岩殿満喫クラブ 岩殿 Day by Day

市民の森保全クラブ Think Holistically, Conduct Eco-friendly Actions Locally

2025年12月

砂防堰堤の働き 12月30日

砂防堰堤は大別すると透過型、不透過型があり、石・コンクリート・鋼材を主材料として様々な種類があります。
砂防事業と砂防施設の分類
砂防堰堤の分類_1

不透過型砂防堰堤の働き
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透過型砂防堰堤の働き
砂防堰堤の働き_1

国土交通白書2018コラム土砂災害においては、豪雨や地震により山が崩れると土砂と共に流木が下流へ流れ出ることで家屋等への被害を増大させる事例が多くあります。その対策として、土砂・流木捕捉効果の高い透過型砂防堰堤の整備が重要になります。砂防堰堤は大きく不透過型と透過型に分けられ、共に流木を捕捉する機能を持ちます。特に透過型は水が貯まらずに流木と土砂が一体のまま捕捉出来るため、流木を効率よく捕捉出来ます。そのため、土石流のおそれのある箇所では、透過型砂防堰堤の整備を推進していきます。一方、恒常的に土砂が流れ出るような箇所では、不透過型砂防堰堤により、新たな斜面の崩壊や土砂の流出を防ぐ必要があります。

※国土交通省>防施設の働き
 砂防(国交省サイト)

⇒砂防堰堤の問題点、課題


榛名山麓砂防堰堤群 12月28日

榛名山麓の船尾滝に向かう途中の道路脇に「榛名山麓砂防堰堤群」の表示板がありました。榛名山麓砂防堰堤群は、群馬県の榛名山麓の伊香保町(現・渋川市)、榛東村、吉岡町、箕郷町(現・高崎市)に広がる、明治時代に造られた砂防堰堤(えんてい)群です。オランダ人技師ヨハニス・デ・レーケの指導を受けて、現地産の巨石等を使用した重力式巨石積堰堤等の施設が整備されました。現在は群馬県が管理し、24基の堰堤がその使命を果たしています。その歴史的価値や自然石を用いたアーチ形状と天端の縄たるみ形状の美しさが評価され、2004年、土木学会選奨土木遺産に認定されています。
PXL_20251222_024654947榛名山麓砂防堰堤群 <群馬県八幡川>榛名山麓砂防堰堤群位置図

●土木学会誌90-6_1●土木学会誌90-6_2位置図

榛名山麓砂防堤A榛名山麓砂防堤B
烏川圏域河川図(一部)群馬県土砂災害警戒情報提供システム
 (左)烏川圏域河川整備計画(2015年)の烏川流域の河川整備実施位置図(11頁部分)

  榛名川上流砂防堰堤(1955年3月竣工
  重力式コンクリート造堰堤(堤長69m、堤高17m、貯砂量68000㎥)
榛名川上流砂防堰堤は、榛名山を水源とする榛名川の最上流部に位置する砂防堰堤です。
榛名川は明治43年[1910]の水害や昭和10年[1935]の水害により甚大な土砂災害の被害を受けたため、昭和11年[1936]より国が砂防事業を開始し、復旧工事が進められました。その1つとして「榛名川上流砂防堰堤」が昭和30年[1955]に建設されました。
この堰堤の最大の特徴は高さ15m以上の堰堤を練石積(石と石の間にコンクリートを混ぜた積み方)により造ったことです。当時としては高度な石積技術や最先端の機械が用いられました。
砂防堰堤は、上流から流れてくる土砂を貯め貯まった土砂を下流へ少しずつ流します。砂防堰堤が土砂で満杯になると川の勾配が緩くなり、土砂の流れや水の流れる力を弱めることができます。水の流れる力が弱くなることで川底や山すそが削られるのを防ぎます。
また、平成18年[2006]には文部科学省より登録有形文化財として登録されました。
目次
(まえがき)
1.鎖国から開港へ  1-1 江戸時代末期の動き
 1-2 生産・流通形態の変化 
 1-3 輸出品目の動向
 (年表:幕末~明治初頭における国内・外の動向)
2.明治維新による動き
 2-1 幕末に締結された修好通商条約の影響
 2-2 税制の改正と農業の変化
 2-3 江戸のヒンターランドにおける養蚕業
  2-3-1 群馬県
  2-3-2 福島県
  2-3-3 長野県
  2-3-4 山梨県
  2-3-5 埼玉県
3.砂防工事の起こり
 3-1 世論
 3-2 デ・レーケが関わった砂防施設と利根川流域における砂防工事
  3-2-1 「明治大正日本砂防工事事績に徴する工法論」における記述
  3-2-2 「明治以降の砂防工事の沿革」における記述
  3-2-3 「明治工業史土木編」における記述
  3-2-4 内務省から群馬県への引き継ぎ書(榛名山砂防工事)
  3-2-5 なぜ利根川流域で榛名山麓の砂防工事が最初に行われたのか
 3-3 信濃川流域において明治期に施工された内務省直轄の砂防工事
  3-3-1 信濃川流域において明治期に実施された直轄砂防工事
  3-3-2 地形図から見た砂防工事の実施渓流
4.榛名山麓で実施された内務省直轄の砂防工事
 表-14 榛名山砂防工事実施箇所数
 表-15 榛名山砂防工事年度別実施事業費
 表-16 榛名山砂防工事現況取調調書(明治 36 年 3 月 24 日調)
 表-17 榛名山砂防施設修繕実施個所
 表-18、19 榛名山砂防工事箇所明細(年度別)
(参考文献)
広報誌「ぐんまの砂防」( 群馬県治水砂防協会)

