すべりを四、五人の男の子がしていた。ここの氷すべりは私が六年生の時に先生から注意されたのですが、まだしておりますが、氷すべりと言うのは面白いのでしょう。
 こんなことを思っているうちに、お寺の近くになった。男の子がお寺から台を借りて運んで行く所だったので女の子も皆んなして手伝って家まで運んでやった。
 そして又仲よく遊んでいるうちにお昼近くになったので中学生はお膳や皿など洗ってくれたので、早く昼食ができました。皆んなで楽しそうに食べ始めたが、二人こない人があったので、私たち大きい生徒が迎えに行ったら、どこかへ行ったと話を聞いたので、私たちも食べ始めた。千代子ちゃんの母がお給仕をして下さった。皆んな、ぼたもちや色々食べて嬉しそうでした。
 食べ終ると、トランプやすごろくをして遊んでいる時、小さい子がトランプにまぜないとか、悪口をいったりしてけんかをしてしまった。
 だから私が小さい子の面倒をみながらバトミントンをして遊ばせました。その時、私の父は白菜を運んでいたら、歌子ちゃんが、
 「小さい子はトランプにまぜない。」
と言ったら父は、
 「どうして。」
とただひとこと言っただけでした。こんなことをしているうちに三時になったのでお茶にしようとかたづけた。
 昼から男の子は一人残っているだけで、玉川会館に映画を見に行ったから、人数が、少なくなってしまった。私たちは、お茶、お菓子、煮物など食べながら、歌を歌ったりとてもにぎやかだった。まさ子ちゃんなんか勇気があって、
 「おれ歌うよ。」
と言って、じょうずに歌ってくれた。小さい子はふざけることもあるがしんけんに歌うこともある。中学生はただだまっているだけでした。又、
 「菓子七円、みかんが十五円だから二十二円。おらあちは三人だから六十六円。ほれ。」
と、私に百円さつを出した子もいた。だから私は、
 「お金はいいんだよ。」
と言った。
そのうち楽しいお茶休みもすみ、皆んなでかんけりをしていると、男の子が映画を見に行って帰ってきたので、私は、
 「タイム。」
といって、お茶をわかして男の子に出しました。そのころ時刻は四時ごろだったので、まだ羽根つきをして遊んだ。
 ふと県道を見たら、イラン人が通るのに気がついた。皆んなが見に行こうといってかけだした。県道についてすこし待っていたらきて、イラン人に皆んなが、
 「さようなら。」
と言ったら背の高い方の人が手を振って、かた方の人がちょっとアクセントがちがうが、
 「さようなら。」
と言った。イラン人をずっと見ていたら立ちどまってなんとか言っているようすでした。そこへ弟が自転車できて、
 「いまイラン人が人参をさして、『これ人参でしす』と言ったよ。」
と話した。
 そして、又私の家にもどってきて、皆んなが私の母に、
 「ごちそうさまになりました。」
と言ってから、すこし「アウトおに」をして帰りました。
 夜になって私は天神講の反省をしました。
 一、お茶の時などすこしうるさかった。でも小さい子が多かったからやむをえないかとも思った。
 又小さい子の遊びがなかったため、家に帰ってしまった子が二人あった。来年からは小さい子の遊びを考えたいと思います。
   菅谷中学校生徒会報道部『青嵐』9号 1958年(昭和33)3月

天神講① 1月25日

市民の森保全クラブで、休憩時に「天神講」が話題になったことがあるので、『東松山市史 民俗編』(東松山市、1983年発行)を取り出して読んでみました。
天神講 1月25日、上唐子地区は大字の行事として執り行われた。また、これを「天神祭」ともいわれた。その当時は、「奉納天満天神宮」と書いた書き初めを小学生全員で村の鎮守様(天神宮が合祀されている)に数多く奉納された。
 そして子供達は6年生の家(比較的恵まれている農家)に集まり、その家の親が手伝ってくれて、各人の持ち寄った米5合(約0.9リットル)、小豆2合(約0.36リットル)位のもので、にぎやかに食べながらケンチンジルと少しのお菓子などでカルタなどで夜9時頃まで遊んだものである。
 下岡地区では、24日6年生が先になり字の下級生と、米2合、醤油、砂糖、野菜などを集め宿(6年生の家が持ち回る)でご馳走を作ってもらい皆で食べる。この時「奉納天満天神宮威徳御菶殿」と書き方練習をし翌25日に天神様に奉納した。なお明治大正の頃は宿の家におこもりして翌日奉納したという(習字が上手になるようにと旗を書き天神様に上げた)。
 日吉町、本町一丁目、元宿の子供達は、25日書き方練習をして元宿の天神様に奉納した。(習字が上手になるように「奉納天満天神宮」と書いて納める)。
 天神講は子供たちにとって、習字を書いたり御馳走をたべたり、子供たちの信仰と社交と娯楽を兼ねた行事だった。
(『東松山市史 民俗編』1983年、295頁)

東松山市の隣にある嵐山町菅谷の天神講について紹介します。1995年に田幡憲一さんがまとめたものです。1940年代前半、戦時中の天神講体験者の回想で、12月24日・25日に行われています。
菅谷上組の天神講 田幡憲一
 菅谷の子供の楽しみの一つに天神講があった。十二月二十四日、俺たち小学校【菅谷村立菅谷尋常高等小学校。現嵐山町立菅谷小学校】の一年生になった者は、風呂敷に包んできた通信簿を座敷に放りだして、天神講だと言って家を駆け出して行く。今年から天神講に参加できると喜んだものだ。高等二年の上級生、高等一年、小学六年、皆大きくたくましく兄貴のようだった。上級生が学校から帰るのを待ち構えていた。昭ちゃん、良平さん、秀夫さん、みんなが帰ってきた。さあこれから天神講だ。
 高等二年、一年、みんなで米を入れる袋、醤油ビン、油のビン等をもって、天神講に参加する子供の家を廻る。米二合、人参一本、又次の家では米と大根一本、醤油茶飲み茶碗一杯、油茶飲み茶碗一杯、ゴボウ一本……。上級生の後ろについて歩きながら家々を集めて歩き、今年の宿(やど)をしてくれる家につくころには、荷物が一杯集まった。
 そして子供達も大勢集まり、上級生の命令で、これから山に薪を集めに行くものと、笹竹取りに行くものとに別れて出掛けて行く。皆協力して枯木を集めて縄でいわいて運ぶ。夜と朝との自分たちで使う物はみんなで共同で集めて、宿をしてくれる家へもって行き、宿のおばさんに渡した。
 宿をしてくれる家では、二部屋続きの座敷を開放して、子供たちに自由につかわしてくれた。子供たちは共同ではたらき、今晩の天神講の宿での、一同に会しての晩飯を楽しみにしながら、上級生の指示に従い、髪と筆、 硯、紙も小さい子供には初めての唐紙(トウシ)という長い紙でした。その紙に上級生がお手本を
     奉納 天満天神宮
 と書いてみせて、下級生の手をとりながら書いて行く。全員書き終わり墨が乾くまで、座敷いっぱい並べて、うまく書けた子、書けない子、うるさいこと……。
 その間にも、年上の子供たちは先程取ってきた笹竹を適当な長さに切り揃え、長いものと旗の頭につけるものとに分けている。そして乾いた紙の頭に糊をつけて笹竹に丸く張り付けて、竹の両方の端を糸で結び、長い笹竹につるしてできあがり。
 そろそろ先程集めたゴボウ、大根、ニンジン、いろいろのものを宿のおばさんが料理している匂いがしてくると、子供たちはなんのご馳走ができるのかとひそひそ話。その間にも、上級生たちは習字の道具を片付けたり、掃除をしたりして、宿をしてくれる家に迷惑の掛からぬ様にと気を使っている。自分たちの事だから自分たちでするのが当り前だ。
 夕方近くなると上級生の命令で、みんなが家に帰り、ご飯茶碗と箸を持ってくる。上の人たちは、ご飯のちゃぶ台を借り集めて持ってくる。いよいよ待ちに待った夕ご飯。それぞれの絵のついた茶碗に、おいしくできた五目ご飯をよそる。宿のおばさんが一番大変だ。急に子供が十六人。おいしいおいしいとお代わり。もう五杯もたべた。俺は四杯。豆腐のつゆもうまい。食欲旺盛だ。みんなで食べれば何でもうまい。おばさんの作った五目ご飯はすぐになくなる。皆満腹だ。
 いじめなどない、塾もない。皆、上級生の命令に従いついて行く。そして、自分も早く大きくなって下のものの面倒をみるのがたのしみだ。
 またまた、上級生の命令がでる。今夜泊まるものは布団一枚、家からもって来るようにと。小さい子供は母親が布団をもってくる。布団を敷き、これから上級生のこわい話。雨の夜、土葬の墓の上で青い炎が燃える話。これは、亡くなった人のリンがたち昇る、いや死んだ人の身体からでる油だとゆう話……。又小学校の南西二百メートルぐらいの、山の中の焼場のこわい話。昭和十六年(1941)頃まで使用していた伝染病や肺結核で亡くなった人を火葬したところ。薪に油をかけてもやしていた話……。皆布団の中から首をだして先輩たちの話に長い夜を過ごした。そしていつしかいびきが多くなり眠りについた。
 朝六時に起床。顔を洗い、皆寒い寒いと震えている。泊まらなかった子供たちもみんな集まってくる。昨日作った天満天神宮の旗をこれより神社へ奉納しに行くのだ。みんなそろって旗を持ち神社まで行進する。神社には上組・中組・下組、それぞれの子供たちが旗を収め、頭がよくなりますようにと天神様を拝む。
 宿へ帰り、宿のおばさんが作った朝ご飯を食べてから全員で遊び、夕方それぞれ解散。子供たちは一年一回のこの天神講をどれほど楽しみに待っていたかがよく分かる。(1995年8月記)

『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』② 12月5日

202212043

はじめに
1 生きるために食べる
2 朝の屁祭り
3 反省しないで生きる
 3の補論 「反省しないで生きる」を日本人はどう捉えたか
4 熱帯の贈与論
 プナン社会では、与えられたものを寛大な心ですぐさま他人に分け与えることを最も頻繁に実践する人物が、最も尊敬される。そういう人物は、ふつうは最も質素だし、場合によっては、誰よりもみすぼらしいふうをしている。彼自身は、ほとんど何も持たないからである。ねだられたら与えるだけでなく、自ら率先して分け与える。何も持たないことに反比例するかのように、彼は人々の尊敬を得るようになる。そのような人物は、人々から「大きな男」、すなわちビッグ・マンと呼ばれ、共同体のアドホックなリーダーとなる。そうしたリーダーのあり方は、高級なスーツを身にまとったり、高価な時計を腕に着けたり、ピカピカの高級車を乗りまわしたり、平気で公金を私的に流用したりする先進国の(一部の)リーダーたちとなんと違っていることか。(69 ~70頁)
 逆に、彼が個人的な慾に突き動かされるようになり、与えられたものを独り占めして出し惜しみし、財を個人の富として蓄えるようになれば、彼が発する言葉はしだいに力を失っていく。それだけではなく、人々はしだいに彼のもとを去っていく、その時、ビッグ・マンはもはやビッグ・マンではなくなっている。プナンは、ものを惜しみなく分け与えてくれる男性のもとへと集うのである。(70頁)
 ものをもらった時、何かをしてもらった時に、相手に対して感謝の気持ちを伝える「ありがとう」という表現は、プナン語にはない。ふつう、贈り手に対しては、その場では、何の言葉も発しない。他方で、「ありがとう」に相当する言い回しとして、「よい心」という表現がある。それは、「よい心がけ」であると、贈り手の分け与えてくれた精神性を称える表現である。感謝されるのではなく、分け与える精神こそが褒められるのである。
 その意味で、ビッグ・マンは、「よい心がけ」という言い回しによって表わされる文化規範の体現者でもある。熱帯の狩猟民は、有限の自然の資源を人間社会の中で分配するために、独自の贈与論を生み出してきた。(71頁)
 プナンの小宇宙では、こうした持つことと持たないことの境界が無化された贈与と交換の仕組みが深く根を張っていて、貨幣を介して、持ちものやお金をためこもうとたくらんで外部から滲入してくる資本主義をばらばらに解体しつづけているのである。(72頁)
5 森のロレックス
6 ふたつの勃起考
7 慾を捨てよ、とプナンは言った
 個人的に所有したいという慾への初期対応の違い。
 一方は、所有慾を認め、個人的な所有のアイデアを社会のすみずみにまで行き渡らせ、幸福の追求という理想の実現を、個人の内側に掻き立てるような私たちの社会。他方は、個人の独占慾を殺ぐことによって、ものだけでなく<非・もの>までシェアし、みなで一緒に生き残るというアイデアとやり方を発達させてきたプナンの社会。
 プナン社会では、個人的な所有が前提ではなかった。それゆえに、そこでは、概念としての「貸し借り」は、長い間存在しなかったのである。(127頁)
8 死者を悼むいくつかのやり方
9 子育てはみなで
10  学校へ行かない子どもたち
11  アナキズム以前のアナキズム
12  ないことの火急なる不穏
13  倫理以前、最古の明敏
14  アホ犬の末裔、ペットの野望
15  走りまわるヤマアラシ、人間どもの現実
16  リーフモンキー鳥と、リーフモンキーと、人間と
おわりに 熱帯のニーチェたち

 今日のニーチェ
 ニーチェとプナン
 ユニークな趣向の『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のことを教えてくれた』[原田マリル、ダイヤモンド社、2016年]の主人公アリサは言う。「人生は無意味だから、自由に生きてやれというニーチェの言葉に感じたのが真新しさだった。“人生には、生まれてきたことには必ず意味があるから、大切に生きようね”というような言葉は耳にしたことがあったが、無意味だからこそ、自由に生きるという発想は、いままでの私にはなかったからだ」。ニーチェは私たちの常識をひっくり返す。人生は無意味だからどうでもいいと考えるのではなく、力強く、快活に生きなければならないと言う。私たちが「永遠回帰」を生きているのだとすれば、そのニヒリズムを受け入れ、「超人」になるべきだと説く。
 そのように、ニーチェが近代的自我に対して別の生の可能性を提起したのだとすれば、プナンもまたニーチェと同じように私たちに別の生の可能性を示してくれているのだと言える。プナンが日々の暮らしの中で示す振る舞いや態度は、天才的な閃きによって生の本質に迫ろうとしたニーチェの思想に部分的に交差し、それに匹敵するような衝撃を私たちにもたらしてくれる。プナンの生き方は、現代の日本に生きる私たちが、これまであまり立ち入って考えてこなかった事柄を立ち止まって考えてみることを促す。
 私たちは、一生をかけて何かを実現したり、今日の働きで何かが達成されたりすることをひそかに心に描いて働いている。あるいは、現在の暮らしの水準を維持するために働くということがあるかもしれない。ところが、プナンは、これこれのことを成し遂げるために生きるとか、将来何かになりたいとか、世の中をよくするために生きるとか、生きることの中に意味を見出すことはない。生きることに意味を見出すことがないプナンの生き方は、ニーチェのいう「永遠回帰」の思想に通じる。
 永遠回帰とは、あらゆる出来事が永遠に繰り返されることである。それは、第一に、何かをしても何もしなくても、明日には今日と同じ日がやって来て、そのことが永遠に繰り返されることである。第二に、ある一日がどんなにつらい日であっても、いつかは終わりが来ると信じて、その日をやり過ごすことができるが、それには終わりが決して来ないということである。
 プナンは、こうしたぐるぐると繰り返す「円環的な時間」を無意識のうちに生きているのかもしれない。そうだとすればプナンは、向上心や反省心を持ち、人間としての完成に近づいていくという「直線的な時間」を生きている私たちとは異なる時間形式を生きていることになる。「反省しない」ことは、永遠回帰を生きる人々にとっての生きるための技法だったのではあるまいか。(320~322頁)
 熱帯の大いなる正午
 ニーチェは「大いなる正午」[『ツァラトゥストラ』]という比喩を用いて、価値感をめぐる根源的な問いに気づくことの大切さを説いている。それは、「真上からの強烈な光によって物事がすみずみまで照らされ影が極端に短くなり、影そのものが消えてしまった状態」[飲茶『飲茶の「最強!」のニーチェ』水王社、2017年]のことである。「影が消える」とは、世界から価値感がすべてなくなってしまった状況である。「影が見える」から「明るい部分」と「暗い部分」が生じ、「これは善い」「あれは悪い」という善悪の価値判断が現れる。大いなる正午とは、真上から強烈な光に照らされて影の部分がない、善悪がない状態である。
 ニーチェを踏まえて、森の民プナンと暮らして彼らの考えや物事の捉え方を知ることがいったい何であったのかを考えてみよう。「大いなる正午」とは、世界には固定された絶対的な価値感が存在しないということを、体験を通して理解することに他ならない。私にとって、ボルネオ島の森でプナンと一緒に暮らすことは、「大いなる正午」を垣間見る経験だった。それは、「すべての価値感、すべての意味付け、すべての常識が消え去り、何ひとつ『こうである』と言えるものがない世界」に触れることへの入り口だったのではあるまいか。そうだとすれば、人類学とは、別の世界の可能性を、私たちの日常の前にもたらすことによって、私たちの当たり前を問い直してみることや、物事のそもそもの本質的なあり方に気づくという、これまでよく言われてきたこととはやや趣が異なる知的な営為なのではあるまいか。
 剥き出しの自然に向き合う中で、数々の困難を乗り越え、知恵を紡ぎ、物事の見方ややり方を築き上げてきた森の民が示してくれる、現代世界に生きる私たちの生活とは異なる別の生の可能性のようなものは、たしかにあるのだと感じられる。それらは、熱帯の森でデカルトを経由せずに象[かたど]られた自我の振る舞いから構成される。しかしそれらが、私たちのやり方に比べて、善きものであるとか、素晴らしいものであるとか、美しいものであると言うことは一切できない。人類学者がフィールドで暮らしてあれこれ考えてみることは、世界から価値感がなくなってしまう「大いなる正午」に出くわす経験に近いのだ。
 とは言うものの、何ひとつこうだと言えるものがないということに気づき、そのニヒリズムを受け入れたとしても、ニーチェ流に考えるならば、無意味だからどうでもいいといののではなく、何の意味もないのだからむしろ力強く、積極的に考え、そして生きてみなければならないことになるのではないだろうか。過失に対して一切ごめんなさいと言わないことを不思議がるのと同じように、ごめんなさいと次から次へと公的な場で謝る自分を私たちはもっと不思議がってもいいだろう。ありがとうという言葉や概念がないことの背後に謝意を示す仕組みがないことを知りえたのであれば、私たちが使うありがとうの意味をより明瞭にする事もできるだろう。プナンと暮らして考えたもろもろのことは、ニーチェ的に言えば、何ひとつこうであるということができない、あらゆる価値感が消失した世界の発見へとつながっている。だがそれでもやはり、いやだからこそ、それらには、ストレスをためこんで将来に対する言いようもない不安を抱えながらも、自らのうちに閉じ籠もってしまう社会状況に生きていると薄々感じている私たちに届いて、より自由になって考え、力強く、愉しく生きてみるための手がかりが埋もれているのだと感じられてならないのである。(327~329頁)

