中島政希『崩壊マニフェスト』(平凡社、2012年)を読みました。
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中島政希『崩壊マニフェスト』目次
まえがき
第1章 マニフェスト崩壊劇の序章
  平均的保守政治家のダム認識
  誰も知らなかった建設計画
  「倉渕ダム」反対運動に出会う
  知事との黙約
  代替案は「権威ある」もので
  高まる民主党内の軋轢と髙﨑市長選挙
  建設凍結決定
  「八ッ場ダムへ」の躊躇
  市民運動から政治運動へ
  マニフェストで問う
第2章 この国にとってダムとは何か
 1、八ッ場ダム計画とは
  ダムを造り続けるわけ
  カスリーン台風の再襲に備える?
  時代が要請したダム建設
  進まない八ッ場ダム
  反対運動と住民の分裂
  「国」とはいったい誰なのか
 2、疑わしい治水能力
  近代日本の治水思想
  基本高水とは
  八ッ場ダムの洪水調節機能
  八ッ場ダムは治水の役に立たない
 3、偽りの渇水
  利水面での検討
  過大な水需要予測
  画期的な大阪府の水需要予測
  「東京都の水は余っている」
  暫定水利権とは何か
  暫定水利権を安定水利権に代える
 4、後世への禍根
  八ッ場ダムに突然浮上した発電計画
  ダムは観光に役立つのか
  逃れられない堆砂問題
  失われた白砂青松
  ダムに流れ込む大量の砒素
  地滑り、代替地の危険性
第3章 新政権の挑戦と失敗
  新大臣が自ら閉ざした道
  党政府一体化の誤算
  推進派の論理
  地域問題に後退させた愚
  地元の声とは何か
  政務三役の過信
  湖面一号橋の攻防
  現実主義の陥穽
  参院選での敗北
  志の後退
  「官僚たちの八ッ場」
第4章 新旧治水思想の相克
 1、公共事業改革は政権獲得の手段だったのか
  民主党の公共事業政策の変遷
  公共工事受難の時代へ
  諫早湾干拓と中海干拓
  対立軸となった公共事業政策
  「公共事業コントロール法」と「緑のダム構想」
  自民党の柔軟性
 2、新しい治水思想とは何か
  膨大な負荷と負担
  水を完全に封じ込めることはできない
  頻発するゲリラ豪雨と内水被害
  国民が納得できる説明と試みを
  改正河川法の精神
 3、結論ありきの再検証
  建設主体による検証という茶番
  関東地方整備局による治水代替案の問題点
  架空の予測とコストの無視
 4、「政」「官」「業」「学」「報」ペンダゴンの癒着
  それでも跋扈する天下りと談合
  あきれた「新解釈」
  国交省の地方支配
  五者もたれ合いに支えられて
第5章 最後の戦い
  官僚出身大臣の登場
  分科会の迷走
  民主党国土交通部門会議の「意見」
  政調会長の抵抗
  官房長官の裁定の怪
  最後の会議
  離党届提出
第6章 「政党政治」に明日はあるのか
  原子力ムラと河川ムラの同根
  政権交代と価値感の相克
  戦わずして敗れた
  官権政治
  失敗した「再分配構造の転換」
  「行革なければ増税なし」は日本の政治文化
  民主党の自民党化の帰結
あとがき
解説 科学者として共感させられた「脱ダム戦記」 大熊孝

八ッ場[やんば]ダム完成を3月に控え長野原町、YouTubeに「ふるさと、八ッ場」を公開(2020.01.06)
 「ふるさと、八ッ場」(Full、14分23秒)
 
 「ふるさと、八ッ場」(短縮版、3分3秒)
 

台風第19号における利根川上流ダム群の治水効果
   国土交通省関東地方整備局河川部記者発表(2019.11.05)・資料(PDF)
台風第19号における利根川上流ダム群※の治水効果(速報)
 ~利根川本川(八斗島地点)の水位を約1メートル低下~
台風第19号では、利根川上流ダム群※で約1.45億立方メートルの洪水を貯留しました。
この度、この貯留による利根川本川(八斗島地点(群馬県伊勢崎市))の水位低下量を算出したのでお知らせします。
※利根川上流ダム群:矢木沢ダム、奈良俣ダム、藤原ダム、相俣ダム、薗原ダム、下久保ダム、試験湛水中の八ッ場ダム