25年最終活動日 12月26日

2025年最後の活動日です。参加者は新井さん、江原さん、金子さん、木谷さん、木庭さん、鳥取さん、新倉さん、丸山さん、渡部さん、Hikizineの10名。渡部さんがキノコのホダ木に使うコナラの選木、新井さんからはドングリや松ボックリなどからつくる森のクラフト作成について情報提供がありました。江原さん、金子さん、木谷さん、鳥取さんが入山谷津とボッシュ林の境界の沢沿いでコナラ2本、イヌシデ1本を伐採しました。
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船尾滝(群馬県吉岡町) 12月22日

関越自動車道を駒寄SIC(スマートインターチェンジ)で下りて群馬県央エリア(前橋市・伊勢崎市・玉村町・渋川市・榛東村・吉岡町)の渋川地区広域圏(渋川市・榛東村・吉岡町)をドライブして船尾滝を見学しました。
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 不入滝→船尾滝 おんべ氷(御幣、おんべろ、おんべい、紙垂、しで) 九十九谷

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入山谷津で火おこし・焚き火体験イベント 12月20日②

落ち葉掃き中に小雨があり早めに切りあげて、谷津の岩殿F地区に移動して、火おこし・焚き火体験イベントを実施しました。
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市民の森で落葉掃きイベント 12月20日①

市民の森保全クラブ・岩殿満喫クラブ共催で落葉掃き&火おこし・焚き火体験イベントを実施しました。参加者は12グループ44人、スタッフ12名でした。
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イベント準備 12月19日

IWADONO Fridays 参加者は新井さん、江原さん、金子さん、木谷さん、木庭さん、鳥取さん、新倉さん、丸山さん、鷲巣さん、渡部さん、Hikizineの11名。イベントを明日に控え、落ち葉掃き会場の林床の落枝・伐採端材の片付け、焚き火会場の設営、テント立て、簡易トイレ設置、マシュマロ、ウィンナ、竹輪、ミニロールパンなどの食材の買出し、袋詰めをしました。お疲れさまでした。
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伐採した枯死木で切り株スツールづくり 12月16日②

ヤマザクラの枯死木を伐採して玉切りしてイベントで使う切り株スツール(丸太イス)をつくりました。
ABC

DEF

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イスは45個できました。昨年のものは廃棄します。

細めの薪を会場に運びました。
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掃いた落ち葉はガーデンスタンドバックとブルーシートで運びます。
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今年は落ち葉ネットは使いません。

枯死木伐採、イベント食材の段取り 12月16日①

市民の森保全クラブ追加作業日。参加者は新井さん、金子さん、木谷さん、鳥取さん、新倉さん、丸山さん、鷲巣さん、渡部さん、Hikizineの9名。20日のイベントで参加者が座るイスを伐採した枯死木で作りました。
枯死木の伐採
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焚き火で焼く食材としてマシュマロ、ウィンナー、竹輪、ミニロールパンなどが提案されました。19日に木庭さん、新倉さん、丸山さんが買物をします。
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鷲巣さんは無名沼ロ号の底土の掘り上げ、新井さんは南向き斜面の作業路の整備をしました。

