舩木さん、関原さんに物見山駐車場から市民の森のナラ枯れ被害状況をドローンで撮影してもらいました。
高坂の森 枯れ木調査二日目 YouTube 11:45
Google map、Google earth の岩殿、市民の森エリアの航空写真
ナラ枯れが始まる前に撮影された写真です。南側の鳩山町エリアとは撮影した季節が違います。
市民の森保全クラブ Think Holistically, Conduct Eco-friendly Actions Locally
ナラ枯れ被害木調査(24日、26日、29日)結果報告
今年新たにカシナガが穿入し枯死したコナラ 33本、穿入生存木 194本
昨年、カシナガが穿入し、今年になって枯死したコナラ 2本、穿入生存木 26本
現在、カシナガが穿入していない(フラスが出ていない)コナラが2.6㏊で約315本
濱口京子「研究紹介 フラスを手掛かりにカシナガを探し出す」(『森林総合研究所関西支所研究情報』No.144、2022年5月)ナラ枯れは、1980 年代後半に日本海側を中心に広がりはじめ、今なお全国的な広がりを見せています。林野庁の統計資料によれば、令和 3 年度の被害報告(速報値)は 42 都府県にわたります。最近では関東地方の被害の急激な拡大が問題となっており、また、これまでナラ枯れやカシナガとは無縁であった北海道でも初めてカシナガが捕獲されるなど、新たな局面も見られます。このような状況の中、ナラ枯れ被害地のカシナガについては、様々な角度からの研究が行われてきました。一方、これまであまり目を向けてこられなかったナラ枯れが起きていない場所、つまり無被害地にも、実はカシナガが存在し、ごく低密度でひっそりと暮らしているのではないかとする見方があります。カシナガの遺伝的な個体群構造を解析した研究でも、無被害地に潜在的にカシナガが分布する可能性が示唆されています。しかし実証データは大変少なく、近隣地域にも被害が見られないような無被害地でカシナガの捕獲例があるのは、沖縄本島、石垣島、三宅島(2005 年の被害発生以前)や北海道(本州から侵入した可能性もある)などに限られ、それ以外の島嶼や九州~本州各地の無被害地では、分布の実態がまだ全くわかっていません(=全然いない可能性もあります)。では無被害地のカシナガの分布状況が不明だと何か困ることがあるのでしょうか?あります!被害地のカシナガの由来を辿れなくなるのです。新しい被害が発生した時、被害を起こしたカシナガは別の被害地から来たのでしょうか?それともそのエリアに潜在的に分布していたカシナガが大発生したのでしょうか?飛び地的な場所や島嶼で被害が発生した際には、特にこれが疑問として残ります。しかし、被害発生前の周辺の潜在的なカシナガ分布状況がわかっていれば、被害の由来がわかり、今後の被害動向の予想もしやすくなるはずです。以上のことから、無被害地のカシナガ分布状況を把握することは、極めて重要です。しかし無被害地のカシナガ探しには 2 つのハードルがあります。一つ目は、分布したとしても非常に低密度と予測されることです。これまで大勢の昆虫マニアや研究者が様々なトラップを森に仕掛けてきたにも関わらず、完全なる無被害地からカシナガが捕れた例はほぼないのですから(キクイムシが採集のターゲットになることが少ないせいもありますが)。二つ目は、手続きと労力が半端ではないということです。カシナガは生活史のほとんどを立木や新鮮な倒木の材内で過ごすために、カシナガを捕獲するためには、成虫が羽化脱出して新たな寄主樹木に穿孔するまでの短期間を狙って羽化トラップを仕掛けて待つ以外は、伐倒するなどして被害材を持ち帰って割材するという力技を使うしか手はありません。しかしカシナガが入っているかもしれないからと、無被害地の樹木を次々と切り倒すわけにもいきませんよね。そこで、無被害地のカシナガ探索を効率的に進めるため、樹の中にカシナガがいるかどうかをフラスを使って判別する方法を開発しています。フラスとは、穿孔性の昆虫が樹にあけた孔から排出する粉です。その中には孔道を掘るときに出る木くずや菌などとともに糞などの虫体由来の成分も混じります。そこに含まれる虫の DNAを分析することにより、フラスを出した『主』の正体をつきとめるわけです。無被害地でカシナガのいそうな場所を絞り込むのは経験と根気に頼るしかなさそうですが、いざカシナガっぽい孔やフラスを見つけたときに、フラスを採取し分析するだけでカシナガかどうか判定できれば、伐倒や運搬などの労力は大幅に削減され、より網羅的な探索が可能になると考えています。フラスを用いた判別法にはいくつかの手法が用いられますが、ここではオーソドックスな PCR法で DNA の特定領域を増幅する方法について説明します。日本のカシナガは大きく二つの遺伝的グループに分けられるので、各グループに特異的なプライマーを設計して DNA を増幅しました。判定は、電気泳動によるバンドの有無から行います。……やってみると 8 割以上の確率で、わずか耳かき一杯のフラスサンプルから虫の DNA を増幅できました。根際にたまったフラスからでも増幅可能でした。実際の調査に用いるためには、増幅成功率をもっとあげる必要がありますが、無被害地でフラスが得られた場合にそれがカシナガのものかどうか、さらにはカシナガのどちらの遺伝的グループのものかを、この方法によって判別することができそうです。上記の方法を使って、フラスを手掛かりに無被害地からカシナガを探し出すことはできるでしょうか?そこから何が見えて来るでしょうか?被害拡大に伴って、無被害地そのものが減少しつつある今、調べるチャンスが失われないうちに、無被害地でカシナガ探索を試みたいと考えています。
