2014年11月

『所沢の民具 2』「稲作とその用具」の目次

小さい農家であっても農業機械は一通り持っていて、それらがあるから、ウィークデイは高齢者主体、土・日は同居家族も加わって自家の田んぼや畑が管理できるというのが岩殿地区の農業の現状です。岩殿満喫クラブの今年の谷津田での稲作も岩殿・入山田んぼの会の皆さんの協力で岩殿C地区ではトラクタ、田植機、バインダー、ハーベスタを使って農作業をしました。手押しの耕運機(管理機)は田んぼに入るが他の作業機は使えない岩殿B地区の田んぼで作業をしていると、1960年代半ば以前、昭和30年代の機械化以前の米作に思いを馳(は)せることがあります。埼玉県内の市町村で発行されてきた市町村史の民俗編には機械化以前の農作業がまとめられているものがあり、それらを満喫クラブの農業に活かしていけたらと思って頁を繰っています。何かの時に思い出せるよう、目次や引用を読書ノートとして記事にしておきます。

  所沢の民具 2 稲作・茶作り編   所沢市史調査資料別集17  1994年3月発行
   編集 所沢市史編さん室  発行 所沢市史編さん室

  稲作とその用具
  1 稲作の概要
  2 稲作の行程
  3 稲作の用具
   (1)水利
    〈セキ(堰)〉
   (2)耕起・整地
    〈人力による耕起・整地〉
     マンガ(タマンガ・タウナイマンガ)
     エブリ(エボリ・イブリ)・ナラシボウ
     シビオシ
    〈畜力による耕起・整地〉
     牛
     マンガ(馬鍬)・クラ・ハナザオ・ハラオビ
    〈機械による耕起・整地)
   (3)クロツケ
     クロツケの方法と使用用具
   (4)苗間作り
    〈水苗代〉
    〈岡苗代〉
   (5)田植え
    〈苗取り〉
    〈苗運び〉
    〈苗振り〉
    〈田植え〉
     センビキ(線引き)・スジヒキ
    〈手植えの方法〉
    〈機械植え〉
   (6)ツミタ(摘田)
    〈ツミタの播種〉
     ツミタのスジツケ・ナラシボウ
    〈ツミタの利点と欠点〉
   (7)除草
     タノクサトリキ
     クサトリ
   (8)害虫・害鳥駆除
   (9)稲刈り
    〈刈り方〉
     フネ(舟)
     ウシ
     タゲタ
    〈運搬〉
    〈稲の乾燥〉
   (10)脱穀
     センバ
     リンテンキ(輪転機)
    〈ポーチ〉
     クルリボウ
    〈機械を使った脱穀〉
     脱穀機
    〈選別〉
    〈籾の乾燥〉
   (11)籾摺り
     カラウス
   (12)精米
     タチウス(立臼)
     ジンガラ(地唐臼)
     水車
     精米機
   (13)コメの保存
    〈種籾の保存〉

※大館勝治さん執筆。写真に加えて宮本八惠子さんの農具や農作業の図版がある。

籾すり、ブロッコリとカリフラワー収穫 11月29日

児沢家で籾すりをしました。玄米で30.6㎏です。
畑のカリフラワーとブロッコリをとりました。
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午後は石坂の森を歩く 11月29日

地球観測センターで昼食をすませ、NPO法人里山環境プロジェクト・はとやまのスタッフの皆さんのガイドで、石坂の森の谷津の休耕田の側を通る散策路を石坂の森駐車場まで歩きました。雨の中、短い時間でしたが生きものゆたかな石坂の森の魅力を体感できました。
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セラピーウォーキング、雨天のため午前で中止 11月29日

