『世界』2020年5月号に掲載されている江守正多[えもりせいた]さんの「最終確認 地球温暖化は本当なんですよね? 疑うのはこれで終わりにしよう」を読みました。以下の項目に答えています(聞き手=編集部・渕上皓一朗さん)。
1 「温暖化」という現象は、本当にあるのですか?

過去2000年の世界平均気温は、木の年輪などをもとにした代替データからの復元によって、ある程度推定できます(図2[上図]が最新の推定値をグラフにしたものです)。最後の150年間に、著しい気温上昇がありますね。しばしば言われる「中世の温暖期」、14世紀~19世紀の「小氷期」(ミニ氷河期)も、確かにグラフから見て取ることができますが、いずれも以外と小さいことがわかります。いまは明らかに過去にない異常な上昇を見せています。
2 「温暖化」は温室効果ガスのせい?
3 「温暖化」はよくあること?
4 気温が原因でCO2が結果?
5 CO2だけが悪者なのでしょうか?
6 異常気象は気候変動のせいなのでしょうか?
7 温暖化についてわからないことがあるのですか?
ー日本における懐疑論は、2000年代に盛り上がり、原発事故でいったん沈静化したのち、近年の「グレタ・ショック」で再燃している印象があります。その間、IPCCは、「二酸化炭素が気温上昇の主な原因である」かどうかについて、第3次報告書(2001年)において「可能性が高い」(66%以上)だった評価を、「可能性が極めて高い」(95%以上)に上方修正しています。この間、どのような研究の進展があったのでしょうか。基本的には、30年前に第1次報告書(1990年)で言われたことが徐々に、より確かになってきた、ということだと理解しています。その意味で、何か基本的なところでで新たな発見があったとか、そういうことではありません。
ではなぜ確度が上がったかといえば、先ほど言った人工衛星のような観測技術や、シミュレーションのためのコンピュータの発展もありますが、なにより30年刊で実際に温暖化のプロセスが進行したことが非常に大きいですね。その間に取られたデータによって、議論の確実性がより高まっていきました。ーつまり、懐疑論について議論する段階はとうに終わっているということですね。では、このテーマについて未解明の事項はもはやない、ということでしょうか?いえ、むしろ、新たに喫緊の課題が持ち上がっています。
それが近年特に話題になっている、いわゆる「テッピング・エレメント」という現象です。温度上昇がある臨界点を超えたとき、仮にその後上昇を止めたとしても、変化の進行を止めることができないような現象で、いま非常に懸念されています。[中略]
…[一度大規模に始まってしまうと、もう後戻りできない不安定なモードに突入]…それが本当に起こるのか、起こるとすれば何℃で起こるか、起こったらどういう現象が起こるか、非常に大きな研究課題です。
さらには、それらの現象が相互に連鎖する可能性も懸念されています。一つのスィッチが入ったら、それによる変化が次のスィッチを入れてしまい、負の変化が連鎖して止まらなくなってしまうかもしれない。「ホットハウス・アース」とよばれ、注目されています。
もうひとつ、喫緊の課題とされているのが「カーボン・バジェット」(炭素予算)です。平均気温の上昇幅を1.5℃で抑えるためには、どれほど温室効果ガスの排出が許容されるのか。
今回のIPCC特別報告書では「2050年頃にはCO2排出量を実質ゼロにしなくてはならない」としていますが、いまだ推計値にはかなりの幅があります。この確度をどの程度上げ、それをどのように具体的に政策に落とし込むか、今後の研究にかかっています。……科学的成果の何をどこまで信用すればよいのか、専門家でないわれわれ市民には、つねに難しい判断を突き付けられる。これは、未曾有の感染症流行に直面しているいままさに、切実な問題としてわれわれにふりかかっている。科学者と市民のあるべき関係について考えるうえで、温暖化懐疑論に対する研究者たちの数十年にわたる誠実な対話の姿勢から学ぶべきことは大きい。……(聞き手=編集部・渕上皓一朗)