『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』① 12月4日

奥野克巳さんのありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』(亜紀書房、2018年6月)を読みました。ボルネオ島のマレーシア・サラワク州ブラガ川上流域で暮らす狩猟採集民プナンの集落での共同生活とフィールドワークから見えてきたこと。豊かさ、自由、幸せとは何かをニーチェの思想にからませて、日本社会のあたりまえを問い直しています。
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はじめに
1 生きるために食べる
 私たち現代人は、食べ物だけでなく、あらゆる必要なものを外臓[体の外側に備蓄]する世界に生きている。そのため、それらの財を交換によって入手するために必要な貨幣を手に入れる手立てをまずは確立せねばならない。その手立てには、人間が生きがいや生きる意味を見出すプロセスが伴ってくる。そこでは、ニーチェが言うように、仕事の悦びなしに働くよりは、むしろ死んだほうがましだと考える人間も出てくる。
 現代に生きる私たちは、生きるために食べるのではない。生きるために食べるために、それとは別個のもうひとつの手続きを踏むことによって生きている。それに対して、狩猟採集民は生きるために日々、森の中に、原野に、食べ物を探しに出かけるというわけだ。(19頁)
2 朝の屁祭り
3 反省しないで生きる
或るいっそう偉大な個人か、たとえば社会・国家という集団的個人かが、個々の人々を屈服させ、したがって彼らの孤立化から引きずり出して一つの団体に秩序づけるとき、そのときはじめてあらゆる道徳性のための地盤が整えられるのである。道徳性には強制が先行する、それどころか道徳性そのものがなおしばらくは、人が不快を避けるために順応する強制なのである。後になるとそれは風習になり、さらに後になると自由な服従となり、ついにはほとんど本能となる。そのときそれは、長い間に馴れて自然のようになったあらゆるものと同様、快と結びついているー―そして今や徳とよばれる。フリードリッヒ・ニーチェ『人間的、あまりに人間的Ⅰ』
 私自身が、プナンのフィールドワークの初期段階で抱えていた違和感のひとつは、「プナンは日々を生きているだけで、反省のようなことをしない」というものだった。私が町で買って持ち込んだバイクを貸すと、タイヤをパンクさせても、何もいわずにそのまま返してくる。バイクのタイヤに空気を入れるポンプを貸すと、木材を運搬するトレーラーに轢かれてペチャンコになったそれを、何も言わずに返却してくる。こうした様々な体験がその違和感に含まれる。
 プナンは、過失に対して謝罪もしなければ、反省もしない人たちだと言うのが、私の居心地の悪さに結び付いていたのである。(39頁)
ここからは私の経験によるあて推量であるが、出来事を悔いたり、やり方について思い悩んだりするというやり取りは、ふつうプナン同士ではしない。ある出来事の未達や間違いを残念であった、悔やんでいると述べるようなことは、たまにあるように思う。しかし、プナンが、「~しなければならない/しなければならなかった」といういい方をすることは、実際にはほとんどない。(49頁)
 言い換えれば、プナン人たちは、「後悔」「残念」という感情を持つけれども、「~しなければならなかった」「~したほうがよかった」という言い回しを用いて、反省へと向かわないようなのである。後悔と反省とは違う。後悔は悔やむことで、反省とは、後悔をベースにして、ああすればよかった、こうすれば適当だった、次回同じようなことがあったらこうしようなどと思いめぐらすことを含む。(50頁)
プナンは、後悔はたまにするが、反省はたぶんしない。なぜ反省しないのか。いや、その問い自体が変なのかもしれない。実は、私たち現代人こそ、なぜそんなに反省するのか、反省をするようになったのかと自らに問わなければならないのかもしれない。しかし、とりあえず今、プナンがなぜ反省しないのか、しないように見えるのかについて考えてみれば、以下の二つのことが考えられる。
 ひとつは、プナンが「状況主義」だということである。彼らは、過度に状況判断的である。その時々に起きている事柄を参照点として行動を決めるということをつねとしていて、万事うまくいくこともあれば、場合によっては、うまくいかないこともあると承知している。そのため、くよくよと後悔したり、それを反省へと段階を上げたりしても、何も始まらないことをよく知っているのである。
 もうひとつは、反省しないことは、プナンの時間の観念のありように深く関わっているのでなないかという点である。直線的な時間軸の中で、将来的に向上することを動機づけられている私たちの社会では、よりよき未来の姿を描いて、反省することをつねに求められている。そのような倫理的精神が、学校教育や家庭教育において、徹底的に、私たちの内面の深くに植えつけられている。私たちは、よりよき未来に向かう過去の反省を、自分自身の外側から求められるのである。しかし、プナンには、そういった時間感覚とそれをベースとする精神性はどうやらない。狩猟民的な時間感覚は、我々の近代的な「よりよき未来のために生きる」という理念ではなく、「今を生きる」という実践に基づいて組み立てられている。(50~51頁)
……私たちは、プナンと違って、日々反省するように動機づけられている。反省することは風習であり、自由な服従であり、本能であり、そして今や徳でもあるのだ。(51頁)
  3の補論 「反省しないで生きる」を日本人はどう捉えたか
 反省することは、果たして、人間に本来的に備わっている思考と行動のパターンなのだろうか。いや、自らを再帰的に振り返るという思考と行動が、ある時から出てきたのだろうか。そうだとすれば、人類は反省することを、いったいどの時期に手を入れたのか。そうした想定が正しいものだとすれば、私たち人間は反省する文化を持つようになったのだと言える。個人的な反省ではなく、集団的な反省のようなものがあって、人類の生存価が高まったのかもしれない。集団が先か、個人が先か、反省とは個的な行為なのか、あるいは社会的な行為なのか。
 私たちはふだん、反省することがいかなることなのかを顧みることなく、何かにつけ反省をしている。私たちは、ある意味息苦しい、反省することの世界の外へいったん出てみることができるのか、できないのか。(62頁)

優曇華(うどんげ)・クサカゲロウ 11月26日

11月18日に実施した岩殿入山谷津の植物調査で二宮さんが撮影した岩殿グループ写真館⑥にあるクサカゲロウの写真のコメントにクサカゲロウの卵、優曇華(うどんげ)の花とも呼ばれるとあります。優曇華とクサカゲロウについて調べました。
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優曇華は実在の植物伝説上の植物クサカゲロウの卵を指す場合があります。
A:実在の植物=トビカズラ(マメ科)
原産地は中国長江流域で、日本にも広く分布していたとされますが、現在では国内での自生は、熊本県と長崎県佐世保市沖の無人島の二カ所のみとされています。熱帯性の常緑、蔓性木本で、葉は互生し卵状楕円形で長さ7~15cm、幅4~8cm。4月下旬から5月に太い枝から暗紅紫色の大きな蝶形の花房を下げてつけます。熊本県山鹿市菊鹿町相良にある樹齢千年といわれるトビカズラをアイラトビカズラといい、1940年に国の天然記念物に指定されています。……(『東邦大学薬学部付属薬用植物園』「トビカズラ」から)
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トビカズラは中国中南部に分布する大型つる性植物です。日本では、熊本県山鹿市菊鹿町相良の樹齢1000年以上といわれる個体が有名です。この個体は「相良のアイラトビカズラ」という名称で国の特別天然記念物に指定されています。20世紀後半まではこの1個体のみが分布するとされていましたが、2000年に長崎県九十九島の時計(とこい)島で、2010年に熊本県天草市の天草上島で発見され、全部で3つの産地があることが確認されています。……(日本新薬株式会社『山科植物資料館』「トビカズラ」)
   アイラトビカズラ

B:伝説上の植物=優曇華(うどんげ)
優曇は梵語のウドンバラの音写「優曇婆羅」を略した語で、古くからインドで神聖なものとされる樹木の名前です。この樹木は三千年に一度だけ花が咲くといわれる樹の名前で、経典の中では難値難遇(なんちなんぐう)、つまり「仏に会い難く、人身を受け難く、仏法を聞き難い」という、とてもめったに出会うことのできない稀な事柄や出来事を喩える話としてあらわれています。それはたとえば『大般若経』では「如来に会うて妙法を聞くを得るは、希有なること優曇華の如し」と説かれています。
 また『法華経』では、「仏に値(あ)いたてまつることを得ることの難きこと、優曇婆羅の華の如く、また、一眼の亀の浮木の孔(あな)に値うが如ければなり」と説かれ、大海に住む百年に一度海面に頭を出す一眼の亀が、風に流されてきた一つの孔のある浮き木の孔の中にたまたま頭をつっこむという、めったにない幸運で仏の教えにめぐりあうことを喩えています。……(『天台宗』「法話集№75 優曇華」から)
優曇華の花 竹取物語、源氏物語、うつほ物語
かぐや姫がくらもちの皇子に命じた求婚難題物「蓬莱の玉の枝」の異称。くらもりの皇子が、玉の枝を偽造して、かぐや姫の家にこの玉を入れた櫃を運んでいた時に発せられたのが「『くらもちの皇子は優曇華の花持ちてのぼりたまへり』とののしりけり」であった。「優曇華の花」は三千年に一度だけ咲くと言う幻の花で、極めて稀な事の比喩として用いられる。……
『源氏物語』「若紫」巻には「優曇華の花待ち得たる心地して深山桜に目こそうつらね」の和歌がある。……
また、『うつほ物語』「内侍のかみ」巻で、朱雀帝が藤原仲忠に弾琴を促した時、仲忠は「『蓬莱の(おうふう本では「蓬莱・悪魔国」と校訂)悪魔国に不死薬、優曇華取りにまかれ』と仰せられるとも、身の堪えむに従ひて承らむに、……」と見えるので、身を侵してまで取りに往かねばならない幻の宝物であるのが「不死薬である優曇華」であることが分かる。……(『桃源文庫』「上原作和編著『竹取物語事典』ハイパーテクスト版」から)
夏目漱石『虞美人草』11
詩人ほど金にならん商買しょうばいはない。同時に詩人ほど金のいる商買もない。文明の詩人は是非共ひとの金で詩を作り、他の金で美的生活を送らねばならぬ事となる。小野さんがわが本領を解する藤尾ふじおたよりたくなるのは自然のすうである。あすこには中以上の恒産こうさんがあると聞く。腹違の妹を片づけるにただの箪笥たんすと長持で承知するような母親ではない。ことに欽吾きんごは多病である。実の娘に婿むこを取って、かかる気がないとも限らぬ。折々に、解いて見ろと、わざとらしく結ぶ辻占つじうらがあたればいつもきちである。いては事を仕損ずる。小野さんはおとなしくして事件の発展を、おのずから開くべき優曇華うどんげの未来に待ち暮していた。小野さんは進んで仕掛けるような相撲すもうをとらぬ、またとれぬ男である。(青空文庫から)
宮本輝『螢川』螢
「ことしはまことに優曇華の花よ。出るぞォ、絶対出るぞォ」
 仕事を終えた銀蔵が、荷車をひいて竜夫の家に立ち寄り、そう言った。
「ほんとかァ。なしてわかるがや」
 竜夫が勢い込んで訊くと、
「大泉に住んどる昔なじみが、こないだわしの家に来て言うとった。いつもは川ぞいにぽつぽつ螢が飛んどるがに、ことしはまだ一匹も姿を見せん……」
「一匹もおらんのかァ?」
「なァん、じゃから優曇華の花よ。前の時もそうじゃった。こんな年は、ぱっといちどきに塊まって出よるがや。間違いないちゃ」

C:クサカゲロウ(クサカゲロウ科)の卵
 クサカゲロウはアミメカゲロウ目の昆虫で、英名で lacewing-flies(レースの翅の虫)または aphis-lions(アブラムシのライオン)と呼ばれている。 ずいぶん異なる英名だが、前者は成虫の繊細な翅に由来し、後者はアブラムシなどを捕食することに由来する。とくに幼虫は強大なキバを持ち、 農作物害虫の有力な天敵として、欧米では天敵販売会社の主力商品になっている。大量増殖した卵が売られ、日本でもその利用開発研究が開始されている。
 特徴的なのはその卵で、雌が腹の先から葉面に一滴の液を落とし、腹を持ち上げるとそれが糸状に伸びて固まり、その先端に卵を生む。 同じ場所に何本かまとめて産卵するが、糸が細いので卵が空中に浮遊しているように見える。また、成虫は明かりに飛来する性質があり、 よく電灯の笠などにも産卵することがある。そして、古く日本ではこれが植物と誤認された。それも、3千年に一度花が咲き、 開花のときには如来が世に現れるという伝説の"うどんげ(優曇華)の花"とされたのである。……
 クサカゲロウの成虫は死ねば褪変色するが、淡緑色の美しい生きた成虫を見るのは簡単である。夏に市販のマタタビの実の塩漬を皿に乗せて窓を開けておけば多数の雄が飛び込んでくる。 マタタビがネコばかりではなく、クサカゲロウも誘引することを発見したのは石井象二郎博士で、誘引成分の化学構造はネコもクサカゲロウも似るが、 感応基(ラクトンとアルコール)だけが違うという。また、クサカゲロウは雄しか誘引されないことから、この物質は交尾となんらかのかかわりがあると推定されている。
 ちなみに、クサカゲロウの"クサ"は"草"ではなく、"臭い"の意味で、見かけによらず成虫には特有の強い悪臭がある。 (農林水産・食品産業技術振興協会(JATAFF)読み物コーナー・梅谷献二「虫の雑学」から)
谷本雄治・著、下田智美・絵『谷本記者のむしむし通信』(あかね書房、2005年10月)
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 ぼくの“むし修行”
 1.うどんげの花(クサカゲロウ)
「うどんげ」は漢字で「優曇華」と書きます。でも「華」は「花」と同じ意味ですから、「うどんげの花」とよぶと、「華の花」となり、ことばがダブってしまいます。それでそのことを知っている人は「うどんげが咲いた」とだけいいますが、「うどんげの花が咲いた」といってもふつうは問題なく通じます。……
ぼくがクサカゲロウの観察をしようと思ったのは、そのころ取材テーマにしていた「天敵農法」とも関係がありました。このごろの農家は「生きている農薬」としての虫たちに期待していて、化学農薬をなるべく使わない農業をすすめようとしています。
いってみれば、虫で虫をやっつける農業です。自然界のしくみをうまく利用して、害虫を退治します。
農家が最初に使いだしたのは、オンシツツヤコバチという体長1ミリメートルくらいの小さな寄生バチでした。このハチは、温室でそだてているトマトの害虫のオンシツコナジラミをやっつけるために使います。
オンシツツヤコバチは、害虫の幼虫やさなぎに卵を産みつけ、からだを乗っとります。まるで、映画や小説に出てくる宇宙生物のようです。そうやって寄生された害虫はからだの養分をすいとられて成虫になる前に死ぬので、子孫がそれ以上ふえることはありません。
ぼくは、この寄生バチが使われだしてすぐ、トマト農家をたずねました。寄生バチの習性は知っていましたが、どうやって使うのか、ほんとうに害虫退治に役だっているのかは、実際に聞いてみないとわかりません。
取材を終え、農家が寄生バチに切りかえるのは、思ったよりもむずかしいことだとわかりました。農薬なら水でどのくらいにうすめて、どんな作物のいつ、どれくらいかければいいのかがラベルに記されています。その通りにすれば、失敗することはありません。
ところが生きものが相手だと、そうはいきません。寄生バチは害虫のからだを利用するので、害虫がいない温室では生きていけません。だからといって、害虫が多すぎると、農薬のかわりにはなりません。それでいつ温室に寄生バチを放すのか、そのタイミングを見きわめるのがたいへんだ、ということでした。
それでも寄生バチを使う農家はしだいに増え、その成功に続いて、「絵かき虫」とよばれるハモグリバエに寄生するハチや、悪いダニを食べるダニなど、次々に新しい天敵生物が使われるようになりました。そしてされに、環境にやさしい農業をめざして何種類もの虫たちが研究材料になりました。
クサカゲロウも、そうした「生きている農薬」のひとつです。はねのある成虫も、作物の害虫であるアブラムシを食べますが、温室からにげだすかもしれません。そこでおもに、幼虫を利用するための研究がすすんでいました。
アブラムシが農家にきらわれるのは、植物の汁を吸ったり、病気のもとになるウィルスを運んだりするからです。しかもたくさん集まって、休みなくチューチュー吸います。
そして、アブラムシのおしっこが葉っぱにつくと、光が当たりにくくなって植物の生育が悪くなります。それにそこからカビが生えることもあるので、油断できません。
アブラムシがウィルスをばらまく道具は、針のようになったくちです。病気にかかっている植物の汁を吸ったあとで別の植物の汁を吸うと、そこからウィルスが広がります。
そうしたアブラムシをやっつけてくれるクサカゲロウの卵が「うどんげの花」です。そのはたらきぶりをたしかめるのにいい機会だと思いました。……
一ぴきの幼虫が、六百ぴきものアブラムシをたいらげるのです。その計算でいくと、クサカゲロウの幼虫が百ぴきいれば、六万びきものアブラムシをやっつけてくれることになります。アブラムシも負けずに赤ちゃんを産みますが、クサカゲロウのような虫がいるので、アブラムシだらけになることはありません。クサカゲロウが「生きている農薬」とよばれるのもうなずける話です。
……[体液を吸ったアブラムシの死がいを背中にくっつけるクサカゲロウの幼虫=「ゴミザウルス」]……
本によると、クサカゲロウの幼虫はおしりから糸を出して、まゆを作るようです。カイコもそのほかのガも、チョウも、幼虫が糸を出すのはくちからです。ぼくが飼ったことのあるむしでおしりから糸を出すものはクモだけでした。……
クサカゲロウの名前の由来については、①草の色をしたはねだから、②見かけとちがって、くさい虫だから、③草によくとまっているからーという三つの説があります。そのどれも当たっていそうですが、多くの人は「くさい虫だから」という説を支持しています。
たしかに、草がくさったようなにおいを感じることがあります。でも目の前にいる成虫を見ていると、草色の美しいはねに注目してつけた名前ではないかと思いたくなるのでした。……
……クサカゲロウはまゆを破って成虫になるのではなく、さなぎの状態でまゆの外に出て、羽化したのです。そのしょうこが、まゆの外にある空っぽのさなぎでした。
チョウやガには見られない習性です。
 2.畑のドジョウ(サンショウウオ)
 3.松風をよぶ虫(スズムシ)
 4.異国の暴れんぼう(ジャンボタニシ)
 5.庭の舞姫(アゲハチョウ)
 友だちはすぐそばに
※「1.うどんげの花(クサカゲロウ)」(11~37頁)全文を読むことをお勧めします。
※「さなぎの状態でまゆの外に出て、羽化した」とは? 羽化してさなぎの皮をつけてまゆの外に出て?

金子郁容『コミュニティ・ソリューション』 11月12日

金子郁容さんの『コミュニティ・ソリューション-ボランタリーな問題解決にむけて』(岩波書店、1999年5月)を読みました。
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金子郁容『コミュニティ・ソリューション-ボランタリーな問題解決にむけて』目次
第1章 ふたつのコモンズ
  1 指揮者のいないオーケストラ
  2 コモンズのルール、ロール、ツール
  3 リナックスの「弱さの強さ」-フリーソフトが世界を転覆させる
第2章 コミュニティ・ソリューションの出現
  1 同時進行するグローバライゼーションとコミュニティ指向
  2 それは阪神淡路大震災から始まった
  3 関係の再編成-シェアウエアとユーザーズ・グループ
第3章 関係のメモリー
  1 関係性の共同資産
   ●共有地の悲劇
   ●ヒエラルキー・ソリューションとマーケット・ソリューション
   ●コミュニティ・ガバナンス
   ●関係資源としてのソーシャル・キャピタル
  2 ケアセンター成瀬のソーシャル・キャピタル-成瀬は一日にして成らず
   ●気持ちのいいスペース
   ●わたしたちの組織
   ●どんなことが起こっているか
   ●住民企業
   ●関係作りの歴史
   ●自治会と自治会連合会
   ●学校建設陳情からPTAへ
  3 結・講・座のプロトタイプ
   ●結-somwthing for everybody(みんなになにかしらを)
   ●講-プロジェクト講とセーフティネット講
   ●座-競いのロールを割り振るルール
   ●5つの関係編集の型
     オープンプロジェクト型(~プロジェクト型講)
     マルチアクター編集〈結+座〉型
     マルチアクター編集〈信用創造〉型
     ユーザーズ・グループ〈シェアウェア〉型(~座)
     ユーザーズ・グループ〈セーフティネット〉型(~座+セーフティネット型講)
   ●コミュニティ・ソリューションの経済規模
第4章 グローバル・スタンダードとのせめぎ合い-食と森の認証
  1 アクシスと認証協議会のコモンズ
  2 NGOによるグローバル・スタンダード
  3 相互与信システム作りに向けて
あとがき

※第3章3結・講・座のプロトタイプについては金子郁容・松岡正剛・下河辺淳『ボランタリー経済の誕生-自発する経済とコミュニティ』(実業之日本社、1998年1月)4章4 結・講・座のネットワーク(216~241頁)に詳しい。
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金子郁容・松岡正剛・下河辺淳『ボランタリー経済の誕生-自発する経済とコミュニティ』目次
共同執筆をする前に ラディカル・ウィルの発動へ
第1章 新しい予兆 
第2章 情報ネットワークとコミュニティ経済 
第3章 ボランタリーな経済共同体 
第4章 生命と歴史からの展望 
  1 進化ゲームとパートナーシップ
  2 ネオテニー[※]とコミュニケーション   
  3 貨幣経済の奥にひそむもの
  4 結・講・座のネットワーク
    ◆日本の社会史に眠るヒント
    ◆中世社会を動くネットワーカー
    ◆「結」=地域資源の共有システム
    ◆フルーツバスケットとしての「結」
    ◆「講」=不確実性に対処する組織
    ◆ボランタリー経済の底辺をつくった「講」
    ◆「座」=祭祀共同体からの発生
    ◆産業と芸能のシステムをつくった「座」
    ◆コミュニティにおける自生のルール
第5章 思いがけない経済
第6章 相互編集する世界
あとがき
[※]ネオテニー:生物学の用語で「幼形成熟」と訳される。人類では「幼年時代」や「子供時代」という未熟な期間があることが社会的動物性を成熟させてきたこと。

  (笹川平和財団、1993年10月27日、日経ホール、講演者:ピーター・F・ドラッカー、金子郁容)
第1セッション 基調講演「非営利組織の時代-全世界的な社会的転換期を迎えて」(ピーター・F・ドラッカー)、第2セッション 「ソーシャルセクターの発想」が時代を拓く-ドラッカー氏の講演を受けて(金子郁容)。第3セッション 対談 非営利組織の歩むべき道とは-ドラッカー氏への質問状、資料編(キーワード解説など)。ドラッカーはマネジメントには誰か決定できる人が必要であるとしてオオケストラの指揮者をモデルとしていますが、指揮者のいないオーケストラが金子さんの『コミュニティソリューション』にあるオルフェウス室内管弦楽団です。⇒湯川真理「指揮者のいないオーケストラ、アルクスとオルフェウス」(慶應丸の内シティキャンパス【KEIO MCC】『MCCマガジン』2005年7月12日記事)
オルフェウスには、明確な8つの原則があります。
  1. 仕事をしている人に権限をもたせること
  2. 個人として最も質の高い演奏をする、自己責任を負うこと
  3. 役割を明確にすること
  4. リーダーシップを固定させないこと
  5. 平等なチームワークを育てること
  6. 話の聞き方を学び、話し方を学ぶこと
  7. コンセンサスを形成すること
  8. 職務へのひたむきな献身があること

メンバーの自律的・主体的に参画しようとする情熱、個々人のプロフェッショナルとして自己責任と意思決定に関るという意識、明確な役割と固定しないリーダー、……


 第1回 ファシリテーションは、社会関係資本を増やす
 第2回 ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)を整理してみる
 第3回 第一の、そして大きな要因は信頼
 第4回 要因の二つ目:互酬性について考えてみましょう
 第5回 社会的ジレンマという難問登場!
 第6回 では応用問題へと・・・その壱
 第7回 続いて、社会関係資本と価値の交換という難しい話になります
 第8回 活性化した組織・コミュニティでは、価値はどうとらえられているか
 第9回 公園における事件(応用問題 その弐)
 第10回 社会関係資本とファシリテーションの「関係」
 第11回 資本を増やす道具−ファシリテーションの技術
 第12回 信頼のお作法としてのファシリテーション
 第13回 話し合いの「品質保証」としてのファシリテーション
 第14回 困ったチャンを、社会関係資本から見ると(応用問題 その参)
 第15回 関係性が変化し、組織や社会を変えていく
 第16回 公共の現場では(応用問題その四)
 第17回 コモンズにアクセス!(公共の現場では つづき)
 第18回 地方自治体の試練 (公共の現場では−さらに続き)
 第19回 見る社会から、する社会へ
 第20回 ビジネス現場の「公共性」
 第21回 セレンディピティ
 第22回 ファシリテーション「七つの習慣」(上)
 第23回 ファシリテーション「七つの習慣」(下)
 第24回 ファシリタティブに生きる(社会関係資本の増加)松…所有?
 第25回 ファシリタティブに生きる(社会関係資本の増加)竹…共有?
 第26回 ファシリタティブに生きる(社会関係資本の増加)梅…合意?
 第27回 ファシリタティブに生きる(社会関係資本の増加)並…世話の倫理?
 第28回 ファシリタティブに生きる(社会関係資本の増加)あがり…支援?