市民の森-地球観測センター-石坂の森-岩殿観音(坂東札所10番正法寺)-物見山で予定されていた『森の魅力発見!森林セラピーウォーキング』は、雨天の為、地球観測センターまでの午前の部で中止となりました。残念です。ガイドしながら、参加者の皆さんと会話して、今後の活動の示唆をえました。
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市民の森を安心感が高くリラックスできるウォーキングや森林浴を楽しんでもらえる場として整備し、散策する皆さんにガイドする、生きもの観察会や自然体験活動を企画する、さらに森林整備作業やモニタリング(調査・記録)活動に参加して活動することもセラピー効果、心身の癒し効果があることをアピールし、市民の森保全クラブの里山保全活動を広げていきたいと思いました。

市民の森を健康と癒しの森へ

明日行われる「森の魅力発見!森林セラピーウォーキング」の市民の森のコースのガイドを引き受けています。物見山駐車場からボッシュ林、谷津田、入山沼、市民の森保全クラブ作業エリア、尾根沿いの園路を通って地球観測センターまでご案内します。コースを参加者の皆さんと歩きながら、快適さを感じる場所・五感を刺激する場所(景観がいい・風が通りぬける・明暗の変化がある・日当たりがよい・視界が急に開ける・鳥の声が聞こえる・食べられる木の実があるなど)、セラピーポイントを確認し、保全活動に活かしていきたいと思っています。

千葉県のホームページの農林研究所刊行物のダウンロードページに、『里山公開講座 里山活動による千葉の森づくり Vol.5  健康と癒しの森づくり 1909年3月』があります。17頁のパンフレットです。

1 森の持つ癒し効果
   ちばの自然・風土を活かした森づくり
   森林セラピーとは
   森林セラピーの広がり
   明らかにされつつある森林セラピーの効果
  コラム1 ドイツの自然療法
2 健康と癒しの森づくりのポイント
   どんな森を目指したらよいか
   高齢者を対象としたポイント
   障害者を対象としたポイント
   幼児を対象としたポイント
3 健康と癒しの森づくり(計画編)
   セラピーコースの概要
   森づくりの流れ
   セラピーポイントの抽出
   整備計画の作成
  コラム2 私の原風景~脳裏に焼きつく雑木林~
4 健康と癒しの森づくり(実践編)
   目標林型と整備方法
   気持ちの良い森
   五感を刺激する森
   安心して散策できる森
   整備前後の森の変化
   整備後のフィードバック
  コラム3 船橋県民の森における癒しの森づくり
5 セラピー効果の測定
   セラピー効果の測定方法
   森づくり前後のセラピー効果
  コラム4 セラピー効果の測定指標
6 セラピープログラム
   五感を刺激するプログラム
   ストレッチや体操
   セルフカウンセリング
   その他のプログラム


その1 http://www.pref.chiba.lg.jp/lab-nourin/nourin/documents/satoyamaguide501.pdf

その2 http://www.pref.chiba.lg.jp/lab-nourin/nourin/documents/satoyamaguide502.pdf

その3 http://www.pref.chiba.lg.jp/lab-nourin/nourin/documents/satoyamaguide503.pdf

その4 http://www.pref.chiba.lg.jp/lab-nourin/nourin/documents/satoyamaguide504.pdf

詳細な研究は千葉県農林総合研究センター『特別報告第5号(2014)』の白井珠美「療法的活用を目的とした身近な森づくりに関する研究」でご覧下さい。

序章
 第1節 研究の背景
 第2節 研究の目的
 第3節 論文構成
第1章 森林が有する療法的効果
 第1節 本章の目的
 第2節 療法的効果の意味
 第3節 植物の療法的効果に関する研究
 第4節 森林の療法的効果に関する研究
 第5節 海外における自然療法と日本での展開事例
 第6節 小括
第2章 身近な森林の療法的効果の検証
 第1節 本章の目的
 第2節 コナラを主林木とする里山での療法的効果
 第3節 海岸林の療法的効果
 第4節 様々な里山景観における療法的効果
 第5節 小面積の里山が有する療法的効果
 第6節 季節の違いによる療法的効果の差異
 第7節 小括
第3章 療法的活用を目的とした森づくりの方向性
 第1節 本章の目的
 第2節 森林内の光・温熱環境と空間評価との関係
 第3節 森林療法に効果的な活動プログラムの検討
 第4節 森林療法を目的とした森づくり活動の試み
 第5節 小括
第4章 森林の療法的活用の定着に向けた取り組み(千葉県の事例)
 第1節 本章の目的
 第2節 森林療法を行う場所の確保に関する取り組み
 第3節 森林療法を担う人材育成とプログラム開発に係る取り組み
 第4節 森林療法の理解者および利用者を増やすための取り組み
 第5節 小括
終章
 第1節 本研究の総括
 第2節 今後の課題