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※YouTube【20分でわかる!温暖化のホント】地球温暖化のリアル圧縮版①[国立環境研究所動画チャンネル]地球温暖化をテーマに、江守正多(国立環境研究所地球環境研究センター副センター長)が、中高生にもよくわかるように解説する全3回シリーズの初回。第1回は「地球温暖化のウソ?ホント?」をテーマに、温暖化にまつわるよくある疑問について、クイズ形式で、わかりやすくお話しします。2020年3月に生配信した「【ともだちに話したくなる!地球温暖化のリアル】第1回 地球温暖化のウソ?ホント?」から、解説部分をぎゅっと20分に圧縮したダイジェスト版です。全編字幕つきで、より見やすくなりました。地球温暖化の基本を短時間で理解するのにおすすめです。
※YouTube【ともだちに話したくなる!地球温暖化のリアル】第1回 地球温暖化のウソ?ホント?[国立環境研究所動画チャンネル]地球温暖化をテーマに、江守正多(地球環境研究センター副センター長)によるトーク【ともだちに話したくなる!地球温暖化のリアル】を生放送します。日時:2020年3月13日(金)15時~15時40分くらいまで全3回のうち、第1回「地球温暖化のウソ?ホント?」をお届けします。特に中学生、高校生がよくわかるようにお話しします。もちろん、それ以外の方のご視聴も歓迎します。
※YouTube【ともだちに話したくなる!地球温暖化のリアル】第2回 温暖化ってヤバいの?[国立環境研究所動画チャンネル]江守正多(地球環境研究センター副センター長)によるトーク【ともだちに話したくなる!地球温暖化のリアル】(全3回)のうち、第2回「温暖化ってヤバいの?」を生放送します。日時:2020年3月18日(水)15時~15時40分くらいまで
※YouTube【ともだちに話したくなる!地球温暖化のリアル】[国立環境研究所動画チャンネル]江守正多(地球環境研究センター副センター長)によるトーク【ともだちに話したくなる!地球温暖化のリアル】(全3回)の、第3回「じゃあ、どうしたらいいの?」を生放送します。日時:2020年3月23日(月)15時~15時40分くらいまで
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※江守正多「組織的な温暖化懐疑論・否定論にご用心」(掲載誌 : 国際環境経済研究所HP内「オピニオン」 (2020))
英語圏における組織的な温暖化懐疑論・否定論
人間活動を原因とする地球温暖化、気候変動をめぐっては、その科学や政策を妨害するための組織的な懐疑論・否定論のプロパガンダ活動が、英語圏を中心に活発に行われてきたことが知られている。
米国の科学史家ナオミ・オレスケスらによる「世界を騙し続ける科学者たち」(原題:Merchants of Doubt) にその実態が詳しく記されている。タバコ、オゾンホール、地球温暖化といった問題に共通して、規制を妨害する側の戦略は、科学への疑いを作り出し、人々に「科学がまだ論争状態にある」と思わせることだ(manufactured controversy) 。そこでは、規制を嫌う企業が保守系シンクタンクに出資し、そこに繋がりを持った非主流派の科学者が懐疑論・否定論を展開し、保守系メディアがそれを社会に拡散している。
他にも社会科学者がこの問題について実態解明を進めており、2015年にNature Climate Changeに掲載された論文 では、懐疑論・否定論の多くはエクソン・モービルとコーク・ファミリー財団という化石燃料企業やその関連組織が中心となって広められていることがネットワーク分析により明らかになっている。
化石燃料企業の経営の視点から見れば、温室効果ガスの排出規制等が政策として導入されれば収益に著しい損失をもたらすのだから、それを妨害するためであればプロパガンダ活動に相当の出資をしても見合うというのが「合理的な」判断かもしれない。
しかし、気候変動の危機の認識が社会において主流となってきた現在では、そのような妨害活動の実態を暴かれることが、企業にとって大きなレピュテーションリスクや訴訟リスクとして跳ね返ることになり、損得勘定は以前と変わってきているだろう。エクソン・モービルは、1970年代から人間活動による温暖化を科学的に理解していたにもかかわらず、対外的には温暖化は不確かという立場をとり続けてきたことが明らかになり、複数の訴訟を起こされている。
日本における懐疑論・否定論
筆者は2007-2009年ごろの地球温暖化が社会的関心を集めた時期に、温暖化懐疑論・否定論とずいぶん議論する機会をもった。筆者の当時からの認識としては、日本国内において英語圏の資本による組織的な懐疑論・否定論プロパガンダの影響は小さいと思っていた。