・観測最高水位 約4.1メートル(利根川上流ダム群※で貯留)
・計算最高水位 約5.1メートル(全ての利根川上流ダム群※が無い場合を仮定し、算出)
水位低下量 約1メートル
本資料の数値等は速報値であるため、今後の調査等で変わる可能性があります。

利根川水系の八ツ場ダムは、来年[2020年]3月完成の予定で10月1日から試験湛水が行われているが、今回の台風19号により、貯水量が一挙に増加した。八ツ場ダムの貯水量が急増したことで、「台風19号では利根川の堤防が決壊寸前になった。決壊による大惨事を防いだのは八ツ場ダムの洪水調節効果があったからだ」という話がネットで飛び交っている。10月16日の参議院予算委員会でも、赤羽一嘉国土交通大臣が試験湛水中の八ツ場ダムが下流の利根川での大きな氾濫を防ぐのに役立ったとの認識を示した。
しかし、それは本当のことなのか。現時点で国交省が明らかにしているデータに基づいて検証することにする。

八ツ場ダムの洪水位低下効果は利根川中流部で17㎝程度
10月13日未明に避難勧告が出た埼玉県加須市付近の利根川中流部についてみる。
本洪水で利根川中流部の水位は確かにかなり上昇したが、決壊寸前という危機的な状況ではなかった。加須市に近い利根川中流部・栗橋地点(久喜市)の本洪水の水位変化を見ると、最高水位は9.67m(観測所の基準面からの高さ)まで上昇し、計画高水位9.90mに近づいたが、利根川本川は堤防の余裕高が2mあって、堤防高は計画高水位より2m高いので、まだ十分な余裕があった。なお、栗橋地点の氾濫危険水位は8.9mで、計画高水位より1m低いが、これは避難に要する時間などを考慮した水位であり、実際の氾濫の危険度はその時の最高水位と堤防高との差で判断すべきである。

八ツ場ダムの治水効果については2011年に国交省が八ツ場ダム事業の検証時に行った詳細な計算結果がある。それによれば、栗橋に近い地点での洪水最大流量の削減率は10洪水の平均で50年に1回から100年に1回の洪水規模では3%程度である。本洪水はこの程度の規模であったと考えられる。
本洪水では栗橋地点の最大流量はどれ位だったのか。栗橋地点の最近8年間の水位流量データから水位流量関係式をつくり、それを使って今回の最高水位9.67mから今回の最大流量を推測すると、約11,700㎥/秒となる。八ツ場ダムによる最大流量削減率を3%として、この流量を97%で割ると、12,060㎥/秒になる。八ツ場ダムの効果がなければ、この程度の最大流量になっていたことになる。

この流量に対応する水位を上記の水位流量関係式から求めると、9.84mである。実績の9.67mより17㎝高くなるが、さほど大きな数字ではない。八ツ場ダムがなくても堤防高と洪水最高水位の差は2m以上あったことになる。したがって、本洪水で八ツ場ダムがなく、水位が上がったとしても、利根川中流部が氾濫する状況ではなかったのである。

河床の掘削で計画河道の維持に努める方がはるかに重要
利根川の水位が計画高水位の近くまで上昇した理由の一つとして、適宜実施すべき河床掘削作業が十分に行われず、そのために利根川中流部の河床が上昇してきているという問題がある。
国交省が定めている利根川河川整備計画では、計画高水位9.9mに対応する河道目標流量は14,000㎥/秒であり、今回の洪水は水位は計画高水位に近いが、流量は河道目標流量より約2,300㎥/秒も小さい。このことは、利根川上流から流れ込んでくる土砂によって中流部の河床が上昇して、流下能力が低下してきていることを意味する。河川整備計画に沿った河床面が維持されていれば、上述の水位流量関係式から計算すると、今回の洪水ピーク水位は70㎝程度下がっていたと推測される。八ツ場ダムの小さな治水効果を期待するよりも、河床掘削を適宜行って河床面の維持に努めることの方がはるかに重要である。