安冨歩「れいわ新選組の組織論」(2019年12月1日)

渡辺保史『情報デザイン入門』 11月8日

渡辺保史さんの『情報デザイン入門~インターネット時代の表現術~』(平凡社新書96、2001年7月)を読みました。情報デザインという概念を広めた記念碑的入門書だそうです。
情報デザイン入門

渡辺保史『情報デザイン入門~インターネット時代の表現術~』目次
まえがき
第1章 情報に「まとまり」をつける -本棚整理からウェブサイトの構築まで
 モノ・コトの背後にある「意味」をとらえる 内容(コンテンツ)と文脈(コンテクスト)
 5つしかない情報の組織化の方法[※]
 電話帳を新しくデザインし直す
 本棚づくりは情報デザインのレッスン
 意味の「濃密さ」を空間に反映させる
 ウェブデザインは、「情報の建築」をたてること 情報アーキテクチャの4要素
 サイトを訪れる人の「経験」をデザインする
第2章 見えない空間の地図を描く-速度の地図からネットの地図まで
 速度が歪めた日本列島
 人類最古の情報デザイン
 「大正の広重」が描いた情報地図
 情報をつたえる四種類の地図
 全体像の把握が困難なネットという空間
 「ネット渋滞」を視覚化する地図
 証券市場の変動を直感的に把握できる地図
 未来のデジタル地図のデザイン
 都市のエコロジーを再発見する地図
第3章 時間で変化する情報をデザインする-スケジュール管理から地域のフィールドワークまで
 情報をデザインする要素としての時間
 タイムマシン・コンピューティング
 コンピュータの中に再構成される自分史
 「関係の発見」をうながす年表のデザイン
 立体的な歴史空間を旅する
 たったひとつの時間を世界で共有するシステム いつも地球を身に付けよう
 インターネットがもたらす新しい時間感覚
 映像をどのようにデザインするか
 VJ、そしてモーショングラフィックスの可能性 時間の層を「こすり出す」
第4章 よりわかりやすく、使いやすく-道具とインターフェイスのデザイン
 ヒトと道具を「仲立ち」する部分
 「呪文」からマウスへ、そして……
 デジタル情報を「つまみ上げる」
 情報の感触、情報の気配
 「関わりあい」をデザインすること
 「万能デザインツール」としてのレゴ
 重なり合う情報とモノのデザイン
 レゴブロックのようなソフトウェア
 建築やプロダクトに広がるレゴ的発想
第5章 環境と身体をめぐる情報のデザイン-生きている世界を実感するデザイン
 生きている世界を感じる道具
 インターネットが伝える生きている世界
 「想像力の危機」を超えて
 広がるセンスウェアの輪
 インターフェイスとしての建築
 日本家屋はインターフェイス的建築の元祖
 この世界に情報は充満している
 アフォーダンスに満ちたデザインを
 闇のなかの対話
第6章 社会に開かれていく情報デザイン-コミュニティをめぐる関係のデザイン
 目に見えない関係を「かたち」にする
 私たちは「ユーザー」ではない
 コミュニティを基盤とした協働のデザイン
 ユーザーを巻き込んだ情報デザイン
 人々の「経験」にアクセスするためのデザインリサーチ 地域コミュニティにおける情報デザイン
 「ノード(結節点)」というデザインの現場 地域情報デザインのアイディアフラッシュ
あとがき
[※]カテゴリー(Category)、時間(Time)、位置(Location)、アルファベット(五十音順)(Alphabet)、連続量(Hierarchy)⇒ LATCH

追悼 渡辺保史さん。渡辺さんが生前に残した貴重なメッセージを公開しました」(北海道大学高等教育推進機構『Co STEP』サイトの「実践+発信」2013年7月4日記事)
 追悼 渡辺保史さん YouTube 18:37
 



里山プロジェクト・信州里山の3類型(2006年) 10月7日

霧ヶ峰高原の草原は採草利用により維持されてきた二次草原であること、草原化の起源が鎌倉時代であること、近世以降霧ヶ峰高原は肥料や飼料となる草の採取に利用され近世末には全域が草原となり、明治以降化学肥料の普及により採草利用が減少し草原の縮小が始まったこと、昭和初期には標高1500m以上は秣の採取に利用されていたことなどが、長野県では2000年代前半には解明されていたようです(霧ヶ峰草原の成り立ち」9月12日記事)。長野県環境保全研究所では2001年度から5年間、「信州の里山の特性把握と環境保全のための総合研究」(通称 里山プロジェクト)」を行い、研究成果が『信州の里山の特性把握と環境保全のために」(165pp、2006年3月発行)としてまとめられています。

1-1 信州の里山の特性では、プロジェクトの研究成果や文献資料等をもとに,「自然環境」,「産業」,「文化」などの異なる視点から,信州の里山の特性についてまとめています。まず「立地」では県域を低平地、山間地、高原、奥山に区分し、里山を低平地の里山(里山Ⅰ)、山間地の里山(里山Ⅱ)、高原の里山(里山Ⅲ)に類型化しています。
立地からみた信州の里山の類型区分_4信州の里山の特性_1
長野市飯縄山南東麓(浅川流域、標高約350~1900m間)の土地利用形態の歴史的変遷をたどり、過去から現在への里山環境の移り変わりの傾向は,長野市飯綱山南東麓や中条村虫倉山麓などという特定の地域に限ったことではなく,県内の多くの里山において,若干の程度の差はあっても,基本的には共通して認められる」(10頁)としています。
信州の里山の特性_2信州の里山の特性_3

この報告書での「里山」の定義は畑中健一郎・富樫均・浜田崇・浦山佳恵「2-1 里山の何が問題なのか-里山問題の概観-」にあります。
里山は、農林業を主体とした人の暮らしを支えるある広がりをもった地域であり、暮らしや生産活動の影響下に成立した二次的自然の総体を指すものとする。そのなかには、雑木林、植林地、草地、農地、ため池、水路、集落といった多様な自然環境が含まれる。また、里山の言葉にある地形的な山の概念にはとらわれず、たとえ二次的自然が平地に存在する場合もその地域を里山と称するものとする。(24頁)
  植林地の面積が県土の約25%を占めているので、長野県の里山の面積は県土の約78%になります。

富樫均2-11 立地からみた信州の里山の類型区分」は長野市北部の飯縄山南東麓(浅川流域)のデータなどをもとに、信州の里山に関する新しい 3 つの類型区分、里山Ⅰ(低平地型)里山Ⅱ(山間地型)里山Ⅲ(高原型)を提案し、「里山ⅠとⅡの間に地形的な難所が形成され、相互に分離される傾向がつよい。一方ⅡとⅢでは、前~中期更新世に形成されたと思われる古い侵食小起伏面の残存により、巨視的にみれば地形的な連続性が高く、県境や郡境を越えて広域に分布する。これらの類型区分は北部フォッサマグナ地域においてとくに明瞭にあらわれるが、より広く長野県全域にわたって適用される可能性が高い」とし、信州の里山の立地特性としては、里山ⅡとⅢの存在とその意味がとくに重要であることを強調しています。
立地からみた信州の里山の類型区分_1立地からみた信州の里山の類型区分_5立地からみた信州の里山の類型区分_6

立地からみた信州の里山の類型区分_2立地からみた信州の里山の類型区分_3

長野県においては、山岳地のなかに盆地が切れ切れに分布するという特徴から、里山Ⅰの広がりも断片的である。それに対し、里山Ⅱと里山Ⅲは相互に地形的な連続性が高く、県境や郡境を越えた広域的な広がりが認められる。
里山Ⅱは、緩傾斜地から利用困難な急傾斜地まで、比較的小面積のさまざまな地形要素の集合からなる。とくに近世以降、居住地、畑地、水田、ため池、採草地、林などとして持続的に活用され、用途の違いに応じて多目的な土地利用が行なわれてきた。継続して適度のかく乱が加わりつつ、モザイク状に展開する様々な環境の組み合わせは、多様な生き物の生息場所にもなってきた。また山間地上部の肩状尾根などにみられる古い小起伏地は、その連続性や安定性から、かつての街道につながる脇道(峠道)のルートとしてよく利用された。山間地上部の尾根筋にめぐらされた峠道は、とくに近世以降、集落間を結ぶ庶民のための重要な陸路となり、物資や情報を流通させていたとみられる。
里山Ⅲは、多くがゆるやかな起伏をもつやや高冷な地域であることから、現在ではリゾート地や別荘地、あるいは高原野菜の生産地になっている。しかし1960年頃にはじまる高度経済成長期以前には、採草地などとして現在とは全く異なる形で、長期にわたり、高い生産性をもつ場所として利用されてきた。とくに集約的に採草が行なわれた場所では、現在よりもはるかに広い面積の草原環境が維持されてきたものと予想される。そうであるとすれば、里山IIIはおそらく草原的な環境を好む野生動植物にとって重要なビオトープにもなっていたと考えられる。さらに、湿原堆積物に含まれる花粉や微粒炭の分析結果をもとに、飯綱高原の環境変遷史を考察した結果によれば、この地域では約3000年前の縄文後期から火入れをともなう人間活動が活発になり、さらに約700年前には森林破壊の激しさが極大になったこと、それと同時に、森林にかわって草原環境が拡大したことなどが明らかにされている。県中南部の八ヶ岳山麓にも、井戸尻・尖石など縄文時代中期を代表する遺跡群が多数存在することはよく知られている。このように里山Ⅲは、たんに人々が利用してきたばかりでなく、原始・古代から近代・近世を通じて、里山IやIIよりもむしろ長期にわたり、資源採取地として継続的に利用されてきた場所である可能性が高い。現在観光地として名高い霧ケ峰高原でも、火入れや採草などの人為的働きかけが継続されてきたことで草原が維持されてきた。つまり、霧ケ峰などの高原の里山は、まさに信州独特の里山と位置づけられる。
最後に、氷河時代から生きつづけている遺存種と呼ばれる野生生物種と里山との関係について考えてみたい。たとえば約1万年前以降の後氷期の時代には、気候の温暖化にともなって退行する落葉広葉樹林と、縄文中期以降に焼畑耕作によって人為的に形成された二次林性の落葉広葉樹林が国内に共存していた。その結果寒冷期の落葉広葉樹林に住んでいた生物が、後氷期の照葉樹林の拡大の下でも滅びることなく、現在につづく里山の二次林で生きながらえることができたのではないかという指摘がある。
長野県では、潜在的に照葉樹林そのものの分布域が小規模であるため、西日本や関東周辺の里山とはやや事情が異なる。しかし、同様の意味で信州の標高差の大きな里山の二次林や草地が、氷河時代に生息域を広げた植物や昆虫などにとって、後氷期におけるレフュージア(避難場所)となったことは十分に考えられる。そのばあい、とくに里山IIと里山IIIの環境は、広域に連続するという面においても、気候変動下における生物多様性の維持のために、より大きく寄与してきたはずである。(93~94頁)

この報告書『信州の里山の特性把握と環境保全のために」(2006年)が明らかにしたことと環境保全のための提案
信州の里山の特性
 ① 低平地と山間地と高原に展開する広大な里山分布(3 つの類型に分かれる信州の里山)
 ② 多様な気候と多様な野生生物の共存(多雪と少雨、寒暖、多種多様な生物種など)
 ③ 地形と気候を生かした多彩な農作物の栽培、林業、観光などの様々な産業立地
 ④ 各地域ごとの個性的な文化(食べ物、暮らし、行事、工芸など)
 ⑤ 縄文時代にまでさかのぼる里山の利用の歴史と戦後の急激な変貌
信州の里山の魅力と価値
  ① 奥山から低地までが凝縮された独特の里山景観
  ② 全国的にも特筆される、野生生物の多様性
  ③ 山間地の地形や種々の環境を巧みに利用してきた文化や民俗
これからの里山の環境保全のために
  ① 地産地消の推進(里山が里山であるために)
  ② 里山をもっと知ること(学びの必要性)
  ③ 里山保全の担い手確保のための配慮(高齢者と若年者の意識の違いから)
  ④ 新たな発想による里山整備の展開(生き物、散策の場、自然体験など)
  ⑤ エネルギー資源の供給地としての可能性(木質バイオマスの活用など)

※報告書の目次は以下で、各項目ごとにPDFのダウンロードができます。概要版(PDF63KB)もあります。

  長野県環境保全研究所『信州の里山の特性把握と環境保全のために』

 里山の写真(小川村)

 長野県における里山の分布

  口絵2
 里山の原風景(県内4箇所)

はじめに

1 信州の里山の特性と環境保全のための提言

2 個別のテーマによる調査・研究成果報告

3 資料編

執筆者一覧


ナラ枯れ文献・ブナ科樹木萎凋病を媒介するカシノナガキクイムシ 9月23日

柴田叡弌・富樫一巳(編著)『樹の中の虫の不思議な生活 穿孔性昆虫研究への招待』(東海大学出版会、2006年9月)第12章ブナ科樹木萎凋病を媒介するカシノナガキクイムシ(小林正秀)を再読しました。
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小林正秀「ブナ科樹木萎凋病を媒介するカシノナガキクイムシ
 1.はじめに
 2.共生菌
 3.野外における成虫の行動
 4.材内における行動
  (1)成虫の行動
  (2)幼虫の行動
 5.繁殖
  (1)繁殖能力
  (2)繁殖場所の利用期間
  (3)繁殖阻害要因
  (4)大繁殖の要因
ブナ科萎凋病の被害拡大パターンは、飛翔可能な生物が新たな場所に侵入して分布を拡大するパターンと同様に、周辺木への分散、中距離(数百m)の移動、長距離(数㎞)の移動という、3つの異なるスケールが組み合わさって階層的拡散を示す。
ナガキクイムシ科は、無被害地では、低密度で点在する衰弱木や枯死直後の樹木を利用して広く低密度で分布しているため、簡単に捕獲できない。これらのことから、カシナガは古くからわが国に分布していたと考えられる。
衰弱木を利用してカシナガの個体数が広範囲で増加しており、そのような状況下で、風倒木や伐採木を利用してさらに個体数が急増して最初の被害が発生し、周辺にも繁殖に適した大径木が分布しているために、一度発生した被害が次々に拡大すると考えられる。実際に、最初の被害発生場所は伐採木や風倒木の発生地点である場合が多く、被害が同心円状に拡大する距離はカシナガが飛翔可能と推定される数㎞程度である。
 6.おわりに
ブナ科樹木萎凋病の被害対策を考える上で、カシナガの生態を明らかにすることが重要である。このような観点からカシナガの研究に取り組んだ結果、カシナガだけを悪者扱いにすることに疑問が生じてきた。被害が発生しているブナ科樹木を種とする広葉樹二次林は、燃料革命以降に放置されて大径木化している。人間の勝手な都合で放置された大径木を利用してカシナガが大繁殖していることがブナ科樹木萎凋病が流行している要因と考えられる。また、燃料革命をきっかけとする地球温暖化が、カシナガの生息域の拡大や樹木の衰弱を引き起こしていることも被害に関与している可能性がある。数億年もかけて蓄えられてきた化石燃料を、その百万分の1ほどの短期間のうちに燃やし尽くそうとしている人間の所行は、本被害とも無縁ではなさそうである。
キクイムシ類は、衰弱木や枯死直後の樹木に最初に穿入する。このため、彼らは腐りにくい木部の分解を促進し、物質循環の速度を加速するという重要な役割を果たしている。また、食性や配偶システムが多様で、社会性の発達が認められる。特に、ナガキクイムシ科には真社会性の種もあり、カシナガも幼虫がワーカーのような役割を果たしている。キクイムシ類は、健全木を枯死させたり木材に穴をあけるなど経済的に重要な害虫になることがしばしばある一方で、人類の生存にとって欠くことのできない分解者であり、生物学的にも興味深い存在である。しかしながら、日本ではキクイムシ類を研究対象にする人は少ない。ここで紹介した内容がキクイムシ類のイメージを変えることに寄与し、キクイムシ類を研究対象にする人が一人でも増えることに貢献できれば、望外の幸せである。
ナラ枯れ文献・カシノナガキクイムシとその共生菌が関与するブナ科樹木の萎凋枯死「2022年5月17日記事)


小林正秀氏のナラ枯れ研究発表(日本森林学会大会発表データベースから)③ 8月17日


第131回大会会(2020年)
●小林正秀「ナラ枯れの発生原因」
 ナラ枯れは、江戸時代以前から日本で発生しており、過去の被害は周辺に拡がらなかったが、1980年代以降、全国的に拡大するようになった。京都府では、1990年代に被害が発生し、2011年以降は終息に向かったが、被害が再発している地域も多い。
 ナラ枯れの発生原因についても、主因、誘因、素因に別けて考えるべきであろう。主因は、カシノナガキクイムシが媒介する糸状菌(Raffaelea quercivora)であることが証明された。誘因については、2005年の総説で、ブナ科樹木の大径化を指摘した。すなわち、燃料革命で化石燃料の利用が増え、薪炭林(里山よりも奥山に多い)が放置され、カシノナガキクイムシが繁殖しやすい大径木が増えたことを指摘した。この説が定説になってしまったが、総説では温暖化の影響も指摘した。しかし「温暖化を原因とする説が提唱されたこともあったが、60年以上前に冷涼な地域で発生しており、関連性を示すデータは得られていない」と反論され、科学的な検証を試みる人はなかった。そこで、演者は、温暖化がナラ枯れに与える影響について検証してきた。ここでは、温暖化がナラ枯れの要因であることを示す。

第132回大会(2021年)
●小林正秀「ナラ枯れに防除法はないのか?」

 カシノナガキクイムシの穿孔によるナラ枯れは、江戸時代以前から発生していたが、先人達は被害を抑えていた。ところが、1980年代以降は被害を抑えることができなくなり、京都府では、1990年代後半には日本一の被害量が続いた。その後、被害は徐々に南下し、2000年代に京都市内でも発生するようになった。
 京都府には社寺仏閣の庭園などの貴重な緑地が多く、現場から「ナラ枯れを抑えて欲しい」との強い要望があった。そこで、演者は、カシノナガキクイムシの飼育法を確立して生態を解明し、ビニール被覆やカシナガトラップなどの防除法を開発した。そして、これらの防除法を駆使して多くの現場で被害を抑えてきた。ところが、効果がない樹幹注入剤やフェロモン剤がもてはやされ、被害を抑えることができなくなり、「ナラ枯れには防除法はない」と考える人が増えてしまった。
 ナラ枯れと同様の被害(Platypus属の穿孔によるQuercus属の枯死)は、鳥インフルエンザや新型コロナのように世界で同時多発している。ここでは、ナラ枯れ対策に焦点を当て、日本で感染症が抑えられない要因について考察し、改善策を提言する。

小林正秀氏のナラ枯れ研究発表(日本森林学会大会発表データベースから)② 8月17日

日本森林学会大会での小林正秀さんのナラ枯れについての研究発表を大会発表データベースから検索してみました。研究の軌跡が分かります。

第126回大会(2015年)
●小林正秀・山崎拓男・金澤瑛・竹内道也・立川知恵理「カシノナガキクイムシの大量捕獲によるナラ枯れ防除」
 ナラ枯れの媒介昆虫であるカシノナガキクイムシを大量捕獲する餌木誘殺は、燃料革命以前には主要な防除法であった。しかし、薪炭の利用が減った現在では、餌木の準備と利用が困難になっており、おとり木法、ペットボトルトラップ(以下、PT)や、それを改良したカシナガトラップ(以下、KT)による大量捕獲が検討されている。
 京都市の宝が池公園では、餌木周辺にPTまたはKTを設置した結果、2012年と2013年に、それぞれ約16万頭(うち87%はPTによる捕獲)と約20万頭(うち94%はPTまたはKTでの捕獲)のカシノナガキクイムシが捕獲できたが、枯死本数は減少しなかった。そこで、2014年は、明るい場所に位置するブナ科大径木50本に、PT1基とKT2基ずつを設置した。その結果、捕獲数は70万頭以上(トラップでの捕獲数は約52万頭、立木への穿入数は約20万孔)に達し、トラップ設置木1本が衰弱したのみで、枯死木は発生しなかった。本法は、樹木の伐倒作業のような重労働は不要で、薬剤も使用することなく、1~2週間ごとのエタノール交換とトラップの掃除だけで大量捕獲が可能なことから、有効な防除法になると考えられた。

第127回大会(2016年)
●小林正秀「ナラ枯れ防除の成功例」
 ナラ枯れの拡大に伴って各地で研究が開始され、本学会での発表件数は1992年を皮切りに2015年までに300件以上に達している。そのうち、防除法に関するものは3分の1を占めており、大雑把に分類すると、薬剤(フェロモン剤を含む)による防除が43件と最多で、資材による防除(19件)、被害把握(15件)、生物防除(12件)の順になっている。近年では、フェロモン剤や樹幹注入剤を用いた防除法の発表件数が増えているが、「枯死本数が減った」という報告はあっても、被害を完全に抑えた例は報告されていない。
 ナラ枯れは伝染病であり、新たな枯死木が発生すれば、それが火種となって拡大するため、枯死本数を減らすだけの防除法では功を奏しない場合が多い。そのため、「新しい防除法」と銘打った防除マニュアルが作成されているが、「防除しても無駄」という考え方が浸透しつつある。ナラ枯れの防除法は確立されていないのが現状である。 しかし、京都府では資材(カシナガトラップやビニール被覆)による防除によって被害をほぼ完全に抑えた実例が増え、他府県にも普及している。本報告では、防除の成功例を紹介し、防除に失敗する要因について考察する。