イベント段取り話し合い 12月14日

20日の落ち葉掃き&火おこし・焚き火体験イベントの参加募集を開始しましたが、午前8時前に定員に達したため締切ました。
IWADONO Sundays 参加者は江原さん、金子さん、木庭さん、Hikizineの4名。雨が上がるのが遅れて参加者は4名でしたが、イベントの段取りなど話し合いました。
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アカマツの子葉・初生葉・短枝形成 12月13日

アカマツの発芽から短枝形成まで、Copilotを使ってまとめてみました。
アカマツの成長ステージ(発芽~短枝形成)
  子葉期・初生葉期・短枝形成期
   アカマツの成長ステージ(発芽~短枝形成)

初生葉と短枝の違い比較
  構造・葉の枚数・配置・出現時期・寿命・役割・見え方
   初生葉と短枝の違いの比較表

アカマツ短枝の葉束更新サイクル
  1年目~4年目以降(短枝につく葉束・見え方・特徴)
   アカマツ短枝の葉束更新サイクル

アカマツの枝葉構造比較
  長枝・短枝(役割・寿命・成長の仕方・葉の付き方・葉の更新サイクル・見え方)
   アカマツの枝葉構造の比較
 
ネットにはアカマツをテーマにした記事や写真・動画が多数Upされています。
 ・樹の散歩道葉のかたちの不思議」(廣野郁夫さんの『木のメモ帳』)
   芽生え
 ・樹種の解説アカマツ」(造林技術研究所のWebサイト『森づくりの技術』2021年7月1日記事)
  

  

  

12/20イベント準備 12月12日

IWADONO voluntary Fridays 参加者は新井さん、江原さん、金子さん、木谷さん、鳥取さん、Hikizineの6名。
市民の森作業道から火おこし・焚き火会場に下りる道作り
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串焼きに使う竹串を作り、熊手の本数などチェックしました。
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入山沼改修工事 12月10日

入山沼の水抜きをさらにすすめるため、排水口に向けた沼底の溝を掘りなおしています。
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軽トラを谷津に降ろす進入路づくり 12月9日

軽トラを市民の森作業道から谷津の岩殿F地区に降ろす進入路づくり。今日は金子さんが盛土をしてみました。
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軽トラが安全に走行できるように道幅を確保し、切土・盛土をして斜面の勾配を緩やかにし、土を踏み固め路面を安定化し、横転しない・荷重に耐えられる道作りをしましょう。

入山沼改修工事 12月7日

昨日、市民の森側に土を入れたようです。
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冷え込んだ谷津の光景 12月6日

今朝も冷え込んで、最低気温は零下4.9℃。入山谷津は白く染まった光景です。
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腐朽木の伐採 12月5日③

鳥取さんが皆伐更新エリアにあるヤマザクラの腐朽木の伐採をしました。
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※皆伐更新エリアに1本生えているキリ(キリ科)の若木。葉の大きさに驚きました。落葉広葉樹です。
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・キリ 若い木では径50㎝にもなる巨大な葉 葉の径はふつう16~30㎝、若い木では50㎝以上にもなり、巨大な葉がしばしば話題になる木だ。……(林将之『葉で見わける樹木』小学館。20210年)
・キリはノウセンカズラ科 or ゴマノハグサ科
大阪市立自然史博物館によせられた質問(質問番号:429、2004年11月27日)への回答:植物の科の分類は、ご指摘の通り、時々、本によって異なっているときがあります。これは、その本の監修をした分類学者によって見解が異なっているためです。科は類縁のあるグループをまとめていったものですから、研究の進展や研究材料によって、見解は変わっていきます。これは、どちらがあっている、間違っているというよりは今の段階ではどの学説を採るか、というたぐいの問題ですので、どの図鑑によって○○科とした、という根拠(あるいは一貫性)がはっきりしていればいいように思います。……
小杉波留夫『東アジア植物記』 桐(キリ)(サカタのタネ園芸通信2022年5月17日記事)
キリ(桐)Paulownia tomentosa(パウロウニア トメントーサ)キリ科キリ属。種形容語のtomentosaとは、ビロード状の柔らかい毛が生えているという意味です。過去にゴマノハグサ科とされましたが、APG分子分類学においてキリ科に独立しました。

皆伐更新エリア坪刈り、腐朽木伐採 12月5日②

鳥取さんは皆伐更新エリアのアカマツ稚樹周辺の坪刈りをしました。
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アカマツは短枝からでる束性葉が2葉ですが、まれに3葉のものがあるようです。
市民の森には2葉性のアカマツと3葉性のテーダマツがあります。アカマツとテーダマツが混在しているところはありますがアカマツとテーダマツの雑種は確認されていません。