ナラ枯れは、江戸時代以前から日本で発生しており、過去の被害は周辺に拡がらなかったが、1980年代以降、全国的に拡大するようになった。京都府では、1990年代に被害が発生し、2011年以降は終息に向かったが、被害が再発している地域も多い。
ナラ枯れの発生原因についても、主因、誘因、素因に別けて考えるべきであろう。主因は、カシノナガキクイムシが媒介する糸状菌(Raffaelea quercivora)であることが証明された。誘因については、2005年の総説で、ブナ科樹木の大径化を指摘した。すなわち、燃料革命で化石燃料の利用が増え、薪炭林(里山よりも奥山に多い)が放置され、カシノナガキクイムシが繁殖しやすい大径木が増えたことを指摘した。この説が定説になってしまったが、総説では温暖化の影響も指摘した。しかし「温暖化を原因とする説が提唱されたこともあったが、60年以上前に冷涼な地域で発生しており、関連性を示すデータは得られていない」と反論され、科学的な検証を試みる人はなかった。そこで、演者は、温暖化がナラ枯れに与える影響について検証してきた。ここでは、温暖化がナラ枯れの要因であることを示す。
カシノナガキクイムシの穿孔によるナラ枯れは、江戸時代以前から発生していたが、先人達は被害を抑えていた。ところが、1980年代以降は被害を抑えることができなくなり、京都府では、1990年代後半には日本一の被害量が続いた。その後、被害は徐々に南下し、2000年代に京都市内でも発生するようになった。
京都府には社寺仏閣の庭園などの貴重な緑地が多く、現場から「ナラ枯れを抑えて欲しい」との強い要望があった。そこで、演者は、カシノナガキクイムシの飼育法を確立して生態を解明し、ビニール被覆やカシナガトラップなどの防除法を開発した。そして、これらの防除法を駆使して多くの現場で被害を抑えてきた。ところが、効果がない樹幹注入剤やフェロモン剤がもてはやされ、被害を抑えることができなくなり、「ナラ枯れには防除法はない」と考える人が増えてしまった。
ナラ枯れと同様の被害(Platypus属の穿孔によるQuercus属の枯死)は、鳥インフルエンザや新型コロナのように世界で同時多発している。ここでは、ナラ枯れ対策に焦点を当て、日本で感染症が抑えられない要因について考察し、改善策を提言する。
ナラ枯れの媒介昆虫であるカシノナガキクイムシを大量捕獲する餌木誘殺は、燃料革命以前には主要な防除法であった。しかし、薪炭の利用が減った現在では、餌木の準備と利用が困難になっており、おとり木法、ペットボトルトラップ(以下、PT)や、それを改良したカシナガトラップ(以下、KT)による大量捕獲が検討されている。
京都市の宝が池公園では、餌木周辺にPTまたはKTを設置した結果、2012年と2013年に、それぞれ約16万頭(うち87%はPTによる捕獲)と約20万頭(うち94%はPTまたはKTでの捕獲)のカシノナガキクイムシが捕獲できたが、枯死本数は減少しなかった。そこで、2014年は、明るい場所に位置するブナ科大径木50本に、PT1基とKT2基ずつを設置した。その結果、捕獲数は70万頭以上(トラップでの捕獲数は約52万頭、立木への穿入数は約20万孔)に達し、トラップ設置木1本が衰弱したのみで、枯死木は発生しなかった。本法は、樹木の伐倒作業のような重労働は不要で、薬剤も使用することなく、1~2週間ごとのエタノール交換とトラップの掃除だけで大量捕獲が可能なことから、有効な防除法になると考えられた。
ナラ枯れの拡大に伴って各地で研究が開始され、本学会での発表件数は1992年を皮切りに2015年までに300件以上に達している。そのうち、防除法に関するものは3分の1を占めており、大雑把に分類すると、薬剤(フェロモン剤を含む)による防除が43件と最多で、資材による防除(19件)、被害把握(15件)、生物防除(12件)の順になっている。近年では、フェロモン剤や樹幹注入剤を用いた防除法の発表件数が増えているが、「枯死本数が減った」という報告はあっても、被害を完全に抑えた例は報告されていない。
ナラ枯れは伝染病であり、新たな枯死木が発生すれば、それが火種となって拡大するため、枯死本数を減らすだけの防除法では功を奏しない場合が多い。そのため、「新しい防除法」と銘打った防除マニュアルが作成されているが、「防除しても無駄」という考え方が浸透しつつある。ナラ枯れの防除法は確立されていないのが現状である。 しかし、京都府では資材(カシナガトラップやビニール被覆)による防除によって被害をほぼ完全に抑えた実例が増え、他府県にも普及している。本報告では、防除の成功例を紹介し、防除に失敗する要因について考察する。
1980年代以降に拡大し始めたナラ枯れは、2011年以降は終息傾向となり、京都府でも北部では激減した。ところが、2015年には、京都南部、大阪北部、奈良北部などで被害が拡大し、過去に例のないほどの枯死本数になっている。
ナラ枯れは、旧薪炭林(主に奥山)で発生していたことから、景観の悪化や公益的機能の低下などが問題視されていた。しかし、近年では、人が暮らす場所の近く(里山)で発生することが多く、人命にかかわる問題となっている。 京都府では、健全木をシート被覆することで被害を抑えた事例が多く、韓国でもシート被覆が防除の主体となっている。しかし、日本では、効果がない方法が宣伝され、効果がある方法の普及を阻んでいる。例えば、「シート被覆は単木的な方法であり、面的防除はできない」との批判がある。そこで、カシナガトラップを用いた面的防除に取り組み、成功例を増やしてきた結果、他府県でも実施されるようになった。本報告では、京都府の2事例を中心に、カシナガトラップを用いた防除の成功例を紹介し、多数のカシノナガキクイムシを捕獲するだけでなく、穿入生存木を増やすことで被害が抑えられる理由について説明する。
