五箇公一さんの『これからの時代を生き抜くための生物学入門 ~生物学を学べばヒトはもっと強く、もっと優しくなれる~』(辰巳出版、2020年9月)を読みました。
生物学入門

五箇公一『これからの時代を生き抜くための生物学入門目次
第1章 性のしくみ
 オスとメス、性って一体なに?
 生物は進化を続けないといけない運命である
 生物は進化を繰り返して、今に至る
 ウイルスに対抗する画期的な進化=性の分化
 カタツムリはオスとメスが同じ? 雌雄同体の生物たち
 オスは受精するためのスイッチ!?
 「退化」も進化の一種である
 性淘汰の中でオスは不要とならないよう頑張る……
 ダニの世界にもあるオス間闘争
 オスはあえてハンディキャップを背負う
 DNAのコピーミスは単なる失敗ではなく、進化の礎だった
 生物学的にはオスは悲しい生き物だった
 哺乳類最大級の精子を持つフクロミツスイ
 人間も大昔は乱交をしていたのか?
 “セックス”は生物学で一番面白いテーマ
 生物学の巨人・ダーウィンが唱えた進化論とは
 働きアリの怠け者にも生きる意味がある

第2章 生物学からみる人間社会
 男性の草食化は生物学的な「ひずみ」なの?
 実は草食化はモテるための手段!?
 少子化の果てに待ち受けるもの
 社会の成熟と夫婦関係の変化
 一夫一妻制は幻想?
 「女性が不倫男を嫌う」のは生物学的に正しい
 生物学から考える同性愛
 人間と動物の大きな違いは「利他的ヒロイズム」の有無である

第3章 遺伝
 「遺伝」とはわずか4つの塩基の組み合わせ
 教科書にあった「メンデルの法則」をもう一度
 「ハゲは隔世遺伝する」は迷信なのか!?
 遺伝子検査でガンにかかる確率がわかる!?
 親から子に遺伝するものはどこまでわかっている?
 ウイルスを超える!? 狂牛病の原因プリオン
 今の科学技術で人間のクローン作成は可能なのか?
 iPS細胞が可能にする夢の再生医療
 米国産遺伝子組み換えナタネが日本を襲う!?
 遺伝子工学は取り扱い注意なテクノロジー
 遺伝子だけによって人生が決まるわけではない

第4章 遺伝子優生論
 優生学の裏に潜む危険思想
 優生学を人間社会に当てはめてはいけない
 人間は自然淘汰に逆らい、助け合うことで生き残った
 「奇人・変人」を排除すべきではない

