24日に訪れた長野県上田市の稲倉棚田の稲架です。
鉄の脚で、稲束の上に稲束がかけられて二重になっており、太ってみえます。横棒は1本です。
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帰り道で見た群馬県高崎市倉渕町川浦の稲架です。
脚は木の棒で、3段に架けられています。横棒は3本です。4段に架けられているのもありました。

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※埼玉県内の稲架の呼称(9月24日の記事の続き):藤田洋三『藁塚放浪記』(石風社、2005年12月)には、脱穀前に稲を杭棒にかけて干す稲塚(掛け干しタイプ=稲架と、積み干しタイプ=稲塚を合わせたもの)の呼称としてボッチ、ハサ、ハデ、ハンデ、ハンデン、ハサボシ、ハザカケ、ヤライ、ヤライカケ、コイノロシ、ノロシコイ、ナガテ、オダ、マセ、イネカケ、木ヅルシがあげられています(76頁)。棒杭に刈った稲を掛け干しする乾燥方法は、841年(承和8年閏9月2日)の太政官々符「応設乾燥稲器事」によって奨励された記録があるそうですが、気候などの風土性や地域性に根ざした乾燥方法が各地で行われてきました。明治末期から大正時代にかけ、農商務省の指導の下に「稲架」が全国で奨励されましたが、刈ったイネをそのまま田にひろげて干す地干しも相変わらず続いてきました。現在では稲架が主流になっています。稲架の架け方や組み方は全国各地で異なっています。隣接している大字で異なることがあります。嵐山町の大塚さんのお話では、嵐山町大字古里と隣接する大字吉田では足の組み方が違うそうです。