3月7日、8日、三本さんが児沢の田んぼの東側の水路でアライグマの食害にあった両生類を見つけ、畦板で水路の一部に蓋をし、箱ワナをしかけました。特定外来生物に指定されているアライグマは雑食性で巾広い食性を示します。その食害は鳩山町の石坂の森でも深刻な問題を引き起こしているそうです。被害の拡大を防ぐために計画的な防除が必要です。
※アライグマ防除の手引き(計画的な防除の進め方) 2011年3月作成(2014年3月改訂)
環境省 自然環境局 野生生物課 外来生物対策室
※地域からアライグマを排除するための手引き 2008年10月
環境省北海道地方環境事務所 NPO法人EnVision環境保全事務所
実際の対策現場において即戦力となる情報や技術の紹介に重点を置いて記載
※行政担当者のためのアライグマ防除体制構築の手引き 2012年2月 中国四国地方環境事務所
※アライグマ防除の手引き(計画的な防除の進め方) 2011年3月作成(2014年3月改訂)
環境省 自然環境局 野生生物課 外来生物対策室
目次※近畿地方アライグマ防除の手引き 2008年3月 環境省近畿地方環境事務所
はじめに
第1章 アライグマの特徴と日本における生息・被害状況
1 生物学的特徴
1) 分類と原産地
2) 形態的特徴
3) 生態的特徴と被害の関係
2 日本におけるアライグマの生息状況
1) 日本における導入と定着の経緯
2) 分布の現状と特徴
3 被害と対策の状況
1) 被害形態
① 農林水産業被害
② 生態系被害
③ 生活環境被害
④ 人獣共通感染症等
2) 被害状況
3) 対策の状況
① 捕獲
② 防護
第2章 アライグマ防除の考え方と進め方
1 アライグマ防除の目的
2 アライグマ防除の基本的な考え方
1) 各主体の役割
2) 生態系からの完全排除
3) 初期対応の重要性
4) 広域的な視点に基づく防除
3 防除の計画と実施
1)普及啓発
2)生息・被害情報の収集
(2-1)生息・被害情報の収集
(2-2)生息・被害情報の確認
(2-3)周辺自治体等との情報共有
3)防除の計画と実施
(3-1)計画の策定
(3-2)法的手続
(3-3)防除の実施
(3-4)実施状況の把握と防除への反映(モニタリングとフィードバック)
おわりに
資料編
資料1 外来生物法に基づく防除に関する制度
資料2 アライグマ防除の告示
資料3 参考となる文献等
資料4 動物の殺処分方法に関する指針
資料5 人獣共通感染症について
資料6 動物由来感染症について(狩猟者の皆様へ)
資料7 参考となる防除パンフレット等に関する情報
※地域からアライグマを排除するための手引き 2008年10月
環境省北海道地方環境事務所 NPO法人EnVision環境保全事務所
実際の対策現場において即戦力となる情報や技術の紹介に重点を置いて記載
※行政担当者のためのアライグマ防除体制構築の手引き 2012年2月 中国四国地方環境事務所
川島町(かわじままち)ではパースですか。おこし、つっぱ。めんこは小さな財産。
※パース 川島町文化財保護審議会『川島町の文化財13 子どもの遊び・歌』(1993年) 10頁
※パース 川島町文化財保護審議会『川島町の文化財13 子どもの遊び・歌』(1993年) 10頁
いためん・めんことか呼ばれた遊び、5、6人で遊んだ。各自一枚のパースを取り出し、指定された場所におきジャンケンで順番を決めた。
“おこし”といって地面においてあるパースめがけて投げおろし、裏返しに出来れば自分のものとなる。成功している時は何回でも連続して出来た。裏返し出来なかった場合は次の順番となる。また、“つっぱ”といって、箱を裏返して底の平らな部分を利用して、それぞれのパースを置く。遊び方は、相手のパースめがけて、自分のパースのふちをあて、うまく台上の部分から突き出す。成功すると自分のものとなる。
