鹿島茂さんの『エマニュエル・トッドで読み解く世界史の深層』(ベスト新書543、2017年)を読みました。
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鹿島茂『エマニュエル・トッドで読み解く世界史の深層』
序章 人類史のルール
 エマニュエル・トッドとは何者か
 トッド理論のあらましを知る ~4つの家族類型といでおろぎー~
 トッド理論で世界の謎が解ける ~人類史のルール~

第1章 トッドに未来予測を可能にする家族システムという概念
 ①絶対核家族 「イングランド・アメリカ型」
  トランプ政権誕生は民主主義の理にかなっている
  トランプ当選をもたらした「絶対核家族」
  金銭解決に傾きやすい親子関係
  『リア王』と『ハムレット』は財産をめぐる相続劇
  過剰なグローバリゼイションによる疲弊
  イギリスのEU離脱を促した隠された理由
 ②直系家族 「ドイツ・日本型」
  EUの覇者ドイツ
  イエの支配者としての父親の権威
  東日本大震災でモラルの高さが賞賛された日本
 ③平等主義核家族 「フランス・スペイン型」
  土地よりも家具が大事
  フランス人がおしゃれになった理由
 ④外婚性共同体核家族 「中国・ロシア型」
  大帝国が誕生する条件 ~権威ある父親と平等な兄弟~
  大帝国が崩壊する兆し ~ソ連崩壊と乳児死亡率が語る~
  家族類型とイデオロギーの相関関係

第2章 国家の行く末を決める「識字率」
 トッドの家族理論はこうしてつくられた
 古い様式はいつでも辺境に保存される
 「土地の所有」が家族のかたちを変える
 人の運命はあらかじめ決められているのか?
 歴史を動かす最大の要素「識字率」

第3章 世界史の謎
 ①秦の始皇帝が焚書坑儒を行ったのはなぜ?
 ②ヴァイキングがブリテン島とフランスを襲撃したのはなぜ?
 ③十字軍エルサレム奪還が行われたのはなぜ?
 ④英仏百年戦争が起きたのはなぜ?
 ⑤ルイ14世が中央集権国家を築くことができたのはなぜ?
 ⑥フランス革命が起きたのはなぜ?
 ⑦イギリスで産業革命が起きたのはなぜ?
 ⑧ヒットラーが誕生したのはなぜ?
 ⑨世界初の共産主義国ソ連が誕生したのはなぜ?
 ⑩イギリスが失速し、ドイツがナンバー1になったのはなぜ?
 ⑪第二次世界大戦後、ドイツと日本が復興できたのはなぜ?

第4章 日本史の謎
 ①平安時代に藤原一族が権勢を誇れたのはなぜ?
 ②織田信長が延暦寺を焼打ちしたのはなぜ?
 ③「いざ鎌倉」の精神はどこから?
 ④徳川幕府が250年間も安定したのはなぜ?
 ⑤幕末の動乱が西南の地方から始まったのはなぜ?
 ⑥ヒーロー坂本龍馬が誕生したのはなぜ?
 ⑦海援隊や新選組が誕生したのはなぜ?
 ⑧明治政府が天皇を頂点に置いたのはなぜ?
 ⑨二・二六事件が起こったのはなぜ?
 ⑩太平洋戦争を始めたのは誰か?
 ⑪どんな占領軍でもしなかったのに、マッカーサーだけが行ったのは?

第5章 21世紀 世界と日本の深層
 ①2033年、中国が崩壊する日
 ②ロシアの安定はプーチンが独裁者だから?
 ③EUにとっての移民問題とは?
 ④EUは二つに分けるべきなのか?
 ⑤アメリカ平等主義は見せかけか?
 ⑥アメリカの黒人差別は終わらないのか?
 ⑦アフリカが近代化するためのカギは?
 ⑧最も近代化が遅れるのはイスラム圏?
 ⑨フランスでイスラム系テロが頻発するのはなぜ?
 ⑩日本の核武装の可能性は?
 ⑪日本会議はなぜ誕生したのか?
 ⑫直系家族・日本の人口減少社会に未来はあるのか?

