国土交通省は2018年4月、有識者からなる「気候変動を踏まえた治水計画に係る技術検討会」を設置し、将来における気候変動による外力増加量の治水計画等での考慮の仕方やその前提となる外力の設定手法、気候変動を踏まえた治水計画に見直す手法について5回にわたり具体的な検討を進め、19年10月18日、「気候変動を踏まえた治水計画のあり方」を提言しました。
提言では、①気候変動により、降雨量がどの程度増加するか[2度上昇シナリオで全国平均10%増]、②治水計画の立案にあたり、「実績の降雨[過去の観測データ]を活用した手法」から「気候変動により予測される将来の降雨[予測]を活用する手法」に転換すること、③気候変動が進んでも治水安全度が確保できるよう、降雨量の増加を踏まえて、河川整備計画の目標流量の引上げや対応策の充実を図ること等が示されています。

機構変動を踏まえた治水計画のあり方提言(概要)

「提言」はじめにから引用
 国土交通省においては、平成20年[2008年]に社会資本整備審議会河川分科会の気候変動に適応した治水対策検討小委員会を設置し、平成27年[2015年]にとりまとめられた「水災害分野における気候変動適応策のあり方について答申」を踏まえ、施設能力を上回る外力に対しても命を守るための施策等を充実させてきた。平成27年の水防法改正による想定最大規模降雨による浸水想定区域の指定や、施設能力を超過する洪水が発生することを前提に、社会全体でこれに備える「水防災意識社会」を再構築するため、ハード・ソフト一体となった防災・減災対策を進めてきた。

 平成30年[2018年]7月豪雨においては、逃げ遅れにより多くの住民の人的被害に加えて、多数の家屋被害や甚大な社会経済被害が発生し、改めてハード対策の重要性が認識された。現在の治水計画や施設設計、危機管理には将来における気候変動の影響は考慮していないが、今後、気候変動による豪雨の更なる頻発化・激甚化がほぼ確実視され、被害の拡大が懸念される中、気候変動に適応した治水計画へ転換することはまったなしの状態である。

 平成27年[2015年]にはパリ協定が採択され、世界の平均気温上昇を産業革命以前と比べて2°C未満に抑えることを目標とし、温室効果ガスの排出抑制に全世界で取り組むこと等が同意されたが、地球温暖化はその歩みをすぐに止めてくれる訳ではない。現に温室効果ガスの排出量は頭打ちになりつつあるものの、大気中の温室効果ガスの濃度は増加を続けている。このため、政府においては平成30年[2018年]に気候変動適応法を制定し、緩和策と適応策とを車の両輪で進めることとしたところである。

 将来の気候変動による降雨特性への影響は確実とされているが、その程度の評価については大きな不確実性を抱えている。温室効果ガスの排出抑制は各国の動向に依存しており、世界の平均気温上昇を産業革命以前と比べ2°C以内に抑えることは大きなチャレンジである。また、気候変動の状況を解明するための気候変動予測モデルが世界中で多数考案されているが、モデルには一定の限界がある。さらに、自然にはダイナミズムや大きな変動があり、その関係が十分に解明されているわけではない。

 災害対策は過去に発生した災害の経験を踏まえて講じられてきたが、気候変動はこれまでの常識を覆し、これまで経験したことのない事象も発生しうることを意味している。このため、我が国の治水計画は、既往データに基づく統計のみに依存せず、将来のリスク(気候)予測型への転換が急務であり、将来の気候変動による影響に関する科学的な評価の不確実性を理由に手をこまねいていることはできない。

 洪水対策分野においては、これまでも、様々な不確実性をもつ事象について的確に推計する手法を開発して対応してきた。治水計画においては、全国の安全度を公平かつ効率的に向上させるため、昭和33年[1958年]、限られた年数の観測データから極値を評価する手法の導入により、既往最大主義から確率主義に転換した。想定最大規模降雨については、平成27年[2015年]に、流域単位ではなく降雨特性が類似する地域単位で過去の降雨を評価することによって標本数を確保する手法を用いて、降雨量を設定した。

 今回、気候変動の影響に関する予測技術が向上し、さらに、災害をもたらすような極端な現象を評価するために必要となる膨大なアンサンブル計算結果が整備されたことを踏まえ、本検討会では、これらの最新の科学技術を治水計画等にどのように活用するかについて、具体的に検討してとりまとめた。
・IPCC第5次評価報告書の概要
・顕在化している気候変動の影響と今後の予測(外力の増大)
・顕在化している気候変動の影響と今後の予測(現象の変化)
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・「水防災意識社会」の再構築
・気候変動を踏まえた水害対策の考え方
・気候変動に対応した整備のイメージ
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・IPCC第5次評価報告書による将来の気候変動シナリオ
  RCP2.6  RCP4.5  RCP6.0  RCP8.5
・パリ協定の締結(2016年11月)
・現行計画、過去実験・将来実験の本支川バランス
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 国土交通省は10月18日、日本の治水計画について「気候変動を踏まえた治水計画」に転換すると発表した。気候変動が顕在化していると認識し、治水計画の強化が必要と判断した。
 同省は2018年4月に、有識者からなる「気候変動を踏まえた治水計画に係る技術検討会」を設置。気候変動を踏まえた治水計画の前提となる外力の設定手法や、気候変動を踏まえた治水計画に見直す手法等について検討を行ってきた。今回の決定は、その提言に基づくもの。今後、気候変動が進んでも治水安全度が確保できるよう、降雨量の増加を踏まえ、河川整備計画の目標流量の引上げや対応策の充実を図るとした。
 但し、今回発表の治水計画にはすでに問題が内在している。同検討会の提言では、今後の気温上昇のシナリオについて、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が発表した、各国が現行のまま二酸化炭素を排出量し続け気温が4℃上昇するシナリオ「RCP8.5」を前提に、悲観シナリオでも耐えられる治水のあり方をまとめた。その背景には、RCP8.5での影響分析データしかないと説明していた。それに対し、国土交通省は今回、前提条件を引き下げ、気温上昇が2℃にとどまる楽観シナリオ「RCP2.6」を採用。理由を「パリ協定の目標と整合」とした。
 「パリ協定の目標と整合」は本来、二酸化炭素排出量削減の「気候変動緩和」において重視すべき概念だが、気候変動による影響を軽減する「気候変動適応」では、仮にパリ協定が未達だった場合にも備えられる体制を目指さなくてはならないはず。背景には、予算制約もあり、2℃前提でしか計画が組めないという懐事情が影響している可能性もある。2℃上昇を前提に計画を組むのであれば、気候変動緩和でも2℃未満を死守するぐらいの覚悟が、日本政府には必要となる。パリ協定後の各国コミットメントを積み上げても3℃以上上昇してしまう。
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