第5章 生物の多様性
 生物多様性があるから人間社会はここまで発展できた
 かつてないペースで生物種が消える大絶滅時代
 増える種と減る種~スーパーラットとゴキブリの都市化
 木造建築こそが究極のリサイクルだった
 かつては里山が生物多様性を支えていた
 「地方の過疎化によって、自然の開発が停止する」(147~150頁)
 そのことが生物多様性の劣化を招くという話は、多くの人にはピンとこないかもしれません。
 人間がいなくなった方が自然は豊かであり、生物多様性も高くなるのではないのか? そう思われる方もいると思います。たしかに人間がいなくなれば自然のまっとうな生物多様性が、そこに維持されますが、そこでは人間社会は維持することは難しくなります。
 人間社会と生物多様性の関わりの中では必ずしも開発=悪とはなりません。日本の場合、本来の手付かずの自然環境は、ブナやタブノキなどの陰樹(光に対する要求性が比較的低い樹木)で構成される極相林に覆われ、暗い森になってしまい脆弱な人間が生活の場とするには、厳しい自然環境になります。
 生物多様性との共生で目指すものは手付かずの自然ではなく、人間が生きていける空間作りです。日本人は、古くから森を利用してきました。やがて森を加工し、水田や畑などの農耕地や居住のための開放空間を確保するようになり、その周りに自らの手で森を作り、奥山(自然林)、雑木林、里地という異なる生態系がつながりを持つ里山を作り上げてきました。
 この生態系の空間的異質性がさまざまな動植物の生息空間を提供しました。人間自身はそれらの動植物が生産する資源や生態系機能を享受して生活を維持してきたのです。
 例えば、古くは縄文時代から、日本人たちは森でドングリを食料として採取し、木を伐採して薪とし、一部では、栽培種のクリやウルシを植えて利用していたと考えられています。
 里山が発達してくると、雑木林に生えているアカマツは、建材に利用される他、枝低木は燃料に、さらにその灰は田畑の肥料に利用されていました。クヌギやナラなどの落葉樹も10年から20年ごとに切りやすい低い高さで伐採し、薪や木炭に利用して、落ち葉を掻き集めて堆肥にしました。雑木林の林床や林縁で採れる木の実やキノコ、山菜、野草は、季節の旬を味わう食料にもなりました。そして奥山からたまに里山へ降りてくるシカやイノシシ、クマなどは、貴重なタンパク源として利用されていたのです。
 このように、日本人は自然に手を加え、それを持続的に管理することで、自然との共生社会を完成させて、実に縄文の時代から1万年もの間、この狭い島国の中だけで完結して生きてきたとされます。
 そんな自然共生社会としての里山が、今では都市開発の裏側で放置・放棄され、劣化が進んでいます。
 人間の管理を離れた耕作地は、元の生態系に復元されるのではなく、外来種の雑草が入りこんで繁茂し、また、雑木林も長期間放置された結果、樹高の高い巨木が占拠し、林床には耐陰性の常緑樹種やササ類が茂っています。この様な状態ではカタクリなどの林床植物や草花に訪れる昆虫類、そのほかの小動物が生息できず、生物多様性の劣化することになります。
 さらに、人間が住む里地と野生動物が住む奥山の間に位置する「バッファー・ゾーン」であった里山が放置されることで、シカやイノシシなどが平野部にまで進出してくる機会が増加し、農業被害や人間を襲うなどの被害が続出するようになりました。このまま里山の過疎化と放棄が進めば、人間社会が野生動物の襲来に圧迫されるのではないかと危惧されています。
 今後、経済成長が見込めない日本は鎖国するしかない!?
 環境のために個人ができることは「地産地消」
 グローバル化の象徴である外来生物
 外来種だけを悪者にしていいのか?
 フランスでは年間15名が死亡しているツマアカスズメバチ
 温暖化に比べると生物多様性の対策は数段遅れている(170~177頁)
 外来生物が侵略してくる、といいますが、実は外来生物は、人間が自ら引いたロードマップに乗っかって、動かされているにすぎないのです。
 私は立場上、そして職務上、外来生物を駆除し、環境を保護することを目標としています。しかし、研究者として、今の外来生物対策が本当に自然科学として正しいことなのかどうか考え込んでしまいます。
 本来いなかったはずの生物が異常に増えて、何らかのハザードやリスクが生じているのであれば、その数を減らす努力をすることが先決です。しかし、外来生物を増やしている原因が人間の活動にある限り、ある外来生物を根絶できたとしても、またすぐに違う外来生物が侵入してきて増加することは続きます。