第6章 こらからの時代を生き抜く方法
 現代日本の新たな葛藤
 下流スパイラルはなぜ起こるのか?
 「学歴はもはや収入に結びつかない」に騙されるな!
 日本の唯一の問題は少子化である
 教育費は無料に、そして教育権を親から奪え!
 シングルマザー救済運動のすすめ
 2100年以後の世界 ~幼年期の終焉vs資源の枯渇~

あとがき
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 かつてはモルガン学説のように人類は昔は大家族だったものが時代が経つにつれて核家族に変わってきたと考えられていた。しかし近年ケンブリッジ大学のグループによる調査で、英国では12世紀までさかのぼっても核家族しか見られないことが判明し、人類の家族は最初から核家族だったと主張されるようになった。ところがトッドの調査によりドイツやロシアには昔は複合家族・大家族が存在していたことが分かり、トッドはケンブリッジ大のグループと袂を分かつことになる。
 このようにトッドの学問は家族形態に関するものなのであるが、そのスタートにあったのは別の疑問だった。つまり人類の人口の変遷である。人類は長らく多産多死型社会だったけれど、やがて少産少死型社会へと移行する。ふつうに考えれば、栄養が悪くて医学も未発達だった時代には多産多死型社会になるしかなく、栄養が良くなり医学も発達すれば少産少死型社会に移行するという図式が思い浮かぶ。ところが、実際は少死になってもしばらくは多産のままに社会は続くのだという。その時に人口の大幅な増加が起こるのであり、今でもアフリカはそのような状態にある。
 ではいつ(なぜ)少子化が始まるのか。トッドによれば、子供の数を左右しているのは女性の識字率である。女性の識字率が50%を超えると少子化が始まる。また、男性の識字率が50%を超えると革命や大変革など大きな社会的変動が起こるという。
 さらに、女性識字率を決めるのは、家族システムだという。
 そこで家族システムの話となる。従来は家族というと核家族か大家族かという区別しか考えられていなかったが、トッドはそこに遺産相続システムという要素を導入した。つまり兄弟の平等・不平等ということである。これによって家族は4つのタイプに分類される。
 1.絶対核家族(イングランド・アメリカ型)
 結婚した男子は親と同居せずに独立。相続は1人だけで、兄弟平等ではない。子は早く独立するから親子関係は権威主義的ではない。教育には不熱心(子供の早期独立を促すから)だが、女性の識字率は比較的高い(兄弟の不平等は姉弟・兄妹にとっては平等を生みやすい)。
 2.平等主義核家族(フランス・スペイン型)
 1と同じく子供は早くに独立するが、相続は兄弟間で平等である。親子関係は権威主義的ではない。教育には不熱心で、兄弟が平等である分、女性(姉妹)の地位は低い。
 3.直系家族(ドイツ・日本型)
 結婚した子供の一人(多くは長男)が親と同居するのが原則。親子関係は権威主義的。教育熱心で女性の識字率も高い。
 4.外婚制共同体家族(ロシア・中国型)
 男子は長男・次男を問わず結婚後も親と同居。したがってかなりの大家族となる。父親の権威は大きいが、財産は平等分与なので、父の死後息子たちは独立して家を構える。マルクス・レーニン主義による共産主義国家を生んだのはこの家族型である。教育には不熱心。女性の地位は低く、識字率も低い。
 以上の、例えば4を見れば分かるように、家族の形態は共産主義革命の成否ともつながっており、それだけ大きな、単なる家族類型にとどまらない影響力を持つ、というのがトッドと著者の主張である。また、「そんなこと言っても先進国は今は核家族が主流でしょ」という異議に対しては、こうした家族パターンは、組織を作るときにも影響を及ぼすとされる。つまり社会のあり方そのものを規定しているということである。(後略)
※村山晴彦さんの「エマニュエル・トッド氏の予言(その2)」(京都総合経済研究所『経済TOPICS』2017年1月号から)
