自然エネルギー財団202006_01

  資料の趣旨
政府では石炭火力輸出政策の見直しが行われています。小泉環境大臣は、設置した有識者検討会の報告を踏まえ「脱炭素への移行が促進されない限り輸出しない」という脱炭素原則への転換を打ち出しました。一方、経産省の懇談会報告書は、自然エネルギービジネスの重要性を述べながら、依然として石炭火力発電の活用を合理化する議論を含んでいます。日本のエネルギーインフラ輸出が脱炭素化に貢献するものとなるよう、本資料では、石炭火力と脱炭素化両立論の誤り、東南アジアの自然エネルギービジネスの可能性の大きさに関するデータを提供し、輸出政策転換が必要な4つの理由を提起します。
〈目次〉
石炭火力輸出の中止と自然エネルギー支援への転換が必要な4つの理由
  ー「インフラシステム輸出戦略」見直し議論によせてー
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これまでの経緯と本資料の趣旨
自然エネルギー財団は本年(2020年)2月12日に、「日本の石炭火力輸出政策の5つの誤謬」を公表し、それまで、石炭火力輸出を正当化するために主張されてきた議論が全く誤ったものであることを、データを示して明らかにしました。
■ この報告書は小泉環境大臣の記者会見、国会質疑、新聞社説などでも扱われ、4月1日には小泉大臣の下に、「石炭火力発電輸出への公的支援に関する有識者ファクト検討会」(以下、「環境省検討会」と表記)が設置されました。
■ 環境省の求めにより、自然エネルギー財団はこのファクト検討会に対し、4月21日「アジアで進む脱炭素の動き」を提出し、日本とともに石炭火力輸出を進めてきた韓国・中国での変化、東南アジア各国での脱石炭の動きを紹介しました。環境省検討会のとりまとめは5月26日に公表され、小泉大臣は脱炭素化原則への転換をめざすと宣言しました。
売れるから売るではなく脱炭素への移行が促進されない限り輸出しない(脱炭素化原則)への転換
■ 一方、経済産業省も4月から「インフラ海外展開懇談会」を開催し、「エネルギー・電力を取り巻く社会情勢を踏まえた施策の検討に必要なファクトの整理・検証」を行いました。5月21日にはその中間とりまとめ(以下、「経産省報告書」と表記)が公表されました。この中でも「拡大する再エネ市場への日本の貢献の重要性」を指摘するなど、積極的な方向が提起されています。他方、残念ながら、依然として東南アジアでの自然エネルギーポテンシャルを過少評価したり、パリ協定とは整合しないIEAのシナリオを前提とするなど、石炭火力発電活用の合理化につながる様々な議論が含まれています。
■ こうした経緯を踏まえ、政府のインフラ輸出戦略の徹底した見直しが行われ、石炭火力輸出の完全な停止と自然エネルギー拡大を進める新たなエネルギービジネスへの転換が行われるよう、本資料を公表するものです。

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石炭火力輸出の完全な中止と自然エネルギービジネスへの転換が必要な4つの理由
1 「日本の石炭火力発電効率は世界でトップ」という主張は、もはや通用しない
■ 経産省報告書、環境省検討会への電力会社提出資料でも、石炭火力輸出政策の最大の根拠だった「日本の石炭火力発電効率は世界でトップ」という主張が、もはや通用しないことが明確に。
■ 鈴木外務副大臣は「日本が生産をしている1段再熱のUSCよりも、中国のみで生産できている2段再熱のUSCのほうが効率がよく、費用的にも日本のものに比べて高くはないという記述がある。もし、この記述が本当だとすれば、日本の技術が優れているという輸出の前提が変わってしまう」との見解を表明(環境省検討会第3回発言
2 「石炭火力と脱炭素化の両立」の非現実性
■ 経産省報告書が提唱するIGCC、CCSなどの「脱炭素化」技術は、削減効果が小さく、高コスト、技術も未確立。事業者自身の資料によっても、現在の輸出プロジェクトに利用できるものではないことが明らか。
3 東南アジアには自然エネルギー開発、送電網整備など大きなビジネスチャンスが存在
■ 東南アジアには、電力需要を満たすために十分以上の大きな自然エネルギーポテンシャルがある。
■ 太陽光などの発電コストは急速に低下し、石炭火力に対して価格競争力を有するようになっている。
■ 既にインドシナ半島には国際送電網が存在。島しょ部でも建設・計画が進む。その促進こそインフラ輸出のビジネス機会。
4 多くの企業・金融機関が既に石炭から自然エネビジネスへの転換を進めている
競争力を失った日本の石炭火力プロジェクト
環境省[84p]、経産省の報告書[3p、4p]、事業者自身の資料[JERA23p、電源開発33p]でも、石炭火力輸出の最大の根拠だった主張が崩れたことが明確に
  競争力を失った日本の石炭火力プロジェクトー長期性能の比較
■経産省報告書等では、スペック値に差がないことを認めつつ、「長期的な稼働期間での実績」「長期的品質の確保」では、日本の石炭火力発電に優位性があると述べている。
■しかし、電力会社、重電メーカー、商社などで実際に電力ビジネスを行ってきた専門家のネットワーク「電力情報技術ネットワーク(NEPIE)」は、「品質や耐久性も遜色がなくなりつつある」との見解を示している(環境省検討会第3回提出資料)。

