カナダのジャーナリスト、ナオミ・クライン著『This Changes Everything: Capitalism vs. The Climate』(2014)の全訳、日本語版です。訳者は幾島幸子さん、荒井雅子さんです。(上)(下)2巻で639頁あります(岩波書店、2017年)。

ナオミ・クライン『これがすべてを変える 資本主義 vs. 気候変動』下巻目次
第7章 救世主はいない -環境にやさしい億万長者は人類を救わない-
 億万長者と破れた夢 
 約束ではなく、単なる「意思表示」
 風前の灯のアース・チャレンジ
 規制回避のための戦略?

第8章 太陽光を遮る -汚染問題の解決法は……汚染?-
 「ゾッとすること」への準備
 うまく行かないはずなどない
 気候変動のように、火山も分け隔てする
 歴史は教え、警告する
 ショック・ドクトリンとしての地球工学
 地球という怪物
 本当にプランAを試したのか?
 宇宙飛行士の視点


第三部 何かを始める
第9章 「抵抗地帯」(ブロケディア)-気候正義の新たな戦士-
 ようこそ、「抵抗地帯」(ブロケディア)へ
 「クライメート・チェンジ作戦」
 世界が犠牲区域に
 敵地で身動きならない
 BP[旧ブリティッシュ・ペトロリアム]への不信
 大事故の教訓
 予防原則の復活

第10章 愛がこの場所を救う -民主主義、投資撤退、これまでの勝利-
 愛と水をめぐって
 ここまでの勝利
 化石燃料からの脱却 -ダイベストメント[投資撤退]運動
 民主主義の危機
 化石化した民主主義を越えて

第11章 ほかにどんな援軍が? -先住民の権利、世界を守る力-
 最後の防衛線
 力対権利
 「条約を守れ」
 選択肢の欠如

第12章 空を共有する -大気という共有資産(コモンズ)、気候債務の返済-
 太陽が顔を出す
 投資撤退だけでなく、再投資を
 地元の債務から地球規模での債務の返済へ
 バランスを変える

第13章 命を再生する権利 -採掘から再興へ-
 水中の流産
 「年取った男たちの住む世界」
 「中は空っぽ」
 温暖化する世界で姿を消す幼い者たち
 休息期間
 命の復活

終章 跳躍の年 -不可能を成し遂げるために残されたぎりぎりの時間-
 やり残された解放の仕事
 突然、誰もが

訳者あとがき

原注

索引
訳者あとがき
 本書は出版直後から大きな反響を呼んでベストセラーになり、すでに二五以上の言語に翻訳されている。『ニューヨークタイムズ・ブックレビュー』は「あふれんばかりの熱意と重大性をもつ本書は、論評が不可能なほどだ。……『沈黙の春』以来、地球環境に関してこれほど重要で議論を呼ぶ本は存在しなかった」と評し、インドの作家アルンダティ・ロイは「ナオミ・クラインは今日の最大かつ最も差し迫った問題に、その鋭く強靱、かつきめ細かな知性をもって取り組んでいる。……彼女は今日の世界で最もインスピレーションに富んだ政治思想家の一人だ」と評している。
  タイトルのThis Changes Everythingには二つの意味がある。ひとつは、私たちが今のままの生活を続けていけば、気候変動がこの世界の「すべてを変えてしまう」というネガティブな意味。そしてもうひとつは、それを回避するためには、「すべてを変える」ほど根源的な変革が必要だというポジティブな意味である。本書は、九七%の科学者が認めている気候変動という事象がまさに〝今、ここにある〟危機だという認識に立ったうえで、この問題の根本原因が成長神話にがんじがらめになった資本主義のシステムにこそあり、それを解決するには現行の経済システムとそれを支えているイデオロギーを根底から変える以外に方法はない、という結論を導き出している。(625~626頁)

 本書の前半(第一部・第二部)では、なぜここまで気候変動対策が遅れをとってしまったのかについての詳細にわたる検証が行われると同時に、気候変動を否定する右派の会議や、人工的に気候システムに介入して温暖化を緩和するという地球工学の専門家の会議への潜入ルポもあり、また化石燃料脱却をブチ上げる起業家ブランソンの言行不一致や、環境保護を掲げながら化石燃料企業と結託する大規模環境保護団体の偽善も暴かれる。まさにジャーナリストとしての面目躍如である。

 だが圧巻はむしろ後半、第三部以降であろう。気候変動対策を先送りし、問題を深刻化させてきた規制緩和型資本主義システムの暗部を、これでもかとあぶり出す前半の悲観的なトーンから一転して、ここでは化石燃料を基盤にした経済・社会のあり方そのものにノーを突きつける草の根抵抗運動が世界各地で展開し、拡大しつつあることを、これまた綿密な現地取材に基づき、希望の兆しとして報告している。近年、北米を中心にブームになっているオイルサンド採掘やフラッキング(水圧破砕)による天然ガス・石油の抽出は、従来の化石燃料採掘にも増して温室効果ガスを多く排出し、有毒物質による環境汚染の危険も大きい。自国カナダでの先住民を中心とする抵抗運動をはじめ、北米各地で化石燃料経済からの脱却を求めてパイプライン建設やオイルサンド掘削リグ用の巨大装置の輸送、採掘された石炭を輸出するためのターミナル建設などを実力で阻止するために闘う地域住民の姿が共感をもって描かれると同時に、これらの運動が点ではなく、SNSなどを通じて相互に結びついてネットワークを形成し、化石燃料企業にとって大きな脅威となりつつあることも強調されている。また掘削現場での闘い以外にも、化石燃料企業から投資を撤退するダイベストメント運動が急速に広がっていることも明るい材料のひとつとして取り上げられている。(626~627頁)

  (レイバーネット日本『週刊本の発見』第28回、2017年10月26日掲載)
 本書の最も重要な論点は、地球温暖化の危機が、同時に歴史的なチャンスにもなりうるという主張にある。これまで私たちは、経済成長こそ、人類を貧困から解放し、幸福をもたらす万能薬だと説明されてきた。だが、新自由主義の暴走の果てに到達したのは、少数の人々が富を独占する格差社会と、投機マネーによるバブル経済、そして地球温暖化による破滅の危機である。この悪循環を断ち切るためには、もう一度、市場に対する規制を強化すると同時に、巨額の公共投資(地球のためのマーシャル・プラン)を通じて、再生可能エネルギーを基盤とする定常経済へと移行しなければならない。そしてそれは「石器時代への回帰」を意味するのではなく、むしろ人々の生活の質を向上させ、南北格差を是正し、民主主義を土台から再構築するチャンスにもなりうるというのである。
 一般に成長神話や消費主義に囚われた現代人にとって、ポスト資本主義の未来を想像するよりも、「世界の終わり」を想像する方がたやすいと言われる。だがもし私たちが、一人の人間として、あるいは、子供をもつ親として、未来への責任を果たそうとするならば、いまこそ批判的想像力を発揮し、もう一つの世界の実現に向けて動きださなければならない。反グローバリゼーション運動の論客からクライメイト・ジャスティス運動の旗手へと成長したナオミ・クラインの渾身のメッセージである。