ブナ科樹木萎凋病による被害の拡大を抑えるためには、被害を早期に発見して被害量が少ないうちに対応することが重要である。その際、前年の被害地から離れた場所で発生する飛び火的な被害(被害発生初期木)がどのような場所で発生しやすいかが予測できれば、被害の早期発見が容易となる。そこで、2005~2012年に京都市市街地周辺で実施されたヘリコプター調査によって把握された枯死木の位置データを基に、被害発生初期木が発生しやすい地形条件をConjoint分析で把握した。その結果、50~250mの低標高で、西~南西斜面の急傾斜地で発生しやすいことがわかった。また、公園や社叢林のような小面積での対応では、どのような樹木が被害を受けやすいかが予測できれば効率的である。そこで、2011~2012年に総合防除を実施した船岡山において、どのような場所のどのような樹木が被害を受けやすいかを同様の方法で把握した結果、明るい場所に位置する大径木が被害を受けやすいことが確認できた。この他、その年の気象条件によって被害量が増減することが指摘されており、気象条件が被害にどのように影響しているかについても検討した結果を報告する。
ナラ枯れは京都市内でも発生しており、京都府立大学周辺(上賀茂神社、下鴨神社、府立植物園、京都御苑)ではビニール被覆が実施されている。しかし、船岡山(約7.4ha)ではブナ科樹木が多く、ビニール被覆ができなかった。そこで、2011年は、さまざまな方法を組み合わせた総合防除を実施したが、カシノナガキクイムシの穿入を見逃した木が枯れた。そこで、2012年は、粘着紙(かしながガホイホイ)とペットボトルトラップを用いた防除を実施した。枯死木3本と衰弱木3本を伐倒処理し、フラス排出量が多い穿入生存木13本に粘着紙を被覆して脱出を防止した。また、明るい場所の大径木100本に粘着紙を設置し、6~10月の間、ほぼ1週間ごとに粘着紙を見回り、カシナガが捕獲された木と、周辺で穿入を受けた木にペットボトルトラップを2~4基ずつ設置した。この他、御神木など8本にヒノキ木屑を設置し、7月20日以降に穿入を受けた33本に防虫網を被覆した。その結果、ペットボトルトラップ(67本に195基)でカシノナガキクイムシ371,836頭が捕殺でき、新たな穿入による枯死木を1本に抑えることができた。
ナラ枯れを抑えるためには、1餌となる樹木を減らす、2樹木の抵抗力を高める、3カシノナガキクイムシ(以下カシナガ)を減らす、のいずれかを実施するしかない。このうち1と2は、対象樹木が多いために実施が困難であるため、3を目的にカシナガが駆除されている。また、駆除効果を高めるため、カシナガの発生消長などの野外生態が調べられてきた。ところが、樹木に飛来してから脱出するまでの生態はほとんど知られていなかった。効率的な駆除を行うためにも、生態の全容を解明する必要があると考え、交尾行動や脱出行動を観察した。また、アクリル板や透明ビンを用いた飼育法を開発して材内生態を解明した。すなわち、雄が穿入孔を掘り、その奥に穿入母坑を完成させ、穿入孔に飛来した雌と交尾する。交尾は複雑な工程を経て行われ、交尾後の雌は直ぐに産卵し、穿入母坑を拡張して水平母孔を完成させる。孵化幼虫は2週間程度で終齢に達し、分岐坑の掘削、菌の培養、卵の移動や栄養交換を行う。新成虫は、穿入孔を塞いでいる雄親が出た後に1~10頭の集団となって脱出する。これらの様子はビデオで撮影しており、100時間を超える映像から重要箇所を紹介する。
60 年以上前から、このナラ枯れは虫害として記録がありますが、被害はそれほど多くありませんでした。ところが 1980 年代後半から、東北や北陸で被害が目立つようになり、以来被害量も被害地も増え続けています。被害発生地の多くは、昔の薪炭林、つまり柴や薪の採取や炭焼き用材の林です。枯死木に共通するのは、樹齢 40 年以上の大木が多いことです。薪炭林は通常 15 ~ 30年という短い周期で伐採が行われ、萌芽(ぼうが)からまた次の世代が育てられてきました。しかし、1950 年代以降の燃料革命で里山は放置され(2章参照)、現在では用途が忘れられて、雑木林と呼ばれることが多くなっています。(3)マツ枯れ増加の原因と対策
約 60 年前の記録では、樹齢 50 年以上の老齢薪炭林で被害が出たと報告されていますが、当時はこのような高い樹齢のナラの林は少なかったのです(2 章、6 章参照)。また、燃料革命以前には、自然の枯死木には燃料として価値があり、人々は競って伐倒して利用しました。枯死木が放置されず、カシノナガキクイムシがうまく駆除されたので、翌年に新成虫が大量に飛び出すことはなく、新たな被害発生を防ぐことになりました。ところが、現在では枯れ木は放置されて、翌年の被害増加につながっています。近年ナラ枯れが終息せずに拡大を続けている理由としては、繁殖(感染)に適した環境が増えたことと枯死木の放置があげられます。
被害地が北上している例や標高の高いところに被害が出たことを根拠として「地球温暖化がナラ枯れ増加の原因」という説が唱えられたことがあります。しかし、この被害は 60 年以上前に北陸~東北の冷涼な地域で発生しており、また、近年の近畿地方の被害地は南下しているので、地球温暖化と被害拡大を単純に結びつけることはできません。「温暖化のせいなら、ナラ枯れ被害は減らせない」というあきらめに直結してしまいますので、憶測だけで話をすることは避けたいものです。
