気候ネットワークの「石炭火力2030フェーズアウトの道筋」提言レポートを読みました。2018年11月に発表されたもので、日本の石炭火力発電を2030年までに段階的に縮小して全廃すべきであるという提言です。
  プレスリリース(2018年11月9日)

 世界の温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目指す「パリ協定」の達成のためには、エネルギー起源のCO2の排出をいち早く削減し、脱炭素に向かう必要があります。
既出の研究によれば、そのなかでも石炭火力発電は、新規建設を中止すべきことはもちろんのこと、既存の発電所も優先的に廃止し、全廃する必要があり、なかでも先進国は、2030年には全廃が必要だとされています。
これに応え、2030年までに石炭火力発電の全廃を目指すと宣言する世界の国々や地方自治体が増えており、脱石炭は、国際潮流となりつつあります。

 こうした状況を踏まえ、このたび気候ネットワークでは、パリ協定を締結した先進国である日本においても、石炭火力発電について、現在ある発電所の新設計画および建設工事を全て中止するとともに、既存の発電所を2030年までに全て廃止する必要があるという考えに基づき、提言レポート「石炭火力2030フェーズアウトの道筋」を発表しました。

 本レポートでは、「石炭火力2030年フェーズアウト計画」を示し、2018年4月時点で把握できる日本の既存の石炭火力発電所117基について、運転開始年が古く、また発電効率の低い発電所から段階的に2030年に向かって全て廃止していくスケジュールを具体的に提示しています。

 LNGを含む他の発電方式を含む設備容量や、再生可能エネルギー電力の普及、さらに省エネの進展を考慮すれば、電力供給を脅かすことなく、原発に依存しなくても、本計画は十分に実現可能です。このことを踏まえ、本レポートでは、政府に対し、本提言書で提示するような石炭火力発電の全廃への具体的な道筋を描き、2030年フェーズアウト計画を策定し、それを長期低排出発展戦略に位置付けるべきであると提言しています。
そして、フェーズアウト計画を土台に、パリ協定の目標と整合する水準まで温室効果ガス排出削減目標を引き上げ、再生可能エネルギーと省エネの取り組みを加速度的に進め、脱炭素社会を早期に実現するべきであると示しています。
 さらに、現状では既存の発電所の全ての情報や設備毎の設備利用率が公表されておらず、実態に即した検討や検証が困難なため、政府及び各事業者がデータや情報を公開することも要請しています。

  要旨
■石炭火力発電は、最もCO2を多く排出する発電方式である。温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目指す国際合意「パリ協定」の達成のためには、エネルギー部門をいち早く脱炭素化させる必要がある。既出の研究によれば、そのなかでも石炭火力発電は、新規建設を中止すべきことはもちろんのこと、既存の発電所も優先的に廃止し、全廃する必要があると指摘されている。日本の石炭火力発電についても、現在ある発電所の新設計画を全て中止するとともに、既存の発電所を2030年までに全て廃止するべきである。
■政府統計や各種公開資料等を用いて2018年4月時点で把握できる日本の既存の石炭火力発電所は117基あり、古いものは運転開始から40年以上経過した低効率の発電所も多数残っている。
■本レポートで示す「石炭火力2030年フェーズアウト計画」では、117基の既存の石炭火力発電所について、運転開始年が古く、また発電効率の低い発電所から段階的に2030年に向かって全て廃止していくスケジュールを提示している。本計画は、LNGを含む他の発電方式を含む設備容量や、再生可能エネルギー電力の普及、さらに省エネの進展を考慮すれば、原発に依存しなくても、電力供給を脅かすことなく十分に実現可能である。
■また本計画の中では、2012年以降に計画された50基の新規建設計画のうち、2018年4月現在で既に運転を開始している8基の発電所については既存の発電所に加え、計117基としている。そして、2030年にはそれら全て廃止する計画を提示した。2018年4月時点でまだ運転を開始していない発電所は、運転開始前に計画を中止すべきという考え方に基づき、本計画には加えていない。
■政府は、本レポートで提示するような全廃への具体的な道筋を描き、石炭火力2030年フェーズアウト計画を策定し、それを長期低炭素発展戦略に位置付けるべきである。そして、パリ協定の目標と整合的に温室効果ガス排出削減目標を引き上げ、再生可能エネルギーと省エネの取り組みを加速度的に進め、速やかな脱化石燃料を通じ、脱炭素社会を早期に実現するべきである。なお、現状では既存の発電所の全ての情報や設備毎の設備利用率が公表されておらず、実態に即した検討や検証が困難な状況にあるため、政府及び各事業者がデータや情報を公開することが求められる。
  本論
1.石炭火力発電を巡る国内状況
 (1)1980 年以降、増加し続けてきた石炭火力
 (2)東京電力福島第一原発事故以降の石炭火力発電建設計画の乱立
 (3)100基以上ある既存の石炭火力発電所
 (4)石炭火力発電所の設備容量総計
2.石炭火力フェーズアウト計画
 (1)2030 年石炭火力全廃の必要性
 既出の分析によれば、パリ協定の1.5~2℃の気温上昇抑制目標の達成には、エネルギー起源CO2の排出は2050年にはゼロにしなければならず、IPCCの1.5℃特別報告書では、1.5℃に気温上昇を抑制するためには、石炭火力発電はいかなるシナリオでもほぼ全廃するしかないことが示されている。すなわち、パリ協定と整合するためには、新規の石炭火力発電は1基たりとも建設できず、既存の発電所も削減し、先進国は、2030年には完全にフェーズアウトを実現しなければならない。そして、2030年フェーズアウトが必要であるのは、先進国である日本もまた同様である。こうした現実を踏まえ、パリ協定の採択以降、石炭火力発電の全廃と海外支援を停止する方針を打ち出す国や地方自治体、そして企業が続々と増えている。
 脱石炭に向けた国際潮流が高まる中、日本は、既存の発電所の廃止計画を明確にしていないばかりか、今なお、多数の新規建設が進んでおり、すさまじい規模で石炭火力設備を増強しようとしている。この事態は、パリ協定に反し、気候変動対策の世界の取り組みに真っ向から逆行するのみならず、建設地域の大気汚染を悪化させてしまうものである。また、パリ協定の下で脱炭素社会を目指す流れの中で、将来的に稼動停止せざるを得ない設備を過剰に抱えることにもなり、経済的に大きなリスクをもたらしかねない。
 他の国々とともに2030年の石炭火力全廃を目指すことは、パリ協定の締約国としての日本の責任であり、石炭火力発電所の新規の建設・運転中止、既存の前倒し廃止の方針転換が直ちに求められる。
 (2)石炭火力フェーズアウト計画