摘要
引用・参考文献
謝辞
Summary

※森林セラピー、森林療法、森の癒し活動について
心身を回復に導く「森林療法」 上原巌氏 - こだわりアカデミー
『森の癒し』活動について - 千葉県森林インストラクター会
   FICは千葉県森林インストラクターの会(Forest Instructor Chiba)

セラピーウォークの下見 11月27日

DSCN076029日(土曜日)に、鳩山町・東松山市の共催で行われる「森の魅力発見!森林セラピーウォーキング」の市民の森散策コースを、片桐さん、渡部さんと下見しました。林内には石坂の森・市民の森の共通案内板が新たに立てられていました。
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ハナビラニカワタケ
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オトコヨウゾメの赤い実
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コシアブラの「紅葉」
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晩秋・葉の色が白くすきとおっていく

ハグロケバエの幼虫集団
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25日・26日の雨でひょうたん池にも水が入る 11月27日

25日、26日の雨でひょうたん池に水が入っていました。メダカの移動はしばらく延期です。
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快晴の岩殿風景 11月27日

2日間の雨が上がり、晴れ上がって紅葉が美事でした。
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其時を知て用事肝要也(案山子物語)

page-0001『津軽農書 案山子物語』の「時」と「制作」
  『地域資源の保全と創造』(全集 世界の食料 世界の農村 ⑨)(農山漁村文化協会、1995年)第3章「集約」と「循環」の資源活用システム -近世日本の歴史的経験-(佐藤常雄執筆)234~237頁より引用(下線は引用者)

 宝暦年間(1751~63年)前半の著作とみなされる『津軽農書 案山子物語』は、特異な近世農書で、浪岡五本松(現青森県南津軽郡浪岡町【→青森市】)の加茂社の氏子である山田某が、例祭のあとで夢見心地に現われた「白髪たる老翁」の啓示を聞いた夢物語の形式をとって記述されている。山田某は耕地の立地条件の悪い山沢のわずか二町ばかりの田畑を耕作する農民であり、農作業に熱心に取り組んでもいっこうにその成果があがらなかった。しかし、山田某は産土神に対する崇敬の念が厚く、神のおつげとして農業技術の改善を聞くことができたのであった。

 『津軽農書 案山子物語』の内容は、稲作の苗代づくりから年貢米上納までの一連の農作業、用水堰と農道の築造、豊年と凶年、農業気象などが論じられている。

 稲の脱穀は近世前期の段階では二本の竹棒を用いた扱き箸が利用された。しかし、元禄期(1688~1703年)には「後家倒し」という異名をとる千歯扱きが発明された。この異名の由来は、それまで扱き箸を使って主に女子労働に依存していた稲扱きが、千歯扱きの出現によって後家の仕事を奪ってしまったという比喩によっている。千歯扱きの構造は、横木に数多くの鉄歯を打ち並べたもので、その能率は扱き箸の10倍となったのである。千歯扱きの普及は稲の収穫後の農繁期の農業労働を著しく軽減させ、年間の農作物の作付体系をも変化させる波及効果の大きな農業技術の革新であった。

 しかし、『津軽農書 案山子物語』の農具論では、むやみに千歯扱きを使用することを強くいましめている。その理由は、千歯扱きは当然のことながら零細経営農民や日雇たちの農業の手間稼ぎの機会を奪うことになり、彼らをただ生活苦に陥れるだけでしかないというのである。

