霧ヶ峰高原の草原は採草利用により維持されてきた二次草原であること、草原化の起源が鎌倉時代であること、近世以降霧ヶ峰高原は肥料や飼料となる草の採取に利用され近世末には全域が草原となり、明治以降化学肥料の普及により採草利用が減少し草原の縮小が始まったこと、昭和初期には標高1500m以上は秣の採取に利用されていたことなどが、長野県では2000年代前半には解明されていたようです(霧ヶ峰草原の成り立ち」9月12日記事)。長野県環境保全研究所では2001年度から5年間、「信州の里山の特性把握と環境保全のための総合研究」(通称 里山プロジェクト)」を行い、研究成果が『信州の里山の特性把握と環境保全のために」(165pp、2006年3月発行)としてまとめられています。

1-1 信州の里山の特性では、プロジェクトの研究成果や文献資料等をもとに,「自然環境」,「産業」,「文化」などの異なる視点から,信州の里山の特性についてまとめています。まず「立地」では県域を低平地、山間地、高原、奥山に区分し、里山を低平地の里山(里山Ⅰ)、山間地の里山(里山Ⅱ)、高原の里山(里山Ⅲ)に類型化しています。
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長野市飯縄山南東麓(浅川流域、標高約350~1900m間)の土地利用形態の歴史的変遷をたどり、過去から現在への里山環境の移り変わりの傾向は,長野市飯綱山南東麓や中条村虫倉山麓などという特定の地域に限ったことではなく,県内の多くの里山において,若干の程度の差はあっても,基本的には共通して認められる」(10頁)としています。
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この報告書での「里山」の定義は畑中健一郎・富樫均・浜田崇・浦山佳恵「2-1 里山の何が問題なのか-里山問題の概観-」にあります。
里山は、農林業を主体とした人の暮らしを支えるある広がりをもった地域であり、暮らしや生産活動の影響下に成立した二次的自然の総体を指すものとする。そのなかには、雑木林、植林地、草地、農地、ため池、水路、集落といった多様な自然環境が含まれる。また、里山の言葉にある地形的な山の概念にはとらわれず、たとえ二次的自然が平地に存在する場合もその地域を里山と称するものとする。(24頁)
  植林地の面積が県土の約25%を占めているので、長野県の里山の面積は県土の約78%になります。

