書庫の整理をしていたら、2004年に発行された『グリーン・パワー』(森林文化協会)が数冊あり、7月号~10月号には四手井綱英さんの「山科からの通信」が掲載されていました。四手井さん93歳の里山論です。「里山について」「里山はどこを指すか」、「アジアの里山」、「これからの里山」というテーマで連載されたこの文章は後に『森林はモリやハヤシではない -私の森林論- 』(ナカニシヤ出版、2006年)の「Ⅲ 私の里山論」に収録されています。

四手井綱英『森林はモリやハヤシではない-私の森林論-』目次
I  私の森林生態学
森林生態系と林木育種/人工林と天然林/人工植林/糺の森の生態学的意義/秋田スギ林について/砂漠造林への序章/無計画な植林は環境破壊/北限のブナが活気づいていること/孤立したブナ林の復元はあくまで天然更新中心に/森林はモリやハヤシではない/森林と孤立木/林業用種苗の産地問題/小さな誤解/原生林/熱帯雨林/宇宙船地球号の森林生態学

II  私の自然保護と出会った人
自然保護に関して思うこと/自然保護雑感/じゃまなやつは殺せ/子供と環境/都市の自然/京都の自然/文化財としての環境保護/関西空港に関係して/司馬遼太郎さんと鋸,鉋考/上林盛二さんのこと/峰村助治氏(亀さん)と岡田長助氏(岡長さん)のこと/今西錦司さんの生誕100周年と豪雪地帯/二つの銀盃と神社の茅場/私は二度殺された

III  私の里山論
 里山について
  「里山」は私の造語か
  「里山」に行き着くまで
  裏木曽谷の「里山」

 里山とはどこをさすか
  里山の範囲
  里山の利用形態
  里山の環境
  欧州に里山はあるか

 アジアの里山
  熱帯アジアでは
  中国の里山ー敗戦前後の経験からー
  稲藁の利用について
  なかった藁製品
  低林について

 これからの里山

IV  私の林野庁時代――林業政策および林業経済
林業行政についての意見/私の現業官庁体験/大戦後の林業試験/私の考える林業経済

「「里山」という用語は、どうも私[四手井]が使い出してから急に、林業・林学関係者や自然保護関係者がよい表現法だと思って使うようになったものらしい。」(186頁)とあるが、「里山」は四手井さんの造語ではない。これについては、岡田航(おかだわたる)さんの「「里山」概念の誕生と変容過程の林業政策史」(『林業経済研究』63巻1号)に詳しい。かつて、「里山」という用語は森林生態学の四手井綱英氏が造語したという説(「この語はただ山里を逆にしただけで、村里に近いという意味として、誰にでもわかるだろう、そんな考えから、林学でよく用いる「農用林」を「里山」と呼ぼうと提案した……」)があったが、今日では「里山」は江戸時代の林政史料にしばしば登場していることがわかっている(2018年2月18日の記事)。四手井さんは「里山とはどこを指すか」で「「里山」は新しい言葉だ。昔あった言葉で、あたらしくよみがえった言葉であっても、私がどういう意味で使用しているかを、いちどはっきりしておきたい。私が「里山」と呼んだのは、…林業部門で古くから「農用林」と称していたのが一般の人にはわかりにくかったので、なんとか易しい表現に変えようとの意図からであった。したがって「農用林」が意味している農家の裏山で、おもに農家が直接暮らしに用いる木質材料はもちろん、農地が必要とする肥料の生産のための森林に覆われた山を指すつもりだった。」(193頁)
  里山の範囲
 別に厳格な科学的用語として作ったものではなく、はっきりした定義があって生まれたものでもないので、皆さんがそれぞれの概念で「里山」という用語を使っておられることに、私は異論を唱える義務も権利もないだろう。使用者がみずからその範囲を定義して使われればよいし、漠然とした一般用語として村里の裏山程度に思って使われても文句はないと思う。
 ただ、発案者としては、用いられる対象の範囲が、昔の農用林からあまり離れてしまうのもどうかと思う。とくに気になるのは、一般に林学でいう「低林」(ニーダーワルド)まで「里山」に含められると、いささか文句をつけたくなるのだ。
 低林は、伐採後、主として切り株から生じる萌芽で次代の森林が復活する天然萌芽更新の雑木林である。これは、薪炭林生産専用林で、純然たる林業の一部門をなしており、農業とは何ら直接の関係はない。山里の林業従事者が自家用の薪炭を生産しているのではなく、町に住む人々に販売する商品として薪炭を生産しているのだから、農用林、すなわち主として農地の肥料を生産している「里山」と混同することはできないだろう。(193~194頁)
四手井さんは、薪や木炭などの商品を専ら生産する薪炭林は林業を営む林であって、農業を営むための農用林ではないので、これを里山というのは同意できないという。四手井さんの「発案」以降、「里山」という言葉は広く使われるようになり、農用林や薪炭林にとどまらず、伝統的な農村環境、農村景観をさして「里山」が使われている場合もあり、「里地・里山」、「SATOYAMA」が使われている。それぞれの話者が「里山」という言葉で何を指しているのか吟味しなければなりません。