『陸生ホタル研』№85(2017年1月25日発行)に掲載されている小俣軍平さんの「「里山保全問題」について考える」を読みました。

1.はじめに
2.池の沢の自然環境
3.池の沢のホタル
   1)棲息分布
   2)種別の状況
      ①ゲンジボタル ②ヘイケボタル ③スジグロボタル ④陸生のホタル4種
陸生ホタルの4種は、丘陵部の二次林内、底地の杉の人工林の中に広く棲息しています。水生の3種とは異なり多発生することは有りません。6年ほど前までは、旧農道・遊歩道沿いで少数ですが目視で成虫・幼虫を見ることができました。6月にゲンジボタルの観察会で、明るいうちに自然環境を見てもらおうと、参加者を案内して農道・遊歩道を歩いていると、道端にオバボタル・ムネクリイロボタル・カタモンミナミボタルの成虫がしばしば飛翔していました。捕虫網で採集して、「これが陸生のホタルで・・・」と説明できました。しかし、現在は農道・遊歩道端ではこれらの陸生ホタルの成虫を見かける事は極まれになりました。なぜ見られなくなったのかよく判りませんが、一つ思い当たるのは農道・遊歩道の整備が進み、道沿いの植物のエンジンカッタ-による刈払いが毎年行われていることです。こうした刈払い作業は池の沢だけでなく、今では保全緑地や公園の整備、農作業などで、どこでも普通に行われていることですが、その結果が、土壌動物や陸生のホタルにどのように影響するのか不明のままです。もう一つの原因は、ここ7、8年池の沢では、ホタルの観察会を始め自然体験学習、八王子市の学習会等のイベントが開催され、日常的にもここを訪れる人の数が多くなっています。規模の小さい谷戸ですので、生物の多様性の基礎となる無数の小さな土壌動物(大人の片足の踏みつける小さな面積に、数千匹棲息しているという記録がありますscience window 2014 1-3 土と生命」)が、農道・遊歩道周辺から消滅している可能性が高いです。この問題が陸生のホタルが見られなくなってきている原因の一つになっているのではないかと思います。これもまた緑地・里山保全の重要な研究課題です。
4.池の沢の保全を巡り直面する問題
   (1)存在が判っても、保全対策が判らない(植物の場合)
最初に報告しました様に、池の沢には国・都から保全の対象に指定されている植物が26種もあります。そのためここでは、ホタルだけではなく池の沢のすべての生物を守って次世代に引き継いで行こうというのが合い言葉です。しかし、個々の植物についてどうしたら守っていけるのか、対象植物の生態が判っていませんので、具体手な手立てがみつからないままに試行錯誤しながら、手探りで以下の様な事をやっています。
・対象の植物が盗掘の恐れの無い場合、自生している場所周辺の刈り払いを行い囲いのテ-プを張り池の沢を訪れる人々に存在を知ってもらう(公開)。
・その植物の周囲を綺麗に刈払いする。しかし、囲いや標識は付けない(非公開)。
・盗掘される恐れのある種の場合、できるだけ人目につかないように自生地の周囲にバリア-を置き、安易に立ち入りできないようにする(非公開)。
・二次林内や湿地で刈払いをすると、今までその場所では自生していなかった植物が突然発芽して来る場合があります。その場合は、そのまま手をかけずにおいて、自立して増えて行くかどうか見守ります。発芽できたのだからそのまま自生して行けるのでは・・・?と期待しますが、多年草の場合でもその多くが3、4年出てきてその後はまた消滅します。なかなか定着できません

