イノシシの採食行動。岩殿C地区の奥のホダ場に向かう「芦田道」がイノシシに掘り返されて一晩で無残な姿に。地面を鼻先や前足で地面を掘り、餌になるものを探しているのでしょう。大型のオスでは70㎏程度のものまで鼻や頭で押し上げられるそうです(←森林総研鳥獣害研究チーム「イノシシの生態」など)。
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茶園における掘り返し被害の現状と対策(静岡県農林技術研究所 森林・林業研究センター、2016年3月)
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※石川圭介「イノシシによる茶園の掘り返し被害と土壌動物の関係に関する予備的調査」(『静岡県農林技術研究所研究報告』第10号、2017年)
 イノシシ(Sus scrofa)による被害の一つに、掘り返しによる人の生活・生産機構の毀損がある。田畑の畦畔や法面が崩されるといった被害は作物が食害されないため、農林水産省が集計している被害額・被害面積などの統計データに反映されず、量的実態も把握できていない状況にある。しかしながら、これらの被害は農業の生産基盤を壊す点で重大な問題であることが指摘されている。
 掘り返しの場所は様々で、田畑に限らず、公園やゴルフ場、墓地、学校の校庭などで確認されているが、その原因はほとんど解明されていない。
 静岡県では茶園の法面が大規模に掘り返される被害が発生している。特に法面のような傾斜地の掘り返しは土壌の流亡を招きやすく、茶園の法面の崩れは乗用摘採機の利用を妨げ、安全性や農作業の効率にも悪影響を与えている。Pavlov and Edwardsは土壌中の餌に執着した野生化ブタは 1 回の餌探査で 1.4m2から 150m2の土を掘り返すと算定しており、茶園の掘り返しについて、農家はミミズ類(Oligochaeta spp.)が目的であると推察している。
 イノシシは雑食性であるが、あくまでも植物質を中心とした食性であり、1970 年から 2013 年の間に公表された食性に関する論文 145 本をレビューしたBallari and Barrios–Farciaによれば、量的には 9割を植物質に依存していると報告されている。おおむね日本国内のイノシシの食性に関する調査報告も同様である。これら食性に関する研究の大部分は糞および胃内容物による調査であるため、ミミズなどの消化されやすい食物は過小評価されるという指摘もあるが、植物質を主要な食べ物とするイノシシが、ミミズを目的に茶園の法面を大規模に掘りかえすものなのか、疑問が残る。
 イノシシが法面を掘りかえす理由が分かれば、被害発生時期の予測や、餌資源の除去等により被害の軽減が可能になると考えられる。そこで、本調査では茶園における掘り返し被害の状況調査と法面の土壌動物の調査を実施した。
※林典子・高山夏鈴・吉永秀一郎・小泉透「市街地周辺林地に生息するイノシシにおける採食場所の土壌特性」(『森林総合研究所研究報告』第20巻4号、2021年12月)
要旨 近年、中・大型野生哺乳類が人間の生活空間の近くで暮らし、時には市街地にまで一時的にあるいは継続的に進出することが問題となっている。市街地に出没する前段階である市街地周辺の山林で、野生動物がどのような環境を利用しているのかを解明することにより、事前に効率的な対策を行うことが可能となる。本研究では、近年とくに市街地への出没が頻発するイノシシを対象とし、市街地周辺の山林でどのような環境を採食場所として利用しているのかについて調査を行った。2018年7月から2019年8月まで30台のセンサーカメラによりイノシシの行動をビデオ映像として記録するとともに、その地点における土壌および植生に関する環境調査を行った。イノシシの採食行動が撮影された頻度を目的変数とし、土壌や植生に関する13の環境変数を用いて一般化線形モデルにあてはめ、効果が高い要因を求めた。その結果、春から秋にかけて土壌硬度が低い環境が選択される傾向が認められたが、採食場所は季節によって変化することも明らかになった。糞内容物からも季節に応じた食物が利用されていることが示唆された。市街地に隣接する森林では、本調査地のように、イノシシが採食場所として選好する環境が存在することも多く、イノシシの生息拠点となる可能性がある。市街地にイノシシを進出させないために、周辺の森林では土壌環境に基づいて市街地へのイノシシの進出リスクを事前に予測し、個体数管理、環境改善、フェンスの設置などの対策を早期に実施する必要がある。
4.考察 ……本調査地のイノシシは主に春から秋にかけて、モザイク状に混在する多様な植生環境を季節に応じて利用することで、多様な餌を得ていると考えられた。また、イノシの採食様式は歩き回って嗅覚で探知する探索型であるため、効率的な採食を行うためには土壌環境の選択は重要であることが明らかになった。イノシシが好む柔らかい土壌環境や多様な植生環境は、市街地から離れた造林地よりも市街地に近い森林林縁部に多く存在する可能性がある。特に、本研究を行った東京都八王子市周辺では、西側山林はスギやヒノキなどの針葉樹の造林地が多く、また関東ローム層を母材とする厚く軟らかい土壌をもつ東側の緩やかな丘陵地に比べて西側山林の土壌は硬い傾向がある (Fig. 4、産業技術総合研究所地質調査総合センター 2019) 。したがって市街地に隣接する森林は、イノシシの生息拠点となる好適な採食場所を備える可能性があることが示唆された。しかし、採食場所としてほとんど利用されなかった冬季には、市街地へ進出する個体も出てくるかもしれない。今後、より広域スケールで市街地周辺のイノシシの行動を解析する必要がある。また、市街地周辺の森林では、土壌環境などの情報をもとにリスクを事前に予測し、個体数管理の強化や環境整備、防護柵設置などの対策を早期に実施するべきである。
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