日本では、懐疑論・否定論に同調的な産業界寄りの論客がたまに現れるものの、エネルギー産業や鉄鋼業などの企業も、組織としては気候変動の科学をIPCCに基づき理解しようと努めており、規制に対抗するにしても、科学論争ではなく政策論争を争点としているようにみえた。
これまでに筆者が議論した懐疑論・否定論の論客(多くは気候科学以外を専門とする大学教授) も、英語圏の懐疑論・否定論をよく引用するものの、筆者個人の印象では、英語圏の資本による組織的なプロパガンダとはつながっていないようにみえた。
「GWPFの記事を組織的に紹介?」「内容はどこがおかしいのか?」「IPCC「1.5℃報告書」の欠陥?」(略)
懐疑論・否定論のリスク
温暖化懐疑論・否定論は主流の科学との議論に勝つ必要はなく、「なにやら論争状態にあるらしい」と世間に思わせることができれば成功なのであるから、それに反論する活動に比べると圧倒的にノーリスクで有利な、「言ったもん勝ち」の面がある。
一方、世間がそのようなプロパガンダ活動の存在を知れば、ある組織がその活動に関わっていると世間から見られることは、組織の評判を毀損するレピュテーションリスクになるだろう。懐疑論・否定論を見る側も、見せる側も、そのことをよく理解してほしいと思う。
最後に、この記事を寄稿させてくださったIEEI[国際環境経済研究所]のオープンな姿勢に敬意を表し、心より感謝を申し上げる。
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※『下野新聞SOON』(Shimotsuke Original Online News)の特集「気候変貌 とちぎ・適応への模索」第6部 次世代への(下)に掲載された「江守正多氏に聞く 温暖化世界と危機感の差」です。世界の平均気温は産業革命以降、すでに1度温暖化し、いまも上昇を続けている。持続可能な社会を次世代に引き継ぐために、私たちは気候変動とどう向き合えばよいのだろう。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の評価報告書の主執筆者を務める国立環境研究所地球環境研究センターの江守正多(えもりせいた)副センター長に話を聞いた。
2015年に国連で採択された地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」では、「世界平均気温の上昇を産業化以前と比べて2度より十分低く抑え、さらに1.5度未満に抑える努力を追求する」という長期目標が合意されている。
昨年10月には、上昇幅を1.5度に抑えた場合の影響などをまとめた国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の特別報告書が公表された。気候変動による悪影響のリスクは、1.5度温暖化した世界では現時点よりも顕著に大きくなり、2度ならさらに大きくなることなどが書かれている。これを受け、世界では「やはり1.5度で止めるべきだ」という議論がかなり盛り上がっていると感じている。
現時点で、世界の平均気温はすでに1度上昇している。1.5度未満で止めようと考えると、産業革命以降、もう3分の2まで来てしまった。そして残り3分の1は、今のペースで温暖化が進めば、あと20年前後で到達する。
それが、私たちの現在地を示している。
1度の温暖化による悪影響や、1.5度でどのくらいひどくなるかについて、まだ日本国内ではそれほど深刻には捉えられていないかもしれない。
だが、大きな被害が出ているのは、対応力が限られる途上国の人たち。特に干ばつが食糧危機をもたらすような乾燥地域の国々、海面上昇や高潮の影響が生活基盤を脅かすような沿岸域、あるいは小さい島国の人たちにとっては、かなり深刻だ。
こうした国々の他にも、世界では人類とその文明にとって危機的な状況が迫っているという認識を持つような人たちが増えてきている。中でも非常に大きなグループが若者たちだ。
学校を休んで気候変動対策を求める「学校ストライキ」が世界中で起きている。今年の3月15日には約150万人が参加し、5月24日にも世界規模でのアクションがあった。
例えば2050年に気温上昇が1.5度を超え、自然災害や生態系の破壊、さらに社会的な混乱が本当に深刻になった時に、彼らは40代ぐらい。社会の真ん中でそうした状況を受け止めなければならない世代が本気で心配しているということだ。
彼らは今、政治的な発言権がないため、学校を休むという、ちょっと極端なことをやって注目を集めながら、自分たちの声を大人たちに聞かせようとしている。