   (2)湧水の保全
丘陵地でも「谷戸」の場合、保全の最重点は湧水の維持です。池の沢の場合奥の湿地だけでも湧水のわき出し口が10箇所あります(赤丸印)。赤矢印の左側見えない所に3箇所あります。わき出し口は、いずれも丘陵地と湿地の境目です。
1:図【図がないとわからないので、図は本文のPDFファイルで確かめて下さい】
谷戸の湧水は、その谷戸の丘陵部の二次林・杉、檜の人工林を水源としているものと、もう一つ、多摩丘陵の様に大きな丘陵地になりますと、関東山地の西南端から続く、丘陵全体の水源となる共通した大規模な地下水脈があるようですが、今のところそうした研究資料、文献が見つかりません。それから、上記の1:図の湿地の場合、湧水の保全を巡ってもう一つ大きな問題があります。それは、2:図の模式図のように、昔は、ここは湿地では無く池でしたので、太線の所が水面でした。湧水のわき出し口の多くは水面より高い位置にあったようです。

2:図 湿地の断面の模式図【図がないとわからないので、図は本文のPDFファイルで確かめて下さい】
ところが、現在は長い年月がたち、池に大量の堆積物が貯まりカサスゲの群落を中心とする多様な植物の茂る湿地となっています。湿地の水面は点線のところです。湧水のわき出し口は、堆積物の貯まった水面の位置よりも低いところに埋没しています。堆積物の内容は、土砂を含むものの大部分は周辺の落葉広葉樹林からの落ち葉です。深さは2mくらいあり、下部は炭化し始めています。江戸時代に「底なし沼」といわれた時代には、池の周囲は草地かあるいは針葉樹林だったのかも知れません。現在気になるのは、湿地の水面が堆積物の為に年々上がり、わき出し口が埋もれて塞がり、湧水が別のところに逃げていってしまう事です。これを防ぐのには湿地の下流の方から堆積物を取り除く事ですが、これは人力だけでは無理ですし、また、取り除いた大量の旧堆積物をどう処理するのかも問題です。湿地の中にはゲンジボタル・ヘイケボタル・スジグロボタルが棲息していますし6種類の貴重な植物もありこれらは、発芽しないまま長期にわたり堆積した地中に残っている種子もあります。浚渫作業をする場合にこれらの保全をどうするのか・・・、見通しが立ちません。

   (3)持ち込まれ遺伝子的にかく乱されたゲンジボタル
池の沢のゲンジボタルは、遺伝子解析から見ますと、上述のように現在の所3タイプに分かれます。昔から棲息していた東日本型、人の手により持ち込まれた西日本型、東日本型と西日本型の交雑種です。持ち込みは、1970年代~80年代にかけて、市内の自然保護団体の手によるもので、取り付きを流れる殿入川のゲンジボタルを守る目的で行われました。私もその当事者の一人です。当時ゲンジボタルの遺伝子上の違いについてはまだ解明されていませんでしたので、他地域からの持ち込みが、市内のゲンジボタルに取りかえしのつかない重大な影響を及ぼすとの認識はありませんでした。今にして思えば痛恨の極みです。八王子市内で起きているようなゲンジボタルの持ち込みによる遺伝子のかく乱問題は、東京都下ばかりでなく関東地方でも同様に広く起きている問題です。しかし、この問題の処理に今後どう対応したらいいのか、現在の所まったく分りません。池の沢のような場合この谷戸についてだけみれば、数年かけて現在飛んでいる成虫をすべて捕獲して絶滅させ、その後、市内に残っている本来のゲンジボタルを採集し産卵・孵化させ幼虫を飼育して、放流する事は可能です。ただ、市内の主要河川である南浅川、北浅川の遺伝子的にかく乱されたゲンジボタルを、一時的に絶滅して入れ替えることはかなり難しい事です。そのため、これができないとすれば、池の沢のゲンジボタルを一時的に再生しても、水系がつながっていますので、今後、年月が経過すればいずれかく乱が再発すると思います。また八王子市内では、今は自然保護団体による持ち込みは無くなりましたが、ゲンジボタルの他所からの持ち込み放流は、色々な形で現在も行われています。その一つは特定の個人によるもので、一昨年も湯殿川で、6月に突然ある場所からゲンジボタルが多発生しました。驚いて地元での聞き込み調査をしてみますと、流域の住人がゲンジボタルの成熟幼虫を業者から自前でお金を払い購入して持ち込み、放流したようです。今から3~40年前は、ゲンジボタルの幼虫を育てて河川に放流するには、ホタルの生態についてある程度の知識と室内飼育をするための技を持っていないとできない事でした。しかし、今はインタ-ネット上でお金さえ払えば誰でも大量にゲンジボタルの成熟幼虫を業者からたやすく購入することができます。東京都・八王子市でもゲンジボタルの他地域からの持ち込みと放流を禁止する条例はありません。野放し状態です。放流した個人を特定して訪ねてみますと、当人は確信犯で、「自腹を切ってゲンジボタルの幼虫を購入し放流して沢山のゲンジボタルが飛び、地域の人々も大喜びしているのに何が悪いのか!」とこちらが叱られます。