イベント会場周辺の片付け 12月5日①

強い冷え込みで鳩山アメダスの最低気温は零下5.7℃(5:30)でした。
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IWADONO Fridays 参加者は金子さん、木谷さん、木庭さん、鳥取さん、新倉さん、細川さん、丸山さん、鷲巣さん、渡部さん、Hikizineの9名。前回28日の作業現場と周辺の片付けをしました。
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会場の岩殿F地区に軽トラを下ろし、荷物の積み下しができるようになればと願っています。

イチョウの伝来はいつ頃か? 12月4日

2001年7月に発行された『神奈川県植物誌2001』の155頁のイチョウの記述です。(下線は引用者)
イチョウ科 GINKGOACEAE (勝山輝男・武智憲治)
落葉高木.葉は偏平に広がり,葉脈は葉柄付け根から二叉分岐を繰り返し,平行脈となり上部葉縁に達する.雌雄異株.雄花は細い軸に多数の葯をつける.雌花は花柄の先に多くは 2 個の胚珠を上向きにつけるが,胚珠の数やつき方には変化があり,1~7個までの変化が観察されている(川名 1991 野草57:19-20,山本 1992 野草58:66-69).受精は精子による.種子は球形,外種皮は肉質,内種皮は硬い.胚乳には葉緑体を含む.化石では世界に17属と多数の種が報告されているが,現世のものは1 属 1 種のみ.
→1.イチョウ属 Ginkgo L.
現生のものは中国中部にイチョウ1種のみがある.日本には自生種はない.
→(1)イチョウ Ginkgo biloba L.
樹皮は灰色を帯びた褐色で割れ目が目立つ.ときに太い枝から気根(俗に乳という)を下ろす.長枝と短枝があり,長枝の葉は螺旋状に互生し,短枝の葉は数個が互生する.葉は普通扇形で,秋には黄葉する.花は4~5月.種子の外種皮は黄褐色肉質で悪臭があり,これを除くと白色で硬く2~3の稜がある内種皮があらわれる.中国原産で日本には室町時代に渡来したと推定され,神社,公園,街路に多く植栽される.圏内でも各地に植栽され,ときに平地に逸出したものがみられる.植栽されたものには大木となっているものも多く,県の名木百選には鎌倉市鶴岡八幡宮(樹高20m,胸高周囲6.8m,推定樹齢800年)や茅ヶ崎鶴嶺八幡(樹高29m,胸高周囲9m,推定樹齢950年)のものなど10本が選ばれている.神奈川県の県の木に指定されている.
2018年11月に公開された『神奈川県植物誌2018 電子版』の198頁では次のようになりました(下線は引用者)。
G003 イチョウ科 GINKGOACEAE (勝山輝男・武智憲治)
落葉高木.葉は偏平に広がり,葉脈は葉柄付け根から二叉分岐を繰り返し,平行脈となり上部葉縁に達する.雌雄異株.雄花は細い軸に多数の葯をつける.雌花は花柄の先に多くは 2 個の胚珠を上向きにつける.受精は精子による.種子は球形,外種皮は肉質,内種皮は硬い.1 属 1 種のみ.
→1.イチョウ属 Ginkgo L.
イチョウ 1 種からなる.
→(1)イチョウ Ginkgo biloba L.
落葉高木.雌雄別株.中国原産で,鎌倉時代に渡来し室町時代から栽培され始めたといわれている.神社や公園,街路に多く植栽され,県内では,ときに丘陵地や平地で逸出したと思われる幼木が見られる.また,街路樹として植栽されたイチョウの樹下には初夏に多数発芽していることがあり,ほとんどは消滅してしまうが,ごく稀に幼木に育っているものがある.逸出していると思われるが,確実に世代更新をしているといえるものはまだ確認できていない.県の木になっている.
下線の部分はどのような資料によるものなのでしょうか? イチョウの伝来はいつ頃なのでしょう。
Googleで「イチョウはいつ頃日本に渡来しましたか?」で検索すると、AIによる概要は
イチョウが日本に渡来した正確な時期は不明ですが、一般的には鎌倉時代(13世紀頃)に中国から仏教とともに伝わったと考えられています。 
複数の文献や研究によると、以下のような説があります。
平安時代以降:遅くとも平安時代(794年-1185年)には既に日本に渡来していたとする見解もあります。