 水が高きから低きに流れるという重力の法則は、決してそのまま農業技術の移転にあてはめるわけにはいかない。つまり、先進的な農業技術の導入が、必ずしもその時点で、地域経済を豊かにするものではないという認識に立っているのである。

 『津軽農書 案山子物語』のキーワードは、「まつ(まず)日用、其時を知て用事肝要也」の「時」と「一村といへ共、其地所に随て制作すべし」の「制作」である。

 その「時」は寝る・起きる・食事する・喜ぶ・悲しむ・進む・退く・ほめる・罰するという一日の時であり、これに耕す・植え付ける・刈り取る、を加えた一月と一年の時であり、農民の生産と生活のリズムがこの時とぴたりと合わなければ何事も成就しないというのである。

 「制作」の語意は、定め作ること、詩歌や物語を作ること、絵画・彫刻などの作品を作ること、映画・演劇で作品を作って上映・上演すること、道具や機械などを作ることなどの意味がある。もちろん『津軽農書 案山子物語』の「制作」は、農民の自律的・主体的な農業の生産活動を意味していることはいうまでもない。しかし「制作」は、『耕作噺』【安永五年(1776)に陸奥国津軽郡堂野前村(現青森県黒石市堂の前)の中村喜時が著した近世農書】の「鍛練」と同様に、単なる食料というモノの生産にとどまらず、農民の日常生活をまるごと含む文化創造まで射程にはいっているのである。

 『津軽農書 案山子物語』という書名は、野にある案山子も手を抜いてつくれば、鳥の巣になってしまうが、上手につくれば鳥おどしの役割を果たすということからつけられたものである。つまり、その年の気候を考えることや肥料づくり、用水の掛け引き、土地のよしあしの判断などの農事にもよくあてはまることであり、農民は心をゆきとどかせて注意深く農業に従事しなければならないというのである。まさに丁寧なモノづくりの提唱である。

ヘアリーベッチをまく 11月25日

無名沼イ号堰堤下の奥に緑肥の「ヘアリーベッチ まめっこ」をまきました。
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※「ヘアリーベッチ まめっこ」の広告(『園芸ネット本店』HP)
ヘアリーベッチは土壌に窒素を固定する緑肥として利用されるマメ科の1年草です。草丈が低く地面を覆うように広がるので、遊休地の景観保全にも利用されます。和名はビロードクサフジです。アレロパシー作用(シアナミド)等により雑草を強力に抑制します。耐寒、耐雪性に優れたマメ科作物で地力増進効果が高いです。「まめっこ」はヘアリーベッチの中でも初期成育が抜群で、土壌被服力が強力です。4~5月に紫色の花が咲き、養蜂蜜源としても利用可能です。開花後は自然に枯れ、敷きワラ状になるので刈り取り不要です。果樹園の下草として、遊休農地や耕作放棄地などの秋~初夏の飛砂防止、耕土保全に最適です……(つづきは、→ http://www.engei.net/Browse.asp?ID=21456 )。

実は、ヘアリーベッチと一緒に春まきの「緑肥用ソルゴー」(ソルガム[モロコシ]の品種)も少しまぜてまきました。今、ソルガムをまくのは時期外れですが、来春、田んぼにしなければ、緑肥栽培も考えています。
以下引用:「農業分野では、ソルガムと呼ばれることが多いが、植物学的にはモロコシ、雑穀として販売される時はタカキビ、糖分が多い種類はソルゴーと呼ばれることが多い。学名は Sorghum bicolor。スーダングラス(学名:Sorghum sudanense、英名:Sudan grass)は、ソルガムの近縁種で交配可能であり、主に牧草として利用される。/糖用ソルガム(ソルゴー、sorgo)は、茎は多汁で甘いため、甘味料を得るために用いられてきたが、アブラムシが多く発生するので、それを食べる天敵も多く発生し、バンカープランツとしても利用されるようになっている。/…… 農林水産省試験研究機関におけるソルガムの分類・呼称は、「子実型ソルガム、兼用型ソルガム、ソルゴー型ソルガム、スーダン型ソルガム、スーダングラス」の5つに統一している……(続きは、→ 「ソルガム(ソルゴー)の栽培」[ ひでさんの『週末ファーマーによる自然農の野菜栽培』HP ])]