被害木の発見と処理:ナラ枯れは山裾の道から見えない場所で発生することも多く、被害場所の把握にはヘリコプターで上空から調査するのが効率的です。先駆的な自治体では、防災ヘリを利用しています。枯死本数が少ない段階で枯死木の処理をすると、少ない費用で被害の拡大が阻止できますが、初期の対応が遅れると、数年以内に数十~数百本の枯死本数となります。早期発見と迅速な駆除が肝要です。枯死木は伐倒して 1m 程度に切り、許可された殺虫剤を散布した後にシートで覆います。小さなチップ(厚さ 6mm 以下)に粉砕して利用することも可能ですが、集積地でカシノナガキクイムシが繁殖することがあります。被害木を伐っただけで放置するとカシノナガキクイムシが繁殖して翌年の被害を増やしますので、絶対にするべきではありません。また、被害発生地の外に持ち出してシイタケのほだ木や薪に利用することも被害拡大の原因になります。
被害の予防:最近、里山の公園的な整備が進み始めましたが、公園的な整備では林床の低木などの刈り取りが中心で、高木のナラ類は伐らずに大事に残されます。前述のように、カシノナガキクイムシは大径木で多数繁殖します。「老齢木ばかりになると、カシノナガキクイムシの繁殖を促進する」という情報がうまく伝わっていないことが心配です。近隣の被害地からこの虫の飛来が増えれば、ナラ類は大木から枯れてしまうことを念頭に、次世代の森林を再生させるための作業が必要となります。また、里山を明るい林にするため、ナラ類やシイなどを部分的に伐倒し、そのまま林内に放置することがあります。この場合もカシノナガキクイムシを誘引し、伐倒木の中で繁殖させて被害を増やします。伐り株にも穿入して繁殖します。伐ったままの丸太を放置しないことと、被害地の近くでは不用意に伐倒しないことが大事です。感染を防ぐ予防手段としては、予防薬を幹に注入する方法や、健康な木の幹にシートを巻いて虫の侵入を防ぐ方法もあります。参考書や地方自治体担当者に相談するなど、最新情報を確認してください。(5)里山の健康低下の本当の原因を探る
里山林の成り立ちには様々な利用の履歴が絡んでいます。そうした履歴を無視して、それまでの利用の仕方と違う整備や管理を導入しても、目標としたような植生にならない可能性があります。図 7-1 [略]のように、ひとつの集落の中でも季節ごと、また集落からの距離や地形条件によって、柴を集める山林、草を採る草地、販売用の薪(割木)を作る山林と使い分けがされていました。管理をしようとする場所が、どのような履歴を持った場所なのか、地元の人たちへの聞き取りなどを通して調べる必要があります。保全目標の設定
上で紹介した里山での活動の事例は、どれも里山の内側だけで完結しているわけではありません。里山(と里山を利用すること)のこれまでとは違う形の価値を、里山の外側で求めている人や場所につないだところにポイントがあります。(4)里山保全および利・活用のための制度や事業にはどのようなものがあるか
•里山の空間+都市住民→自然体験・環境教育
•里山の薪+ストーブ→新しいライフスタイル
•里山の柴+湖→湖岸の生態系回復
このように、「里山の○○と里山の外の□□を結びつけると生まれる+αの価値」を見出して、その価値を得ることを動機として関わってくれる人たちを巻き込んでいくことが、現代的な里山の保全と利活用には重要です。また、そうした「+αの価値」を生み出す「新たなつながり」を見つけ出すことも、植林、間伐、下刈といったイベントや作業だけに限らない、市民・住民活動、行政機関の新たな役割と言えるでしょう。
里山でアカマツ林を整備する目的は、環境林や景観林の整備と、木材生産の二つに大きく分けることができるでしょう。どちらの場合も目標とする森林の形は高林(短い間隔での伐採を行わず、樹高を高く育てた森林)ですので、森林整備に大きな違いはありません。木材生産の場合は材木の通直性を高めるために、本数を多くして密度を高めに管理します。マツ枯れを避ける
アカマツを更新させるには、植栽または種子の発芽により実生を供給することが必要です。種子の発芽や、発芽した実生が生き残るには、鉱物質土壌が露出していることが必要なため、よい更新結果を得るためには、落葉や腐植を取り除く地掻き作業が欠かせません。また、実生は暗いところでは成長できないので、更新させるためには、抜き伐りではなく皆伐を行います。なお、更新したアカマツは、若い苗の時期にはマツ材線虫病にかかりにくく、枯れにくい傾向があるものの、樹齢10 年前後から感染・枯死の危険性が高くなります。したがって、更新過程のみではなく、その後の成長過程も見据えたマツ枯れ対策をたてる必要があります。植栽
マツ枯れ被害地域で植栽する場合は、耐病性(抵抗性)のある苗木の利用も考えたほうが良いでしょう。ただし現時点では、抵抗性の苗は生産量が少なく手に入りにくい状況です。また、抵抗性マツとは、全く枯れないマツという意味ではなく、感染した場合に比較的枯れにくいということです。したがって、植栽した苗の何割かは将来枯れることを想定して、植栽を計画します。2)ナラ類の落葉広葉樹林の場合
公園的高林管理:広葉樹林をレクリエーション利用や景観として好ましい状態に整備するには、あまり木が込み過ぎないよう、立木密度を概ね 200 ~ 800 本/ ha にすると良いとされています。また、樹高、枝下高は高く、薮が少ないことがのぞまれます。このような管理では、林内の低木(特に常緑樹)の伐採が中心となり、必要な労力が少なく技術的にも容易なため、多くの人が作業に参加できるという長所があります。林内が明るくなり、林床植生が増加し、それらの開花も促進されるので、自然観察や環境教育の場としての活用もすすみます。一方で、高林管理では上木の大径木を残すので、ナラ枯れを誘発する危険性が指摘されています。ナラ枯れ被害地に近い地域での適用は避けるべきでしょう。なお、高林管理で整備された森林の姿は、もともとの里山林とは異なることを、理解しておいてください。萌芽による更新