第128回大会(2017年)
●小林正秀「カシナガトラップを用いたナラ枯れ防除の成功例」
 1980年代以降に拡大し始めたナラ枯れは、2011年以降は終息傾向となり、京都府でも北部では激減した。ところが、2015年には、京都南部、大阪北部、奈良北部などで被害が拡大し、過去に例のないほどの枯死本数になっている。
 ナラ枯れは、旧薪炭林(主に奥山)で発生していたことから、景観の悪化や公益的機能の低下などが問題視されていた。しかし、近年では、人が暮らす場所の近く(里山)で発生することが多く、人命にかかわる問題となっている。 京都府では、健全木をシート被覆することで被害を抑えた事例が多く、韓国でもシート被覆が防除の主体となっている。しかし、日本では、効果がない方法が宣伝され、効果がある方法の普及を阻んでいる。例えば、「シート被覆は単木的な方法であり、面的防除はできない」との批判がある。そこで、カシナガトラップを用いた面的防除に取り組み、成功例を増やしてきた結果、他府県でも実施されるようになった。本報告では、京都府の2事例を中心に、カシナガトラップを用いた防除の成功例を紹介し、多数のカシノナガキクイムシを捕獲するだけでなく、穿入生存木を増やすことで被害が抑えられる理由について説明する。

小林正秀氏のナラ枯れ研究発表(日本森林学会大会発表データベースから)① 8月16日


第124回大会(2013年)
●吉井優・ 小林正秀・ 竹内道也・ 田中和博「ナラ枯れの発生に与える地形と気象の影響」
 ブナ科樹木萎凋病による被害の拡大を抑えるためには、被害を早期に発見して被害量が少ないうちに対応することが重要である。その際、前年の被害地から離れた場所で発生する飛び火的な被害(被害発生初期木)がどのような場所で発生しやすいかが予測できれば、被害の早期発見が容易となる。そこで、2005~2012年に京都市市街地周辺で実施されたヘリコプター調査によって把握された枯死木の位置データを基に、被害発生初期木が発生しやすい地形条件をConjoint分析で把握した。その結果、50~250mの低標高で、西~南西斜面の急傾斜地で発生しやすいことがわかった。また、公園や社叢林のような小面積での対応では、どのような樹木が被害を受けやすいかが予測できれば効率的である。そこで、2011~2012年に総合防除を実施した船岡山において、どのような場所のどのような樹木が被害を受けやすいかを同様の方法で把握した結果、明るい場所に位置する大径木が被害を受けやすいことが確認できた。この他、その年の気象条件によって被害量が増減することが指摘されており、気象条件が被害にどのように影響しているかについても検討した結果を報告する。

●小林正秀・ 吉井・ 竹内道也・ 宮本眞「ペットボトルトラップと粘着紙を用いたナラ枯れの防除」
 ナラ枯れは京都市内でも発生しており、京都府立大学周辺(上賀茂神社、下鴨神社、府立植物園、京都御苑)ではビニール被覆が実施されている。しかし、船岡山(約7.4ha)ではブナ科樹木が多く、ビニール被覆ができなかった。そこで、2011年は、さまざまな方法を組み合わせた総合防除を実施したが、カシノナガキクイムシの穿入を見逃した木が枯れた。そこで、2012年は、粘着紙(かしながガホイホイ)とペットボトルトラップを用いた防除を実施した。枯死木3本と衰弱木3本を伐倒処理し、フラス排出量が多い穿入生存木13本に粘着紙を被覆して脱出を防止した。また、明るい場所の大径木100本に粘着紙を設置し、6~10月の間、ほぼ1週間ごとに粘着紙を見回り、カシナガが捕獲された木と、周辺で穿入を受けた木にペットボトルトラップを2~4基ずつ設置した。この他、御神木など8本にヒノキ木屑を設置し、7月20日以降に穿入を受けた33本に防虫網を被覆した。その結果、ペットボトルトラップ(67本に195基)でカシノナガキクイムシ371,836頭が捕殺でき、新たな穿入による枯死木を1本に抑えることができた。

第125回日本森林学会大会(2014年)
●小林正秀「ナラ枯れの媒介昆虫カシノナガキクイムシのビデオカメラが捉えた行動生態」
 ナラ枯れを抑えるためには、1餌となる樹木を減らす、2樹木の抵抗力を高める、3カシノナガキクイムシ(以下カシナガ)を減らす、のいずれかを実施するしかない。このうち1と2は、対象樹木が多いために実施が困難であるため、3を目的にカシナガが駆除されている。また、駆除効果を高めるため、カシナガの発生消長などの野外生態が調べられてきた。ところが、樹木に飛来してから脱出するまでの生態はほとんど知られていなかった。効率的な駆除を行うためにも、生態の全容を解明する必要があると考え、交尾行動や脱出行動を観察した。また、アクリル板や透明ビンを用いた飼育法を開発して材内生態を解明した。すなわち、雄が穿入孔を掘り、その奥に穿入母坑を完成させ、穿入孔に飛来した雌と交尾する。交尾は複雑な工程を経て行われ、交尾後の雌は直ぐに産卵し、穿入母坑を拡張して水平母孔を完成させる。孵化幼虫は2週間程度で終齢に達し、分岐坑の掘削、菌の培養、卵の移動や栄養交換を行う。新成虫は、穿入孔を塞いでいる雄親が出た後に1~10頭の集団となって脱出する。これらの様子はビデオで撮影しており、100時間を超える映像から重要箇所を紹介する。

森林総研関西支所公開シンポ「これからの里山の保全と活用」(2008年) 8月15日

森林総合研究所関西支所が2018年10月に実施した公開シンポジウム「これからの里山の保全と活用・・・里山を健康に保つために何をすべきか・・・・・・」の開催報告・QandAから質問の部分を抜萃しました。シンポジウムは自治体関係者・自然保護ボランティア・里山管理に関わる市民をはじめ約120名の参加者があり立ち見がでるほど盛況だったそうです。皆さんならどう答えますか?

ナラ枯れ、樹病に関する質問
Q1:ナラ枯れの被害が大径木に多いということを、もう少しくわしく教えてください。また、次々と小径木に移行して行くことになるのですか。
Q2:直径や樹齢が大きい、もしくは高い個体でナラ枯れ枯損率が高くなるという根拠のグラフがあったと思うのですが、必ずしもそうなっていないように見えました。どのくらい若ければ枯損しない、もしくは感染しないのでしょうか。
Q3:ナラ枯れの被害地域が日本海側中心でそこから被害地域が南に拡がっているように見えます。里山の利用が停止して林齢が増加したのが主な原因であれば太平洋側でも同時に被害が発生していてもおかしくないと思うのですが、日本海側で先に被害が発生した理由があれば教えてください。
Q4:ナラ枯れの要因は「樹齢」だけなのでしょうか。被害の全国分布を見ていると、海岸部が顕著に思われます。10年程前、「日本海側に被害が多いのは、中国からの偏西風による酸性雨が要因である」と教えられたことがあります。
Q5:ナラ枯れで残った林でコナラ、もしくはミズナラの天然更新は可能でしょうか。ササは場所によってはほとんどありません。シカは多数います。
Q6:近所の公園にコナラ、クヌギなどがあり、うち直径40cm位の一番太い木の根元に沢山フラスが出ています。カシノナガキクイムシかどうか同定したいのですが、同定の方法について教えて欲しいのですが。また、落ちた実や落葉などからウイルスが拡がりますか。
Q7:里山にある遺跡の管理保存計画を策定しています。植物の現地調査で、遺跡内のコナラ、ミズナラにナラ枯れが見られます。発注者からは樹木が倒れたりすることによって、遺跡が壊れないか心配をしているがどうか、と質問を受けています。現時点では枯死しているものはほとんどありませんが、穿入口、フラスが確認できる樹木(個体)を放置してよいか、伐採した方が良いか判断できずにいます。長い目で、経過を観察し、問題が進んだ時点(枯死する等)で対応するしかないと思っていますが、どれぐらいの期間を見すえていけば良いのかアドバイス等ありましたら、お願いします。
Q8:ナラ枯れにより地下水、琵琶湖の水質に影響が出て来ていますか。
Q9:菌と虫の関係は、お互いどのようなメリットがあるのでしょうか。
Q10:山形、新潟など早い時期にナラ枯れが進んだ地域で、放置したままのところは、その後どのように変化していますか。
Q11:カシノナガキクイムシの被害は現在も拡大しつづけているのですか。キクイムシの分散能力(移動能力)はどのくらいですか。被害が自然に終息する可能性は低いのですか。
Q12:ナラ枯れに周期はありますか。ナラ枯れ予防(ビニール被覆、樹幹注入)に対する意見等があったらお願いします。
Q13:枯死した森林から放出されるCO2量は単位面積当りどの程度でしょうか。また、樹種により異なりますか。
Q14:枯死している里山の森林面積は日本全体でどの程度ですか。
Q15:公園林にナラ枯れが発生するというのは、コナラ林で40年以上であれば、その林でも発生するということでしょうか。
Q16:現在は、マツ林、ナラ林での枯れですが、今後、どんな他の樹種が想定されますか。
Q17:マツ枯れに地掻きは効果がないとのことでしたが、マツの生活に適した環境を作り、マツ自身の体力を上げるような取組を行っても、マツ枯れは防げないのでしょうか。健全なマツでもマツクイムシには無抵抗なのでしょうか。

里山の植生管理に関する質問
Q1:新しい里山林の施業として、低林管理をすすめておられますが、高林管理の里山を維持する場合は低林管理の維持する場合に比べて、維持管理工程はどれだけ違うのでしょうか?
Q2:常緑化する遷移をくい止めてコナラ等、落葉樹林を保つことの意義は何ですか。
Q3:コナラ属にこだわると大変なこともあるのではないでしょうか。また、これまでにひろがりすぎたコナラ林をかえていく良い機会とはとらえられませんか。
Q4:コナラの早熟性に着目され、コナラ林の純林を目指される理由は何でしょうか。クヌギ、コナラ、アベマキ林でもよいのではないでしょうか。
Q5:低林管理にするのであれば亜高木の他の樹種を選択してもよいのではないでしょうか。
Q6:コナラ林をかつてのように若齢林にもどして行って健全性を保つことが、バイオマス利用など多面的にも有効であることがよくわかりました。その場合、新たな施業方法として、実生による更新を重視され、植栽については「時には」とされていますが、技術的にはコナラなど広葉樹植林は難しいのでしょうか。
Q7:コナラ林の作り方はわかりましたが、ナラ枯れの中心であるミズナラではどうでしょうか。
Q8:コナラは再生が早いとのことですが、燃料としては他の樹種と比べて、どんな特性を持っていますか。
Q9:現在、ニホンジカの食害がひどく、施業方法だけでは里山林の再生をどうにもできない状況だと思うのですが、どのように考えればよいでしょうか。
Q10:コナラ林の再生について紹介していただきましたが、クヌギ、アベマキにはない利点が何かあれば教えていただけないでしょうか。
Q11:森林の公益的機能(特に土砂崩れなど)との関連で若年林中心の森林づくりは大丈夫でしょうか。
Q12:昔の人の山の使い方は集落との距離や土壌条件などにによるのでしょうか。
Q13:栃木県の日本で最後まで行われた里山管理は何の目的で、なぜできたのでしょうか。
Q14:里山の手入れを兼ねて森林放牧という方法がありますが、その有効性をどの様にお考えでしょうか。再生区域と放牧区域を分けるなどの手法が有効でしょうか。

今後の里山の保全と活用に関する質問
Q1:公共事業ではなく、社会的支援により里山に関わる森林施業体系を変えていくことは可能でしょうか。
Q2:薪ストーブは現実に住宅地の中や、マンションでは設置は困難ではないでしょうか。その場合、ペレットストーブは有効と思いますが、この場合のペレット製造におけるエネルギ使用はどのくらいでしょうか。
Q3:「里山の○○を利用し新しい利用の仕組みをつくる」という案をいくつか提示されていましたが、それに関してこれまでにあった、もしくはこれから起こり得る問題点はありますか。
Q4:里山保全には、現実にはお金の問題、土地所有の問題がどうしても残ります。林野庁はお金についてどういう方向を示しているのでしょうか。
Q5:里山の現状は危機的状況にあるようですが、国としての明確な方針がしめされていないように思えます。人手不足もともない、今後誰がどのようにしていけば里山を再生していけるのか、おたずねします。
Q6:マツ枯れもナラ枯れも自然淘汰の範疇で、何もしないで済むなら、何もしない方がいいのではないでしょうか。「永年の過度な人為的撹乱が終わり、本来の遷移にゆだねる」と考えるのは楽観的すぎるでしょうか。
Q7:森林環境税等により行政の関与でボランティアを支援し事業評価を行う際には、里山林のいわば「目標林型」のようなものが求められ、概して画一的価値観になりがちです。地域の財産として、地域の方々がよいと思う形で管理、利用ができれば(マツ枯れ、ナラ枯れ等のリスク管理を含めて)よいと思う一方、スタートアップで税金を投入する以上、何らかのものさしが必要、というジレンマもあります。地域の方(ボランティア、NPO等)の活動に行政が関与する場合のあるべき姿、注意点などについてお考えを聞かせていただけないでしょうか。
Q8:市民ボランティアで、木や竹の伐採をしていますが、労力やコストの問題で運び出す事ができません。どんどん伐採だけ進んでいってその先が見えないように感じています。
Q9:スギ、ヒノキ等の人工林には育林技術が確立しているが、里山の天然生林の育林技術は森林所有者、行政技術者等、携わる人達に周知されていないことから、自治体、NPO、ボランティアが対応できるように確立した技術を里山再生マニュアルのような形で普及、指導してほしい。

その他
Q1:「里山」は森林のことをさし、農地などを含めたものは環境省用語では「里地」と使い分けているのではないでしょうか。
Q2:講演パワーポイントの資料を全ていただけませんでしょうか。
A:今般、シンポジウムの発表内容も含めた形で、関西支所での里山研究の概要をとりまとめた小冊子「里山に入る前に考えること-行政ボランティア等による整備活動のために-」(PDF:2,773KB)を発行いたしましたので、そちらをご覧いただければと思います。pdfファイルは、当研究所関西支所ホームページ「刊行物」からダウンロードできます。

※「森林総研関西支所『里山に入る前に考えること』(2009年)(2022年8月14日記事)」で紹介している冊子の内容をふまえた報告であったとのことなので、『里山に入る前に考えること』を手元において、自分ならどう回答するか考えながら頁をめくっていくのも面白いのではないでしょうか。


森林総研関西支所『里山に入る前に考えること』(2009年) 8月14日

市民が里山保全活動をするにあたって読んでおいた方がよい本があります。その一つが『里山に入る前に考えること-行政およびボランティア等による整備活動のために-』(森林総合研究所関西支所、2009年3月)です。
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『里山に入る前に考えること-行政およびボランティア等による整備活動のために-』目次
1 章  里山は放置してはいけない(黒田慶子)

2 章  里山林の変化:過去 60 年の変遷(高畑義啓)
  (1)里山の利用の歴史
  (2)空中写真から植生を推定する

3 章  里山林の健康低下の原因と対策(黒田慶子・衣浦晴生)
(1)森林の健康とは
(2)ナラ枯れ増加の原因と対策
  伝染病「ナラ枯れ」
  病原菌を媒介するカシノナガキクイムシ
  ナラ枯れはなぜ今増えているのか
60 年以上前から、このナラ枯れは虫害として記録がありますが、被害はそれほど多くありませんでした。ところが 1980 年代後半から、東北や北陸で被害が目立つようになり、以来被害量も被害地も増え続けています。被害発生地の多くは、昔の薪炭林、つまり柴や薪の採取や炭焼き用材の林です。枯死木に共通するのは、樹齢 40 年以上の大木が多いことです。薪炭林は通常 15 ~ 30年という短い周期で伐採が行われ、萌芽(ぼうが)からまた次の世代が育てられてきました。しかし、1950 年代以降の燃料革命で里山は放置され(2章参照)、現在では用途が忘れられて、雑木林と呼ばれることが多くなっています。
約 60 年前の記録では、樹齢 50 年以上の老齢薪炭林で被害が出たと報告されていますが、当時はこのような高い樹齢のナラの林は少なかったのです(2 章、6 章参照)。また、燃料革命以前には、自然の枯死木には燃料として価値があり、人々は競って伐倒して利用しました。枯死木が放置されず、カシノナガキクイムシがうまく駆除されたので、翌年に新成虫が大量に飛び出すことはなく、新たな被害発生を防ぐことになりました。ところが、現在では枯れ木は放置されて、翌年の被害増加につながっています。近年ナラ枯れが終息せずに拡大を続けている理由としては、繁殖(感染)に適した環境が増えたことと枯死木の放置があげられます。
被害地が北上している例や標高の高いところに被害が出たことを根拠として「地球温暖化がナラ枯れ増加の原因」という説が唱えられたことがあります。しかし、この被害は 60 年以上前に北陸~東北の冷涼な地域で発生しており、また、近年の近畿地方の被害地は南下しているので、地球温暖化と被害拡大を単純に結びつけることはできません。「温暖化のせいなら、ナラ枯れ被害は減らせない」というあきらめに直結してしまいますので、憶測だけで話をすることは避けたいものです。
  (3)マツ枯れ増加の原因と対策
    マツ枯れの原因
    マツ枯れのメカニズム
  (4)里山の集団枯死を減らすには
    対策のポイント
    マツ枯れの防除(駆除と予防)
    ナラ枯れの防除
被害木の発見と処理:ナラ枯れは山裾の道から見えない場所で発生することも多く、被害場所の把握にはヘリコプターで上空から調査するのが効率的です。先駆的な自治体では、防災ヘリを利用しています。枯死本数が少ない段階で枯死木の処理をすると、少ない費用で被害の拡大が阻止できますが、初期の対応が遅れると、数年以内に数十~数百本の枯死本数となります。早期発見と迅速な駆除が肝要です。枯死木は伐倒して 1m 程度に切り、許可された殺虫剤を散布した後にシートで覆います。小さなチップ(厚さ 6mm 以下)に粉砕して利用することも可能ですが、集積地でカシノナガキクイムシが繁殖することがあります。被害木を伐っただけで放置するとカシノナガキクイムシが繁殖して翌年の被害を増やしますので、絶対にするべきではありません。また、被害発生地の外に持ち出してシイタケのほだ木や薪に利用することも被害拡大の原因になります。
被害の予防:最近、里山の公園的な整備が進み始めましたが、公園的な整備では林床の低木などの刈り取りが中心で、高木のナラ類は伐らずに大事に残されます。前述のように、カシノナガキクイムシは大径木で多数繁殖します。「老齢木ばかりになると、カシノナガキクイムシの繁殖を促進する」という情報がうまく伝わっていないことが心配です。近隣の被害地からこの虫の飛来が増えれば、ナラ類は大木から枯れてしまうことを念頭に、次世代の森林を再生させるための作業が必要となります。また、里山を明るい林にするため、ナラ類やシイなどを部分的に伐倒し、そのまま林内に放置することがあります。この場合もカシノナガキクイムシを誘引し、伐倒木の中で繁殖させて被害を増やします。伐り株にも穿入して繁殖します。伐ったままの丸太を放置しないことと、被害地の近くでは不用意に伐倒しないことが大事です。感染を防ぐ予防手段としては、予防薬を幹に注入する方法や、健康な木の幹にシートを巻いて虫の侵入を防ぐ方法もあります。参考書や地方自治体担当者に相談するなど、最新情報を確認してください。
  (5)里山の健康低下の本当の原因を探る

 4 章  放置里山林の植生変化と問題点(伊東宏樹)
  (1)森林の更新
  (2)滋賀県朽木での事例
  (3)放置による問題

 5 章  里山林の生物多様性(松本和馬)
  (1)里山林の現状と生物多様性
  (2)里山林施業のもたらす生物多様性はどのようなものであったか?
  (3)放置林の下層植生を排除する管理を行った林の生物多様性はどうなるか?