 エマニュエル・トッド氏は、世界の家族構成は、大きくは四つの類型に分かれるとしている。親子関係が「権威主義的」か「非権威主義的」か、つまり「子どもが結婚後にも同居する」か「結婚後は別居する」か、ということと、(子である)兄弟関係が遺産相続において「平等」か「不平等」かである。「この二つの変数をX軸Y軸に配すると、一見似たものどうしに見える家族の違いが、すっきりと四つに分類される」という。
 親子関係が「権威主義的」で、(子である)兄弟関係が遺産相続において「平等」なのがロシア、中国、フィンランドなどの外婚制共同体家族である。男子は長男、次男の区別なく、結婚後も両親と同居する。このためかなりの大家族になる。父親の権威は強く、兄弟たちは結婚後もその権威に従う。ただし、父親の死後は、財産は完全に兄弟同士で平等に分割され、兄弟はそれぞれ独立した家を構える。トッド氏は、こうした父親の強い権威と兄弟間の平等がロシア・中国型の共産主義(スターリン型共産主義、一党独裁型資本主義)を生んだと考える。このような家族形態では、男の兄弟は平等でも、女性はそこから排除されるため地位は低く、多くの場合、女性の識字率は低い。教育への関心も低いという。なぜ(子である)兄弟が平等かというと、彼らはもともと遊牧民であったためだという。遊牧民は家畜を伴って草原を移動し、短期間の定着を繰り返すため、父親がリーダーとなり、兄弟が平等で協力することが合理的であった。戦争の際には大人数のため有利であった。遊牧民は土地を持たず、家畜や移動用のテント、家財、武具などが財産のため、分割は容易である。そうであるなら、このような家族形態の中国やロシアが民主主義的な国になる可能性は低いことになる。
 同じように親子関係が「権威主義的」でも、(子である)兄弟関係が遺産相続において「不平等」なのが日本、韓国、北朝鮮や、ドイツ、オーストリア、スイス、ベルギーなどの直系家族である。親の権威は永続的で、親子関係は権威主義的、兄弟は不平等で、財産はその中の一人(多くは長男)に相続される。次男以下と女子は相続に与れないか、財産分与を受けて家を出る。長男の嫁は、未婚の兄弟姉妹に対して権威を持つことが求められるため、結婚年齢が高く、長男とあまり年の差がない女性が選ばれる。なぜ、(子である)兄弟が不平等になるかというと、農耕とそのための土地所有が関係していた。ドイツの例で言うと、ドイツの中南部の地方は山間で、平地が少なく、農地が限られていた。そこで農業を始め二代、三代と続くと農地の分割相続が難しくなる。このため、1000 年頃には一子相続という方法がはじまったという。
 直系家族は教育熱心で、代々施される知育、教育は主として長男の嫁をキーパーソンとして、家庭内に蓄積されてきた。鹿島教授の言葉を借りれば「ドイツが、二度の世界大戦で敗者となり、また、再統一という試練があったにもかかわらず、さして間を置かずにヨーロッパの覇者となりえたのは、直系家族が大切にしてきた教育熱心さ、知識への信頼」にあったという。
 親子関係が「非権威主義的」な形態でも、(子である)兄弟関係が遺産相続において「平等」か「不平等」か、で2つに分かれる。前者が平等主義核家族、後者が絶対核家族である。
 平等主義核家族においては、子どもは早くから独立傾向を示し、結婚後に親と同居することはまずない。親の権威は永続的でないため、識字率は低く、教育への関心も低い。遺産は兄弟間で完全に平等に分けられる。フランスのパリ盆地一体、スペイン中部、ポルトガル南西部、イタリア南部、中南米などがこの家族形態で、ルイ 16 世王政に反対したフランス革命は、平等主義核家族のパリ盆地の民衆が起こした。「人間は生まれながらにして自由かつ法の前で平等である」との人権宣言はこのような家族形態がフランスにあったから実現した。フランスのパリ盆地は肥沃で平坦な地域だが、広大な耕地は領主貴族や大ブルジョワが保有し、農民は小作料を払って土地を借りていた。このため財産としての土地を子に受け継がせることができなかった。そこで農具、工具、家畜、食器、家具、衣服などが遺産として平等に分割された。これらの動産を平等に分割するためのオークションも古くからあったという。フランス人がおしゃれなのも、衣服や靴、帽子などが換金性の高い商品であったことと無縁でないというから面白い。