鎌倉時代:中国の宋の時代に薬用や食用として栽培されるようになったイチョウが、仏教伝来とともに日本に持ち込まれたという説が有力です。
室町時代:日本に残る最も古いイチョウ関連の文字資料は、1370年頃に成立した『異制庭訓往来』であるとされており、この頃までには渡来していたことが確実視されています。 
これらのことから、13世紀から14世紀頃には日本に広く知られるようになっていたと考えられます。
Wikipediaのイチョウ分布と伝播には、
分布と伝播
耐寒耐暑性があり、強健で抵抗力も強いので、日本では北海道から沖縄県まで広く植栽されている[79]。北半球ではメキシコシティからアンカレッジ、南半球ではプレトリアからダニーデンの中・高緯度地方に分布し、極地方や赤道地帯には栽植されない。年平均気温が0–20℃の降水量500–2000 mmの地域に分布している[23][66]。IUCNレッドリスト1997年版で希少種 (Rare) に、1998年版で絶滅危惧(絶滅危惧II類)に評価された[1]。
自生地は確認されていないが中国原産とされる[3][79]。中国でも10世紀以前に記録はなく[30]、古い記録としては、欧陽脩が『欧陽文忠公集』(1054年)に書き記した珍しい果実のエピソードが確実性の高いものとして知られる[15][30][87]。それに先立ち、現在の中国安徽省宣城市付近に自生していたものが、11世紀初めに当時の北宋王朝の都があった開封に植栽されたという李和文による記録があり、中国でイチョウが広くみられるようになったのは、それ以降であるという説が有力である[87]。中国の安徽省および浙江省には野生状のものがあり、他の針葉樹・広葉樹と混生して森林を作っている[7]。
その後、仏教寺院などに盛んに植えられ、日本にも薬種などとして伝来したとみられるが、年代には古墳・飛鳥時代説、奈良・平安時代説、鎌倉時代説、室町時代説など諸説あるものの、臆測や風説でしかないものも混じっている[15][29]。六国史や平安時代の王朝文学にも記載がなく、鶴岡八幡宮の大銀杏(「隠れイチョウ」)を根拠とする説も根拠性には乏しいため、1200年代までにはイチョウは日本に伝来していなかったと考えられている[29][30]。行誉により1445年頃に書かれた問答式の辞書『壒嚢鈔』には深根輔仁『本草和名』(914年)にも記述がないとある[30]。
1323年(至治3年)に当時の元の寧波から日本の博多への航行中に沈没した貿易船[註 16]の海底遺物のなかからイチョウが発見されている[15][30][87]。1370年頃に成立したとみられる『異制庭訓往来』が文字資料としては最古と考えられる[30][87]。そのため、1300年代に貿易船により輸入品としてギンナンが伝来したと考えられる[30]。南北朝時代の近衛道嗣の日記『愚管記』(1381年)には銀杏の木について[87]、室町時代の国語辞書『下学集』(1444年)にも樹木として記載がある[30]。また、15世紀の『新撰類聚往来』[89] には、果実・種子としての銀杏(イチャウ)が記載されている。室町中期にはイチョウの木はかなり一般化し、1500年代には種子としても樹木としても人々の日常生活に深く入り込んでいったと考えられる[30]。……以下略…… [ ]内は出典番号
考文献、外部リンクから、関連しそうなものをいくつか抜き出すと、以下のものがあります。 
・真柳誠 (1997年9月10日). “イチョウの出現と日本への伝来”. 真柳誠[著述等目録]。
・堀輝三 (2001). “イチョウの伝来は何時か…古典資料からの考察…”. Plant Morphology 13 (1): 31–40、日本植物形態学会。.
・堀輝三 (2004年10月8日). “イチョウの渡海の歴史”. つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3: TJB200410TH.. 特集:植物の世界(平成16年度筑波大学公開講座). 筑波大学生物学類.。 “イチョウの渡海の歴史 表1:イチョウに関する記述・図がある日本、中国、韓国の文献(主なもののみ)”、 “イチョウの渡海の歴史 図 1:幹周7m以上ある巨樹イチョウの分布
表1_1

