秩父郡小鹿野町三山にある田ノ頭集落の天神マチ(天神講)。大舘勝治さんの『民俗からの発想』(幹書房、2000年)144~147頁です。
平成12年[2000年]の天神マチ
 2000年(平成12年)1月22日(土曜日)、この地の天神マチを訪ねてみた。田ノ頭の耕地の様子は、16年前に見たその時と同じような静かな山間のムラで、長い時の流れもなかったかのように瞬時にタイムスリップしている自分に気付いたのである。
 天神マチの会場は、旧田ノ頭支所(役場旧三田川出張所)の2階である。午後1時過ぎ、会場の支所の2階へ子どもたちが三々五々集まってくる。平成6年[1994年]、会場がここになるまでは、中学3年生のオヤカタと称すリーダーの家を会場に行ってきた伝統がある。
 この日集まった子どもたちは、幼稚園児から中学生までの18名である。戸数18戸の耕地にしては若いお嫁さんが比較的多いこともあって、子どもも他の地区に比べて多いという。中学生5名、小学生11名、幼稚園児2名が正式のメンバーであるが、そのほかに母親と一緒の乳飲み子もいる。
 子どもたちのほかに数人の大人がいるが、大人は天神マチのオヤカタになっている子どもの両親が当番として出席しているほか、小さい子どもが参加している母親が数人出ている。
 2階の会場の広間には、天神様に奉納する習字を書く机が用意され、小さい子から順番で1人3枚ずつ掛け軸風の小さな短冊にそれぞれの願いを書く。中学生の子ども(男子)がつきっきりで面倒を見て、3枚書かせる。
 順番を待つ子どもたちは、会場で思い思い遊んでいる。大きい子から小さい子までがにぎやかに会場を所狭しと遊び回り、あたかも18人兄弟の大家族の家庭にいるかのごとくである。遊びに夢中で「オシッコ」と慌てる子どもには、誰彼となくそこにいる母親がトイレに連れていく。日本の良き伝統的地域社会「地域が子供を育てる」という光景の一こまを見る思いである。
 3枚の小さな短冊が書き終わると、最後に、書き初め用紙3枚をつなぎ合わせた長い短冊に、昔からお手本とされる漢詩を皆で一字ずつ書き、皆の名前を添書きする。
 こうしてすべての習字が終わると、裏山の中腹に祀られている諏訪神社(天神様が合祀されている)に向かう。すでに太陽は山の端に隠れて寒さが身に沁みる時刻である。社殿の前にあらかじめ用意されている大きな笹竹の笹に願い事を書いた短冊をつるし、長い大きな短冊は竹の上の方につるし、立ち木を利用して立てられる。まるで冬の七夕様である。子どもたちはそれぞれ天神様を拝んで会場に戻る。
 皆で夕食をとり、お菓子を食べ、夜遅くまで楽しく遊ぶ。遊びの企画は上級生の中学生によるもので、「肝だめし」などが盛り込まれている。
 秩父郡小鹿野町では、2000年1月現在このような子どもたちの天神マチが田ノ頭の耕地のほかに上飯田、松坂、栗尾、和田耕地で行われている。少子化社会で、各地の貴重な伝統行事の存続が危ぶまれる中で、田ノ頭耕地の天神マチは行事の一部は簡略化されたが15、16年前と同じように続けられ、地域に機能して生きていることに感動した。そこにはかつて地域のどこにでもあった子どもたちの年齢を超えた交流、親と子の交流、地域が子どもを育てた民俗の心がある。天神マチは子どもたちが社会性を身につける地域教育の場であり、また地域文化を創造していく原点でもある。
大舘勝治『民俗からの発想』(幹書房、2000年)147~150頁