7月11日に訪れた長野県上田市の半過岩鼻の崖には猛禽類のチョウゲンボウやハヤブサが営巣し、川原やまわりの田んぼ、堤防の法面、畑や水田、林縁をえさ場にして子育てしています。千曲川中流域のこのあたりには、チョウゲンボウの生存を支えるビオトープシステムが存在することを、桜井善雄さんの『川づくりとすみ場の保全』(信山社サイテック、2003年)から学びました。
 桜井善雄さんの著作に『水辺の環境学』シリーズ4册(新日本出版社、1991~2002年))があります。
   『水辺の環境学 生きものとの共存』 1991年
   『続・水辺の環境学 再生への道をさぐる』 1994年
   『水辺の環境学3 生きものの水辺』 1998年
   『水辺の環境学④ 新しい段階へ』 2002年

『水辺の環境学④ 新しい段階へ』の巻頭の「土木と生態が協働するテーブル」(11~21頁)で語られている「すみ場地図を基礎にしておこなう生態系保全の方式」は多自然川づくり活動だけでなく、市民の森保全クラブや岩殿満喫クラブの里山保全活動にも有益なものだと考えます。

土木と生態が協働するテーブル
 水辺は一般に、保全と再生を必要とするもっとも重要な野生生物の生息環境あるいは生息場所と言われている。わが国の国土の自然と人間による利用の特性を考えた場合、そのような水辺としては、小川や大きな河川の流路、川原および河畔地の草本・木本の植物群落、湖沼・ダム湖・池の沿岸帯、湿地、湧水とその周辺、水田およびそれに付随する溜池と用排水路、河口の干潟などがあげられる。
 このようなさまざまな水辺は、わが国の地形・地質、気候などの特性から、世界的にもまれにみる変化に富んだ自然景観をそなえており、その中に大小の多様な野生生物の生息場所、すなわちすみ場をもっている。
 しかし、このようなわが国の水辺の自然環境は、近年、とくに第二次世界大戦後になって、国、地方自治体、あるいは民間企業がおこなうさまざまな社会整備と開発の事業によって著しく変化し、野生生物の生息環境は、わが国のこれまでの歴史の中でかつてなかったほどの速度で、広い範囲にわたって消失し、または変化してきた。
 水辺は、陸地と水域が相接する場所である。自然の状態であれば、両者の間には程度の差はあれ環境のゆるやかな移りゆきがみられ、野生生物の成育・生息の条件が徐々に変化する推移帶(エコトーン)をつくっている。そこには湿生植物や水生植物、動物では、魚類、両生類はもちろん、環形動物、軟体動物、甲殻類、水生・陸生の昆虫類、鳥類、哺乳類などきわめて多様な野生動植物のすみ場が存在し、生物多様性の発達と維持にとって、きわめて重要な役割を果たしてきたのである。……
     [中略]
 水辺の自然環境の劣化が進行する一方で、その保全の施策にも、この10数年ほどの間に著しい進展がみられた。地方自治体や国の出先機関による小規模な保全事業もあるが、国の施策としてまずおこなわれたのは、国土交通省による「多自然型川づくり」である(通達は1990年)。その後も国土交通省は、河川の生物相の定期調査である「河川水辺の国勢調査」や維持流量の確保など、水環境の改善に前向きな施策を講じてきたが、1997年(平成9年)の河川法の改正によって、河川の環境保全が、治水および利水と並ぶ河川管理の目的の一つとして法的にも位置付けられることになった。
 さらに各種の事業が自然環境に与える影響を対象とする「環境影響評価制度」においても、生態系の保全を目的とする手法の検討が進められてきた。二、三の地方自治体は早くからこの面で先進的に取り組んできたが、国においても環境影響評価法の施行(1990年)にともない、水辺の環境を含めて、生態系に対する影響評価の理論と技術の検討が進められた。
 以上のような経過は、わが国のそれまでの状況に比べて、水辺の自然環境保全の分野においても著しい前進である。しかしながら、自然環境を改変するさまざまな事業から野生生物の多様なすみ場を保全しなければならない“現場”において必要とするのは、生態学的な理論や情報だけでなくーもちろんそれは重要であるが、保全すべき対象と、その場所でそれを改変する事業の両者の実体を、同じカテゴリーに属する情報としてつき合わせ、その事業を計画通りに実行した場合に失われるすみ場と保全しなければならないすみ場の、合理的な折り合い点を検討するための手法である。……(11~14頁、強調は引用者)

河川におけるすみ場の存在様式
 河川の流路とそのまわりの河畔地に生息する生物群集の構成種は、それぞれの正存のための要求をもっているが、群集の正存を支えている生息環境の全体は、個々の構成種のすみ場の単純な寄せ集めではない。体が小さく行動範囲が狭くて寿命が短い生物のすみ場の規模は小さいが、体が大きくて寿命が長い、あるいは植物連鎖の上位に位置する、季節的な移動をするなど、広い行動圏をもつ生物のすみ場は、当然その中に多くの下位の小さなすみ場を包含しながら、大きな面積を占める。このようなすみ場の総合的な存在の仕組みを「すみ場の階層構造」と呼ぶ。……(14~17頁)