他にもパースの縁を立てかけてある戸板などにあて遠くへ飛ばす遊びもあった。また“おこし”にも“つっぱ”にもいろいろな条件をつけて遊びを工夫していた。
パースには、大・中・小の三種類があった。円形のボール紙に武者絵が印刷されていた。
どこの地区にも一軒か二軒、文具屋、雑貨店があり、その店先には駄菓子がおかれ、子どもの遊び道具がおかれていた。パースは、
一銭で、大が四枚、中が六枚、小が十枚ぐらい買えた。(大正時代~昭和初期)(中山)
パースは買い揃えたもんで貴重なものだった。遊びの中でも“ホンコ”と“ウソッコ”があり、“ホンコ”の場合はうまく成功すると自分のものとなるので、遊びといっても真剣で夢中になった。新しいパースで“ホンコ”の遊びをやると新しいものをめがけて皆から標的とされた。(長楽)
パースが得意な子になると、ボール箱一杯集めて得意となり、小さな財産となっていた。
市民環境会議は、東松山市と市民が協働で進める環境まちづくり活動のPRイベントで、松山市民活動センター2階大会議室で午前10時から開催され、『平成26年度版環境基本計画“市民プロジェクト”ハンドブック』(第2次東松山市環境基本計画平成26年度版「市民プロジェクト」事例集)がお披露目されました。市では2015年度の環境基本計画「市民プロジェクト」の募集をしています。
発表内容
1 東松山市環境基本計画について
発表者 エコタウン推進課
2 「東松山市を楽しむパスポート」について
発表者 東松山逸品の会
3 「朝霞市黒目川の多自然川づくり」について
発表者 黒目川に親しむ会
4 「小川町の市民共同発電所」について
発表者 おがわ町自然エネルギーファーム
5 埼玉エコタウンプロジェクトについて
発表者 埼玉県エコタウン課
※『埼玉エコタウンプロジェクトについて』のスライドの一部です。
東松山モデルとは
……
発表内容
1 東松山市環境基本計画について
発表者 エコタウン推進課
2 「東松山市を楽しむパスポート」について
発表者 東松山逸品の会
3 「朝霞市黒目川の多自然川づくり」について
発表者 黒目川に親しむ会
4 「小川町の市民共同発電所」について
発表者 おがわ町自然エネルギーファーム
5 埼玉エコタウンプロジェクトについて
発表者 埼玉県エコタウン課
※『埼玉エコタウンプロジェクトについて』のスライドの一部です。
東松山モデルとは
……
「ちょっぺ傘とござ合羽」のつづきです。
※ショイタ・キゴザ 『幸手市史 民俗編』(1997年) 126頁~127頁 執筆:中村啓子さん
辞書にない熟語なのですね。意外でした。
漢字表記では、「支度」と「仕度」がありますが、漢語は「支度」。
ネットで「支度と仕度の違い」と検索すれば、たくさん出てきますが、どちらでもよいようです。
※ショイタ・キゴザ 『幸手市史 民俗編』(1997年) 126頁~127頁 執筆:中村啓子さん
主に女がショイタを背負って野良仕事をした。ショイタはキゴザともいわれ、藁やいぐさで編んだゴザと油紙を荒物屋で買って、その二つを縫い付け、肩紐を作って付けたものである。油紙は厚く、一年は使えた。肩紐は木綿の端切れに芯を入れてくけたもので、ショイタを一度背負ってみて、家族一人一人にちょうど良い位置に付けた。雨のときの田植えなど、かがむ姿勢では雨が編み目にそって流れ落ちるのでからだは濡れないが、立ち仕事では前面や脇が濡れるので向いていなかった。ショイタは四角だったが、昭和初期に改良型として首の部分を切って、肩を覆う形のものができ、胸元を紐で縛るようになった。ショイタには、雨が降り出しそうなときは、油紙の面を外にして巻いて、田畑に持っていける便利さがある。検索してみると、冬仕度や野良仕度はあっても、「農仕度」(のうじたく)は……。