ソルガムの種類と利用形態 畜産技術情報ゆきたねネット(雪印種苗)より

無名沼イ号 11月25日

岩殿C地区の無名沼イ号です。落ち葉が溜まっています。
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目薬屋田んぼの畑地 11月25日

岩殿C地区の畑地です。サトイモ、ダイズなど植えました。
無名沼イ号の堰堤側(北側)。下から1、2、3、4左(手前)、4右(奥)と5枚あります。
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ボッシュ林側(南側)は2枚です。
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岩殿A地区の畑と田んぼ 11月25日

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田んぼにばらまいたレンゲが芽を出していました。「乾燥良好な肥沃土壌を好むので、排水不良地では高畝栽培……」、「水稲の立毛中に播く場合は穂波の上からバラまきする。乾田の場合は、1cm前後の覆土をして軽く鎮圧……」など栽培ポイントがかかれていますので、大きくなれるか心配です。
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ひょうたん池は水がなくなりそう。メダカは他所に移したほうがよさそうです。
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ライ麦をまく 11月25日

25日、26日と降雨の予報なので、児沢の下の畑のすみに、3条ほどライ麦をまきました。畑の敷き藁ようです。
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ハグロケバエはケバエ科? フルカ科?

ケバエは、ケバエ科と思っていましたが、昨日の市民の森の作業の時、『日本大百科全書(ニッポニカ)』(2001年、677頁)の解説を見せてもらいました。

フルカ ふるか / 古蚊 march flies
昆虫綱双翅(そうし)目糸角亜目原カ群フルカ科Bibionidaeの昆虫の総称。従来はケバエ(毛蠅)とよばれたが、系統上の取扱いから改称された。小形から中形のカに似た昆虫であるが、性的二型の発現が顕著であり、雌雄によって、頭部の形状や体の色彩が異なる。雄では複眼は大きくて合眼的で、頭部全体は大きく球状であるが、雌では複眼は小さく、離眼的であり、頭部全体は小さい。雄は黒色で、雌では赤褐色の種類がある。触角は短く、8〜16節、小腮鬚(しょうさいしゅ)は4節。はねは透明または煤(すす)色を帯び、縁紋は明瞭(めいりょう)、亜前縁脈は長くて一直線に伸び、前縁中央よりも外方で終わる。径分脈(けいぶんみゃく)ははねのほぼ中央から分出して分岐せず、中脈は2本のみ。はねの臀角(でんかく)はよく発達するが、はねの基部後方の翅片などは発達しない。脚(あし)は長く、腿節(たいせつ)は太い。脛節(けいせつ)末端には距棘(きょきょく)がある。成虫はしばしば群飛する習性がある。幼虫は有頭のウジで、気門は10対、各節に短い突起がある。落葉の中やその下の土中に生息する。[伊藤修四郎]

従来はケバエ(毛蠅)とよばれたが、系統上の取扱いからフルカと改称された
というのです。

綱:昆虫綱 Insecta
目:双翅(そうし)目
亜目:糸角亜目
群:原カ群
科:フルカ科

従来は、ウィキペディアのケバエの解説によれば、

綱:昆虫綱 Insecta
亜綱:有翅昆虫亜綱 Pterygota
下綱:新翅下綱 Neoptera
上目:内翅上目 Endopterygota
目:ハエ目 Diptera
亜目:長角亜目 Nematocera
下目:ケバエ下目 Bibionomorpha
上科:ケバエ上科 Bibionoidea
科:ケバエ科 Bibionidae