2 「石炭火力と脱炭素化の両立」の非現実性①IGCC
■経産省報告書は、IGCCなどで「石炭火力発電の有効利用と脱炭素化を矛盾なく両立させる」方針を示している。
■しかしIGCC,CCSなどの技術は、削減効果が小さい、高コスト、技術未確立など、実用性のあるものではない。
  「石炭火力と脱炭素化の両立」の非現実性②CCS
■ 経産省報告書はCCSを石炭火力脱炭素化技術として提唱
■しかし、かつてCCS開発を進めたEUは実証プロジェクトの失敗、自然エネルギーコストの低下を踏まえ、2050脱炭素戦略では、電力部門の削減対策としてCCS技術は一切活用を予定していない。
■ 世界全体でも、これまで火力発電所に適用されたCCSは小中規模の2件だけ。それも石油の増産を狙うEORプロジェクトであり、 排出削減対策としてのみ実施されたものではない。
■ 発電コストも高い上に、CCSをつけても排出ゼロにはならない。
■ 今から、火力発電所の削減対策としてCCSを進めるのは、全くの誤り。政府の長期戦略はCCSを火力発電対策として提唱しており、日本政府の気候変動対策の誤りの代表例である。
  CSS付き石炭火力が使えない5つの理由

3 東南アジアの自然エネルギービジネスの大きな可能性①開発ポテンシャル
■経産省報告書は、東南アジアでは気候条件のため、太陽光・風力発電の大規模導入が難しいとしている。
■世界には、日照量、風況で東南アジアより良い地域は存在するが、東南アジアの導入ポテンシャルは十分に大きい。
 太陽光だけでも、東南アジアの2040年電力需要をはるかに上回るポテンシャル
● 環境省検討会ファクト集やJ-Power提出資料(第2回)が引用している東南アジアの分析報告書*によると、石炭火力(50~80ドル/MWh)と比較してもコスト競争力のある太陽光導入ポテンシャルは8TW以上と試算される。
● この場合、設備利用率を10%と低く見積もっても、太陽光だけでIEAの公表政策シナリオ(SPS)が見込む東南アジアの2040年電力需要(2,345TWh)の3倍の発電量になる。
● タイ、ベトナムでは、LCOEが50~100ドル/MWhの太陽光ポテンシャルが、最も制限された技術シナリオでも、2017年の電力供給実績の4倍以上、ミャンマー、カンボジアでは100倍以上あると試算されている。
なお、環境省ファクト集やJ-Power提出資料は「再エネで需要を満たす場合、国土の6割を占める可能性もある。」「所要敷地面積も大きい。」としている。しかしこれらが引用しているデータは、150ドル/MWh以下の発電コストで太陽光と風力を設置できる面積を表したものであり、電力需要を満たすのに必要な面積ではない。実際、ミャンマーやカンボジアで引用データの面積に太陽光発電を設置した場合、それぞれの国の2017年供給量の550倍、595倍も発電されることになる。
 東南アジア各国には、風力、地熱など多様で豊富な自然エネルギー資源が存在
● 東南アジアの風力資源は太陽光よりは限定的。しかし、ベトナムとミャンマーでは現在の全電力供給量の数倍のポテンシャルがある。フィリッピン、タイにも適地がある。
● インドネシアとフィリピンは地熱発電のポテンシャルが非常に高く、ミャンマー、ラオス、カンボジア、マレーシアでは水力発電の大きな可能性がある。地域に応じた自然エネ開発を進めることで、東南アジアの自然エネルギーポテンシャルを最大限に活用。
● 東南アジア各国の風力の設備利用率についてブルームバーグNEFは18-32%と見積もっている。