 (3)電力供給への影響
 4000万kWを超える石炭火力発電設備を今後10年余でゼロにすることは、政府が言うところの「ベースロード電源」を失うことになり、電力の安定供給への影響を懸念する声も当然あるだろう。しかし、以下に示すとおり、大きな悪影響なくフェーズアウトすることは十分可能である。
 まず、日本では、LNG火力発電所もこのところ次々に建設が進められており、設備が増強されている。2014年以降、新規建設または増強が進められている大型のLNG火力発電所は約900万kWある。また、電力広域的運営推進機関(OCCTO)の供給計画のとりまとめによれば、現行の発電事業者の供
給計画は全体に設備過剰とみられ、2027年のLNG火力の設備利用率は2017年の55.3%から43%にまで下がる見込みとなっている。まだ余力のあるLNG火力発電の設備利用率を60〜65%に引き上げ、OCCTOの2027年の見通し通りに再エネの発電量が27%となれば、石炭火力発電設備の減少分の大部分をカバーできる。再エネの発電量27%の達成は適切な政策を講じることによりさらに前倒しで導入されることも十分考えられる。
 また、OCCTOの最大電力及び需要電力量の見通しは、2018年~2027年の10年間、年平均増加率は±0%と横ばいとなっている。この数値は、節電や省エネの進展状況、ピークカット対策などの要因を加味して、前年の予測(年平均増加率0.3%)を下方修正したものであるが、それでも2018年と同水準の需要はあると見込んでいる。しかし、今後、節電や省エネはさらに進めていくことが重要であり、IoTの活用などその可能性も十分にある。年率1.5%の省エネを進めていけば、石炭火力設備の喪失分は、原発の発電電力量はゼロのままカバーできる。
 本計画は、毎年200万kWから多い年でも約400〜500万kWの電源を段階的に廃止していくものとなっており、前もって計画を立て、段階的に対策を取っていくことで、これらは十分に実現可能だと言えるだろう。
3.フェーズアウト計画の実施に向けて
 (1)現行の政策方針の速やかな見直しの必要性
 以上に示した石炭火力2030年フェーズアウト計画は、現行の政策のままでは実行できない。これを実施するために、以下の政策方針の見直しと個別政策対応が必要である。
■パリ協定に準じた2030年ゼロ方針の明確化(エネルギー基本計画・地球温暖化対策計画)
 現行政策では、石炭火力発電は原子力発電とともに「重要なベースロード電源」と位置付けられ、重視されているが、まずこの認識を根底から改めなければならない。出力調整のしにくい石炭・原発を土台にするのではなく、変動型電源を含め再生可能エネルギーを土台に柔軟に需給調整を図って安定供給を確保する電力システムを基本方針とするべきである。
■脱石炭フェーズアウトの実施のための立法(脱石炭火力法(仮称)の制定)
 脱石炭火力は明確な意思に基づき、毎年着実に実施していかなければならず、既存法のいずれの枠組みでも対応することが難しいため、毎年の廃止スケジュールを定めた新法を制定して対応するべきである。これは脱原発法と抱き合わせ、脱原発と脱石炭を同時に進めることができるだろう。
■温室効果ガス排出削減目標とエネルギーミックスの見直し(エネルギー基本計画・地球温暖化対策計画)
 2030年に26%の石炭火力の発電電力割合を見込んでいる現行のエネルギーミックス、さらにそれを根拠にした2030年の温室効果ガス排出削減目標である2030年26%削減(2013年度比)は、2030年石炭火力2030フェーズアウトの計画に沿って改定しなければならない。2030年の電源構成における石炭火力比率は当然のことながらゼロとし、石炭火力の段階的廃止を前提に、温室効果ガス排出削減目標は少なくとも40~50%に引き上げるべきである。
■カーボンプライシング(地球温暖化対策税/国内排出量取引制度)の導入
 需給の両面で、石炭火力の利用を抑制するインセンティブを付与するため、2019年にはカーボンプライシングの導入を実現するべきである。カーボンプライシングは、脱石炭火力法による規制スケジュールを前提に、より効率よく、より低炭素な発電技術への選択を促す。本計画の実施には、当面の間、LNGガス火力の設備利用率が上昇することになるが、その際にも、より効率のよい発電所からの運転を促す。さらに需要側の幅広い省エネの促進にも効果が見込まれる。
■発電効率基準・非化石電源目標の見直し(省エネ法・エネルギー供給構造高度化法)
 省エネ法に基づく発電効率基準や、エネルギー供給構造高度化法に基づく非化石電源比率の目標は、温室効果ガス排出削減目標やエネルギーミックスの改定に準じた改正をすることが求められる。
■省エネ政策・電力平準化の強化
 省エネは、石炭火力フェーズアウトを実現する鍵を握る。あらゆる主体の省エネを加速させるカーボンプライシングを導入することと同時に、発電所の効率向上や電力平準化のより幅広い実施のための政策、需要側管理の促進のための仕組みを複合的に実施することが重要である。
■再エネの大量導入
 再エネの主力電源化は政府が目指すところでもあり、そのために、再エネを優先給電すること、そして柔軟な電力融通と系統連系の強化することにより、再エネの大量導入を促進することが必要である。
■情報・データの把握と公表
 最大の排出部門である発電所からの排出について着実な削減を実施する上で不可欠な情報を公開するべきである。特に、発電設備毎の設備利用率、発電電力量、排出量(CO2やその他の大気汚染物質)については、毎時ベースで公表するべきである。
 (2)議論の開始を