低林管理:昔の薪炭林の姿を復活させようとする場合や、ナラ枯れの誘発を避けるために大径木にしないように管理する場合には、概ね 30 年以内の短い間隔で伐採し、萌芽による更新を図る低林管理が有効です。萌芽の成長には十分な明るさが必要なので、抜き伐りではなく皆伐を行います。しかし、長く放置されて上木が太くなってしまっている場合には、その伐採には労力が必要なうえに、熟練した技術がないと危険です。また、更新を図りますので、それがうまくいっているかどうか追跡調査が必要です。更新がうまく行けば、次回以降は細めのうちに伐採することになるので、作業は比較的容易になります。
コナラの萌芽発生は、通常、幹が太くなると減退するので(P.23)、萌芽更新は幹の直径が概ね30cm 以下の場合を目安に適用するのが良いでしょう。アベマキやクヌギでは、より太い幹でも萌芽能力が維持されます。しかし、伐り口が大きくなれば傷口の巻き込みが難しくなり、やがて株に腐朽が入り、発生した萌芽が倒伏してしまうこともしばしばです。基本的には、樹種を問わず、大径木になるほど萌芽更新は不良になると考えるべきでしょう。クヌギやアベマキでは、伐採位置を高く仕立てることもよくありますが、コナラでは地際で伐採するほうが萌芽の発生が良いとされます。伐採面は、腐朽を避けるために水切れを考えて斜めに設定し、なるべく滑らかに仕上げます。伐採季節は選ばないという意見もありますが、まだ明確ではないので、一般的に行われるように晩秋から春先までの活動休止期に伐採するのが良いでしょう。ナラ類の萌芽は多数発生し成長も速いために、他の植生に対して強い競争力を持っています。しかし、下刈りや、萌芽幹数を株当たり2~3本に減らす本数調整も、より確実にナラ林を再生するために有効ですので、管理の余力に応じて行うのも良いでしょう。種子による更新
種子による更新は、萌芽更新に比べて成功率が大きく下がります。親木から落下するドングリがとどく距離は、概ね親木の樹高程度です。落下したドングリはネズミやカケスにより、より遠くへ運ばれますが、これは、それらの動物がいるかどうかに影響されます。また、ドングリの大半は虫害で成熟せずに終わるうえに、成熟して落下しても、豊作年以外ではそのほとんどを動物に食べつくされてしまいます。このように、ナラ類の種子による更新は非常に不安定です。したがって、既に実生が多く存在している場合を除き、種子更新は難しい選択肢であると考えたほうが良いでしょう。ところで、最近の研究から、コナラは里山で高木となる樹種の中でも、とび抜けて若いころにドングリを着け始めることがわかってきました(P.24)。それを利用して、昔の里山で広く行われた柴の採取のように、数年に一度という間隔で頻繁に林を刈り取ることで、コナラのみが種子更新できる状況をつくり、コナラの割合(混交率)を高めていく可能性が考えられています。しかし、適用には、まだ今後の検証が必要です。植栽による更新と補植
長く放置され萌芽能力が低下している場合や、ナラ類の混交率を高めようとする場合には、植栽が必要です。苗木は遺伝的な撹乱を防ぐために、同じ地域の種子から育てられたものを植栽するようにしましょう。近隣からドングリを集め、整備活動参加者などの間で育てることが最善です。ドングリは乾くと死んでしまうので、乾かないように保存します。播き付けや育苗は容易ですが、スリットの入っていない普通のポットで育てると、根がきつく巻きあって枯死する危険性があります。実生は、萌芽に比べて成長が遅いので、下刈りが必要です。一般に広葉樹は、下刈り時に誤伐されやすいのですが、ナラ類では萌芽能力が高いので、あまり問題ではないと考えられています。病虫獣害を抑える
成長が悪い苗は、一度地際で台伐りし、萌芽させることが良いとされています。植栽あるいは種子更新でナラ林を再生した場合でも、次はより容易な萌芽更新が有利なので、萌芽能力が低下しない概ね 30 年以内に再び伐採するのが良いでしょう。
ナラ枯れが拡大しつつある現況下では、里山を整備しようとする関係者は、十分な知識を持ち、慎重に対処することが望まれます。既に被害が発生している地域では、専門家の助言を得て、管理計画を立てることが重要です。また、未発生地域でも発生情報に常に注意し、近隣に発生が見られる場合には、公園的高林管理や抜き伐りは、ナラ枯れを誘発しかねないので避けてください。ナラ枯れの防除や枯死木の処理については、3章および下記参考書を参照にしてください。また、シカの個体数が増えている地域では、萌芽更新でも植栽による更新でも、シカによる食害を受ける可能性が高くなります。必要に応じて、シカ柵などで更新の初期の状態を保護することを検討してください。
このような被害に対して行政がなすべきことを列挙すると、①被害実態の把握、②情報の公開、③行政と研究とをつなぐ場の設定と役割分担の明確化、④防除方針の決定、⑤予算獲得と事業実施となる。東山国有林での対策では、①として防災ヘリの活用や現地踏査を実施した。②としてチラシ配布やメディアの活用などの積極的な情報公開を行い、地域住民による被害の早期発見が可能になった。③については、対策会議の開催やメーリングリストを活用した。また、行政者が当事者意識を持つことが重要であり、被害木が発見されるたびに研究者を呼び出すのではなく、行政者による現地調査も実施した。④として東山国有林が被害先端地であったため、重点的な防除対策を行うこととした。⑤は世論の後押し、研究者の助言、行政者や事業実施者の努力によって実現にこぎつけた。
はじめに
アカネズミは目をあけて眠る 「懸命に生きているんだな!」という思いが大切だ
野生のアカネズミとの出会い
せっせとドングリを埋める夜
持ちつ、持たれつ生きている?