● 欧米には劣るものの、フィリピンやベトナムでは導入量世界一の中国と大きく変わらない。
● ミャンマー、ベトナムなどでは、海沿いや内陸で平均風速6~7m/秒の地域があり、場所によっては30%の設備利用率を見込め、低コストの導入ポテンシャルが大きい。
●台風の影響が大きい台湾は対策の知見を含めたノウハウを獲得し、ここを拠点としてアジア地域に展開する競争が始まっている。日本企業も参入。
 ●日立は台湾で5.2 MW風力発電システム21基(109.2MW)の機器製造からO&Mを一括で受注(2018年4月)
 ●JERAは台湾の洋上風力フォルモサ1,2に続き「フェルモサ3」への参画を決めた。出力は約200万キロワットと世界最大級(2020年3月)
 東南アジアの自然エネルギービジネスの大きな可能性②太陽光・風力のコスト低下
● 経産省報告書は「石炭資源が豊富かつ安価なASEANでは、石炭火力が当面コスト競争力を有する」としている。
● 実際には現時点でも、最もコスト競争力のよい石炭と自然エネプロジェクトどうしで比較すると、すでに同等の水準。
● 太陽光、風力発電のコストは低下し続けており、石炭火力がコスト競争力を有するのは2025年頃まで。
● また、経産省が脱炭素化のために必要とするIGCCやCCSを導入すれば、コスト増加を招き、更に競争力を失う。
 東南アジアの自然エネルギービジネスの大きな可能性③国際送電網
● 経産省報告書は、欧州と異なり「ASEANは地理的状況等の課題もあり、国・地域ごとの独立性が高い系統」と記述。
● 実際にはインドシナ・マレー半島には国際送電網が存在。タイは欧州並みに電力の13%を国際連系線で調達。
● 島しょ部でも建設・計画が進行中。2035年に向けた更に大規模な構想も公表されている。
● IEAも「アセアンの国際送電網を拡大することは、経済的、系統運用的、環境的な利益をもたらす」と指摘。
● 多様な自然エネルギー資源を広域的に活用するアセアン国際送電網は脱炭素化に貢献。今後のビジネスとして大きな可能性。

(参考)太陽光・風力発電と石炭火力発電の正しいコスト比較とは
● 経産省報告書は「再エネ発電は系統側コストまで勘案する必要がある」とするが、太陽光・風力発電の系統接続に関するIEAの報告書では、「変動型自然エネ発電シェア45%までは、長期的には費用コストの大きな増加なしで実現できる」としている。
● 概ね10%を超えると追加投資(系統増強、予備力、蓄電池、デマンドレスポンス等)が必要とするIEA報告書もあるが、蓄電池コストは急速に低下している。系統増強、デマンドレスポンスも経済的なメリットが大きい。
● 経産省報告書が依拠する化石燃料発電が2040年にも5割を占めるIEAシナリオでは、エネルギー起源CO2が60%も増加し、パリ協定と整合しない。
● 輸出政策の検討では、石炭火力コストは二酸化炭素増加の環境コストを加えて比較すべき。

4 多くの企業・金融機関が既に石炭から自然エネビジネスへの転換を進めている
■環境省検討会に提出された各企業の資料からは、金融機関、商社は脱石炭の方向に舵を切っており、電力会社も、石炭火力の必要性は言いつつ東南アジアでは新規開発を予定していないことが明らかになった。
■ごく一部の企業以外、日本のビジネスは脱炭素への選択を行っている。
■ 経産省報告書の参考資料にも、自然エネルギー拡大と電力系統の柔軟性確保を、今後のビジネスチャンスとして取り組む多くの日本企業が紹介されている。