 親子関係が「非権威主義的」で、(子である)兄弟関係が「不平等」なのが絶対核家族で、イングランド、アメリカ、オランダ、デンマーク、オーストラリアなどがこの形態だという。結婚した男子は親とは同居せず、別の核家族をつくる。このため、親の権威は永続的でない。親の財産は兄弟の中の誰かに相続されるが、遺産などで明確にされないときには相続をめぐってしばしば争いが起きる。不平等が前提のため、競争意識が強く、それが資本主義、自由主義を生み出すエネルギーになった。子供の早期独立が推奨されるため、教育には熱心でなく、識字率も低い。イギリスが生んだ偉大な劇作家・シェイクスピアの「リア王」「ハムレット」「リチャード三世」などが財産相続をめぐる親子、兄弟間の争いをテーマにしているのも絶対核家族ゆえだという。イギリスで産業革命が起き、最初の資本主義国家になったのも、農地を持たない国民が簡単に農村を離れて工場労働者として賃金を得ることに抵抗感がなかったためだという。
 なお、この点は全ての家族形態に言えることであるが、たとえば地方に行けば直系家族が中心かもしれないが、東京に住む核家族の家庭では日本古来の直系家族の原理は働いてはいないのではないかというと、そうではないという。なぜなら、政府、官僚組織、政党、会社、學校、宗教団体、町内会、部活といったあらゆる集団が古くからある価値を保っているからだという。家では核家族でも、一歩外に出れば日本やドイツなどの場合には直系家族を前提にした仕組みや考え方に、ロシアや中国などでは外婚制共同体家族が前提の仕組みや考え方になっているという。
 このような分類を基準にすると、世界で起きている最近の出来事の多くも説明できるという。
 たとえば、アメリカでアングロサクソン系の白人労働者が中南米からの移民と対立し、トランプ大統領が当選したのも説明が可能だという。絶対核家族は教育に対して熱心でなく、低学歴、低収入になる傾向が強い。メキシコなどからアメリカにきた移民の多くはヒスパニックと呼ばれる人たちで、スペイン、ポルトガルの流れをくむ平等主義核家族である。彼らもまた教育に熱心でなく、低学歴、低収入になる傾向が強い。このため、労働市場で両者が完全に衝突してしまった。鹿島教授の言葉を借りれば「絶対核家族に内在する教育不熱心という要因がプア・ホワイトの社会的上昇を妨げ、更なる貧困の連鎖を生んでいるということがトランプ当選の真の理由」だという。
 イギリスのEU離脱も似たような話である。イギリスの白人労働者階級も教育に熱心でなく、移民との競合が起きてしまった。加えてEUは、経済的にも政治的にもドイツに握られている。ドイツは直系家族のためEU議会の運営も直系家族型にならざるを得ない。それは自由を大事にしてきた絶対核家族のイギリスには我慢がならないのだという。
 日本がかつてアメリカとの戦争に突き進んだのも、最近話題となっている「忖度」(そんたく)も直系家族と関係があるという。直系家族は父親に権威があることになっているが、実際には主体的な判断はほとんど行わず、皆が権威者である父親の意をくんで(忖度して)、それぞれがその意を実現する方向に向かって一斉に行動する。日本が太平洋戦争に突き進んだのも、大企業でさまざまな問題が相次いでいるのも、「最終的な意思決定者の不在」「意思決定機関の不能」にあり、「直系家族的組織の欠陥」であるという。
 エマニュエル・トッド氏が説く4つの家族形態にはそれぞれにメリットとデメリットがある。大切なことは、それぞれのメリットとデメリットを正しく理解したうえで、当面するさまざまな課題を考え、解決する際の「考えるツール」として上手く利用していくことではないだろうか。鹿島教授の著書「エマニュエル・トッドで読み解く世界史の深層」は、膨大なトッド氏の研究成果をわかりやすくまとめた好著である。
鹿島茂さんの個人事務所である鹿島茂事務所(株式会社ノエマ)は2017年7月5日、書評アーカイブWEBサイト「ALL REVIEWS(オールレビューズ)(https://allreviews.jp/)」をオープン。