 6 章  里山林の生態(大住克博)
  (1)里山林とは?
  (2)里山から減少するアカマツ林
    アカマツ林の成り立ち
    マツ枯れの大発生
    困難化するマツ枯れ後の里山林の再生
  (3)里山で拡大したコナラ林
    世界に広がるナラ類
   日本の二次林を代表するコナラ
     高齢化し不安定化するコナラ林
    低下が懸念される萌芽更新能力
  コナラ萌芽林における種子更新の役割
  種子更新の機会
  若い萌芽も母樹となる

 7 章  住民とともに実施する里山林の管理(奥敬一)
  (1)なぜ住民が里山に関わるのか
  (2)里山の資源をとらえなおす
    資源の目録の作成
    履歴を調べる
里山林の成り立ちには様々な利用の履歴が絡んでいます。そうした履歴を無視して、それまでの利用の仕方と違う整備や管理を導入しても、目標としたような植生にならない可能性があります。図 7-1 [略]のように、ひとつの集落の中でも季節ごと、また集落からの距離や地形条件によって、柴を集める山林、草を採る草地、販売用の薪(割木)を作る山林と使い分けがされていました。管理をしようとする場所が、どのような履歴を持った場所なのか、地元の人たちへの聞き取りなどを通して調べる必要があります。
  保全目標の設定
  (3)里山での活動に継続して関わっていくためには
  里山に関わる動機付けの4つのタイプ
  里山の利・活用活動の事例と動機付けの関係
   (i)里山での自然体験と環境教育
   (ii)薪ストーブの利用
   (iii)粗朶消波工
  「+αの価値」
上で紹介した里山での活動の事例は、どれも里山の内側だけで完結しているわけではありません。里山(と里山を利用すること)のこれまでとは違う形の価値を、里山の外側で求めている人や場所につないだところにポイントがあります。
 •里山の空間+都市住民→自然体験・環境教育
 •里山の薪+ストーブ→新しいライフスタイル
 •里山の柴+湖→湖岸の生態系回復
このように、「里山の○○と里山の外の□□を結びつけると生まれる+αの価値」を見出して、その価値を得ることを動機として関わってくれる人たちを巻き込んでいくことが、現代的な里山の保全と利活用には重要です。また、そうした「+αの価値」を生み出す「新たなつながり」を見つけ出すことも、植林、間伐、下刈といったイベントや作業だけに限らない、市民・住民活動、行政機関の新たな役割と言えるでしょう。
  (4)里山保全および利・活用のための制度や事業にはどのようなものがあるか
    法律レベルでの対応
    自治体の里山関連条例
    里山保全・利活用のための事業メニュー
  (5)里山利活用のための行動・支援フロー

 8 章  里山林整備を進めるために(大住克博・奥敬一・黒田慶子)
  (1)整備の考え方
    1)整備を始める前に
      万能薬・特効薬はない
      観察と改善
      みんなで考える
    2)整備しようとする森林を知る
      所属を調べる
      自然を調べる
    3)管理方針を合意しておく
      整備目的
      整備のための負担
  (2)整備技術の要点
    1)アカマツ林整備の場合
      整備目的と目標林
里山でアカマツ林を整備する目的は、環境林や景観林の整備と、木材生産の二つに大きく分けることができるでしょう。どちらの場合も目標とする森林の形は高林(短い間隔での伐採を行わず、樹高を高く育てた森林)ですので、森林整備に大きな違いはありません。木材生産の場合は材木の通直性を高めるために、本数を多くして密度を高めに管理します。
      マツ枯れを避ける
      種子による更新
アカマツを更新させるには、植栽または種子の発芽により実生を供給することが必要です。種子の発芽や、発芽した実生が生き残るには、鉱物質土壌が露出していることが必要なため、よい更新結果を得るためには、落葉や腐植を取り除く地掻き作業が欠かせません。また、実生は暗いところでは成長できないので、更新させるためには、抜き伐りではなく皆伐を行います。なお、更新したアカマツは、若い苗の時期にはマツ材線虫病にかかりにくく、枯れにくい傾向があるものの、樹齢10 年前後から感染・枯死の危険性が高くなります。したがって、更新過程のみではなく、その後の成長過程も見据えたマツ枯れ対策をたてる必要があります。
      植栽
マツ枯れ被害地域で植栽する場合は、耐病性(抵抗性)のある苗木の利用も考えたほうが良いでしょう。ただし現時点では、抵抗性の苗は生産量が少なく手に入りにくい状況です。また、抵抗性マツとは、全く枯れないマツという意味ではなく、感染した場合に比較的枯れにくいということです。したがって、植栽した苗の何割かは将来枯れることを想定して、植栽を計画します。
    2)ナラ類の落葉広葉樹林の場合
      整備目的と目標林型
公園的高林管理:広葉樹林をレクリエーション利用や景観として好ましい状態に整備するには、あまり木が込み過ぎないよう、立木密度を概ね 200 ~ 800 本/ ha にすると良いとされています。また、樹高、枝下高は高く、薮が少ないことがのぞまれます。このような管理では、林内の低木(特に常緑樹)の伐採が中心となり、必要な労力が少なく技術的にも容易なため、多くの人が作業に参加できるという長所があります。林内が明るくなり、林床植生が増加し、それらの開花も促進されるので、自然観察や環境教育の場としての活用もすすみます。一方で、高林管理では上木の大径木を残すので、ナラ枯れを誘発する危険性が指摘されています。ナラ枯れ被害地に近い地域での適用は避けるべきでしょう。なお、高林管理で整備された森林の姿は、もともとの里山林とは異なることを、理解しておいてください。
低林管理:昔の薪炭林の姿を復活させようとする場合や、ナラ枯れの誘発を避けるために大径木にしないように管理する場合には、概ね 30 年以内の短い間隔で伐採し、萌芽による更新を図る低林管理が有効です。萌芽の成長には十分な明るさが必要なので、抜き伐りではなく皆伐を行います。しかし、長く放置されて上木が太くなってしまっている場合には、その伐採には労力が必要なうえに、熟練した技術がないと危険です。また、更新を図りますので、それがうまくいっているかどうか追跡調査が必要です。更新がうまく行けば、次回以降は細めのうちに伐採することになるので、作業は比較的容易になります。
    萌芽による更新
コナラの萌芽発生は、通常、幹が太くなると減退するので(P.23)、萌芽更新は幹の直径が概ね30cm 以下の場合を目安に適用するのが良いでしょう。アベマキやクヌギでは、より太い幹でも萌芽能力が維持されます。しかし、伐り口が大きくなれば傷口の巻き込みが難しくなり、やがて株に腐朽が入り、発生した萌芽が倒伏してしまうこともしばしばです。基本的には、樹種を問わず、大径木になるほど萌芽更新は不良になると考えるべきでしょう。クヌギやアベマキでは、伐採位置を高く仕立てることもよくありますが、コナラでは地際で伐採するほうが萌芽の発生が良いとされます。伐採面は、腐朽を避けるために水切れを考えて斜めに設定し、なるべく滑らかに仕上げます。伐採季節は選ばないという意見もありますが、まだ明確ではないので、一般的に行われるように晩秋から春先までの活動休止期に伐採するのが良いでしょう。ナラ類の萌芽は多数発生し成長も速いために、他の植生に対して強い競争力を持っています。しかし、下刈りや、萌芽幹数を株当たり2~3本に減らす本数調整も、より確実にナラ林を再生するために有効ですので、管理の余力に応じて行うのも良いでしょう。
    種子による更新
種子による更新は、萌芽更新に比べて成功率が大きく下がります。親木から落下するドングリがとどく距離は、概ね親木の樹高程度です。落下したドングリはネズミやカケスにより、より遠くへ運ばれますが、これは、それらの動物がいるかどうかに影響されます。また、ドングリの大半は虫害で成熟せずに終わるうえに、成熟して落下しても、豊作年以外ではそのほとんどを動物に食べつくされてしまいます。このように、ナラ類の種子による更新は非常に不安定です。したがって、既に実生が多く存在している場合を除き、種子更新は難しい選択肢であると考えたほうが良いでしょう。ところで、最近の研究から、コナラは里山で高木となる樹種の中でも、とび抜けて若いころにドングリを着け始めることがわかってきました(P.24)。それを利用して、昔の里山で広く行われた柴の採取のように、数年に一度という間隔で頻繁に林を刈り取ることで、コナラのみが種子更新できる状況をつくり、コナラの割合(混交率)を高めていく可能性が考えられています。しかし、適用には、まだ今後の検証が必要です。
    植栽による更新と補植
長く放置され萌芽能力が低下している場合や、ナラ類の混交率を高めようとする場合には、植栽が必要です。苗木は遺伝的な撹乱を防ぐために、同じ地域の種子から育てられたものを植栽するようにしましょう。近隣からドングリを集め、整備活動参加者などの間で育てることが最善です。ドングリは乾くと死んでしまうので、乾かないように保存します。播き付けや育苗は容易ですが、スリットの入っていない普通のポットで育てると、根がきつく巻きあって枯死する危険性があります。実生は、萌芽に比べて成長が遅いので、下刈りが必要です。一般に広葉樹は、下刈り時に誤伐されやすいのですが、ナラ類では萌芽能力が高いので、あまり問題ではないと考えられています。
成長が悪い苗は、一度地際で台伐りし、萌芽させることが良いとされています。植栽あるいは種子更新でナラ林を再生した場合でも、次はより容易な萌芽更新が有利なので、萌芽能力が低下しない概ね 30 年以内に再び伐採するのが良いでしょう。
    病虫獣害を抑える
ナラ枯れが拡大しつつある現況下では、里山を整備しようとする関係者は、十分な知識を持ち、慎重に対処することが望まれます。既に被害が発生している地域では、専門家の助言を得て、管理計画を立てることが重要です。また、未発生地域でも発生情報に常に注意し、近隣に発生が見られる場合には、公園的高林管理や抜き伐りは、ナラ枯れを誘発しかねないので避けてください。ナラ枯れの防除や枯死木の処理については、3章および下記参考書を参照にしてください。また、シカの個体数が増えている地域では、萌芽更新でも植栽による更新でも、シカによる食害を受ける可能性が高くなります。必要に応じて、シカ柵などで更新の初期の状態を保護することを検討してください。
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※各章末に「推薦する参考書」が掲載されています。このブログでは、「環境学習会・市民参加による里山林の保全・管理を考える(2018年2月18日記事)」のように、里山保全活動の指針となるさまざまな文献を紹介し、フィールドでの活動と併行して学習することを勧めてきました。学んだことを活用、使いこなしていきましょう。

小林朋道『動物行動学者、モモンガに怒られる』 8月10日

小林朋道さんの『動物行動学者、モモンガに怒られる』(山と溪谷社、2022年5月)を読みました。タヌキのため糞(「岩殿入山谷津の植物調査(2022年7月22日記事」)が気になって、「タヌキは公衆トイレをつくる」をまず読みました。「地球上の人間社会をとりまく自然生態系は、地球規模のヒトの生命維持装置(141頁)という言葉が印象的でした。それがなければ、あるいはその働きが低下すればヒトは生きていけないのだ。
         小林朋道『動物行動学者、モモンガに怒られる』(山と溪谷社、2022年5月)
はじめに

アカネズミは目をあけて眠る 「懸命に生きているんだな!」という思いが大切だ
 野生のアカネズミとの出会い
 せっせとドングリを埋める夜
 持ちつ、持たれつ生きている?
 「テキパキ」という名のネズミ
 それぞれのドングリのゆくえ
 アカネズミとドングリの謎
 動物は目をあけて眠れるか?
 ヒトという名の動物の習性
 アカネズミ図鑑

動物行動学者、モノンガに怒られる
経済的利益と精神的利益が必要なのだ
 産む子どもの数が問題だ
 哺乳類の子育て戦略さまざま
 生存戦略を左右するシンプルな原理
 ニホンモモンガは子どもをたくさん産むか?
 母モモンガに睨みつけられる
 モモンガの盛と生きる
 経済的利益と精神的利益
 ニホンモモンガ図鑑

スナヤツメを追って川人になる
人工的が環境でも共存はできる、間違いない
 あの大切な「樋門」が!!
 ハリボテの威厳を揺るがす質問
 スナヤツメの不思議な生態
 ここにいて、あっちにいないのはなぜ?
 再び市役所にかけあう
 スナヤツメ図鑑

負傷したドバトとの出会いと別れ
“擬人化”はヒトにとって大切な思考活動なのだ
 翼の折れたハト
 森で生きる生物、草原で生きる生物
 ホバを襲った衝撃の事件
 「生物専用機能回復系」の存在
 ホバからもらった宝物
 「擬人化思考」が可能にしたもの
 ドバト図鑑

小さな島に一頭だけで生きるシカ
シカも、ヒトの生命を維持する装置である
 津生島へ上陸を果たす
 島で“ツコ”が果たす役割
 ヒトが生きていくために必要なこと
 もしも、あなたの町にシカが出たら?
 調査でわかった島の驚くべき植生
 シカとして、ヒトとして
 ニホンジカ図鑑

脱皮しながら自分の皮を食べるヒキガエル
ヒトは、生まれつき生命に関心や愛情を抱く
 早春の雪解け水に棲むものとは?
 数千分の1を生き延びろ
 ヤマカガシとヒキガエルの深い関係
 ヒキガエルの脱皮を目撃する
 バイオフィリアと生物多様性
 ヒキガエルがヘビに出会ったら?
 動物の生態を理解する喜びとは?
 ヒキガエル図鑑

タヌキは公衆トイレをつくる
街で暮らす動物たちのことをどう考えるか
 道路で動けなくなっていたタヌキ
 コバキチ点を終え!
 タヌキの雄は意外と子煩悩
 つがいの暮らしぶりを調べる
 溜め糞が教えてくれたこと
 どうして共存する必要があるのか
 タヌキの恩恵
 タヌキ図鑑

コウモリにはいろいろな生物が寄生している
生きることと潜在的な危険は切り離せない
 コウモリは感染症の現況か?
 コウモリには立派な鼻がある
 天敵から逃れるための思わぬ行動
 コウモリに寄生するあんたは誰だ?
 ケブカクモバエの能力やいかに
 まさか! コウモリを襲う奇病の存在
 生きる上でのリスクとどうつきあう?
 ウィルスに見る「共存の本質」
 コウモリ図鑑

ザリガニに食われるアカハライモリ
動物との接し方に新しい規範が必要なときだ
 知られざるアカハライモリの暮らし
 雄と雌の行動の意味とは何か?
 アカハライモリの可愛すぎる幼体
 動物行動学者、深夜の草むらで格闘する
 捕食行動を調べたいという学生
 Hさんに起きた不思議な変化
 動物との接し方についての新しい規範
 アカハライモリ図鑑

おわりに


小林朋道さんには築地書館の先生シリーズ(鳥取環境大学の森の人間動物行動学)18巻など多数の著作があります。動物行動学分野の本は初めてなので読んで見ようとおもっています。


ナラ枯れ文献・里山の生物多様性を持続させるために必要なことは 6月6日

明治大学の教授陣が社会のあらゆるテーマと向き合う、大学独自の情報発信サイト『Meiji.net』2021年11月24日の記事。農学部教授倉本宣さんの「里山の生物多様性を持続させるために必要なことは」です。
樹木が病気になることが近年増えてきています。特に最近首都圏に広がってきて、猛威をふるっている樹木の病気に「ナラ枯れ」があります。ナラ枯れは直接的には菌が樹木の水あげを阻害して起こります。その菌はキクイムシという甲虫の一種カシノナガキクイムシによって運ばれます。ナラ枯れはどんぐりがなるコナラのなかま、しかも大きな木に集中して発生します。なぜ、大きな木に集中するのでしょうか。
太く大きいコナラにはキクイムシが集まる
……ナラ枯れの根本的な対策は、雑木林を皆伐更新(伐採して、切り株から出るひこばえを育てて若返らせること)することです。それは15年以上前に確立された学説です。生態系に配慮するなら、数百平方メートルずつ小面積皆伐更新を行うのがよいとされています。しかし、現実には小面積皆伐更新はほとんど実施されておらず、対症療法的に、ナラ枯れにかかった樹木からカシノナガキクイムシが飛び立たないようにしたり、ナラ枯れで枯死した樹木だけを伐採したりすることにとどまっています。
人が手を加えたことによってできた「豊かな自然」もある
市民の暮らしが里山から離れて、里山を使っていた時代の記憶が薄れた昭和の終わりから、公共の場や目立つ場所の樹木の伐採に対して強い反対が行われるようになりました。……
丘陵地の大規模な公園における雑木林を維持するための小面積皆伐更新に対しても、ヤマザクラを伐採してはいけないという苦情がありました。ヤマザクラの樹形は根元から幹が分かれた株立ちでコナラと同じです。この樹形からヤマザクラも雑木林の一部としてくりかえし伐採されひこばえが再生してきたことがわかります。さらに、ヤマザクラは大きな樹冠を作るので谷戸の水田を日陰にしてしまい、農業に必要な光環境を維持できなくしてしまいます。

 それは、暮らしとは切れてしまった樹木愛護の精神によるものだと思います。私たちには生きている者同士の連帯感のようなものがあって、樹木にも連帯感を持ち、まして長く生きてきて大きな樹木には尊敬の念を抱くものです。……

雑木林を楽しむことも、資源の活用
要は、もともとの自然だけが大事なわけではないし、周囲の環境に与える影響を考えずに人が手を加えることも決して良いことではないのです。そのバランスは、私は配置と面積の問題と考えています。
山の向こうは、草原であった方が良いのかもしれません。でも、さらにその奥は原生林であった方が良いでしょう。また、都市の近くの林は、人の手が入った雑木林の方が良いのです。行政には、その配置と面積のバランスを考えた環境計画を立てていくことが求められるのです。

一方、私たち市民は、とにかく木を伐ってはダメという姿勢を少し変えてみましょう。……

そうした環境をこれからも維持していくためには、植生管理が必要なことを知ってもらえればうれしいです。それは、物質循環や自然の大きなサイクルを学ぶことにも繋がっていくと思います。……

また、木の伐採を受け入れる雰囲気を社会に広めるためには、伐採した木を資源として活用できる社会を構築していくことが必要だと考えています。

もちろん、江戸時代のように、木を薪や炭などのエネルギー源として利用することは現実的ではありませんし、チップにして燃やし、発電するのも費用対効果を考えれば、効率的とは言えません。

そこで、いま考えているのは、「楽しむ」ことです。伐採した木で木工を楽しんだり、そもそも、伐採に参加するのも楽しいと思います。特に、切り株のひこばえを育てることは心ときめく夢のある管理です。

雑木林を若返らせることも、そこに生きる植物や動物にふれることも、きっと楽しい体験になると思います。それはお金に換えられない体験です。

身近にある雑木林から、新しい発見や、面白いと思うこと、びっくりすることを感じるのは、そこに自然と人の営みがあるからです。

それを「楽しむ」ことが、雑木林のような「人手の入った自然」をこれからも残していくことに繋がると思っています。

倉本さんの著作は『雑木林をつくる―人の手と自然の対話・里山作業入門』改訂新版 (百水社、1998年)以来、里山再生活動で利用してきました。最近では高齢化したコナラ林の萌芽更新・再生にかかわる論文、松本薫・倉本宣「40年以上放置されたコナラ主体の雑木林における萌芽更新」(『明治大学農学部研究報告』65巻2号、2015年)、松本薫・倉本宣「小面積皆伐更新が行われてきた都立小宮公園における雑木林の更新の現状」(『関東森林研究』66巻2号、2015年)や日本生態学会大会での発表「丘陵地公園の雑木林における萌芽更新の成功と失敗」、「樹冠と後生枝から考察する大径化したコナラの萌芽規定要因」などから多くのことを学習しました。島田和則さんを講師に迎えての学習会「環境学習会・市民参加による里山林の保全・管理を考える(2018年2月18日記事)や都立小宮公園を見学(「都立小宮公園(2018年8月6日記事」)してから4年経ち、市民の森保全クラブの活動エリアのコナラ林をどのようにして更新していくのかその輪郭がようやく見えてきたところです。


ナラ枯れ文献・小平市緑化推進委員会緊急提言 6月4日

2021年4月15日、第17期小平市緑化推進委員会が、「小平市におけるナラ枯れ病対策の緊急提言」として小平市に提出した提言書資料です。市民の森には東松山市内・市外から多くの散策者が訪れています。市民の森保全クラブ員が園路沿いに設置したナラ枯れトラップの点検作業をしている時に何をしているのか説明を求められることがしばしばあります。市民にナラ枯れについて説明できる絶好の機会です。ナラ枯れについて普段からしっかりと学習・議論しておいて、その場の状況に応じて的確に情報を伝えられるようにしておきましょう。
小平市におけるナラ枯れ病対策の緊急提言(2021年3月)
小平市緑化推進李委員会緊急提言202104_1小平市緑化推進李委員会緊急提言202104_2
小平市緑化推進委員会緊急提言別添資料(小平市緑化推進委員会委員長椎名豊勝)から
ナラ枯れとは
小平市緑化推進委員会資料_01

カシノナガキクイムシとは カシナガの生活史 感染しやすい樹種
小平市緑化推進委員会資料_02小平市緑化推進委員会資料_03

都立公園の被害状況 穿入生存木 幹の太さによる被害状況 被害部位(高さ)
小平市緑化推進委員会資料_05小平市緑化推進委員会資料_07

カシ枯れ病の見分け方 根本的対策(雑木林の更新等)
小平市緑化推進委員会資料_08小平市緑化推進委員会資料_10

新開孝『虫のしわざ観察ガイド』 5月28日

岩殿入山谷津の植物調査を続ける中で、植物につく昆虫についても興味がわいてきて自然観察の視野が広がってきました。新開孝さんの『虫のしわざ観察ガイド~野山で見つかる食痕・産卵痕・巣~』は、その場に昆虫がいなくても、その痕跡から何と言う虫のものなのか、昆虫の名前だけでなく、何のためのしわざ(仕業)なのか、その昆虫の生態まで、フィールド別に調べることができる便利な図鑑です。
虫のしわざ観察ガイド

新開孝『虫のしわざ観察ガイド~野山で見つかる食痕・産卵痕・巣~』(文一総合出版、2016年2月)
虫のしわざって何だろう?
虫のしわざが見つかる場所
虫のしわざ いろいろ
 食痕、巣、マイン(絵かき虫leaf minerが潜ってできた痕mine)、フン
 産卵痕、卵のう、虫こぶ、繭、ありんこアーケード、羽脱孔
虫のしわざ 調べる
虫のしわざ 観察用具
虫のしわざ 記録しよう
本書に登場する主な虫のしわざ
 合わせ、まきまき、すだれ、すじ、かじり、型抜き、並び穴、網目、
 てんてん、おしろい、しおれ、ぼこぼこ穴、透かし窓、丸穴、四角穴、
 つめくず、ドーム、ぼこぼこ、こぶ、テント、ハッチ、ふりこ、どろ、
 あられ、アーケード

草花で見つかる虫のしわざ
タケ、ササで見つかる虫のしわざ
樹木で見つかる虫しわざ
地面や崖で見つかる虫のしわざ
水辺で見つかる虫のしわざ
人工物で見つかる虫のしわざ