「テキパキ」という名のネズミ
それぞれのドングリのゆくえ
アカネズミとドングリの謎
動物は目をあけて眠れるか?
ヒトという名の動物の習性
アカネズミ図鑑
動物行動学者、モノンガに怒られる 経済的利益と精神的利益が必要なのだ
産む子どもの数が問題だ
哺乳類の子育て戦略さまざま
生存戦略を左右するシンプルな原理
ニホンモモンガは子どもをたくさん産むか?
母モモンガに睨みつけられる
モモンガの盛と生きる
経済的利益と精神的利益
ニホンモモンガ図鑑
スナヤツメを追って川人になる 人工的が環境でも共存はできる、間違いない
あの大切な「樋門」が!!
ハリボテの威厳を揺るがす質問
スナヤツメの不思議な生態
ここにいて、あっちにいないのはなぜ?
再び市役所にかけあう
スナヤツメ図鑑
負傷したドバトとの出会いと別れ “擬人化”はヒトにとって大切な思考活動なのだ
翼の折れたハト
森で生きる生物、草原で生きる生物
ホバを襲った衝撃の事件
「生物専用機能回復系」の存在
ホバからもらった宝物
「擬人化思考」が可能にしたもの
ドバト図鑑
小さな島に一頭だけで生きるシカ シカも、ヒトの生命を維持する装置である
津生島へ上陸を果たす
島で“ツコ”が果たす役割
ヒトが生きていくために必要なこと
もしも、あなたの町にシカが出たら?
調査でわかった島の驚くべき植生
シカとして、ヒトとして
ニホンジカ図鑑
脱皮しながら自分の皮を食べるヒキガエル ヒトは、生まれつき生命に関心や愛情を抱く
早春の雪解け水に棲むものとは?
数千分の1を生き延びろ
ヤマカガシとヒキガエルの深い関係
ヒキガエルの脱皮を目撃する
バイオフィリアと生物多様性
ヒキガエルがヘビに出会ったら?
動物の生態を理解する喜びとは?
ヒキガエル図鑑
タヌキは公衆トイレをつくる 街で暮らす動物たちのことをどう考えるか
道路で動けなくなっていたタヌキ
コバキチ点を終え!
タヌキの雄は意外と子煩悩
つがいの暮らしぶりを調べる
溜め糞が教えてくれたこと
どうして共存する必要があるのか
タヌキの恩恵
タヌキ図鑑
コウモリにはいろいろな生物が寄生している 生きることと潜在的な危険は切り離せない
コウモリは感染症の現況か?
コウモリには立派な鼻がある
天敵から逃れるための思わぬ行動
コウモリに寄生するあんたは誰だ?
ケブカクモバエの能力やいかに
まさか! コウモリを襲う奇病の存在
生きる上でのリスクとどうつきあう?
ウィルスに見る「共存の本質」
コウモリ図鑑
ザリガニに食われるアカハライモリ 動物との接し方に新しい規範が必要なときだ
知られざるアカハライモリの暮らし
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アカハライモリ図鑑
おわりに
ナラ枯れ被害の原因究明の研究過程は4区分される。第1期(1941〜1980年)ではカシノナガキクイムシ(以下、カシナガ)がナラ類枯死の原因とした(熊本営林局、1941)、第2期(1981〜1993年)では、枯死木で多く確認されるナラタケ菌の関与を疑った(野淵、1993a、b)。第3期(1994〜2002年)では、ナラ菌を接種したミズナラ立木で枯死を再現でき(伊藤ら、1998a;三河ら、2001;斉藤ら、2001)、ナラ菌も同定されて、ナラ菌がナラ枯れの原因である事が明らかになった(KubonoandIto、2002)。そして.カシナガがナラ菌を樹幹内に持ち込み、カシナガはナラ菌が作る酵母を食糧としている事が明らかになった(Kinuura、2002)。第4期(2003年以降)には、カシナガの集合フェロモンも特定されケルキボロールと命名された(中島ら、2005;TokoroetaL、2007)。これまでの研究により.ナラ枯れ被害の感染環はホストがナラ類生立木、病原はナラ菌.媒介者がカシナガである事が明らかになった。
第1期(1941〜1960年)にはナラ枯れの原因をカシナガと判断して.この殺虫のために枯死木を伐倒して即座に燃料として利用した。また、健全木の丸太を放置して、カシナガを寄生させ、これを燃料として利用した(熊本営林局、1941)、第2期(1990〜2000年)は、枯死立木に注入孔を開けてNCSくん蒸剤を注入処理する方法が開発され事業化された(斉藤ら、1999、2000)。第3期(2001〜2004年)は、ビニールシート被覆による健全木の予防法(小林・萩田、2003)、枯死木の伐倒・集積・天幕被覆下におけるMITC液化炭酸ガスによる駆除法(斉藤、2006)が開発され、単木的な防除法が揃ってきた。第4期(2005年以降)は、カシナガの集合フェロモンの合成に成功し、これを防除に活用する研究が進められている。また、殺菌剤の樹幹注入により健全の枯死を阻止する予防方法も完成した。現在[2008年]は、被害の定着・拡大により、単木的な防除から、面的な防除に展開する時代を迎えている。
ナラ枯れ被害の感染環は、病原菌であるナラ菌、ナラ菌を伝播するカシナガ、ホストとなるナラ類立木であり、いずれかに効果的な処理をすれば被害軽減に繋がる事が指摘されている。