とあり、下位分類として、「伝統的には、ケバエ科はケバエ亜科 Bibioninae と トゲナシケバエ亜科 Pleciinae の2亜科に大きく分けられるが、他に Hesperininae 亜科を認める主張もある[3][4]。また、トゲナシケバエ亜科を独立の科(トゲナシケバエ科)として扱うこともある[5]ほか、Hesperininae 亜科を独立の科(ヒゲナガフルカ科)とすることもある。」と述べられています。

「フルカ」の項目のある『日本大百科全書(ニッポニカ)』は、2001年の出版です。ネットの記事では現在、「フルカ科」派は少数派で、あいかわらず「ケバエ科」派が多数派のようですが、実のところ、どうなのでしょうか。

※過去のケバエの記事:11月15日の記事11月11日の記事10月26日の記事

新しいチェンソー始動、昼食会 11月23日

市民の森保全クラブ定例作業日です。参加者は芦田さん、生田さん、澤田さん、細川さん、鷲巣さん、渡部さん、Hikizineの7人でした。危険予知活動表を使って今日の活動の危険ポイントと対策を点検し、作業を開始しました。STHIL社のチェンソーMS362(排気量54㏄の3.4㎾モデル、ガイドバー50㎝)でコナラとサクラを伐木。燃料・バー・チェーンを除いて5.9㎏あります。「重い」の声が上がりました。今後も活躍しそうです。
今日は昼食会を実施しました。ホタテごはん、パエリア、キノコ汁やサツマイモのデザートなどで満腹しました。今回も細川さんありがとうございました。生田さんの御嶽山の山小屋のボランティアの話から、会員の街道歩きや山歩きの体験談なども語られ、一段と親交が深まりました。昼食会は、準備や用意が負担にならないように役割を分担し、話がはずんでついつい時間を取り過ぎないように注意しながら、今後も適宜行っていきたいと思います。話を傾聴しているうちに写真は取り忘れてしまいました。昼食会の写真はありません。
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※危険予知活動
   →http://torack7.blog.fc2.com/blog-entry-522.html (『行列のできるトラック相談所』HPより)






刈り払ったメリケンカルカヤ焼却、ダイズにネットはり 11月22日

11月6日に刈ったメリケンカルカヤを半分位焼却しました。ついでに焼き芋も作って食べました。
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岩殿から運んで、軒下で干しているダイズにネットをかけました。
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赤米脱穀、唐箕で選別 児沢探検隊 11月22日

児沢探検隊の赤米の作業です。田んぼで脱穀し、唐箕やふるいで選別します。
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タナガリ・ベタガリ 滑川町水房

浅野明さんの『稲干しのすがた』(文芸社 2005年12月)にあるバラ干しの平干し(=ベタガリ)と棚干し(タナガリ)の話で、滑川町の水房(みずふさ)(嵐山町に接する市野川左岸の地区)の稲刈りの仕方です。

