榛名山麓の船尾滝に向かう途中の道路脇に「榛名山麓砂防堰堤群」の表示板がありました。榛名山麓砂防堰堤群は、群馬県の榛名山麓の伊香保町(現・渋川市)、榛東村、吉岡町、箕郷町(現・高崎市)に広がる、明治時代に造られた砂防堰堤(えんてい)群です。オランダ人技師ヨハニス・デ・レーケの指導を受けて、現地産の巨石等を使用した重力式巨石積堰堤等の施設が整備されました。現在は群馬県が管理し、24基の堰堤がその使命を果たしています。その歴史的価値や自然石を用いたアーチ形状と天端の縄たるみ形状の美しさが評価され、2004年、土木学会選奨土木遺産に認定されています。
PXL_20251222_024654947榛名山麓砂防堰堤群 <群馬県八幡川>榛名山麓砂防堰堤群位置図

●土木学会誌90-6_1●土木学会誌90-6_2位置図

榛名山麓砂防堤A榛名山麓砂防堤B
烏川圏域河川図(一部)群馬県土砂災害警戒情報提供システム
 (左)烏川圏域河川整備計画(2015年)の烏川流域の河川整備実施位置図(11頁部分)

  榛名川上流砂防堰堤(1955年3月竣工
  重力式コンクリート造堰堤(堤長69m、堤高17m、貯砂量68000㎥)
榛名川上流砂防堰堤は、榛名山を水源とする榛名川の最上流部に位置する砂防堰堤です。
榛名川は明治43年[1910]の水害や昭和10年[1935]の水害により甚大な土砂災害の被害を受けたため、昭和11年[1936]より国が砂防事業を開始し、復旧工事が進められました。その1つとして「榛名川上流砂防堰堤」が昭和30年[1955]に建設されました。
この堰堤の最大の特徴は高さ15m以上の堰堤を練石積(石と石の間にコンクリートを混ぜた積み方)により造ったことです。当時としては高度な石積技術や最先端の機械が用いられました。
砂防堰堤は、上流から流れてくる土砂を貯め貯まった土砂を下流へ少しずつ流します。砂防堰堤が土砂で満杯になると川の勾配が緩くなり、土砂の流れや水の流れる力を弱めることができます。水の流れる力が弱くなることで川底や山すそが削られるのを防ぎます。
また、平成18年[2006]には文部科学省より登録有形文化財として登録されました。
目次
(まえがき)
1.鎖国から開港へ  1-1 江戸時代末期の動き
 1-2 生産・流通形態の変化 
 1-3 輸出品目の動向
 (年表:幕末~明治初頭における国内・外の動向)
2.明治維新による動き
 2-1 幕末に締結された修好通商条約の影響
 2-2 税制の改正と農業の変化
 2-3 江戸のヒンターランドにおける養蚕業
  2-3-1 群馬県
  2-3-2 福島県
  2-3-3 長野県
  2-3-4 山梨県
  2-3-5 埼玉県
3.砂防工事の起こり
 3-1 世論
 3-2 デ・レーケが関わった砂防施設と利根川流域における砂防工事
  3-2-1 「明治大正日本砂防工事事績に徴する工法論」における記述
  3-2-2 「明治以降の砂防工事の沿革」における記述
  3-2-3 「明治工業史土木編」における記述
  3-2-4 内務省から群馬県への引き継ぎ書(榛名山砂防工事)
  3-2-5 なぜ利根川流域で榛名山麓の砂防工事が最初に行われたのか
 3-3 信濃川流域において明治期に施工された内務省直轄の砂防工事
  3-3-1 信濃川流域において明治期に実施された直轄砂防工事
  3-3-2 地形図から見た砂防工事の実施渓流
4.榛名山麓で実施された内務省直轄の砂防工事
 表-14 榛名山砂防工事実施箇所数
 表-15 榛名山砂防工事年度別実施事業費
 表-16 榛名山砂防工事現況取調調書(明治 36 年 3 月 24 日調)
 表-17 榛名山砂防施設修繕実施個所
 表-18、19 榛名山砂防工事箇所明細(年度別)
(参考文献)
広報誌「ぐんまの砂防」( 群馬県治水砂防協会)