 現在、生物多様性の保全が世界中で声高にうたわれていますが、ベース(理想)となる生物多様性とはどんな状態なのか、という定義すら曖昧なままです。だから、保全目標自体が人間の価値感に左右され、外来生物も人の嗜好性によって大事にされたり、悪者にされたりします。
 例えば、今、新潟県佐渡島で放鳥されているトキは元を正せば中国産です。野生復帰プロジェクトが行われている兵庫県豊岡市のコウノトリも外来個体が起源です。でも、みんな増やすために大事に育てている。これは明らかに人間もしくは人間社会の価値感に基づくものです。
 外来生物駆除のベースも、究極的に、原始自然だとすれば、それは人間がいない状態の環境となります。しかし、その究極解は人間の存在を否定する論理であり、人間のための科学として成立しません。
 結局、外来生物を駆除すべきかどうかは、その地域の自然の持ち主である地域住民たちが考えて合意形成をするべき問題だと思います。住民がその存在に対してNOという合意を得たら、その外来生物は駆除すべきとなります。生物多様性の基盤となるのはローカルな自然であり、それらはそこに住む人たちの共有財産でもあります。だからこそ生物多様性の保全を地域ごとに、地域ぐるみで、地域住民主体で議論することが一番大事だと思うのです。
 「生物多様性」という概念は、実はいろいろな人たちのそれぞれのエゴで形成されており、その嗜好性の多様さゆえに、解決の緒を見つけにくくなっています。
 研究者の中には、「遺伝子資源として日本の生物を全て残さなければならない」という価値感を持つものもいるでしょう。また、住民の中には「江戸時代の里山のような状態にしたい」という極端な意見を持つ人もいるかもしれません。価値感の多様性が、生物多様性保全について明確な答を導くことを困難なものにします。
 その点、温暖化対策は政治的にも経済的にもかなり一定のベクトルを示すことに成功しています。会議派はゼロではありませんが、かつてに比べて随分と減りました。
 脱温暖化が、ひとつのグローバルマーケットとして投資の対象になることで、世界の政治経済が動き出しました。儲かる話なら、そのベクトルに乗ることに価値感の相違はあまり出る余地がないと思います。「排出量ゼロ目標」は夢物語かと思っていましたが、今は本気で世界が目指していますからね。
 温暖化対策は(○年前に戻そう」もしくは「排出量ゼロ」という明確な目標を立てることができています。しかし、生物多様性保全にはそれだけの明確な目標は確率されていません。
 少なくとも「生物種がこれ以上減るのを防ごう」という目標がありますが、その根拠、すなわち生物多様性が減ることによる、人間社会や地球環境に及ぼす影響やリスクが定量的に示されていないため、温暖化ほど、一般の人たちにその危険感は通じてはいません。
 生物多様性保全という研究分野も流動的で、国際的に確固たる統一ポリシーができあがっているとはいいがたい状況にあります。研究者の間でも意見統一ができていないのだから、一般市民の方にどうあるべき、どうすべき、といった指針を示すことも難しくなります。
 温暖化と同様に生物多様性でも、森林資源は一番最初に減らしてはならないものです。これは面積で表せるので、目標になりえます。
 例えば、紙などの林産資源については、認証制度を義務付けることが可能です。熱帯雨林を切り出して作ったものはNGで、リサイクルで生み出されたものにはOKと分けることができます。
 具体的には、認証されたものを使うことが企業としての義務であり、守っていないと風評被害を受け、大きな損益を被ることになるというシステムを考えています。そうすると企業側も、再生産エネルギー、資源の使用に努力するはずです。認証を受けていない企業と取引するとペナルティを受けるというような制度を作ることも可能です。
 実際には日本でもエコファースト企業という取り組みがあります。企業の資源消費という意味では、環境保護のシステムができ始めているんです。
 現時点では、生物の数の減少も変わらないですし、多様性の劣化も止められていません。なぜ生物多様性は世界的に見てもまったく進歩がないのか、それは先ほど触れた価値感の統一ができず、目標が定められていないからだと思われます。
 2010年、『生物多様性条約 第10回締約国会議(COP10)』が日本で開かれました。そこで「名古屋議定書」と「愛知目標」というふたつの国際的な枠組みが採択されました。
 「名古屋議定書」は遺伝子資源の公平分配に関する決め事です。赤道近くの生物多様性が高い地域を包含する発展途上国には豊富な遺伝子資源が存在しています。これまでは、農産物の原種や医薬品の原材料となる植物種や土壌細菌を先進国により開発され、その利益が独占され続けてきました。
