3  ドングリウォッチングの構成
  ●ドングリ会議
  ●ドングリの話をしよう
  ●根はどこから出るのかな
  ●スダジイの子ども
  ●スダジイの子ども
  ●スダジイの森を歩く
  ●スダジイの大木の前で  
    ドングリ会議
……三宅島には、ドングリをつけるクヌギやコナラ、カシの木が一本も生えていない。この島でドングリと呼べるのはスダジイの実だけだ。今日のテーマは、秋の森でシイのみをじっくり観察し、面白い発見をしたり、シイの実から森のしくみを考えることだ。(85頁)

[こうやすすむ『どんぐりかいぎ』(絵・片山健、福音館書店)を読む]
   ドングリの話をしよう
「ここで、ドングリを好きなだけ拾ってください。15分くらいたったら、声をかけますから集まってくださいね」
「みなさん!たくさん拾ったようですから、こちらのテーブルのある場所に集まってください」
「イスに腰かけて、テーブルに拾ったドングリを広げてください」
「たくさん拾った人がいますね」
「ひとつひとつのドングリを比べてみましょう。形や大きさはどうですか。色に違いがありますか」
   根はどこから出るのかな
「さて、地面に落ちたあとのドングリはどうなっているか、もう一度林の中で見てみましょう」
「あれ。なんか実から出ている。芽かなぁ?」
「みなさん。ちょっとこちらに集まってください。ここに面白いものがありますよ」
「ほら、このドングリからひもみたいな、白くて長いものが地面に伸びているでしょう。これなんだと思いますか?」
 観察会は知識を伝達する場ではなく、自然の中に潜む不思議を見つけ出し、自身の観察や推理によって答えを導く過程を楽しむ場なのだ。(97頁)
「芽かな?」「いや、根かもしれない」
「実から出ているこの白いものは、どこに伸びているの」
「みなさんも自分で、根が出ているドングリを見つけてください。根はドングリのとがっている側と丸まっている側のどちらから出ているかも調べてくださいね。それと、芽が出ているものを見つけたら教えてください」
   ●スダジイの子ども
「ところで、今年の春に出た芽があったはずですが、気がつきましたか?」
「昨年はドングリが不作の年だったので、芽生えが少なかったのでしょう。それにしても、葉をつけるまでに成長するものは意外と少ないですよね」
   スダジイの森を歩く
 ずっと同じ場所で、下ばかり見ていたので、飽きてきた子どもがいるようだ。これから少し趣向を変え、歩きながら観察を続けることにする。(102頁)
 ぼくを先頭に、一行は池に向かう遊歩道を一列になって進む。今日は、参加者が多いので列も長くなる。ここまで、集中して観察を続けたので、リラックスした雰囲気が必要だ。観察会に詰めこみは禁物。集中はゆとりから生まれる。緊張とリラックスのメリハリを交互に保たせることが大切なのだ。参加者がお互い自由なおしゃべりができるように、全体への呼びかけはせずにゆっくり歩く。今日紹介したくて準備した観察項目は、あとふたつだけ。その場所に着くまで何も話す必要はない。(103頁)
 えぐれた部分の最も奥なので、落ちただけではこの場所に転がらないとすぐにわかる。一度道に落ちてから跳ね返ったとしても、かなり急な坂を上がらなければならない。林の中なので、強い風で吹き飛ばされたとは考えにくい。そうやって、自力で落ちた可能性を否定していると、「ヤマガラがくわえて運んできたドングリが、芽を出したんだよ」と子どもが答えた。(103~104頁)
「この芽生えは、ヤマガラの食べ残しかもしれませんね。それでは、ヤマガラがドングリを土の中に画す時、とがっている側と丸まっている側のどちらを先にして埋めこむんでしょうか」
「誰か、ヤマガラがドングリを隠すところを見たことはありませんか」
「それでは、推測するしかありませんね。もし、みなさんがヤマガラだったら、ドングリを土に埋めこむ時はどっちを先にしますか」
「ドングリにとっても、とがっている側が土の中にあれば、そこから根が出るので都合がいいよね。でも、本当のところはどうだろう? 確かめてみないとわからないね。これからヤマガラの行動に気をつけて、自分の目でドングリのどちら側を先に隠すか確かめてください」
 ぼくは、疑問はわからないままで残しておくことも必要であると考えている。気になれば自分で確かめたいと思うものだし、観察会の中だけですべてわかってしまうより、未解決部分がある方が、日常的に自然に目を向けるようになる。それが自然を見る目を養うことにつながっていくと思う。(105頁)
   スダジイの大木の前で
「これもスダジイです。こんな大きな木も始まりは一個のドングリでした。ほら、みなさんの足もとに落ちている実の一つですよ」
「毎年たくさんの実が落ち、その中から運のいいものだけが芽を出し葉を広げます。その中には、ヤマガラに運ばれ土の中に隠されながらも、食べられずに芽を出したドングリが含まれているかもしれません。でも、林の中には、小さいシイの木があまり見当りませんよね」
「何百年も生きられる木は、とても幸運の持ち主だと思います。たくさんんのドングリの中から、奇跡と言えるくらいの確率で生きている一個が、いま目の前に立つこの木です。そして、この木は多くの命を支えています」
 ここでは、小さなドングリを題材にしながらも、頭の中で自由に空想することで、時間と地理的な視野をぐっと広げられること。それから、スダジイが島にたどり着く過程を考えながら、自然を推理する楽しさとロマンを感じてもらいたかった。(112頁)
「じゃあここで、お一人ずつ、今日の感想を簡単に言ってください」
 いつも最後に、参加者から感想をもらうことにしている。これは、今日の自分への反省材料だ。参加者がどこに興味を持ち、何を感じたか、何が印象に残ったか、次の観察会に向けて参考になる話が多い。
 全員の感想を聞き終え、最後に一言。
「今日は、小さなドングリを通して、大路池のまわりの自然を見てきました。みなさんの家の近くでも、ちょっとしたことから、自然の面白さ、不思議がきっと見えてくると思います。家に帰ってから今日のことを思い出し、探してみてください。ありがとうございました」
 これは、ぼくの定番になっている終わりのあいさつ。自然観察は、観察会の中だけで行うものではない。本当は、日常生活の中で行うものだと思っている。それが、日々の暮らしをきっと豊かにしてくれるものだから。そうぼくは信じている」(113頁)