富樫均2-11 立地からみた信州の里山の類型区分」は長野市北部の飯縄山南東麓(浅川流域)のデータなどをもとに、信州の里山に関する新しい 3 つの類型区分、里山Ⅰ(低平地型)里山Ⅱ(山間地型)里山Ⅲ(高原型)を提案し、「里山ⅠとⅡの間に地形的な難所が形成され、相互に分離される傾向がつよい。一方ⅡとⅢでは、前~中期更新世に形成されたと思われる古い侵食小起伏面の残存により、巨視的にみれば地形的な連続性が高く、県境や郡境を越えて広域に分布する。これらの類型区分は北部フォッサマグナ地域においてとくに明瞭にあらわれるが、より広く長野県全域にわたって適用される可能性が高い」とし、信州の里山の立地特性としては、里山ⅡとⅢの存在とその意味がとくに重要であることを強調しています。
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長野県においては、山岳地のなかに盆地が切れ切れに分布するという特徴から、里山Ⅰの広がりも断片的である。それに対し、里山Ⅱと里山Ⅲは相互に地形的な連続性が高く、県境や郡境を越えた広域的な広がりが認められる。
里山Ⅱは、緩傾斜地から利用困難な急傾斜地まで、比較的小面積のさまざまな地形要素の集合からなる。とくに近世以降、居住地、畑地、水田、ため池、採草地、林などとして持続的に活用され、用途の違いに応じて多目的な土地利用が行なわれてきた。継続して適度のかく乱が加わりつつ、モザイク状に展開する様々な環境の組み合わせは、多様な生き物の生息場所にもなってきた。また山間地上部の肩状尾根などにみられる古い小起伏地は、その連続性や安定性から、かつての街道につながる脇道(峠道)のルートとしてよく利用された。山間地上部の尾根筋にめぐらされた峠道は、とくに近世以降、集落間を結ぶ庶民のための重要な陸路となり、物資や情報を流通させていたとみられる。
里山Ⅲは、多くがゆるやかな起伏をもつやや高冷な地域であることから、現在ではリゾート地や別荘地、あるいは高原野菜の生産地になっている。しかし1960年頃にはじまる高度経済成長期以前には、採草地などとして現在とは全く異なる形で、長期にわたり、高い生産性をもつ場所として利用されてきた。とくに集約的に採草が行なわれた場所では、現在よりもはるかに広い面積の草原環境が維持されてきたものと予想される。そうであるとすれば、里山IIIはおそらく草原的な環境を好む野生動植物にとって重要なビオトープにもなっていたと考えられる。さらに、湿原堆積物に含まれる花粉や微粒炭の分析結果をもとに、飯綱高原の環境変遷史を考察した結果によれば、この地域では約3000年前の縄文後期から火入れをともなう人間活動が活発になり、さらに約700年前には森林破壊の激しさが極大になったこと、それと同時に、森林にかわって草原環境が拡大したことなどが明らかにされている。県中南部の八ヶ岳山麓にも、井戸尻・尖石など縄文時代中期を代表する遺跡群が多数存在することはよく知られている。このように里山Ⅲは、たんに人々が利用してきたばかりでなく、原始・古代から近代・近世を通じて、里山IやIIよりもむしろ長期にわたり、資源採取地として継続的に利用されてきた場所である可能性が高い。現在観光地として名高い霧ケ峰高原でも、火入れや採草などの人為的働きかけが継続されてきたことで草原が維持されてきた。つまり、霧ケ峰などの高原の里山は、まさに信州独特の里山と位置づけられる。
最後に、氷河時代から生きつづけている遺存種と呼ばれる野生生物種と里山との関係について考えてみたい。たとえば約1万年前以降の後氷期の時代には、気候の温暖化にともなって退行する落葉広葉樹林と、縄文中期以降に焼畑耕作によって人為的に形成された二次林性の落葉広葉樹林が国内に共存していた。その結果寒冷期の落葉広葉樹林に住んでいた生物が、後氷期の照葉樹林の拡大の下でも滅びることなく、現在につづく里山の二次林で生きながらえることができたのではないかという指摘がある。
長野県では、潜在的に照葉樹林そのものの分布域が小規模であるため、西日本や関東周辺の里山とはやや事情が異なる。しかし、同様の意味で信州の標高差の大きな里山の二次林や草地が、氷河時代に生息域を広げた植物や昆虫などにとって、後氷期におけるレフュージア(避難場所)となったことは十分に考えられる。そのばあい、とくに里山IIと里山IIIの環境は、広域に連続するという面においても、気候変動下における生物多様性の維持のために、より大きく寄与してきたはずである。(93~94頁)

この報告書『信州の里山の特性把握と環境保全のために」(2006年)が明らかにしたことと環境保全のための提案
信州の里山の特性
 ① 低平地と山間地と高原に展開する広大な里山分布(3 つの類型に分かれる信州の里山)
 ② 多様な気候と多様な野生生物の共存(多雪と少雨、寒暖、多種多様な生物種など)
 ③ 地形と気候を生かした多彩な農作物の栽培、林業、観光などの様々な産業立地
 ④ 各地域ごとの個性的な文化(食べ物、暮らし、行事、工芸など)
 ⑤ 縄文時代にまでさかのぼる里山の利用の歴史と戦後の急激な変貌
信州の里山の魅力と価値
  ① 奥山から低地までが凝縮された独特の里山景観
  ② 全国的にも特筆される、野生生物の多様性
  ③ 山間地の地形や種々の環境を巧みに利用してきた文化や民俗
これからの里山の環境保全のために
  ① 地産地消の推進(里山が里山であるために)
  ② 里山をもっと知ること(学びの必要性)
  ③ 里山保全の担い手確保のための配慮(高齢者と若年者の意識の違いから)
  ④ 新たな発想による里山整備の展開(生き物、散策の場、自然体験など)
  ⑤ エネルギー資源の供給地としての可能性(木質バイオマスの活用など)

※報告書の目次は以下で、各項目ごとにPDFのダウンロードができます。概要版(PDF63KB)もあります。

  長野県環境保全研究所『信州の里山の特性把握と環境保全のために』

 里山の写真(小川村)

 長野県における里山の分布

  口絵2
 里山の原風景(県内4箇所)

はじめに

1 信州の里山の特性と環境保全のための提言

2 個別のテーマによる調査・研究成果報告

3 資料編

執筆者一覧