ショイタの名称については幸手市西域ではショイタ、東域ではキゴザという傾向がみられた。
このようにショイタを作ったり、菅笠に布団を付けたりすることをノウジタク(農支度)といい、野良仕事が始まる前の春先にするが、主婦は家族の分をすべて用意するので大変な手間がかかった。
辞書にない熟語なのですね。意外でした。
漢字表記では、「支度」と「仕度」がありますが、漢語は「支度」。
ネットで「支度と仕度の違い」と検索すれば、たくさん出てきますが、どちらでもよいようです。
「ちょっぺ傘」、「ござ合羽」と聞いて、傘や合羽の仲間だろうとは予想できても、それが何なのかわかる人は少ないでしょう。ことによると、「合羽」(かっぱ)がわからないかもしれません。
嵐山町(らんざんまち)古里(ふるさと)の大塚基氏さんの文章です。
東京都の多摩では、「ござ合羽」を「ショイタ」と呼んでいたようです。
※ショイタ 多摩市史叢書(9)多摩市の民俗(衣・食・住) (1994年) 47頁~48頁 執筆:山崎祐子さん
チョッペ傘をかぶり、ござ合羽を身につけて農作業をしているのを見たことがありますか。
嵐山町(らんざんまち)古里(ふるさと)の大塚基氏さんの文章です。
ちよつぺ傘とござ合羽頭にかぶるものを「笠」、頭上にかざすものを「傘」とつかいわけるなら、「ちょっぺ傘」ではなくて、「ちょっぺ笠」ですね。
田植えの時期になると、農協から田植え用品の注文がありました。その中の注文のメーンがちょつぺ傘とござ合羽でした。
ちょっぺ傘は、弁当のおむすびやまんじゅうなどを包むときに使った木を薄く削って作ったひげっかわのような材料を2センチ巾ぐらいにしたもので編んだ、三度傘とはちょっと違う、真横から見ると三角形の形をした、頭にかぶる帽子と言おうか雨よけの傘です。
ござ合羽は、藁蓑の代わりに作られたもので、敷物のござの上の方を半円形切り取って背負ったときに首が入るように作られ、表面に雨が染み込まないようにビニールシートを張ってある蓑です。頭にチョッペ傘をかぶり、背中にござ合羽を着た姿が、私の子供の頃の田植え時の五月雨よけのスタイルでした。
そのスタイルも、ビニールの雨合羽の普及により何時しか消えてしまいました。そして、伝統の萱や稲わらで作った蓑と、ビニール雨合羽の狭間で使用された雨合羽であるござ合羽は、存在さえも忘れられようとしています。
東京都の多摩では、「ござ合羽」を「ショイタ」と呼んでいたようです。
※ショイタ 多摩市史叢書(9)多摩市の民俗(衣・食・住) (1994年) 47頁~48頁 執筆:山崎祐子さん
ショイタ
農作業のとき、雨よけ、日よけのために身につけた。ゴザの一部に切り込みを入れ、肩から腰あたりまでを覆う。雨が浸み込まないように、裏側には、油紙が縫い付けてあった。ショイタはキゴザともいう。その後、表側にはビニールをつけたショイタになった。
ショイタは、背中の部分しか覆うことができないが、前かがみになって仕事をするには十分であった。動きやすく、着ていて涼しいので夏の農作業には重宝であったという。戦後になって、ふだんの生活ではレインコートが定着してからも、夏の田畑ではショイタが見かけられたようである。戦後は、油紙ではなく、ビニールを裏側に張ったショイタが用いられた。
ショイタは、作り方が簡単なので、自分で作ることもできたが、ほとんどは買っていたようである。
チョッペ傘をかぶり、ござ合羽を身につけて農作業をしているのを見たことがありますか。
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