現在、枯死木の駆除は、くん蒸剤を主とした薬剤処理による殺虫やチッパーによる粉砕など単木的な駆除が主として実施されている。枯死木の生育地は急傾斜の奥地もあり、全量駆除する事は困難なうえ、完全殺虫ができない処理法でもあるためTカシナガの密度抑制による被害軽減は成功していない。しかし近年になって、MITCガスくん蒸処理で100%カシナガを達成する方法も開発されており、駆除方法は一歩前進した。
また、予防方法としては、粘着剤の散布やビニールシートの巻付けが事業化されているが単木処理という短所もあり、予防は緊急性にかけるという予算上の評価から事業実施も頭打ちになっている。しかし近年、樹幹内にカシナガが持込むナラ菌の伸張抑制を薬液により可能にする研究が進み今後の事業化に向けて明るい見通しが立っている。単木的防除は地形と効果に限界があり、面的な処理が可能な方法が求められている。ナラ枯れ被害におけるホストに注目すれば、壮齢期を迎えたナラ林を被害が入る前に伐採して利用するのも手法の一つである。しかし、伐採林地に丸太を残したり伐根の伐点が高い場合はカシナガの穿入を招くので、残材処理の徹底と伐根を低くする必要がある。
カシナガは羽化後すぐに健全木に穿入するため.薬剤の空中散布は不適切である。カシナガは健全木に数個体穿入すると集合フェロモンを発してマスアタックをかける性質があり、この集合フェロモンを化学物質として合成する事に成功した(中島ら.2005;TokoroetaL、2007>。現在その誘引能力と誘引手法について検討がなされている。伝播者のカシナガを大量捕獲できる方法が確定すれば、面的なナラ枯れ防除が可能になる。
被害防除は.被害が発生している林分や立地により、手法を変えたり組合わせたりしながら対応する事が必要で、一つの方法にこだわるのはむしろ効率的でない場合がある。
ナラ枯れ被害の効果的な防除のためには、正確な被害位置を記録し、被害の拡大状況を分析して被害予測をして、ナラ類の生育状況に応じた区域的な防除計画を立てる事が大切である。そして、具体的な防除方針として初期被害の完全駆除を掲げ被害の軽減を第一にする事、カシナガの穿孔数を30%抑えれば被害は半減し、50%にすればほぼ枯れはなくなるという数値目標に応じた防除方法を適応する事が肝心である。具体的な防除方法としては、被害の進行が早い初期被害の林分や海岸林内の枯死木について単木的な駆除に力を入れ、守るべき公園や保安林については予防を確実に実施する事が大切である。また、集合フェロモンなどを利用した面的な防除法の今後の展開に注目しながら、中害以上の被害程度の林分での防除法を一日も早く完成させる必要がある。
薪炭林の放置による大径木の増加が原因か
人間の病気でも、原因は、主因、誘因、素因に分けて考えるべきです。ナラ枯れの主因はカシナガが運ぶナラ菌です。カシナガは、繁殖に適した大径木に穿入するので、大径木から先に枯れます。薪や炭をつくるための薪炭林では、木は15年程度のサイクルで伐採され、萌芽更新(切り株から出る芽を育てる方法)されていました。しかし、1960年代に本格化した燃料革命によって、電気やガスが普及し、薪や炭は使われなくなりました。そして、薪炭林は放置され、日本中で、大径木が増えたのです。
そこで、私は、「薪炭林の放置によってカシナガの繁殖に適した大径木が増加したことがナラ枯れの要因である」と主張しました。「海外から侵入したカシナガが、温暖化で分布を拡げ、ナラ菌に抵抗力がない木と出会ったことが要因である」との説もありました。しかし、江戸時代にもナラ枯れが発生していたことを示す文書が見つかりました。また、DNA分析の結果、カシナガが古くから日本に生息していたことが判明しました。そのため、カシナガが海外からの移入種だとする説は棄却され、カシナガを在来種とみなす私の説が残ったのです。
化石燃料に頼る現代人は、奥山が薪炭林であったことを知らないし、里山でナラ枯れが多発するようになったこともあり、「里山の放置がナラ枯れの原因」と考える人が増えてしまいましたが、大径木の増加がナラ枯れの原因であることに異を唱える人は減りました。しかし、私の説は、火災で例えるなら、「可燃物が多いから火災が拡がった」と主張しているのと同じで、ナラ枯れの出火原因は説明していません。
暖かくなると動き出す 温暖化でかなり活動的に
林野庁が集計したナラ枯れ被害量によると(図[略])、2006年は全国的に被害量が減少しています。また、2010年は、全国的に被害量が増加し、伊豆諸島や屋久島でも初めて確認されました。このように、広範囲で被害の増減が同調する原因としては気象条件以外には考え難いのです。実際に、被害量と気象との関係を解析した結果、冬の気温が高いほど被害量が多くなっていました。ナラ枯れが流行し始めた1980年代後半以降、温暖化でクリの凍害も多発するようになりました。氷点下になると真水は凍りますが、砂糖水は凍りません。クリなどの落葉広葉樹は樹液を砂糖水のように甘くすることで耐凍性を獲得しています。しかし、温暖化で冬の気温が高いと、クリは春が来たと勘違いして水を揚げて耐凍性が低下し、その後、氷点下の気温に曝されても枯れるのです。同じことが、森のブナ科樹木で起こっていれば、ナラ枯れが増えるのは当然です。