   (4)多摩丘陵には西型のゲンジボタルが昔から棲息していたのでは・・・?
ゲンジボタルの持ち込みに関しては、もう一つ板当沢時代から陸生ホタル研に移行してまもなくからですが、多摩丘陵での生息地調査が進むにつれて気になる問題があります。丘陵地の成虫を採集して遺伝子解析をしてみますと、西型のゲンジボタルが棲息している湿地と東型のゲンジボタルが棲息している湿地があります。東京都では、これまで遺伝子解析で西型が出た場合には、すべて「持ち込まれたもの」として記録・処理されています。ところが、上記の池の沢のゲンジボタル問題と同じように、その湿地の在る谷戸の昔からの農家の方々は、「この谷戸の湿地にゲンジボタルを持ち込んだ事は無い」と、異口同音に否定されます。そしてこのような証言をして下さる方々は、私と同じ80才を超えてる方々で生存者がもうわずかになっています。私自身も、かつて多摩丘陵の湿地に棲息していたゲンジボタルを、文献記録に惑わされてもともと棲息していたものでは無く、汚染された河川から避難し逃げ込んだものと思い込み、とんでもない誤認をした体験が有るだけに、「これも?」と、大変気になる問題です。

   (5)里山保全とゲンジボタルの保全
全国各地で広く行われているゲンジボタルの保全活動の多くは、人の手による採卵・孵化、幼虫の人工飼育・放流とホタル観察会、それから幼虫の餌となるカワニナの人工飼育と放流・ゲンジボタルを飼育するための施設造りです。「池の沢にホタルを増やす会」の中でも、ゲンジボタルの保全に付いてはいろいろな意見があります。上記のように人の手を直接加えることによって、ゲンジボタルの発生数を増やすこともできるのだから、やるべきではないかという意見もあります。しかしこれまでの14年間は、直接人の手を加えるような取り組みはしてきませんでした。それはなぜだったのかといえば・・・・、
・池の沢での緑地の保全活動は、一言でいいますと、「池の沢に生息するすべての生物を丸ごと守り育てること」です。ゲンジボタルだけを守ることではありません。
・池の沢にどれだけのゲンジボタルが棲息できるのかは、ここの保全に関わる人間が人間の好みで勝手に決めることではありません。目に見えることはほとんど無い無数の菌類を始め、食べたり食べられたりの関係で、池の沢の生態系を守り生きているすべての生物の声なき声の合意が必要です。
・池の沢の多様な生物の発生状況を見ていますと、ゲンジボタルだけではなくすべての生物に、あるときは多発生し、翌年は減少するという風景は珍しい事ではありません。なぜ増えたり減ったりしたのか、池の沢の自然条件を検討すると、冬の降水量が極端に少なかったとか、夏の平均気温が例年より低かったとか・・・・、これではないかと思い当たる内容が見つかる事もありますし、その原因がさっぱり判らない事もあります。「池の沢に棲息するすべての生物を・・・」といえば、誰にも快く聞こえますが、いざ実現するとなると難しい問題が立ちはだかります。
・14年前には谷戸の奥のカサスゲの生い茂る湿地にも沢山のゲンジボタルが飛んでいました。しかし、今はこの湿地で一晩に見られるゲンジボタルの成虫の数は10匹~20匹程です。なぜ減少したのかと言えば、思い当たる事があります。この湿地には、絶滅の恐れのある植物が4種類在りました。ところが、これらの植物が花は咲かせるものの種子が実りませんでした。その原因を色々と検討した結果、最大の原因は、湿地を取り巻く周囲の落葉広葉樹がなにも手を付けられずに大きく成長し生い茂り、湿地の日射量が減少した為ではないかということでした。そこで、試行錯誤の取り組みの一つとして、八王子市にお願いして、湿地の周囲の落葉広葉樹を10本ほど伐採してみました。
・大きな変化が翌年早速起きました。湿地の奥のこれまでオオニガナが全く見られなかった所にまとまって40株ほど出現しました。それまで減り続けていたアギナシもこれまで見かけなかった所に7株自然発生しました。ミズオトギリも、眠っていた種子が目を覚まして発芽し、20株以上復活しました。これまで花が咲いても種子が付かなかった貴重種の植物にも種子が付きました。これは良かった、やはり日射量が影響していたのかと気を良くしました。
・ところが・・・・、マイナス現象も起きました。池の沢で永年昆虫類を中心に観察調査を続けている市民の中の一人、石垣博史氏から、「湿地周辺の木を切り倒したことで、この湿地に暮らしてきた暗い環境を好む昆虫類が一斉に姿を消した・・・、当然ゲンジボタルの発生数にも影響が出るのではないか・・・」という内容のメ-ルでした。石垣氏の予想は当たりました。「こちら立てればあちらが立たず」と言うことわざがありますが、本当に難しいものです。

