2020年1月23日、土木学会台風第19号災害総合調査団は、「台風第19号災害を踏まえた今後の防災・減災に関する提言~河川、水防、地域・都市が一体となった流域治水への転換~」を公表しました。流域治水、「多段階リスク明示型浸水想定図(仮称)」(ハザードマップ)、堤防が決壊するまでの時間を少しでも引き延ばす「危機管理型ハード対策」等の転載です。

1.2 治水事業、水防、地域・都市における課題
大河川の河川整備基本方針では、年超過確率1/100~1/200といった目標を掲げている。しかし現実の安全度は、今後20~30年間の整備内容を定めた河川整備計画の目標でさえ、年超過確率1/30~1/50程度の水準であるのが現状である。また、地方の中小河川では、財政的な制約や氾濫時の被害規模、上下流バランス等を考慮した結果、年超過確率1/10~1/30といった低い整備水準に留まっている上、現状ではこうした水準にも達していない河川が多い。さらに、用地買収の遅れや古い橋梁の掛け替えの難航などにより、局所的に極めて高い氾濫リスクを抱える場所が存在する。一方、高度成長期以降、都市化が急激に進展した際、氾濫リスクが高い領域にもかかわらず、平常時の利便性の高さから市街化が進んだ地域が多く、現在でも、利便性の高い地域では氾濫リスクを考慮せずに新たな開発が行われている所もある。また、高齢者支援施設や医療施設などは、用地取得の容易さから、氾濫リスクの高い危険箇所に立地されがちである。このように、水害に対して脆弱な地域を多く抱える中、高齢化や人口減少により、水防活動・避難は一層困難になっている。すなわち、現状では、治水事業や水防等が「体力不足」の状況にあることを認識しなければならない。

2.1 「流域治水」とは
ここでいう「流域」とは、分水界で囲まれた集水域に加え、その川の氾濫が及ぶ氾濫域、その川の水を利用している利水域、その川の水を利用した後の排水が流れる排水域、およびその川を中心とした生態系の広がりも含めた広義のものとする。この流域において、河川、水防、地域・都市が連携し、河川整備、氾濫を抑える対策、氾濫に備える地先・広域の水防、利便性・快適性と安全・安心のためのまちづくりや住まい方のすべてを見据えた「流域治水」が求められている。流域治水とは、流域の自然を適度に保全・活用しつつ、河川管理者が治水対策を実施し、都道府県や市区町村が保水・遊水機能を有する土地の保全・整備、二線堤や輪中堤等の施設整備、内水排除のための下水道整備、氾濫リスクのより少ない場所への都市や住宅の誘導、災害危険区域の設定、防災集団移転事業の推進などを行い、地域コミュニティーや住民が円滑な避難体制を構築するという、自助・共助・公助の総力をあげた治水の総体である。この実現に向け、河川管理者は、水防や都市計画で考えるべき課題を明示し、都道府県や市区町村は、河道計画の限界、および現状のリスクを認知し、都市計画に的確に反映させると共に、地域のニーズを明示しなければならない。

2.4 「多段階リスク明示型浸水想定図(仮称)」の作成と活用
多くの河川で避難のためのハザードマップが作成されているが、新たに明示が求められた「早期の立退き避難が必要な区域」は未だ示されていないものが多く、改善が求められる。ただし、起こりうる最大浸水深等が示された避難のためのハザードマップでは、土地利用計画へ反映するには情報が不十分な場合もある。そのため、現状あるいは将来の整備状況において、どの程度の降雨で、どの領域が、どの程度氾濫するのかがわかる、「多段階リスク明示型浸水想定図(仮称)」を新たに作成し、公表することも求められる。なお、従来のハザードマップそのものが作成されていない中小河川においては、まずは簡易な氾濫解析ででもハザードマップを作成し、いずれは多段階リスク明示型浸水想定図(仮称)へ展開していくことが求められる。しかし、河川の合流部付近や中小河川が網目状に流れる低平地など、内水・外水氾濫が連鎖する場所等は氾濫予測に限界がある。こうした不確定性を理解した上で、長期的には安全地への集約に多段階リスク明示型浸水想定図(仮称)を活用するべきである。そのため、まずは多段階リスク明示型浸水想定図(仮称)を地域住民へ周知徹底し、国民一人一人が責任を持って対応できる素地を養わねばならない。

2.5 流域治水の主体
大規模氾濫に対する地域・都市の安全性を向上させる流域治水のためには、氾濫を抑える治水対策のみならず、河川管理者と市区町村との強い連携による対策が不可欠である。そのため、河川管理者は洪水時の水文・水理情報を、わかりやすく使いやすい形で市区町村に伝えなければならない。そして、市区町村は氾濫被害の最小化に加え、早期復旧が可能となるように、水防だけでなく、地域・都市づくりの観点からの政策を都道府県と連携して充実させておく必要がある。特に、大規模な洪水氾濫に対しては、現在の地先を守る水防活動だけでは限界があり、避難誘導、氾濫防止、応急対策までの一連の対策を混乱なく実行する、より広義の水防と、流域の流出抑制対策、河川整備、まちづくり・住まい方の改善とを一体のものとして考える必要がある。このように関係機関が連携し、流域における大規模洪水被害を減少させるためには、各流域の将来像およびそれに向けた取り組みを具体的に協議する、大規模氾濫減災協議会のような組織が重要な役割を持つ。地域間の利害相反等、種々の制約がある中で、大規模水害に対しては、流域全体が運命共同体となり、どのように安全な地域を作り上げていくか、大規模氾濫減災協議会のような組織がその役割を果たすことができるよう、法律・制度の充実が必要である。