カシナガトラップでの捕獲数と気象との関係を解析した結果、カシナガは温度が高い梅雨時や秋雨期に飛翔しやすいことが判りました。また、気温が20℃以下だと活動が鈍くなることも判りました。温暖化以前は、梅雨期や秋雨期の気温が低く、カシナガの活動が制限されていたのに、温暖化以降は、梅雨期や秋雨期の気温が高くなりカシナガが活発に活動できるようになったことがナラ枯れの流行の要因かもしれません。
温暖化が原因だと考えられる理由は、他にもあります。カシナガが関与しないナラ枯れが、各地で多発しているのです。また、ナラ枯れと同様の被害が、韓国、欧州、北米、オセアニアでも発生しています。いずれも温暖化による気温上昇率が大きい中緯度地域で、温暖化傾向が顕著になり始めた頃から拡大しています。
台風の影響も無視できません。風倒木で増えたカシナガが、周囲の健全木に穿入してナラ枯れが発生することがあります。1994年以降、本州の日本海側でナラ枯れが拡大したのは、1991年に日本海を縦断したリンゴ台風[1991年台風第19号、NHK for School 台風19号(1991年)のひ害 ]による倒木の発生が原因かもしれません。
大径木が温暖化で衰弱しその衰弱木に穿入
樹木の枯死に関与する環境ストレスには、生物的ストレス(昆虫や微生物など)と非生物的ストレス(気候条件、土壌条件、大気汚染など)があります。樹木の枯死は、複合害の場合が多く、欧州で発生しているナラ類の衰退(oak decline)では、凍害、多雨、高温、乾燥などの関与が指摘されています。ナラ枯れも複合害なのでしょう。
薪炭林の放置によって大径木が増えている状況下で、温暖化や大気汚染などで樹木が衰弱したり、台風や人為的伐採による倒木が発生すると、衰弱木や倒木を利用して増えたカシナガが立木に穿入してナラ枯れが発生し、周辺にも大径木が多いので、どんどん拡大しているのでしょう。
a.病原体(主因)
関与する病原体の特性、量などが発病に大きく関わる。例えば、病原体の病原力(病気を引き起こす能力)には大きな変異がある。また、同種の病原体であっても、植物の品種や系統によって病原性を異にするレース([宿主品種に対する病原性の異なる病原菌系統])が存在する場合がある、一般に病原力がより強く、伝搬に関わる胞子などの量が豊富であれば発病しやすいといえる。
b.宿主(素因)
宿主の遺伝的背景などが発病に影響する。同種の植物でも、ある病原体に対するかかりやすさ(抵抗性/感受性)が異なっている場合がある。農作物では種々な抵抗性遺伝子を持つ品種が育種されている。樹木においても、特定の病原体に対する抵抗性を異にする個体が存在することが知られている。このような宿主植物の抵抗性/感受性は発病しやすさに直接関与する。また、宿主が水や養分の過不足など、様々な要因によって健全な生育が阻害されている場合も発病がおこりやすい。
c.環境(誘因)
日照、温度、湿度、降水など、様々な自然環境のほか、人工林や栽培圃場の管理方法など、人為によってつくり出される環境も発病に関与する。例えば、日照不足は光合成を低下させ、結果として宿主植物の防御機構が正常に働かず、抵抗性の低下を招く。また、病原体や宿主はそれぞれに最適な温度や湿度が存在する。そのため、温度や湿度はその両者に影響する。病原体には最適であるが、宿主植物には不適な温度域では発病しやすくなる。施肥なども発病に大きく影響し、例えば、過剰な窒素が供給されると発病が助長される病気、また逆に窒素欠乏で発病しやすくなる病気が存在する。一般には、病原体、宿主、環境の3要因すべてが発病に好適な条件に傾いた時に発病しやすい。このような関係を発病のトライアングル(または疫学の三角形モデル)と呼ぶ。……なお、この概念は生物的病原によって引き起こされる感染症に関するものであり、非生物的要因によっておこる生理障害などを対象としたものではない。[『森林病理学』(朝倉書店、2020年)10~11頁]
ナラ枯れは、カシナガが媒介する病原菌が主因であり、薪炭林放置によるブナ科樹木の大径木化が誘因だと考えられています。しかし、日本だけでなく、世界中で同様の被害が発生しています。また、栗栽培では、温暖化によって凍害が多発しています。 ナラ枯れは、温暖化によって衰弱または枯れた木が被害の起点になっている可能性があります。つまり、温暖化による衰弱木にカシナガが穿入して増え、周辺にカシナガの繁殖に適した大径木が多い場合、カシナガがどんどん増えて健全木にも攻撃して枯らせていると考えられるのです。 先人達は、カシナガを被害地から出さぬ対策をしていたのに、今は、木の幹に穴を開ける樹幹注入や、フェロモン剤を用いて、カシナガを被害地から引きずり出す対策が実施されています。