利根川の上流部と下流部の状況は
以上、利根川中流部についてみたが、本洪水では利根川の上流部と下流部の状況はどうであったのか。利根川は八斗島(群馬県伊勢崎市)より上が上流部で、この付近で丘陵部から平野部に変わるが、八斗島地点の本洪水の水位変化を見ると、最高水位と堤防高の差が上述の栗橋地点より大きく、上流部は中流部より安全度が高く、氾濫の危険を心配する状況ではなかった。

一方、利根川下流部では10月13日午前10時頃から水位が徐々に上昇し、河口に位置する銚子市では、支流の水が利根川に流れ込めずに逆流し、付近の農地や住宅の周辺で浸水に見舞われるところがあった。八ツ場ダムと利根川下流部の水位との関係は中流部よりもっと希薄である。八ツ場ダムの洪水調節効果は下流に行くほど小さくなる。
前述の国交省の計算では下流部の取手地点(茨城県)での八ツ場ダムの洪水最大流量の削減率は1%程度であり、最下流の銚子ではもっと小さくなるから、今回、浸水したところは八ツ場ダムがあろうがなかろうが、浸水を避けることができなかった。浸水は支川の堤防が低いことによるのではないだろうか。
なお、東京都は利根川中流から分岐した江戸川の下流にあるので、八ツ場ダムの治水効果はほとんど受けない場所に位置している。

ダムの治水効果は下流に行くほど減衰
ダムの洪水調節効果はダムから下流へ流れるにつれて次第に小さくなる。他の支川から洪水が流入し、河道で洪水が貯留されることにより、ダムによる洪水ピーク削減効果は次第に減衰していく。
2015年9月の豪雨で鬼怒川が下流部で大きく氾濫し、甚大な被害が発生した。茨城県常総市の浸水面積は約40㎢にも及び、その後の関連死も含めると、死者は14人になった。鬼怒川上流には国土交通省が建設した四つの大規模ダム、五十里ダム、川俣ダム、川治ダム、湯西川ダムがある。その洪水調節容量は合計12,530万㎥もあるので、鬼怒川はダムで洪水調節さえすれば、ほとんどの洪水は氾濫を防止できるとされていた河川であったが、下流部で堤防が決壊し、大規模な溢水があって凄まじい氾濫被害をもたらした。
この鬼怒川水害では4ダムでそれぞれルール通りの洪水調節が行われ、ダム地点では洪水ピークの削減量が2,000㎥/秒以上もあった。しかし、下流ではその効果は大きく減衰した。下流の水海道地点(茨城県常総市)では、洪水ピークの削減量はわずか200㎥/秒程度しかなく、ダムの効果は約1/10に減衰していた。

このようにダムの洪水調節効果は下流に行くほど減衰していくものであるから、ダムでは中下流域の住民の安全を守ることができないのである。

本格運用されていれば、今回の豪雨で緊急放流を行う事態に
本洪水の八ツ場ダムについては重要な問題がある。関東地方整備局の発表によれば、本洪水で八ツ場ダムが貯留した水量は7500万㎥である。八ツ場ダムの洪水調節容量は6500万㎥であるから、1000万㎥も上回っていた。

八ツ場ダムの貯水池容量の内訳は下の方から計画堆砂容量1750万㎥、洪水期利水容量2500万㎥、洪水調節容量6500万㎥で、総貯水容量は10750万㎥である。貯水池の運用で使う有効貯水容量は、堆砂容量より上の部分で、9000万㎥である。ダム放流水の取水口は計画堆砂容量の上にある。
本洪水では八ツ場ダムの試験湛水の初期にあったので、堆砂容量の上端よりかなり低い水位からスタートしたので、本格運用では使うことができない計画堆砂容量の約1/3を使い、さらに、利水のために貯水しておかなければならない洪水期利水容量2500万㎥も使って、7500万㎥の洪水貯留が行われた。