3.1 災害に強い川づくりの推進
洪水を安全に流すためのハード対策の徹底に加え、「水防災意識社会再構築ビジョン」(平成27年12月)に基づき、堤防が決壊するまでの時間を少しでも引き延ばす「危機管理型ハード対策」が進められている。今後も堤防整備、河道掘削や遊水池の整備に加え、既存ダムの徹底活用などによって抜本的な安全度の向上を図り、さらには、氾濫リスクが高い場所を特定した上で、重点的な対策を優先して講じることが求められる。これには、学術的、技術的に進展している河道解析を用い、洪水外力レベルに応じた氾濫危険箇所および堤防破壊危険の推定を行う必要がある。今後の河道変化を予測し、樹林伐採や浚渫など、河道の維持管理を継続していく必要がある。ただし、単に安全度の向上に偏ることなく、自然環境の保全、親水、利水、文化の継承といったこととのバランスへの配慮も求められる。

3.2 氾濫リスクに応じた土地利用の規制と誘導
氾濫リスクの高低は、流域内の地形や河川整備状況等によって場所ごとに異なり、今後は氾濫リスクの差異を前提とした地域・都市政策が求められる。地域・都市政策において、都市機能や住宅の誘導を図る際には、氾濫リスクの高い地域を除外し、氾濫リスクがより低い地域を選定できるよう、いわゆる「まちのリスクマネジメント」を実施する必要がある。その上で、二線堤や輪中堤および同等機能を有する施設を有する地域に関しては、水防法における浸水被害軽減地区の指定・保全を行うべきである。一方、特に氾濫リスクの高い地域では、土地利用規制による開発抑制、避難ビルの効果的配置、浸水深以上への居室設置等を、法令・条例等により推進すべきである。そして、市役所等の防災拠点や交通・医療機関等の重要施設については、あらゆる氾濫リスクを想定した上で、その機能を維持・継続させられるよう、電源施設の非浸水化が求められる。これらに加え、土地のかさ上げや堤防の緩勾配化等を状況に応じて実施し、「浸水危険地域の面的改善」を行わなければならない。ただし、当然ながらこれらは地域の状況とニーズを踏まえた上で計画されるべきものである。なお、決壊により市街地が激しく破壊されてしまった場合には、単なる堤防の現状復旧ではなく、処理に困る氾濫土砂を用いて土地のかさ上げを行い、市街地の復興を図ることも考えられる。氾濫に備えるこれらの対策と共に、水田の遊水地化など氾濫を抑える対策も考えられる。

3.3 復旧の自助体制の強化と立地を適正化させるための不動産取引・保険制度の充実
わが国の最近30年間における、人口1人1年平均の自然災害による被害額は113ドルで、世界でも顕著に高額である。ところが、自然災害による経済損失の内、損害保険等によって補填された費額の比率は、米国のハリケーン災害等と比較して顕著に低く、保険システムを通じた自然災害対応は甚だ不十分である。氾濫リスクの高低を特定・公表した上で、水災保険制度を強化すべきである。また、不動産取引においても、宅建業者がこの情報を重要事項説明に含めることを義務化するなど、リスクを踏まえた立地適正化を加速させなければならない。このように、保険システムをはじめとした、種々の市場メカニズム等を通じた対策を講じると共に、人命に関わるリスクが想定される地域は、例えば「災害危険区域」の指定を行うなどして、居住の制限を行うべきである。このように、官民をあげた水害対策に早急に取り組まなければならない時期に来ている。

3.4 水防・避難体制の再構築とそれに向けた日常的な情報共有
人口減少や高齢化により、水防活動は一層弱体化しつつあり、情報伝達体制、水防資機材の備蓄、水防工法の普及と伝承、水防訓練の実施状況等については、今一度現状を確認し、改善しておく必要がある。避難に関しては、特に都市部における広域避難において、交通容量や避難場所の収容力に限界があることが露見している。そのため、広域避難と氾濫区域内の安全な避難場所の確保の双方について検討すべきである。この避難場所に関しては、病院やヘリポートの位置などを考慮した一次避難所の再設定、避難所へ余裕を持って避難するための二線堤や輪中堤等の整備など、ここでも流域を俯瞰した対策が求められる。なお、要配慮者向けの避難所を早めに開設するなど、開設のタイミングにも工夫が可能である。そして、こうした水防・避難を滞りなく実施するためには、常日頃から、気象庁、河川管理者、自衛隊、市区町村、報道・放送機関、水防管理者や地域コミュニティー、民間企業および個人等、関係する主体の間での話し合いを習慣化し、施策連携方策に関する議論や、情報伝達訓練を定期的に実施しておく必要がある。これらを通して、災害対応の知識を共有すると共に、情報をわかりやすく円滑に伝達するための工夫がなされ、共通の目標とそれに向けた具体的行動計画を設定しておかなければならない。なお、今回の災害でも、災害時に避難の問い合わせが殺到し混乱を来した地域が多い中、出前講座や説明会を通じて、常日頃から意見交換を進めていた地域では、効率的な避難行動が確認された。これに加えて、子供たちをはじめとする一般市民への防災教育を行い、中小河川においても命に関わるリスクがあることを学ばせつつも、人々の暮らしが河川から遠ざからず、日頃から川に触れ、川について知る機会を増やす工夫が求められる。