索引 参考文献
2020年に出版された新開孝『虫のしわざ図鑑』(少年写真新聞社、2020年6月)もあります。YouTube版 本の海大冒険科学編〈6〉『虫のしわざ図鑑』(2:58)。未見ですが入手したい本です。
虫のしわざ図鑑

※『新開孝の昆虫手帖』 宮崎県延岡市在住の昆虫写真家・新開孝さんのブログ。

ナラ枯れ文献・カシノナガキクイムシとその共生菌が関与するブナ科樹木の萎凋枯死 5月17日

『日本森林学会誌』87巻5号(日本森林学会、2005年)掲載の小林正秀・上田明良「カシノナガキクイムシとその共生菌が関与するブナ科樹木の萎凋枯死-被害発生要因の解明を目指して-(下線引用者)
抄録
カシノナガキクイムシの穿入を受けたブナ科樹木が枯死する被害が各地で拡大している。本被害に関する知見を整理し、被害発生要因について論じた。枯死木から優占的に分離されるRaffacleaquercivoraが病原菌であり、カシノナガキクイムシが病原菌のベクターである。カシノナガキクイムシの穿入を受けた樹木が枯死するのは、マスアタックによって樹体内に大量に持ち込まれた病原菌が、カシノナガキクイムシの孔道構築に伴って辺材部に蔓延し、通水機能を失った変色域が拡大するためである。未交尾雄が発散する集合フェロモンによって生じるマスアタックは、カシノナガキクイムシの個体数密度が高い場合に生じやすい。カシノナガキクイムシは、繁殖容積が大きく含水率が低下しにくい大径木や繁殖を阻害する樹液流出量が少ない倒木を好み、このような好適な寄主の存在が個体数密度を上昇させている。被害実態調査の結果、大径木が多い場所で、風倒木や伐倒木の発生後に最初の被害が発生した事例が多数確認されている。これらのことから、薪炭林の放置によって大径木が広範囲で増加しており、このような状況下で風倒木や伐倒木を繁殖源として個体数密度が急上昇したカシノナガキクイムシが生立木に穿入することで被害が発生していることが示唆された
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  Ⅰ.はじめに
  II.被害の概要
   1.病徴
   2.被害樹種
   3.被害地の地形
  Ⅲ.カシノナガキクイムシ
   1.成虫の形態
   2.生活史
   3.繁殖能力
   4.野外生態
   5.マスアタックの発生機構
   6.寄主選択
  Ⅳ.カシナガキクイムシの共生菌
   1.病原菌の探索
   2.Raffaelea quercivora の性質
   3.Raffaelea quercivora の病原性の証明
   4.カシノナガキクイムシがベクターであることの証明
   5.樹木が萎凋枯死に至るメカニズム
   6.Raffaelea quercivora と他の共生菌の役割
  V.カシノナガキクイムシの繁殖成否と樹木の生死
   1.カシノナガキクイムシの繁殖阻害要因
   2.樹木の生死を分ける要因
   3.樹木の生死とカシノナガキクイムシ繁殖成功率
  Ⅵ.被害発生要因
   1.カシノナガキクイムシは一次性昆虫か二次性昆虫か?
   2.被害の発生・拡大・終息のメカニズム
   3.被害発生要因の検討
    1) ならたけ病
    2) 雪の影響
    3) 温暖化の影響
    4) 倒木の発生
    5) 樹木の大径化
    6) R.quercivora またはカシノナガキクイムシの侵入
  Ⅶ.おわりに
R.quercivoraやカシナガが侵入種であるとしても、R.quercivoraの樹体内への蔓延を助長するカシナガの個体数密度の上昇が枯死被害の前提条件になっている。カシナガの個体数密度は、薪炭林の放置によって好適な寄主となりうる大径木が広範囲で増加していることと、このような状況下で発生した倒木が繁殖源になることで急上昇する。そして、個体数密度が上昇したカシナガが生立木に穿入することで発生した最初の枯死被害は、大径林が広範囲に拡がっていることや温暖化の影響によって次々に拡大すると考えられる。
燃料革命以前に行われていた薪炭林施業の伐採サイクルは15~20年程度とされている(広木、2002)。カシナガは細い樹木では繁殖できないことから(小林・上田、2002b)、薪炭林施業が継続されていれば、現在のような激害には至らなかったはずである。本被害の多くは燃料革命以降に放置された広葉樹二次林で発生しており、本被害の発生と拡大に、燃料革命によってもたらされた樹木の大径化と温暖化が関与している疑いが濃厚である。大径木が次々に枯死するという異常事態が燃料革命と無関係でないことは、持続可能な循環型社会への移行が急務であることを示唆している。
このような事態に対して行政のなすべきこと
村上幸一郎・小林正秀「ナラ枯れ防除の理論と実際-京都市東山での事例から-(日本森林学会大会発表データベース 2007年 118 巻 B32)
このような被害に対して行政がなすべきことを列挙すると、①被害実態の把握、②情報の公開、③行政と研究とをつなぐ場の設定と役割分担の明確化、④防除方針の決定、⑤予算獲得と事業実施となる。東山国有林での対策では、①として防災ヘリの活用や現地踏査を実施した。②としてチラシ配布やメディアの活用などの積極的な情報公開を行い、地域住民による被害の早期発見が可能になった。③については、対策会議の開催やメーリングリストを活用した。また、行政者が当事者意識を持つことが重要であり、被害木が発見されるたびに研究者を呼び出すのではなく、行政者による現地調査も実施した。④として東山国有林が被害先端地であったため、重点的な防除対策を行うこととした。⑤は世論の後押し、研究者の助言、行政者や事業実施者の努力によって実現にこぎつけた。

ナラ枯れ文献・ナラ類集団枯損の発生経過とカシノナガキクイムシの捕獲 5月16日

『森林応用研究』9巻1号(応用森林学会、2000年3月)掲載の小林正秀・萩田実「ナラ類集団枯損の発生経過とカシノナガキクイムシの捕獲(下線引用者)
抄録
京都府北部の5林分で、コナラとミズナラの枯損状況を調査したところ、コナラよりミズナラの枯損率が高く、枯損率は最初の被害が発生して3年目頃に最大となった。エタノールを用いた誘引トラップでカシノナガキクイムシを捕獲したところ、捕獲数も被害発生3年目頃に最大となった。しかし、本種はエタノールにはほとんど定位しないことが、α-ピネンや誘引剤なしのトラップ及び障壁トラップとの比較で判明した。ナラ樹に粘着トラップを巻き付けて捕獲したところ、飛翔は6月上旬〜10月下旬にみられ、飛翔時間は午前5時〜11時で、飛翔高度は0.5〜2.0mに多いことがわかった。さらに、前年に穿孔を受けたナラ樹に羽化トラップを被覆して調査したところ、羽化時期は6月上旬〜10月上旬であること、枯死木からの羽化は多いが、健全木からは少ないことがわかった。また、枯死木1m^3当りの羽化数は約3万頭で、1穿孔当りでは約20頭であった。割材調査では、枯死木1m^3当りの羽化数は約5万頭で、1穿孔当りでは約13頭であった。また、すべてのトラップ調査においで性比は雄に偏っていた。
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III 結果と考察
 1.枯損状況調査
 2.誘引トラップと障壁トラップによる捕獲調査
エタノール、α一ピネン及び誘引剤なしを比較した舞鶴での結果を表一5に示す。カシナガは、雌雄ともにエタノールによる捕獲数が、α一ピネンや誘引剤なしとほぼ同数で、ここでもエタノールに積極的に誘引されることはないという結果となった。また、サクキクイムシは、誘引剤なしで最も多く、井上(1996)が報告したように、エタノールに忌避的な反応を示した。これらの結果から、上田ら(1998)の報告のように、キクイムシ科の養菌キクイムシの多くはエタノールに誘引されるが、ナガキクイムシ科は積極的には誘引されないことが判明した。
 3、粘着トラップによる捕獲調査
調査を行った6月ユ9日の調査地における日の出は午前4時44分であったことから、飛翔は、日の出直後の5時頃から始まり、午前中に終了することがわかった。これは、衣浦(1994)、吉田ら(1994)の報告と一致した。しかし、筆者は、飛翔の集中する時間帯が日によって大きく異なることをこの調査を通じて経験している。飛翔には気温と明るさが複雑に関与している可能性があり、今後詳しい解析が必要である。
 4.羽化トラップと割材による調査
 5.各トラップによる捕獲時期及び性比
粘着トラップの捕獲結果は穿孔時期を、羽化トラップの捕獲結果は羽化時期を反映していると考えられる。羽化トラップの捕獲結果から、羽化は、6月上句に始まり、7月が最盛期で、10月上旬に終了すると考えられる。また、粘着トラップの捕獲結果から、穿孔は6月上旬に始まり、10月下旬まで続くと考えられる。羽化時期の報告は多く(松本1955、谷口ら1990、佐藤ら1993、衣浦1994、牧野ら1995、浦野ら1995、井上ら1998、Sone et al.1998)、羽化開始時期は5月下句〜6月上句、最盛期は7〜8月、終了時期は10〜11月としている。
今回の結果もこれらと一致した。一方、穿孔時期については、谷口ら(1990)、衣浦ら(1994)が、羽化時期より数週間遅れるとしているが、森ら(1995)は穿孔の最盛期が、羽化の最盛期より2週間早かったとしている。
被害林では、羽化当初は少数のナラ樹のみが集中的に穿孔される傾向がある、そのために、羽化当初に穿孔の確認できた被害木のみに粘着トラップを設置した1998年宮津の調査では、穿孔の最盛期が6月上〜6月下旬で、羽化の最盛期(6月下句〜7月下旬)よりも早くなった。
そこで、1999年舞鶴の調杏では、羽化当初に穿孔されていないナラ樹にも粘着トラップを設置した結果、穿孔の最盛期と羽化の最盛期は一致した。つまり、林分全体の穿孔時期は、羽化開始直後から始まり、羽化が終了してからもしばらく続き、10月下旬に終了すると考えられる。

今同の調杳では、誘引トラップによって無被害地でも少数のカシナガが捕獲できた。また、カシナガ捕獲率と枯損率の変化が一致したことから、カシナガの増加に伴って枯損量が増加することも明らかになった。さらに、羽化トラップによって、健全木からの羽化も確認できた。これらのことから、カシナガは無被害地でも健全木の枯死部を利用して低密度で生息しており、何らかの原因で生息数が増加し、集団枯損が発生していると推察される。個体数増加には繁殖場所である枯死部の増加が関係していると考えられ、これには薪炭林施業の中止によるナラ樹の老齢化(松本1955、井上1998)、人為的な伐採(布川1993)、風倒木の発生(牧野ら1995)等が考えられる。老齢化については、今回の舞鶴と宮津の被害地においてミズナラ大径木の枯損が被害発生に先行していることを確認している。また、大江と舞鶴では被害発生前に大規模な伐採が行われている。さらに、今回の調査地ではないが、風倒したミズナラから被害が始まった例を綾部市で確認している(小林未発表)。これらのように、被害発生前に何らかの個体数増加の原因があり、これを究明することが、被害の拡大防止にとって重要であると考えられる。

ナラ枯れ文献・ナラ枯れはどのような場所で最初に発生しやすいのか? 5月14日

『森林応用研究』25巻1号(応用森林学会、2016年2月)に掲載されている吉井 優・ 小林正秀「ナラ枯れはどのような場所で最初に発生しやすいのか?。(下線引用者)
抄録
カシノナガキクイムシが媒介して発生するナラ枯れが、1980 年代以降に拡大している。本被害が抑えられないのは、被害の発見が遅れ、被害の初期段階で対策が実施されないことが要因になっている。本被害は、最初の被害地から同心円状に拡大するが、被害地から離れた場所で突如として発生することも多い。 このような飛び火的に発生した被害は発見が遅れ、そこを起点に被害が拡大する。被害の拡大を食い止めるためには、被害地から遠く離れた場所で発生する被害が、どのような場所で発生しやすいのかを知る必要がある。そこで、京都府南部で発生したナラ枯れによる枯死木のうち、前年に発生した枯死木から6km 以上離れた場所で発生した枯死木が、どのような場所で発生しやすいのかを解析した。その結果、標高250m 未満の南西~西斜面で最初の被害が発生しやすい傾向が認められた。また、京都府南部では、外来ブナ科樹木が、周囲の樹木に比べていち早く枯れる場合が多かった。これらのことから、飛び火的な被害は、何らかの原因によって衰弱した樹木にカシナガが穿入することで発生していることが示唆された。
おわりに
本研究では、既存の被害地から遠い場所の被害を早期に発見し、被害本数が少ないうちに対処することの重要性を訴えた。また、既存の被害地から遠い場所は面積が広大であるため、衰弱木が発生しやすい場所を重点的に監視することが効率的であることを指摘した。さらに、衰弱木だけでなく、伐倒木や巻き枯し木、伐根も被害の起点になるため、これらを放置しないことも重要である。森林家必携の第 44 版には、ナラ枯れの防除法として、①老衰木・傷害木・風倒木を速やかに伐採利用すること、②伐採木は伐倒直後に林外に搬出すること、③餌木誘殺を実施することの 3 項目が挙げられている(新島、1949)。また、伐根が繁殖源になるため、できるだけ地際から伐採する必要性も指摘されている(林業試験場昆虫研究室、1953)。燃料革命以降、ブナ科樹木の利用は減ったが、衰弱木、風倒木および伐採木を放置せずに利用することが、ナラ枯れの拡大を抑えるために重要であることは、今も変わりがない。
神戸市は、被害を早期に発見することの重要性を認識し、監視体制を強化した結果、2010 年秋、既存の被害地から30km 以上も離れた六甲山で被害を発見し、徹底した対策を実施した。また、2011 年には、筆者らも協力して、神戸市内で、ナラ枯れが発生しやすい場所(外来ブナ科樹木やブナ科大径木が生育している場所)を抽出した。こうした取り組みによって、神戸市は、ナラ枯れの拡大を 5 年以上も阻止している。ナラ枯れは伝染病であるため、既存の被害地の近くで新たな被害が発生しやすいのは当然であり、そうした被害の発見は容易である。しかし、実際に重要なのは、発見が困難な飛び火的な被害を、早期に発見することである。ナラ枯れが発生した市町村は多いが、被害の拡大を阻止した市町村は少ない。この原因は、被害の発見が遅れること、また、被害が早期に発見されても、直ぐに有効な対策が実施されないためである。ナラ枯れの拡大を食い止めるためには、神戸市のように、被害が発生していない段階で監視体制を強化し、被害を早期に発見して、被害本数が少ないうちに対処することが重要である。

吉井優・小林正秀・竹内道也・ 田中和博「ナラ枯れの発生に与える地形と気象の影響(日本森林学会大会発表データベース、2013年 124 巻 C07)
抄録
ブナ科樹木萎凋病による被害の拡大を抑えるためには、被害を早期に発見して被害量が少ないうちに対応することが重要である。その際、前年の被害地から離れた場所で発生する飛び火的な被害(被害発生初期木)がどのような場所で発生しやすいかが予測できれば、被害の早期発見が容易となる。そこで、2005~2012年に京都市市街地周辺で実施されたヘリコプター調査によって把握された枯死木の位置データを基に、被害発生初期木が発生しやすい地形条件をConjoint分析で把握した。その結果、50~250mの低標高で、西~南西斜面の急傾斜地で発生しやすいことがわかった。また、公園や社叢林のような小面積での対応では、どのような樹木が被害を受けやすいかが予測できれば効率的である。そこで、2011~2012年に総合防除を実施した船岡山において、どのような場所のどのような樹木が被害を受けやすいかを同様の方法で把握した結果、明るい場所に位置する大径木が被害を受けやすいことが確認できた。この他、その年の気象条件によって被害量が増減することが指摘されており、気象条件が被害にどのように影響しているかについても検討した結果を報告する。

オオブタクサを引き抜く 5月3日

岩殿G地区のヤナギの近くと市民の森作業道寄りで群生しているオオブタクサを引き抜きました。
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芽生えの99%を5年間除去しないと除去できないそうですが、拡大は防ぎたい!

鷲谷いづみ『オオブタクサ、闘う 競争と適応の生態学』(平凡社・自然叢書34、1996年10月)
「まえがき」にかえて
 「種」を語るということ
 「闘い=競争」が支配する植物の世界
 闘いにどう対処するか
1章 オオブタクサの素性
 オオブタクサ、日本の河原に住み込む
 豆腐とゴミが助けた侵入
 大きくとも一年草-キク科の異端児
2章 故郷(北アメリカ)でも勇名をはせる
 植生遷移を止めてしまう草
 雑草としても超一流
 花粉の煙幕・迷惑
3章 巨大化をもたらすもの
 植物が生きるための糧(資源)
 資源は必ず枯渇する
 環境要因の影響はほかの要因次第
 肥沃な土地で不足する光
 光を求めて上へ上へ
4章 植物の技はほかにもいろいろ
 融通無碍な体
 資源が一様に分布していれば不精を決め込む
 柔軟に環境に対処する能力
 込み合う前に察知する鋭い「感覚」
 闘いはいつも「備えあれば憂いなし」
 オオブタクサが草であって木にならないわけ
5章 強さのヒミツ総点検
 多年草とも闘える-オギ原への侵入
 ブタクサと比べてみる
 植物の成長は複利の貯金?
 大きな種子と早い発芽-母の強い支配
 高成長だ、生産工場は使い捨て
6章 仲間うちでの競り合い
 不公平社会の最たるもの、ジニ係数は語る
 競争は対称/非対称
 大富豪になるのは誰だ?-コーホート追跡調査
 まず因果関係をモデルの形に
 芽生えの身になって環境をみる
 成功は、能力・環境・運次第
 母も悩む、大きさと数のジレンマ
 母はあくまでも強く賢し、格差も母がつくる
7章 性と繁殖成功
 虫媒花と風媒花の損得勘定
 下手な鉄砲の玉と的の数
 種子をつくらずに遺伝子が残せる雄が得か、それとも雌が得か?
 トレンドは「小さければ雄」なのに
8章 ヒトに助けられスーパースピーシスへの道を歩む
 競争力と分散力のトレードオフ
 スーパースピーシスと地球生物相の均質化
 生物の世界には、さまざまな形のトレードオフが認められる。それによって、競争力の強い種による競争排除が抑えられ、多くの種が共存できるのだとも考えることができる。しかし、もし、天に二物を与えられた種、つまりスーパーマンならぬスーパースピーシスが現れれば、たちまち圧倒的に優占して、資源を独占してしまうであろう。ヒトが改変した環境のもとでは、競争に強く、しかも分散能力もそれほど足枷にはならないようなスーパーピーシスが現れることがあるらしい。実際に、生物学的侵入はときとして、そのような人為的スーパースピーシスを生むようである。オオブタクサは本来、競争には強いが種子の分散力が小さい植物であった。しかし、種子の分散における足枷をヒトが種子の混ざった農作物あるいは土を運搬することによって外してしまった。そのため、本来ありえないような分布の拡大をなしとげ、出会うはずのない植物と出会って、それを競争によって排除してしまう可能性が生まれたのである。
 ヒトによるすさまじい環境改変は、農地や都市などヒトがこの地球上に出現するまではほとんどそんざいしなかったタイプの生育場所を、広大な面積でつくり出した。そこには、それまで氾濫原や荒地などでっつましく生きていた植物が、やはりヒトの手を借りて進出した。ヒトの活動によって広大な生育適地が用意され、しかも分散まで保証されるとなれば、もしその植物が大きな競争力をもってさえいるなら、もはやその蔓延を抑制するものは何らない。そうなった時その種は、やはりスーパースピーシスの道を歩むことになるであろう。それは、古くから存在する生態系における侵入生物の影響などによる在来生物の絶滅とともに、この地球上の生物相の均質化の主要な原因の一つとなっている。少数のスーパーピーシスだけが景観をつくっている世界でのヒトの生活は、ずいぶん味気ないものとなるであろう。というよりは、そのような環境におかれたら私たちヒトには、もっと深刻な精神面・身体面の変調が現れないとも限らない。
 残念ながらオオブタクサは、そのような問題さえ提起する可能性のある植物なのである。
参考文献
あとがき

 (植調)外来生物防除マニュアル暫定版_1(植調)外来生物防除マニュアル暫定版_2
石川真一『大型一年生外来種 オオブタクサの脅威(2008年3月24日に群馬大学社会情報学部主催で開催された『群馬県の自然環境と人間生活-迫り来る外来植物の脅威-』の報告資料)
石川真一『大型一年生外来種オオブタクサの脅威』2008_1石川真一『大型一年生外来種オオブタクサの脅威』2008_2石川真一『大型一年生外来種オオブタクサの脅威』2008_3

※石川 真一・吉井弘昭・高橋和雄「利根川中流域における外来植物オオブタクサ(Ambrosia trifida)の分布状況と発芽・生長特性」(『保全生態学研究』8巻1号、2003年)
 
※鷲谷いづみ「さとやまの恵みとヒトの持続可能なくらし」(2014年度東京大学公開講座「恵み」) YouTube 1:01:25
概要:縄文時代から里山とともに生き、植物の生態系を管理してきた日本人。 世代を超えて知識を蓄え、生態系の持続可能性に配慮することができるのは人間だけがもつ特性です。 自然の豊かな恵みを守り、伝えていくために、私たちは何ができるのでしょうか。保全生態学の視点から考えます。

01:30 保全生態学からみた「さとやま」
11:06 縄文時代のさとやま植生管理
25:51 「持続可能性へのまなざし」こそ人間の証
41:30 生物多様性が失われることはなぜ問題なのか?
54:18 ヒトの対環境戦略のモデル