本格運用で使える洪水貯水容量は6500万㎥であるから、今回の豪雨で八ツ場ダムが本格運用されていれば、満杯になり、緊急放流、すなわち、流入水をそのまま放流しなければならない事態に陥っていた。
今年の台風19号では全国で6基のダムで緊急放流が行われ、ダム下流域では避難が呼びかけられた。2018年7月の西日本豪雨では愛媛県・肱川の野村ダムと鹿野川ダムで緊急放流が行われて、西予市と大洲市で大氾濫が起き、凄まじい被害をもたらした。今年の台風19号の6ダムの緊急放流は時間が短かったので、事なきを得たが、雨が降り続き、緊急放流が長引いていたら、どうなっていたかわからない。

ダム下流で、ダムに比較的近いところはダムの洪水調節を前提とした河道になっているので、ダムが調節機能を失って緊急放流を行えば、氾濫の危険性が高まる。
八ツ場ダムも本豪雨で本格運用されていれば、このような緊急放流が行われていたのである。

以上のとおり、本豪雨で八ツ場ダムがあったので、利根川が助かったという話は事実を踏まえないフェイクニュースに過ぎないのである。

必要性を喪失した八ツ場ダムが来年3月末に完成予定
八ツ場ダムは今年中に試験湛水を終えて、来年[2020年]3月末に完成する予定であるが、貯水池周辺の地質が脆弱な八ツ場ダムは試験湛水後半の貯水位低下で地すべりが起きる可能性があるので、先行きはまだわからない。

八ツ場ダムはダム建設事業費が5320億円で、水源地域対策特別措置法事業、水源地域対策基金事業を含めると、総事業費が約6500億円にもなる巨大事業である。
八ツ場ダムの建設目的は①利根川の洪水調節、②水道用水・工業用水の開発、③吾妻川の流量維持、④水力発電であるが、③と④は付随的なものである。

①の洪水調節については上述の通り、本豪雨でも八ツ場ダムは治水効果が小さく、利根川の治水対策として意味を持たなかった。利根川の治水対策として必要なことは河床掘削を随時行って河道の維持に努めること、堤防高不足箇所の堤防整備を着実に実施することである。

②については首都圏の水道用水、工業用水の需要が減少の一途をたどっている。水道用水は1990年代前半でピークとなり、その後はほぼ減少し続けるようになった。首都圏6都県の上水道の一日最大給水量は、2017年度にはピーク時1992年度の84%まで低下している。これは節水型機器の普及等によって一人当たりの水道用水が減ってきたことによるものであるが、今後は首都圏全体の人口も減少傾向に向かうので、水道用水の需要がさらに縮小していくことは必至である。これからは水需要の減少に伴って、水余りがますます顕著になっていくのであるから、八ツ場ダムによる新規の水源開発は今や不要となっている。

八ツ場ダムの計画が具体化したのは1960年代中頃のことで、半世紀以上かけて完成の運びになっているが、八ツ場ダムの必要性は治水利水の両面で失われているのである。
八ツ場ダムの総事業費は上述の通り、約6500億円にもなるが、もし八ツ場ダムを造らず、この費用を使って利根川本川支川の河道整備を進めていれば、利根川流域全体の治水安全度は飛躍的に高まっていたに違いない。

田中康夫「脱ダム政策の哲学と実践~やめればいいのではなく、新しい治水のあり方を示す~(『都市問題』100-12、2009.12)(PDF)民主党政権はマニフェストに従い、八ツ場ダムと川辺川ダムの中止を表明した。しかしそこにはダムについての哲学も歴史観も示されず、新しい治水のあり方も示されていない。金が地方から中央に環流してしまうダム/日本の河川工学は科学ではない/ダム建設に40年も50年もかかる理由/ダムと橋とトンネルの秘密/国内の本当の安全保障は水の保全/脱ダム政策の実際

最後に民主党政権と八ッ場ダムに関して言えば、もっときちんとしたプレゼンテーション(説明)が必要です。市民運動家の段階ではいいでしょうが、政権を担う立場になった民主党の八ッ場ダムへの対応は、利権のためではなく県民のための執行権者として私が行ってきた脱ダムとは、ずいぶん違う哲学と方策のもとでなさっているのではないか。その意味でも不安と期待を抱いておりますということです。(18頁)

田中康夫「しなやかな是々非々 水害は『脱ダム』のせいなのか!? 田中康夫の実践的『治水・治山』原論(『サンデー毎日』2019.11.17)(PDF)>田中康夫公式サイト( http://tanakayasuo.me/river