   (6)激減したは虫類・両生類
14年前に池の沢にホタルを増やす会が生まれた頃には、夏に草刈りをしているとごく自然に、シマヘビ・アオダイショウ・マムシ・ヤマカガシなどを見かけました。アズマヒキガエル・ヤマアカガエル・ニホンアカガエル・シュレ-ゲルアオガエルも飛び出してきました。しかし、最近ではこれらの生物をまれにしか見かけません。奥の湿地に落ち葉が降り積もり水面が見えないようになってきたのでカエルの産卵場所がないのでは・・・というので、一つの対策として、放棄水田跡に20坪ほどの池を造ってみました。次の年からアズマヒキガエルとヤマアカガエルが早速やってきてこの池に産卵するようになりました。メダカも復活してきました。やれやれこれでひとまず良かったと胸をなで下ろしました。ところが、ここ2年ほど前から何者かがやってきて、産卵されたカエルの卵を孵化する前に、卵のうごと掬いとって持ち去る事件が起きました。人の目を避けて深夜に密かにやってきて盗るのだと思いますが、防ぎようがありません。

   (7)盗掘される植物
池の沢には26種の貴重な植物が見られますが、そのうちのランヨウアオイとサワギキョウが盗掘にあい激減したり絶滅したりしました。この両種を盗った者は、盗掘の跡からみて市民サイドのマニアの仕業とは思えません。と言いますのは、ランヨウアオイの場合掘り取った跡を丁寧に埋め戻し、はぎ取った腐葉土や落ち葉を敷き詰めてきれいに整地しています。サワギキョウの場合、絶滅しない様に最後の一株は残してありました。サワギキョウについては、市内の多摩丘陵で自生しているサワギキョウの苗を10株分けていただき再生の取り組みを進めています。植え付け場所を人目につかない奥の湿地から谷戸の放棄水田跡に切り替えて、「絶滅した貴重な植物の再生の取り組みをしています」と書いた看板も立てて公開したかたちで取り組んでいます。現在3年経過し問題はいろいろありますが、株数は50株をこえて順調に育っています。盗掘は今のところありません。

5.おわりに

池の沢の制札板
P2120010P2120008