附属表Ⅰ 2012年以降の石炭火力発電所の新規建設計画

附属表Ⅱ 既存発電所数(電力調査統計と本レポートの比較)

  

※日本政府は、2019年4月23日に「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」(仮称)の案を発表しました。これについて書かれた江守正多さんの【気候変動】パリ協定に基づく日本の成長戦略の「本気度」(2019年5月6日)から、以下は引用です。
石炭低減の本気度

 この戦略の発表に先立って、有識者懇談会の座長案にあった「石炭火力は長期的に全廃する」という方針が、産業界の反対により「依存度を可能な限り引き下げる」といった表現に調整されたという報道があった

 筆者は率直に申し上げて、この調整は意味がわからない。期限を切らずに「長期的に」というだけならば、脱炭素を目指す以上、石炭火力はいつか全廃するに決まっているからだ。正確にいえば、CCS(CO2 Capture & Storage)技術を用いてCO2を地中に封じ込めるならば、その分は石炭火力(や他の火力)を使っても脱炭素と矛盾しないので、「CCSの無い石炭火力は長期的に全廃する」でよいのではないかと思う。

 おそらく、「長期的な全廃」を明示することが短中期的な石炭火力利用にも足かせになることを嫌がる人たちがいるということだろう。エネルギー価格の上昇が国際競争力に影響をもたらす製造業、高効率で「クリーンな」石炭火力の研究開発に注力してきたエネルギー産業、そして、新規の石炭火力を計画したり着工したりしている事業者などがそのように考えるのはよく理解できる。

 しかし、期限を切らない「長期的な全廃」も書き込めないほど腰が引けているようでは、この戦略の「脱炭素ビジョン」の本気度に、残念ながら疑いを差しはさまざるをえない。

日本社会が石炭と手を切るのは、経済的、技術的な問題にとどまらず、政治的、文化的な問題でもあり、想像以上に難しいことなのかもしれない。カナダのアルバータ州では、2030年までの脱石炭に先立ち、大手電力会社に補償金を支払っているそうだ。ちなみに、奴隷制が廃止された際も、奴隷所有者に補償があったという。日本の戦略は、そこまでの覚悟をもって石炭と手を切ろうという決断には程遠いものだ。

 なお、先ほど触れた「CCS付き石炭火力」を筆者は積極的に押しているわけではない。戦略の本文でも述べられているように、CCSは(石油増進回収をともなう場合を除き)単独では経済メリットが無い。経済メリットが生じるためには、「炭素に価格が付く」必要があるのだ。一方で、経団連は炭素税などのカーボンプライシング(炭素に価格が付くこと)に一貫して反対している。これはCCSの推進と矛盾するのではないだろうか。

 カーボンプライシングについての議論は経済学者に譲るが、今年1月に米国で27人のノーベル賞受賞者などを含む3500人以上の経済学者が、炭素税に支持を表明していることに留意しておきたい。