石炭火力輸出の中止と自然エネルギー支援への転換が必要な理由まとめ

1. 日本政府はパリ協定にコミットしており、「世界の脱炭素化を牽引するとの決意の下、高い志と脱炭素化のための取組を積極的に推進していく姿勢を力強く内外に示」すとしています(パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略)。したがって、政府のインフラ輸出戦略もパリ協定の実現に向けた戦略と整合的であることが必要です。
2. 経産省報告書は、IEAの公表政策シナリオに依拠して「2040年には、化石燃料発電の割合は相対的に減少するが、例えばアジア太平洋地域では依然5割を占めることが見込まれ」るとし、これを石炭火力支援を継続する理由としています。しかし、公表政策シナリオでは、2040年の東南アジアのエネルギー起源CO2排出量は2018年より60%も増加してしまい、パリ協定の目標と整合しません。公表政策シナリオを前提として日本のインフラ輸出戦略を決めるのでは、パリ協定に対する政府のコミットメントと矛盾してしまいます。
3. 石炭火力輸出を合理化する最大の根拠であった「日本の石炭火力発電効率は世界でトップ」という主張が根拠を失う一方で、東南アジアにおける自然エネルギー開発、送電網整備には、大きなビジネスチャンスが存在しています。
4. 環境省検討会においても、経産省報告書においても、多くの日本企業が自然エネルギー拡大とその関連ビジネスに積極的に乗り出していることが示されています。
5. 世界の気候変動対策に貢献するためにも、日本のビジネス展開の促進のためにも、「インフラ輸出戦略」を見直し、石炭火力輸出政策を完全に中止し、自然エネルギービジネス支援に転換すべき時です。

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※経済産業省は5月21日、昨今の社会情勢を踏まえた上で、電力・エネルギー分野のインフラシステム輸出を推進していくための取り組みの方向性を示した「インフラ海外展開懇談会」の中間取りまとめ参考資料を公表した。

 
 小泉環境大臣のリードの下で設置された環境省の「石炭火力発電輸出への公的支援に関する有識者ファクト検討会」(以下、ファクト検討会)が本日、結果をとりまとめ発表しました。同検討会は、政府が「パリ協定の目標達成に向け、石炭火力も含め世界の脱炭素化を進めるための取組については、石炭火力輸出支援の4要件の見直しについて、次期インフラシステム輸出戦略骨子に向け、関係省庁で議論をし結論を得る」としていることを受け、石炭火力輸出への公的支援に関するファクトを整理し、その方向性の検討を行ってきました。
 ファクト検討会は、分析レポートの中で、石炭火力発電の公的支援について、エネルギー構造をロックインする恐れや座礁資産化するリスクがあるため長期的な視点が必要だということ、また政府が閣議決定したパリ協定長期戦略の規定、すなわち脱炭素社会の実現を目指すことやパリ協定の長期目標と整合的なインフラ国際展開を進めるという内容に反するということを指摘し、「今後の公的支援を、ビジネスへの支援という観点にとどまることなく、相手国の脱炭素化という長期的な視点を併せ持ち、脱炭素社会への現実的かつ着実な移行に整合的な『脱炭素移行ソリューション』提供型の支援へと転換していく重要性について、認識を共有した」と整理しています。
 一方、経済産業省下におかれた「インフラ海外展開懇談会」の5月11日の中間取りまとめでは、石炭火力発電についてはこれまでの既定通りに、高効率石炭火力を選択せざるを得ない国には支援を続けるとの方向性が示されています。しかし、そのような現行の方針を続けることの課題が、今回のファクト検討会で示されたと言えます。
 石炭火力発電所の新規建設は、たとえ次世代型の高効率技術であってもパリ協定との整合性がないことが明らかにされている上、経済面でも石炭火力発電の抱えるリスク評価が求められるようになっていることが指摘されています。また、対策の一つとされる次世代技術CCS(二酸化炭素回収・貯留)は、コスト・技術等の観点から、パリ協定の目標に資する時間軸での実現可能性は見い出せません。さらに、受け入れ国では大気汚染の悪化などを含む環境社会配慮面での問題が指摘されるなか、石炭火力への反対運動が高まっており、世界のエネルギー情勢は刻々と変化しています。もはや、石炭火力発電について技術や国の情勢から支援の是非の議論をする段階ではありません。
 この先、6月にも閣議決定されると見込まれる次期インフラシステム輸出戦略骨子では、ファクト検討会で示された方向性を踏まえ、政府として、新規計画および現在進行中・建設中を含めたすべての石炭火力発電所の建設および石炭火力発電技術の輸出に対する公的支援を止めるという方針を決定し、それを速やかに実行に移すべきです。