堀輝三さんの「イチョウの伝来は何時か… 古典資料からの考察…」についてGoogle検索のAIモードでは、以下のように評価されています。
日本へのイチョウの伝来時期は、従来の通説であった鎌倉時代説を否定し、室町時代の前期、およそ15世紀初頭が妥当であると結論づけられています。 
論文の主な論点は以下の通りです: 
従来の諸説: これまでイチョウの伝来時期については、飛鳥時代(7世紀)から室町時代(16世紀)まで900年にもわたる幅広い説があり、具体的な根拠や出典が不明確な場合が多かった。
古典資料の再検討: 堀氏は、源実朝の暗殺時に公暁が鶴岡八幡宮の大銀杏の陰に隠れていたという伝説(鎌倉時代)などの古典資料を詳細に検討した結果、これらの逸話が後世の創作である可能性が高いことを指摘した。
結論: 日本の古典文学や記録におけるイチョウの出現時期、およびギンナンの結実に関する記述の特徴から、伝来時期は室町時代前期(15世紀初頭)とするのが最も合理的であると結論づけている。 
この論文により、イチョウの日本への伝来時期に関する学説は大きく見直されることとなりました。

ギンナン採種 12月3日

入山沼近くで見つけた糞(タヌキ?)からギンナンを採取しました。タネまきをして育ててみます。(→22年7月22日記事
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イチョウは外来種・いつ頃日本に渡来したのか?
吉海直「謎だらけの「イチョウ」」同志社女子大学HPの2019年11月12日記事)
    古典では『万葉集』以下の勅撰和歌集に詠まれていないどころか、『枕草子』や『源氏物語』などの散文にも一切描かれていないことがわかりました。……
    ではどうして古典にイチョウは登場しないのでしょうか。決して別名で呼ばれていたのではありません。その答の一つは、日本にイチョウがなかったからというものです(外来種)。イチョウが日本になければ、文学に書きようもありません。それに関連して気になるのは、一体いつごろ日本に伝来したのかということです。全国各地にイチョウの大木が百本以上もあって、樹齢七百年は当たり前、千年を超えるといわれているものも複数あるようです。ただしほとんどは伝承であって、年輪からきちんと確認された例はありません。
    もし樹齢千年が本当だとすると、当然平安時代には存在していたことになります。七百年前でも鎌倉時代ですから、必然的に平安から鎌倉にかけて日本に伝来したという説は根強いようです。それに関連して、1219年2月13日、三代将軍源実朝が鎌倉の鶴岡八幡宮に参拝した折、石段のイチョウの木の陰に隠れていた甥の公暁によって暗殺されたという説話が知られています。
    その由緒ある鶴岡八幡宮の大イチョウが、平成22年3月10日の強風で根本から折れてしまいました。ただし幹の胴回りは七メートルしかなく、到底樹齢千年には達しそうもありませんでした。そもそも『愚管抄』などの古い記録にはイチョウが登場していません。この話にイチョウが付加されるのは、江戸時代になってからのことでした。ですから実朝の一件は、イチョウ伝来の資料としては使えそうもないのです。実は原産地とされる中国でさえ、「鴨脚」として文献に登場するのは11世紀に入ってからでした。仮に日本のイチョウの樹齢千年が本当なら、中国より古いことになってしまいます。かくして樹齢千年というのは、科学的な根拠のない幻想・伝承になります。
    現在、総合的な調査で判明していることは、イチョウに関する資料は室町時代以降にしかないという事実です。それによればイチョウは、1400年代に「銀杏」として日本に定着したことになります。その用途は、一つには薬用であり一つには食用でした。また江戸時代の版本を購入した際、よくイチョウの葉が栞のように挟んでありますが、それは防虫効果が信じられていたからでしょう。最近の調査によれば、葉に含まれるシキミ酸を紙魚が嫌うということが報告されています。……
源実朝の暗殺場所として、鶴岡八幡宮の大銀杏が登場する古い読み物は何かレファレンス協同データベース
回答:現在確認できているものの中で、古い読み物には以下のようなものがあります。(今のところこれより古い資料に大銀杏の記載は確認できておりません)
◆『名所記 鎌倉物語』 中川喜雲著 1659(萬治2)年
 「公暁ガ実朝ヲ殺セシ銀杏樹ノ西ノ小社也」
◆『鎌倉日記(徳川光圀歴覧記)』 徳川光圀 1674(延宝2年)
 「上宮より下る石坂のわきに銀杏の木あり、東鏡に健保七年正月廿七日、実朝将軍右大臣はいがの時、神拝事おはり退出し給ふ時、上宮石橋の砌、いちゃうの木陰まで公暁伺来て、丞相を害し奉り~」


学びの道に土敷き 12月2日

入山沼改修工事で堰堤補修用の土砂が運ばれてきていますが、ダンプカーが通る学びの道の凹地箇所では土入れをして段差を解消しています。
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青木ノ入の学びの道は若松屋さんが除草してくれています。ありがとうございます。
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