『都市の脱炭素化』解説動画・ウェビナー 4月22日

小端拓郎編著『都市の脱炭素化』(大河出版、2021年10月、2750円)の各章執筆者の解説動画19本・資料、第1~5部のウェビナー・質問の回答が国立環境研究所 社会対話・協働推進オフィスのサイトで公開されています。(YouTube国立環境研究所動画チャンネル 『都市の脱炭素化』講演動画シリーズ
都市の脱炭素化都市の脱炭素化オンラインイベント

はじめに
第1部.都市生活の脱炭素化
 1.1 家庭での脱炭素化
 1.2 家庭生活に伴う直接・間接CO2 排出と脱炭素型ライフスタイル
 1.3 食システムの脱炭素化に向けた食行動
 1.4 電化とデジタル化が進む都市の脱炭素化を担う送電網
 1.5 都市地域炭素マッピング:時空間詳細なCO2排出量の可視化
 ウェビナー①「食や住、ライフスタイルでCO2をどう減らす?」
第2部.再生可能エネルギーの活用
 2.1 進化を続ける営農型太陽光発電
 2.2 都市におけるバイオエネルギー利用の方向性 
 2.3 デンマークの風力主力化モデル
 2.4 地熱エネルギーの活用
第3部.公平で速やかな都市の脱炭素化に向けた課題
 3.1 都市の中の太陽光―導入拡大に向けた法的・制度的課題
 3.2 公平なエネルギー転換:気候正義とエネルギー正義の観点から
 3.3 脱炭素都市・地域づくりに向けたNGOの取り組み
 3.4 資源ネクサスと行政計画―京都市のケースを中心として
 ウェビナー③「公平な都市の脱炭素化に向けた課題-法や制度、協働の視点から」
第4部.地方自治体の脱炭素化に向けた役割と取り組み
 4.1 脱炭素社会に向けたフューチャー・デザイン
 4.2 1.5℃に向けた京都市の挑戦
 4.3 小田原市におけるシェアリングEVを活用した脱炭素型地域交通モデル
 4.4 脱炭素社会の実現に向けた地方公共団体の取組について
第5部.自動車の電動化からSolarEVシティー構築に向けて
 5.1 自動車の電動化
 5.2 V2Hシステムとエネルギーマネジメント
 5.3 分散協調メカニズムの活用による都市の脱炭素化実現の可能性
 5.4 SolarEVシティー構想:新たな都市電力とモビリティーシステムの在り方
 ウェビナー⑤「自動車の電動化からSolarEVシティー構築に向けて」

田口一成『9割の社会問題はビジネスで解決できる』② 4月5日

ボーダレス・ジャパン
ボーダレス・ジャパンの定款前文は本にも掲載されていますが、サイトの「ボーダレスとは」、「私たちの考え方」を読むと理解が深まります。
社会の不条理や欠陥から生じる、貧困、差別・偏見、環境問題などの社会問題。
それらの諸問題を解決する事業「ソーシャルビジネス」を通じて、
より良い社会を築いていくことが
株式会社ボーダレス・ジャパンの存在意義であり使命です。

株式会社ボーダレス・ジャパンは、
社会起業家が集い、そのノウハウ、資金、関係資産をお互いに共有し、
さまざまな社会ソリューションを世界中に広げていくことで、
より大きな社会インパクトを共創する「社会起業家の共同体」です。

ここに集う社会起業家は、
利他の精神に基づいたオープンでフラットな相互扶助コミュニティの一員として、
国境・人種・宗教を超えて助け合い、良い社会づくりを実現していきます。

1 すべての事業は、貧困、差別・偏見、環境問題など社会問題の解決を目的とします。
2 継続的な社会インパクトを実現するため、経済的に持続可能なソーシャルビジネスを創出します。
3 事業により生まれた利益は、働く環境と福利厚生の充実、そして新たなソーシャルビジネスの創出に再投資します。【恩送りのエコシステム ボーダレスの福利厚生
4 株主は、出資額を上回る一切の配当を受けません。
5 経営者の報酬は、一番給与の低い社員の7倍以内とします。
6 エコロジーファースト。すべての経済活動において、自然環境への配慮を最優先にします。
7 社員とその家族、地域社会を幸せにする「いい会社」をつくります。【ボーダレスイズム
8 社会の模範企業となることで、いい事業を営むいい会社を増やし「いい社会」をつくります。
第3章以外でチェックした箇所です。
第1章 「社会問題を解決するビジネス」を次々と生み出す仕組み
 世界に広げていく仕組み①
  恩送りのエコシステム -余剰利益は共通のポケットに
 世界に広げていく仕組み②
共同体経営 -グループの全社長による合議制
多数決が採用されて、自分の意に反して物事が決まっていくなら、組織に対する「自分ごと感」は薄れていく
マイノリティの意見にはマジョリティが見逃していたユニークな視点があり、決して無駄ではない
 世界に広げていく仕組み③
  独立経営 -採用も報酬も自分で決定
 キャッシュフロー経営 -資金が尽きたら一旦終了
 出資額を超える株主配当は一切しない
 経営者の報酬は一番給与の低い社員の7倍以内

第2章 この“仕組み"がどうやって生まれたのか。その実験の歴史
 「貧困問題を解決したいなら、自分でコントロールできるようになりなさい」
寄付金には寄附者の意向が伴うし、助成金はその時々でテーマが変わる。じっくり取り組む必要があっても、常に資金との闘いでなかなかそうもいかない

第4章 ビジネス立ち上げ後の「成功の秘訣」
 月に1度の経営会議では、ここをチェックする
月次経営会議シート①経営状態
月次経営会議シート②①経営課題
 違和感はスルーしない
・当事者意識を持って社会参加する人たちを増やしたい
・小さく始める。これが確実に成功させるための鉄則
・より良い社会をつくりたいと願う消費者に対し、エシカルな選択肢をつくっていくのもソーシャルビジネスの大切な役割
・社会問題解決のためのビジネスは「何のために事業をやるのか」が明確なので、儲からないからといってすぐにやめるわけにはいきません

終 章 一人ひとりの小さなアクションで、世界は必ず良くなる
・僕たち市民は、どんな大企業より、どんな大物政治家より大きなパワーを持っています
・「無関心」なのではなく「未認知」
・自分の周りの世界から「いい生活者」を増やしていくことは、とても大きな社会づくり
・僕たちは「微力」ではあるかもしれないが、「無力」ではない
・大きな問題が目の前にあるのに、困っている人がそこにいるのに、どうせ無理だ、理想論だという傍観者ではありたくない
・「生まれた時よりも、きれいな社会にして死んでいく」

田口一成『9割の社会問題はビジネスで解決できる』① 4月4日

田口一成『9割の社会問題はビジネスで解決できる』(PHP、2021年6月)を読みました。
ボーダレス・ジャパン
ボーダレスマガジン特別号「ソーシャルビジネスの本を出版!『9割の社会問題はビジネスで解決できる』制作秘話を初公開!」ボーダレスジャパン、2021.05.28 )に、「これまで取材や講演で良く聞かれてきた、ボーダレスグループの仕組みとソーシャルビジネスのつくり方を余すところなく紹介しています。本当は2冊に分けるべき内容かも(笑)あとは、ボーダレスグループの社員もあまり知らない創業期の話。まとまった形ではどこにも出ていないので、読み物としても楽しんでもらえると思います」とありますが、第3章「社会問題を解決するビジネス」のつくり方はメモをとって読みました。

本書の構成と主な項目(Amazonの商品の説明から)
■第1章 「社会問題を解決するビジネス」を次々と生み出す仕組み
 ・資本主義の本質は「効率の追求」。そこから取り残される人がどうしても出てくる
 ・非効率を含めてビジネスをリデザインする
 ・社会起業家の数=解決できる社会問題の数
 ・ソーシャルビジネスをたくさんつくる仕組み(起業家採用など)
 ・世界に広げていく仕組み(恩送りのエコシステムなど)
 ・ソーシャルインパクト─売上・利益よりも重要な独自の指標
僕たちは社会問題を解決するために事業をしているので、その目的を果たすために自分たちが追いかけるべき成果を明確にした独自の指標を持っています。
それが、解決したい社会問題に対してどれだけインパクトを与えられたかを数値で表した「ソーシャルインパクト」です。
 ・【Q&A】ボーダレスグループの「リアル」。よくある質問・疑問に答えます!
■第2章 この“仕組み"がどうやって生まれたのか。その実験の歴史
 1.ソーシャルビジネスにたどり着くまで
 ・起業するも、寄付できたのはたったの7万円
 ・「ビジネスそのもので社会問題を解決できる! 」という気づきが大きな転機に
 2.ソーシャルビジネスしかやらない会社へ
 ・本当に「助けたい人」のためになっているか
 ・ソーシャルビジネスは、失敗できない闘い
 3.社会起業家のプラットフォームへ
 ・「1年に1事業」のペースでは遅すぎる!
 ・グループ外からも社会起業家を募るように
■第3章 「社会問題を解決するビジネス」のつくり方
 ・大原則「ビジネスモデルの前に、まずソーシャルコンセプト
 ・テーマ選びに原体験はいらない
 1.ソーシャルコンセプトを考える
 ・社会問題の「現状」「理想」「対策」を徹底的に考える
 ・当事者ヒアリングのコツは「行動」を聞くこと
 2.制約条件を整理する
 3.ビジネスモデルを考える
 ・ソーシャルインパクトを設定する
■第4章 ビジネス立ち上げ後の「成功の秘訣」
 ・「勝ちシナリオ」が見つかるまでは、仮説・検証をひたすら繰り返す
 ・成長期に入るまでは、絶対に社員を雇ってはいけない
 ・事業が成功するかどうかは、続けるかどうかにかかっている
 ・ボーダレスグループ6社の事例
■終 章 一人ひとりの小さなアクションで、世界は必ず良くなる
 ・まずは一人ひとりが「ちゃんとした消費者」になる
 ・みんなが「ハチドリのひとしずく」の精神で

第3章 「社会問題を解決するビジネス」のつくり方(書き抜き)
 プランニングのゴールは「1枚のシート」を完成させること
1.ソーシャルコンセプト:誰のどんな社会問題を、どのように解決して、どのような社会を実現していくのか
2.制約条件:ソーシャルコンセプトに当てはまるビジネスアイデアを考えるうえで押さえておくべき条件
3.ビジネスモデル:誰に・何を・どのように提供するのか。制約条件を満たした商品やサービスをビジネスに落とし込んだもの
 大原則「ビジネスモデルの前に、まずソーシャルコンセプト」
 ソーシャルコンセプトがなぜそんなに重要なのか
社会問題の原因に対する「対策」を忠実に体現した商品・サービスをつくり、それをビジネスモデルに落とし込んでいく
この順番でなければ、ピントの外れたビジネスモデルになってしまい、社会問題を解決する社会ソリューションになりません
ソーシャルコンセプトという社会作りの設計図=「幹」がしっかりあるからこそ、ビジネスアイデアという「枝葉」の部分はどんどん変えていける
 テーマの「ベスト探し」をやめて、まずは動いてみよう
ベターな選択肢の中から、最もベターな選択肢を一つ選らんで、まずそれをやってみる
一つに決めようとするから、先に進めなくなる
まずは一つをしっかり形にしてこそ、次の挑戦にいける
実際にやってみないことには、本当にやりたいことかどうかもわからない
 テーマ選びには原体験はいらない
原体験が邪魔することもあるので注意が必要
1.ソーシャルコンセプトを考える
 社会問題の「現状」「理想」「対策」を徹底的に考える
 1-1【現状】のチェックポイント-対象者の顔が見えるか?
どこの誰の話なのかを明確にしない限り、彼らが直面するリアルな課題や、その裏にある本質的な原因にはたどり着けない
地球温暖化はどうでしょう。こういう地球環境の問題は、対象者の「顔」が見えにくいと思うかもしれませんが、そんなときは「この問題を引き起こしているのは誰か」という視点で対象者を捉えます。そう考えると、地球温暖化の原因である二酸化炭素(CO2)を排出している対象者が企業であり、一般生活者である私たちでもあります。どういう産業が一番CO2を排出しているのか。また一般家庭で一番CO2を出しているのは何なのか。車か?電気か? そう考えていくことで、地球温暖化という大きな問題であっても、具体的な対象者を定め、その「原因」と「対策」を考えていくことができるのです。
 こうやって、対象者を定めていくと、社会問題にはたくさんの当事者がおり、それを引き起こしている原因もたった一つではなく、様々な原因がいくつも絡み合って起こっていることが分かってきます。いきなり課題に対して対策を考えても的外れになるよ、という理由はこういうところにあります
対象者を定めていくと、社会問題にはたくさんの当事者がおり、それを引き起こしている原因もたった一つではないし、様々な原因がいくつも絡み合って起こっていることが分かってきます
社会問題を引き起こしている原因が複数あらからといって、たった一つの対策でそのすべての原因を解決しようと慌ててはいけません
一つひとつの原因を丁寧につぶしていくのが、結果的に一番の近道
できるものから一つずつ確実の解決していくことが大切
多種多様な社会問題があり、そして多種多様な原因がある。その一つひとつに対して、たくさんの対策を講じていかなければいけない

 1-1【現状】のチェックポイント-課題は明確か?
課題を考える時は、「誰のどんな課題か」をセットで考える
 1-1【現状】のチェックポイント-課題の本質的原因か?
なぜその課題が起きているのかという「課題の本質的な原因」
表面に見える課題を掘り下げていくことでしか、本質的な原因を見極めることはできません。その際、常識や規制概念にとらわれないことが大切
 1-2【理想】のチェックポイント-景色として目に浮かぶか?
「具体的な姿」とは、「景色」として目に浮かぶ姿であること。変化したあとの対象者の暮らしが、まるで景色を見るように鮮明にイメージできることが大切
みんながそれいいね!という「みんなの夢」となる理想を描く
 1-3【HOW】のチェックポイント-原因に対する対策になっているか?
ソリューションとは、すなわち現状と理想のギャップを埋めるための対策
シートの書き方の注意点 原因と対策を太字にしましょう
箇条書きではなく、必ず文章で
箇条書きで書くと、いろいろな課題・いろいろな原因の列挙になりがちで、各要素の因果関係がよく分かりません
因果関係をはっきりさせるために、1~2文の文章で書くことをルールに
イケてないソーシャルコンセプトにならないように、「本当のようなウソ」に気をつける
ソーシャルコンセプトをつくる時に必要なのは、「それって本当?」と常に疑う姿勢
概念で考えるのではなく、リアルな現場に行く、当事者に会いに行く
そうしてはじめて、「自分はこういう人たちのために頑張りたいのだ」と当事者の顔がありありと浮かんでくる
 社会問題の本質的原因に対する独自の切り口が、独自の社会ソリューションへ
「これが本質的な原因だ」という唯一の正解があるわけではない
同じ社会問題を解決するのにも、社会起業家が3人いたら、三様の捉え方があります。実際には三様どころか、もっとたくさんの原因があるでしょう
その中で、自分はどの原因に対して対策を講じていきたいのか。それを追求していくことが大切です
みんなが同じことをする必要はないのです。もし、まったく同じソリューションをすでにやっているところがあればそこにジョインするのが一番です。ソーシャルビジネスというのは、みんなで社会の「穴」を埋めていく作業です。誰か一人で社会の穴を埋めきることはできません。だから、社会起業家に必要なのは、同じ穴を競争して取り合うことではなく、まだ放置されたままの隣の穴を埋める役割分担です。これからのビジネスに必要なのは、「競争」ではなく「協創」なのです
 当事者ヒアリングのコツは「行動」を聞くこと
アンケート調査はやらなくていい
ヒアリングでは、当事者に何を聞くかが重要
「では、今の状況から抜け出すために具体的に何をしていますか?」
聞いてもあまり有効な回答を得られないと思っているのが、ソリューション(解決策)に関する質問
「何があれば助かりますか?」という質問
いきなり、解決策を探そうとせず、当事者のおかれた状況、その課題が起こっている本質的な「原因」をつかむことに集中する
「いいと思いますか?」ではなく、「あなたは参加しますか?」と行動を聞く
 最低でも10人に話を聞く
3人程度の少人数では絶対にダメ
2.制約条件を整理する
ビジネスモデルを考える前にやるべきことがある
3.ビジネスモデルを考える
 制約条件をクリアするビジネスモデルを考える
この価格で売るのに、どんな付加価値をつけて誰に売るのか。ここではじめてビジネスアイデアが必要になってくる
 ビジネスモデルを考える上でのポイント(3-1~5それぞれのポイント)
  3-1 商品サービス
今すでにあるもののモノマねはいけません。同じようなものをつくっても、価格競争になるだけです。単純な価格競争は、消耗戦になり、コストを切り詰める戦い、つまり効率の追求にまっしぐらです。非効率を含めて成り立たせようとするビジネスには不利な領域です。また、単なるモノマネは、相手にとっても失礼なのでやめましょう。どうせやるなら、すでにあるものよりも圧倒的にいいものをつくる覚悟でいきましょう
  3-2 顧客と課題
どんな優れた商品であっても、全員が買ってくれるものはありません。「その商品・サービスを利用してくれる人は誰なのか? 顧客は誰で、どんな課題を持っているのか?」を明確にします
  3-3 今ある選択肢との違い
ビジネス用語でいうところの「差別化」
既存の商品・サービスと比べてどのような違いがあるのかを明らかにする
  3-4 顧客ベネフィット
顧客はただその商品を買いたいのではなく、その商品・サービスを利用することで何らかのベネフィット(便益)を得ようとしている
  3-5 価格/販売チャンネル/プロモーション方法
 ビジネスモデルの良し悪しを見極めるチェックポイント
「自分が顧客の立場だったら本当に利用するか?」
「自分が顧客だったらこの値段で本当に買うだろうか?」
 ビジネスモデルは、修正、修正を繰り返す
ソーシャルコンセプトさえ決まれば、制約条件が明確になるので、あとはそれを満たすビジネスアイデアを、いろいろな人の知恵を借りながら探すだけ
 ソーシャルインパクトを設定する
ソーシャルインパクトは、その社会問題がどれだけ解決されているかを測定するための指標
社会問題の解決を目的とするからには、その目的がどれだけ達成できたのかという結果を追うことは必須
なぜソーシャルインパクトの設定にこだわるのかというと、これがなければいつの間にか売上・利益重視のビジネスになりかねない
理念・ビジョンだけで、事業のソーシャルインパクトを設定していない、またはそれを数値として追っていない会社は、本気でそれを追いかけていない

ナラ枯れ枯死木伐採(№30) 3月31日

市民の森保全クラブ追加作業日。参加者は芦田さん、新井さん、江原さん、鳥取さん、新倉さん、橋本さん、細川さん、渡部さん、Hikizineの9名でした。ちご沢の森のナラ枯れ枯死木(№30)の伐採をしました。今日でちご沢の森のナラ枯れ枯死木の伐採4本が終了しました。市民の森と合わせて20本、頑張りました。樹上作業・伐倒を担当した鳥取さん、皆さん、お疲れ様でした。
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今日伐採した№30は急斜面にあって、伐採したコナラの樹幹部を上の園路に引き上げられませんでした。木材の伐倒や搬出作業だけでなく、重量物の持ち上げや器材の移動などにも便利に使える牽引道具(チルホール、ハンドウィンチ、エンジン式のロープウィンチなど)を上手に使って、体力勝負の片付け仕事は楽に安全に済ませたいですね。

東京大学富士癒しの森研究所編『東大式 癒しの森のつくり方 森の恵みと暮らしをつなぐ 』(築地書館、2020年10月)
富士山麓山中湖畔に広がる、東京大学演習林「癒しの森」/ここを舞台に人と森とをつなぐプロジェクトが始まった/キーワードは「癒し」/楽しいから山に入る、地域の森の手入れをする、薪をつくる、「癒し」を得ながら森に関わる、誰でも親しめる森をつくる………/みんなでできる森の手入れが暮らしや地域を豊かにする/これまでの林業を乗り越えるきっかけとなる、森林と人をつなぐ画期的な第一歩
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東京大学富士癒しの森研究所編『東大式 癒しの森のつくり方 森の恵みと暮らしをつなぐ 』目次
はじめに
第1部  癒しの森と森づくり
 第1章  富士山麓・山中湖畔で始まる、新たな森と人とのつながり
  1 東京大学の森「富士癒しの森研究所」
    なぜ山中湖畔に東大が
    時代背景と研究テーマの変遷
  2 山中湖村のたどった道─寒村から国内有数のリゾート地へ
    山野の恵みにたよる厳しい暮らし(江戸時代?明治時代)
    観光による開発の兆し──富裕層向けの保養地(大正時代~昭和初期)
    山中湖村の発展と生業の急激な転換(戦後・昭和時代)
    森と人の断絶と日本有数の保養地の衰退(平成時代)
  3 「癒しの森プロジェクト」、始まる!
    たどりついたのは「癒し」
    「癒し」という森の恵み
    「癒し」が森と人をつなぐ可能性
    「癒しの森プロジェクト」は山中湖村だけのもの?
    地域の事情によりそった、森と人との関係をつくる
 第2章  みんなでつくる癒しの森
  1 癒しの森ってどんな森?
    日本の社会と森の癒し
    癒しの森とはどんな森か
    癒しの森からもたらされる「癒し」
  2 森は動いている
    日本の風土と森
    人の暮らしがつくった風景
  3 癒しの森のつくり方
    社会があってこその癒しの森
    暮らしを見つめ直す
    森林所有者とのつながり
    癒しの森にフィットする技術──安全・快適・簡易
  4 癒しの森づくりが拓く未来
 第3章  癒しの森を支える技と心得
  1 森にひそむ危険
    樹木がもたらす危険
    その植物、「さわるな危険」
    ハチ-痛いだけならいいけれど……
    マダニ-かゆいだけならいいけれど……
    野生動物-意外と身近にいます
  2 癒しの森のリスク管理
    樹木の管理
    危険の見つけ方
   【コラム1】 樹木の見た目は生き様
    動植物のコントロール
  3 森を快適に保つ
  4 あっ、危ない!-山しごとを安全に行うために
    身を守る装備
    伐倒作業
   【コラム2】 東屋(あずまや)-道ぞいの危険木を有効利用
    刈り払い作業
    高所作業
  5 森づくりの便利な道具
    ポータブルロープウインチ-力がなくても重いものを動かせます!
    簡易製材機「アラスカン」-木を伐ったその場で製材ができます!
   【コラム3】 台風被害木を生かすアイデア─パネル式看板再生プロジェクト
    無煙炭化器-じゃまになる枝・灌木をかたづける①
    木材チッパー-じゃまになる枝・灌木をかたづける②
    薪割り道具いろいろ
    【コラム4】 癒しの森からの木材を活用した建物─富士癒しの森講義室
 第4章  薪のある暮らし─癒しの森の原動力
  1 古くて新しい薪
  2上手な薪の使い方
    薪を燃やすということ
    薪は乾燥が命
    薪をケチってはいけない
    薪はかさばる
   【コラム5】 薪棚をつくろう
    よい薪・悪い薪
  3 薪ストーブを選ぶ
  4 薪を割る
  5 薪を積む
  6 薪で料理を楽しむ
第2部  癒しの森でできること
 第5章  癒しの森で学ぶ
  1 自分たちの手で癒しの森をつくる
    心地よい森の中でのグループワーク
    道づくり
    立木を生かした遊具をつくる─縄ばしごとブランコ
    やまなかふぇ─素敵なバーカウンターができました
  2 森のエネルギーを使いこなす
    薪割りと薪の体積計測
    間伐と間伐材の価値の試算
    炭焼き体験と収炭率
    森のエネルギーで調理実習
  3 癒しの森をデザインする
    先入観なしに森に関わるスケジュール
    アイデアいろいろ
    ●えだまり ●まるぼっくい ●ひとりふたりほとり
    ●くーぐる ●Gym.こもれび
    ●The Healing Pit "Yes, We Dig" ●浮庵fuan 
    ●あめおと ●簾簾幽席 ●くもの巣迷路 ●全緑疾走
  4 癒しの森を使った音のワークショップ
 第6章  山しごとをイベントに
    柴刈りと柴垣づくり
    下草刈りと芝刈り
    堆肥づくり
    落ち葉焚き
    フットパスde森づくり
    癒しの森の植生調査隊
    薪原木の競り売り
    薪づくりのための安全作業講習会と間伐木の搬出
 第7章  癒しの森でこころを整える
  1 森林散策カウンセリングとは
  2 カウンセリングに最適な森林空間とは
   【コラム6】 森林散策カウンセラーになるには?
  3 こころのために森を使う
    ちょっとした相談や話し合いを森で
    リフレッシュに最適
おわりに
引用・参考文献