 例えば、マダガスカル島のニチニチソウの成分から抗がん剤、中国の香辛料「八角」からインフルエンザ治療薬「タミフル」などができたのです。さらに古くは15世紀にスペイン人が南米から持ち帰った高山植物が原種となってジャガイモが育種されました。
 先進国の企業による遺伝子資源の開発と利益の独占は植民地時代からの歴史であり、途上国側には積年の恨みもあるでしょう。こうした生物資源を利用した製品の市場規模は45兆円とも70兆円ともいわれています。
 グローバル化が進む中、途上国はこうした医薬品などの原料の原産国への利益の還元、さらに開発技術の提供を求めてきました。特に「現在」「未来」の利益だけでなく、植民地時代という「過去」の利益にさかのぼっての還元をも主張しています。当然、先進国側の国や企業は、利益配分の負担が重すぎると資源を活用できなくなり、結果的には途上国にも不利益になると訴えて、南北間の利益をめぐる対立が続いていました。
 この遺伝子資源の利益配分をめぐる問題解決は、生物多様性条約の中でも重要課題とされており、「遺伝資源の取得の機会(Access)とその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分(Benefit-Sharing)という目標が定められています。Access and Benefit-Sharingの頭文字をとってABSと呼ばれています。
 名古屋議定書では、このABSのための具体的なルールが定められています。代表的なものは以下の3つです。
○遺伝子資源を提供する国はそれぞれに、利用国との間での合意・契約に基づく遺伝子資源の提供を行うための、確実・明確・透明なルールを策定すること
○利用する国は、自国で利用される遺伝資源が提供国の定めたルールを遵守して取得されることを担保するためのルールを策定すること
○ABSCH(国際的な情報交換センター)に、遺伝子資源利用にかかる提供国法令・許可証情報を通報すること
 今後、先進国が無断で他国の遺伝子情報を持ち出したり。開発したりすることは各国の法令に基づき禁止されることとなりました。
 このルールは、医薬品開発や食品開発といった産業目的の遺伝子利用だけにとどまらず、分類学、生態学、進化学などの基礎的研究分野にも波及することになりました。現在、われわれ研究者も勝手に標本を持ち出すことはできなくなっています。
 この遺伝子資源の利益再配分こそが生物多様性条約の本当の目的だったともいえます。
 しかし、アメリカを含む先進国はグローバリズムという名のもとに、遺伝子資源を医薬品などに利用し、経済的に利したいわけですから、ABSに躊躇する国も多く、各国の足並みはまだ十分そろっていません。議定書を作った議長国である我が国ですら、批准したのは2017年と最近のことでした。
 COP10で定められたもうひとつの枠組みである「愛知目標」の方は、ぼんやりと、「生物多様性の劣化を防ごう」とする目標です。
 正直具体性を欠く内容で、もう目標達成度が図られる2020年が来てしまいましたが、なにひとつ際立った成果は上がっていないというのが現時点での評価です。
 外来種に関しても「外来種を防除し、増やさない」と当たり前のことしか書いてありません。数値目標を設定するなど、具体的なゴールを示しておく必要はあったのではないかと思われます。
 もっとも、生物多様性の保全の根幹が地域制(ローカリティ)にあり、それを守るのが地域のコミュニティであり、その方針・指針は地域の合意形成に基づくとすれば、国際基準というものはむしろ無用の産物ともいえるかもしれません。2020年、愛知目標の設定期限が間もなく切れて、ポスト2020年目標が準備されていますが生物多様性の未解決課題はまだまだ山積み状態です。
第6章 生物学と未来
 パンデミックはいつ起こってもおかしくない
 東京オリンピックで、新たな感染症パンデミックが起きる!?
 77億人に膨れ上がった人類をウイルスは淘汰しようとしている
 新型コロナウイルスの襲来
人間が絶滅しても生物は残り続ける
 今後、人間はどのように進化していくのか

第7章 私と生物学
 人生を変えたダニとの出会い
 ハダニの観察と遺伝子解析の日々
 幼少期~富山の田舎町で過ごした生物観察の日々
 プラモにハマり、通信簿は1!?
 高校は山岳部で“ひねくれた優等生”
 『ジョーズ』に感激! 映画監督を志す
 もしかしたらレンタルビデオ屋の店長になっていた!?
 総合化学メーカーで農薬開発に携わる
 科学者がやってはならないこと
 大手メーカーのシャンプーで背骨が曲がる!?
 研究者はすべからく論文を書くべし
 黒ずくめファッションの理由とは!?
 テレビ出演によって、環境問題への間口を広げる

あとがき