これは、現在の世界における危機の認識としては象徴的な出来事だ。
温暖化を1.5度未満に抑えるためには、世界の二酸化炭素(CO2)の排出量を今世紀半ばに「正味ゼロ」(人間活動による排出と吸収の差し引きゼロ)にするというのが目安になる。IPCCの「1.5度特別報告書」が出る前、先進諸国は「50年に1990年比80%以上削減」などといった長期目標を掲げていた。
しかし、特別報告書が出て、英仏などが50年に正味ゼロを目指そうと議論を始めた。「80%削減」でもぎりぎりだったはずなのに、どうすればそれが可能になるのだろうか。
英語で「think(シンク) outside(アウトサイド) the(ザ) box(ボックス)」という言い方がある。箱の外を考えるという意味だが、「80%削減」を議論するとき、暗黙に置いている前提があったはずだ。
でも「正味ゼロ」が必要だとの議論になると、おそらく暗黙の前提の方が変化する。常識が変わるということだ。いまの常識で考えると不可能に見えるが、常識が変われば可能かもしれない。世界では、そのように考える人がだんだんと増えている。
日本国内でも昨年の記録的な猛暑や西日本豪雨、非常に強い台風の上陸などで大きな被害が出た。
ある気象災害が、その年に、その場所で起きたことは偶然と言えるが、気候変動が進めば、そうした災害が長期的に増えていくことは必然だ。
実際に起きた大雨の例で見ると、もし温暖化していなければ大気中の水蒸気はもっと少ないので、そこまでの雨量にならなかったはずだ。その意味では、日本でも温暖化の影響の一部を私たちは見ていると考えてよいだろう。
だが、昨年の報道などを見ていても、異常気象は非常に大きな話題にはなったが、「だから温暖化を止めましょう」という話はあまり盛り上がらなかったように思う。
世界との危機感の差に関して、もし日本に特殊性があるとすれば、よく指摘されるのは「3・11」だ。東日本大震災があり、原発と放射能や、地震のリスクが日本人にとって非常に重く認識され、地球温暖化問題は後回しになってしまった面があるのかもしれない。
ただ、気候変動に向き合う世界の潮流にぴんときていないと、ビジネス上の危機という問題も起きてくる。
世界では気候変動対策を真剣にやらない産業には、投資が集まらないようになってきている。国際ルールや常識がどんどん変わっていく中で、ある時、世界の空気を読み、対策を取らざるを得なくなった時、これまで建ててしまった石炭火力発電所みたいな施設が、投資が回収できない「座礁資産」になるなどのリスクが出てきてしまう。
現状は、無意識ではあっても変えたくない勢力と変えていきたい勢力がせめぎ合っている感じがする。
脱炭素社会へ変えたいと考えている企業や自治体などでつくるネットワーク「気候変動イニシアティブ」など、いろんな団体の人たちが政府にアクションを求め、自分たちで成功の実例を作って、広めていく役割が期待される。でも、周りが止まっていれば、それで間に合うかは分からない。
もたもたしていると、海外で脱炭素のイノベーション(技術革新)のようなことが起きて、それが日本の産業を破壊するような事態になる可能性もある。気候変動対策の重要性を、ビジネス面からもしっかりと考える時期に来ている。
一方、適応に関しては昨年、とても象徴的だと感じたことがあった。
全国の小中学校の教室に熱中症対策でエアコンを入れることになったという出来事だ。かつては夏は暑くても我慢して勉強して、夏休みに休めばいいじゃないか、という考え方だった。
気候が変わることで、社会の常識が変わる。そう強く実感した。
そんなふうに気候の変化をしっかり認識し、対応すること。そして予見し、備えることが、極めて重要である。
【ズーム】IPCC「1.5度特別報告書」 IPCCが昨年[2018]10月に公表した。現状では2040年前後に産業革命以降の世界平均気温の上昇幅が1.5度に達するとし、1.5度に抑えた場合と、2度になった場合との影響の比較も提示した。1.5度なら海面の上昇幅は2度に比べ約10センチ抑えられ、影響を受ける人は1千万人少ないと推定。サンゴ礁は1.5度なら70~90%、2度なら99%以上消失する恐れがあるなどと示した。
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※小西雅子(WWFジャパン[世界自然保護基金])「IPCC「1.5度特別報告書」COP24に向けて」(2018年11月20日)