小林・吉井「ブナ科樹木萎凋病(ナラ枯れ)の防除法」(2014年) 3月21日

YouTubeで公開されている小林正秀さんの『ナラ枯れの樹幹注入の問題点-それでも樹幹注入しますかー』(2022年3月6日記事)で「30種ほどの防除法が提案されてきたが、効果があるのは5種類だけ?」というスライドがあって、背景に使われていたナラ枯れの防除法の表が掲載されている小林正秀・吉井優「ブナ科樹木萎凋病(ナラ枯れ)の防除法」(『森林防疫』63巻2号 №701 2014年3月)を読みました。
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表1

図2

写真9

1.はじめに
2.ナラ枯れの防除法
 2.1 予防法
  2.1.1 カシナガの穿入回避
  2.1.2 ナラ菌の蔓延防止法
 2.2 駆除法
  2.2.1 樹体内のカシナガの殺虫
  2.2.2 カシナガ飛翔虫の捕殺
 2.3 今後開発が期待される方法
3.総合防除の重用性
4.おわりに
総合防除では、薬剤と資材は車の両輪であり、どちらか一方では被害を抑えることは難しい。ナラ枯れに対して多くの防除法が開発され、それぞれの方法ごとに必要経費や必要人員が議論されている。しかし、単独の方法では被害が抑えられないことから、確実に被害を抑えることができる防除法の組み合わせや、現場に適合した方法の選択などを議論する必要がある。……

小林・吉井・竹内「ペットボトルを利用したカシノナガキクイムシの大量捕獲-京都市船岡山での事例」(2014年) 3月18日


小林正秀・吉井優・竹内道也「ペットボトルを利用したカシノナガキクイムシの大量捕獲-京都市船岡山での事例」(『森林防疫』63巻1号 №700 2014年1月)(以下、下線は引用者)
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1.はじめに
……様々な防除法が開発されているが、成功例は少ない。防除に失敗するのは、実績のない新しい防除法に飛びついたり、単一の方法に固執することも要因となっている。防除を成功させるためには、利用可能な全ての手法について経済性を考慮し、適切な手段を組み合わせて講じる総合防除(IPM)の考え方が重要である。
……2009年に筆者らが初期段階で被害を発見した船岡山でも、ブナ科樹木が多くて全木のシート被覆は困難であった。そこで、ペットボトルで作成したトラップ(以下PT)を併用した総合防除を実施した結果、被害を抑えることに成功した。これは、シート被覆を主体とせずに面的な防除に成功した初めての事例であるため、その概要を報告するとともに、他の場所で実施する場合の留意点を指摘する。
2.船岡山の概要
3.2010年と2011年の対策
4.2012年の対策
5.PTを用いた総合防除の利点
6.PTを用いた総合防除の進め方
7.おわりに
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※貴重木へのヒノキ木屑の設置、カシナガ飛来モニタリング用の接着紙
 カシナガトラップを用いた総合防除の進め方、カシナガトラップの設置方法

小林・清水・藤下・矢尾・吉井「京都府向日市におけるナラ枯れ対策奮闘記」(2013年) 3月12日


小林正秀・清水広行・藤下良夫・矢尾尋子・吉井優「京都府向日市におけるナラ枯れ対策奮闘記」(『森林防疫』62巻5号 №698 2013年9月を読みました。向日市[むこうし](以下、下線は引用者)
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1.はじめに
2.被害の発見と1年目の対策
3.2年目(2009年)の対処法
4.3年目(2010年)の対処法
5.4年目(2011年)以降の対処法
6.考察
 今回の対策によって新知見が得られた。まず、カシナガは樹幹部よりも根株部での繁殖数が多い場合があることが判明した。フラス排出量が多い樹木ほどカシナガの繁殖数が多く、穿入生存木でも、1本から10万頭近くが脱出する場合があることが判った。……
今回の対策は、ナラ枯れ対策において何が重要かも示唆している。京都府では、枯死木の伐倒くん蒸とシート被覆の併用で防除に成功している事例が多い。このため、はりこ山でも、同じ対策を実施すべきであったが、予算がなく、シート被覆ができなかった。また、薬剤も使用できなかった。結局、2008~2010年には、実績のない方法で対応せざるを得ず、被害を抑えることができなかった。……この間に要した経費は、人件費や資材費など合計1000万を超えたであろう。もし、初年度に徹底した対策を実施していれば、経費も被害量も低く抑えられたと考えられる。ナラ枯れ対策として、これまでに多くの防除法が開発されているが、新しい防除法を単独で用いて防除に成功した例は報告されていない。……
ナラ枯れを抑えるためには、2つの方法がある。1つは「カシナガの数を減らすこと」であり、もう1つは「カシナガの餌を減らすこと」である。先人達がやっていた餌木誘殺法は、餌である立木を伐倒して、カシナガを穿入させて燃やす方法であり、カシナガの数と、カシナガの餌を減らすことを同時に行う優れた方法である。しかし、木を燃料として使わなくなった現在では、大径木の伐倒や、餌木の利用が困難である。
[向日市のナラ枯れ対策 ①カシナガの数を減らす方法:ペットボトルトラップ、②カシナガの餌を減らす方法:シート被覆)

7.おわりに
 向日市でのナラ枯れ対策は、奮闘記というタイトルにふさわしいほど、向日市職員などが予算のない中、現場で奮闘した。こうしたやり方は、一見、経費節減になるように見えるが、かえって膨大な経費をつぎ込むことになった。現在の日本では、ナラ枯れに対して、被害の初期段階で多額の経費が投入されることは少ない。大被害になってから予算が確保されることが多いが、それでは被害拡大は止まらない。ここで紹介した事例は、最終的には被害を抑えたが、成功例とは言い難い。新たに被害が発生した市町村や、被害が迫っている市町村は、この奮闘記を参考にして被害の初期段階で徹底した対策を講じていただきたい。

小林・野崎・細井・村上「カシノナガキクイムシ穿入生存木の役割とその扱い方」(2008年) 3月10日

ナラ枯れ対策に現場で奮闘する研究者がナラ枯れの原因や対策をどのように解明していったのか。小林正秀さん達の研究を全国森林病虫獣害防除協会森林保護機関誌『森林防疫』バックナンバーから辿ってみました。(前回は小林・上田「京都府内におけるナラ類集団枯損の発生要因解析」(2001年)(2022年3月9日記事)
小林正秀・野崎愛・細井直樹・村上幸一郎「カシノナガキクイムシ穿入生存木の役割とその扱い方
『森林防疫』57巻5号 №668 2008年9月を読みました。(以下、下線は引用者)
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1.はじめに
2.穿入生存木の特徴
 1)穿入生存木の発生要因
 2)穿入生存木の発生割合
3.穿入生存木をむやみに伐倒してはいけない理由
 1)穿入生存木からの脱出数は少ない
 2)穿入生存木のみやみな伐倒は被害を助長する
 3)穿入生存木は被害の終息に寄与している
……本被害によって樹木が枯死するためには、カシナガのマスアタックを受ける必要があるが、マスアタックはカシナガの個体数が少ない場合は生じない。一方、多数のカシナガが同じ方向に同時に飛翔する可能性は低い。これらのことから、カシナガの長距離飛行だけでは、飛び火的に被害が発生する原因は説明できない。カシナガは無被害地でも捕獲されることから、各地に生息していると考えられる。また、飛び火的な被害は、カシナガの個体数の増加を助長する伐採後に発生することが多い。これらのことから、飛び火的な被害は、無被害地に生息していた少数のカシナガ、また被害地から飛来した少数のカシナガの個体数が何らかの原因によって増加することで発生していると考えられる
 伐倒駆除を実施しても、処理木からのカシナガの脱出数をゼロにすることは困難である。このため、穿入生存木を完全に除去してしまえば、伐倒駆除後に生き残ったカシナガは、穿入対象木を求めて広範囲に飛散することになる。……皆伐によって穿入対象木が完全に失われ、皆伐後に残された伐根などから脱出した多数のカシナガが広範囲に飛散したことが影響した可能性は否定できない。いずれにしても、被害地から飛散したカシナガの個体数が、飛散先で増加することで新たな被害が発生している可能性が高いことから、飛散を阻止する役割を果たす穿入生存木をむやみに伐倒すべきでない
 本被害の防除法としては、かつては、直径10㎝以上で長さ2m以上の丸太を井桁状に積み上げ、これを200~300mおきに設置してカシナガを穿入させ、脱出前に焼却する餌木誘殺法が実施されていた。本被害の防除は、火災の消火と同じで、被害発生場所の枯死本数を減らすことよりも、被害の拡大を阻止することのほうが重要である。その意味で、餌木誘殺法は、林内のカシナガの個体数を低下させるだけでなく、カシナガの飛散を阻止する効果が期待できる優れた方法である。これに対して、穿入生存木をむやみに伐倒駆除することは、被害発生場所の枯死本数を減らすことだけに主眼を置いた方法であり、被害発生場所の枯死本数は減少するかもしれないが、穿入対象木を失ったカシナガが広範囲に飛散して被害が拡大する危険性がある。
4.穿入生存木の扱い方
 1)穿入生存木の本数が多い場合
 2)穿入生存木が少ない場合
……被害発生初期林では、餌木誘殺法が有効であると考えられる。すなわち、浸水した丸太はカシナガの誘引力が強いことから、直径10㎝以上で長さ1m以上の丸太を1週間程度浸水して餌木を作成し、これをカシナガ脱出直前に穿入生存木の近くに設置すればカシナガが誘引できる。この方法では、カシナガは乾燥した丸太や多数の穿入を受けた丸太には穿入しないことから、餌木を2週間ごとに観察し、樹幹表面あたりの穿入密度が上限値である5孔/100c㎡程度に達した餌木の数だけ新たな餌木を追加すれば、より多数のカシナガが誘引できるはずである。また、カシナガは、次世代虫の一部が生まれた年の8月下旬以降に脱出する部分2化であることから、8月下旬になれば、餌木をくん蒸または焼却して餌木内のカシナガを駆除する必要がある。
5.穿入生存木の特徴を活かした新たな駆除法
 多数のカシナガによる穿入を毎年のように受ける穿入生存木が被害の終息に大きな役割を果たしていると考えられることから、このような穿入生存木を人為的に作出する防除法の開発を目指している。
……合成フェロモンを用いた大量誘殺法が検討されたが……健全木に合成フェロモンを取り付けることでカシナガのマスアタックが誘導できることが示唆された。
 合成フェロモンによる誘殺の他に、樹幹注入法も近年になって検討が進められている。……「おとり木法」……おとり木にペットボトルで作成したトラップを設置して飛来虫を捕殺する方法も検討……。……合成フェロモンや樹幹注入剤を用いなくても実施できる可能性がある。……8月以降にナラ菌を健全木に接種しても枯死しないことから、8月以降にナラ菌を健全木に接種すれば、辺材部の一部が変色した穿入生存木が作出できるはずである。この樹木の近くに浸水丸太を設置してマスアタックを誘導し、マスアタックを受けた樹木にペットボトルを利用して作成したトラップを設置すれば、多数のカシナガが捕殺できるはずである。この方法は、被害面積が広い林分では実施困難であるが、公園などの小面積の林分や被害発生初期林では有効かもしれない
6.おわりに
 穿入生存木からのカシナガの脱出数が枯死木よりも少ないことは、伐倒駆除の際に枯死木を優先する根拠にはなっても、穿入生存木を伐倒駆除しなくても被害が低減できるという根拠にはならない。しかし、穿入生存木は枯死に比べて多く、全てを伐倒駆除することは困難である。また、多数の穿入生存木を伐倒することは、景観や環境に与える影響も大きく、林内に大きなギャップが生じ、被害が助長される危険性もある。さらに、カシナガの個体数を低下させる穿入生存木を伐倒して除去してしまえば、被害の終息が遅れるだけでなく、穿入対象木を失ったカシナガが広範囲に飛散して被害が拡大する危険性もある。これらのことから穿入生存木が多い場合は、カシナガ脱出数が多い(フラス排出量が多い)穿入生存木だけを伐倒駆除すべきである。ただし、枯死木や穿入生存木が多ければ、防除事業を実施しても短期間では被害が終息しないことから、被害を早期に発見し、枯死本数が少ないうちに対策を講じることが重要である。
 穿入生存木だけの段階で被害が発見できれば、伐倒駆除、餌木誘殺法、おとり木法などを併用することで、枯死被害の発生を阻止できる可能性がある。……
※防虫網トラップ、チューブトラップ、フィルムケーストラップの図が9頁にあります。

小林・上田「京都府内におけるナラ類集団枯損の発生要因解析」(2001年) 3月9日

ナラ枯れ対策に現場で奮闘する研究者がナラ枯れの原因や対策をどのように解明していったのか。小林正秀さん達の研究を全国森林病虫獣害防除協会森林保護機関誌『森林防疫』バックナンバーから辿ってみました。
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小林正秀・上田明良「京都府内におけるナラ類集団枯損の発生要因解析」(『森林防疫』51巻4号 №601 2002年4月)を読みました。(以下下線は引用者)
1.はじめに
 ナラ類集団枯損の発生要因
  ①ならたけ病
  ②残雪中の酸性物質による根の障害
  ③温暖化の影響
  ④風倒木の発生
  ⑤伐採の影響
  ⑥樹の老齢大径化
2.ならたけ病
3.残雪中の酸性物質による根の障害
 枯損木は、樹幹上部が萎凋した後も、地際から萌芽することが多く、根の障害で枯損したとは考えられない。
4.温暖化の影響
 燃料革命以前と現在との違いは、現在の被害はどんどん周辺に拡大することである。つまり、温暖化によるミズナラの衰弱や、カシナガのミズナラへの侵入、病微進展の促進は、被害発生の要因ではなく、被害拡大要因と考えられる。
5.風倒木の発生
 カシナガは風倒木に非常に高い密度で穿入することが確認されている。
 地形解析で、傾斜角5度ごとのナラ林面積に対する被害面積の割合(危険率)を算出して、被害が発生しやすい傾斜角を求めた結果、急傾斜地ほど被害が発生しやすい傾向が認められた。これは急傾斜地で風倒木が発生しやすいことと関係しているのかもしれない。
6.伐採の影響
 ミズナラやコナラの倒木を放置することは、以下に示す3つの理由から被害発生の引き金になると考える。
 ①倒木の発生により林冠の閉鎖が破られ、微気候が変化することで、残されたナラ樹の抵抗力が失われる。
 ②雄が穿入した倒木にカシナガが誘引され、周辺立木の被害が誘発される。
 ③倒木自体がカシナガの繁殖源になり、翌年のカシナガ個体数が増加する。
 しかし、風倒木の発生や伐採が行われば必ず被害が発生するのではない。被害地には、必ず老齢大径化したミズナラが存在する。此の事から、被害発生の根本原因は、次に述べる樹の老齢化大径化と著者らは考えている。
7.樹の老齢大径化
8.おわりに
被害発生要因を解析するため、被害発生初期林での実態調査と被害地の地形解析を行った。その結果、風倒木の発生や伐採が行われた場所で最初の被害が発生している場合が多かった。また、カシナガはコナラやミズナラの大径木を好み、ミズナラ大径木が枯損しやすいことが確認できた。さらに、低地のミズナラ林で被害が発生しやすいことが判った。以上のことから、ナラ類集団枯損は、カシナガが運ぶナラ菌が主因であるが、薪炭林の放置によるナラ樹の老齢大経木化が最も重要な要因であり、老齢過熟林における風倒木の発生や伐採が、被害発生の引き金になっていると推察される。また、温暖化によるナラ樹の衰弱やカシナガ分布域の拡大、病微進展の促進は被害の拡大要因であり、1980年代以降、被害が 急速に拡大しているのは、温暖化の影響もあると考える。
 ナラ類集団枯損は、被害が蔓延すると防除が困難であり、予防が重要である。北海道でのヤツバキクイムシによる針葉樹被害も、風倒木の発生や伐採が被害発生の引き金になることが知られており、被害を発生させない注意点として以下のことが指摘されたいる。
 ①伐倒木はなるべく早く林外に搬出する。
 ②伐倒木の周辺には大径木を残さない。
 ③何本かのグループをなしている場合、その内の1本を伐るとか、1本を残すとかしない。
 ④単木的択伐よりも小群状の伐採をする。
 ⑤伐木枝条を残さない。
 この方法は、カシナガを発生させない注意点として利用できるであろう。

小林正秀『樹幹注入の問題点』 3月6日

YouTubeで3月3日に公開された小林正秀さんの『ナラ枯れの樹幹注入の問題点』です。

ナラ枯れは、カシナガが幹を掘るという物理的破壊で起こる被害です。カシナガは飛翔力と嗅覚が優れ、傷がついた幹から発せられる匂いに誘引されます。ですから、木の幹に穴をある樹幹注入はナラ枯れを助長します。そもそも、樹幹注入剤の登録試験には捏造や改竄が目立ちます。5年以上前から林野庁や薬剤メーカーに「樹幹注入は止めるべきだ」と訴えてきました。また、学会でも問題点を指摘しました。論文の撤回も要求してきました。ソフトランディングを目指して努力してきたのですが、状況は変化しませんでした。そんな中、数千本の樹幹注入を実施し、大量の枯死木が発生した公園で、倒木による重大な人身事故が発生しました。保身のために黙っていることは許されない状況ですので樹幹注入の問題点を示した動画を作成しました。「樹幹注入は効く」という人がおられるなら、是非、反論してください。また、樹幹注入が効いたという現場があるなら、是非、教えてください。
  コメントは3月6日現在、1件もありません。
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地上高2m以下で穿入数49孔以下で枯れたものはナラ枯れではなく被圧により枯れたもの

おとり木法とは
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カシナガトラップ
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カシナガトラップは木が枯れないようにすることで穿入生存木を増やして被害を抑える方法である。
カシナガをたくさん捕って被害を抑える方法ではない。

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30種ほどの防除法が提案されてきたが、効果があるのは5種類だけ?

『三富平地林伐採・活用調査報告書』(2014年) 3月5日

2月2日にオンラインで行われた「三富地域の平地林をナラ枯れから守るために」講演会で黒田慶子さんが「全部目を通しておく必要がある」と言っていた国土交通省の22014年の報告書です。2013年度集約型都市形成のための計画的な緑地環境形成実証調査『都市の命と暮らしを支える三富平地林の伐採と活用に関する実証調査(三富平地林保全活用協議会)報告書』(国土交通省都市局、2014年3月)で134頁あり、10年近く前の三富地域の平地林の現状をまとめています。
目次
三富平地林調査報告書_01三富平地林調査報告書_02三富平地林調査報告書_03

三富平地林の現状と課題(20、23、24頁)
三富平地林調査報告書_04三富平地林調査報告書_05三富平地林調査報告書_06

社会実験のまとめ(105頁)
三富平地林調査報告書_07

事例研究(2)広葉樹施業(122~124頁)

三富平地林調査報告書_08三富平地林調査報告書_09三富平地林調査報告書_10

事業の仕組みづくりと今後の課題(125~130頁)
三富平地林調査報告書_11三富平地林調査報告書_12三富平地林調査報告書_13

三富平地林調査報告書_14三富平地林調査報告書_15三富平地林調査報告書_16

(3)素材生産者活用型事業モデルの試算(131頁)
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