バラ干
 平干
……ベタガリと呼ぶのは埼玉県滑川町水房である。この地ではタナガリと呼び、四うね分の刈った稲を束ねず、となりの二うねの稲の上にのせて干すという棚干しが行われている。上にのせた四うね分の稲が乾き、取り入れたあとに残った二うねの稲、これを刈っても棚にする稲がないため束ねず田に寝かせて干した。これをベタガリと呼んだのである。ベタガリの稲は乾いたところで束ね脱穀した。……バラの平干しは古くから行われていたようで、正安元年(一二九九)に、奧州江刺郡にある祖父河野通信の墓前へ上人が詣でた所の場に、墓のかたわらの田の中、稲を伏せて干してあるのがみられ、乾田の所では古くからみられたようである。(18頁~22頁)
一遍上人絵伝聖塚
 一遍上人絵伝聖塚の図
 【岩手県北上市稲瀬町水越にあります】
……
 棚干し
 ヤチ田・ドブッ田などと呼ばれ、足が深くもぐるような田ではむずかしいが、少し水はけのわるい田などではタナガリなどと呼ぶ棚干しが行われていた。埼玉県滑川町水房ではタナガリと呼ぶものは五【ママ】うねの稲を刈ると、となりの二うねの稲を少し寝かせ、この上に刈った五【ママ】うねの稲を束ねずにのせる。こうして五うね刈っては二うねの上にのせられた稲は七日ほど置かれ、乾いたところで小束十把分を一まるけにしておき千歯で扱(こ)いだ。五【ママ】うねの台となった二うねの稲は刈っても台とする稲がないため、ベタガリと呼び、束ねず田に寝かせて干した。長野県浅科村上原ではタナガリと呼ぶのは、四うねを少し寝かせ、この上に五うねの稲を束ねずにのせる干し方。これをオオダナとも呼んでいたという。二うねを寝かせ、これに五うねの稲をのせて干すのをコダナと呼んでいたが、コダナは雨にあうとつぶれてしまうためオオダナが多く行われていたという。オオダナは少しぐらい雨が強く降ってもつぶれることはなかった。
 タナガリの行われていた頃の稲はアイコクであった、と浅科村ではいっている。アイコクは丈が短く棹が太く丈夫であったといわれる。そのようなことがタナガリという干し方を行わせることになったと思われる。アイコクは味はわるいが寒さに強く、粒が大きく収量の多い品種で、ドブッ田に合う稲であったことから、昭和初期まで各地で栽培されていた。浅科村でもアイコクでタナガリが行われていたのは、昭和八年頃までであったといわれている。滑川町では品種について聞くことはできなかったが、タナガリを行っていたのは昭和の初め頃までであったといわれ、水房でもアイコクによってタナガリが行われていたのであろう。(23頁~25頁)……

4うね分か5うね分か統一されていませんが、それを棚干し(タナガリ)して、2うねの稲の上にのせて干す。それが乾燥すると、千歯扱きで脱穀するために、結束して取り去られる。その後、台になっていた2うね分の稲を平干し(ベタガリ)して、田んぼの地面に寝かせて干す。棹が太くで丈夫であったアイコク(愛国)という品種の稲であったから、上にのせられた棚干しの稲の重さに耐えられたということです。

浅野明『稲干しのすがた』(文芸社 2005年12月)目次

浅野明さんの『稲干しのすがた』(文芸社 2005年12月、250頁)の目次です。
文芸社の電子書籍サイト ブーンゲイト BoonGateで35頁分の立ち読みと500円で購入ができます。
http://www.boon-gate.com/search_results?search=%E6%B5%85%E9%87%8E%E6%98%8E

  まえがき
  地干し
   バラ干し
   束ね干し
    穂上立て干し
    穂下立て干し
   積み干し
  掛け干し
   三つ叉稲架
   四つ叉稲架
   二叉稲架
   杭立て稲架
   立木稲架
   縄稲架
   万年稲架
   万年杭
   斜め稲架
   合掌稲架
   棒稲架
   小屋稲架
   軒下稲架
   枝稲架
  四国の稲干し
  九州の稲干し
  参考文献
  索引

目次によれば、稲の干し方は地干し掛け干しに大別され、地干しにはバラ干し束ね干し積み干しの3タイプがあります。

ダイズ収穫 11月19日

澤田さんと細川さんで岩殿C地区のタイズの収穫をして、児沢家に干しました。
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ダイズの収穫、もみすり、リース 11月18日

澤田さんと細川さんで、岩殿C地区の黒ダイズを根元から切って児沢に運んできました。
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ハーベスターで脱穀した籾(もみ)を籾すりして玄米にしました。18.3キログラム。
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細川さんが試作したリースです。
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稲刈りと乾燥 読書ノート

おいしいお米とはどんなものでしょうか。
ふくい米.comというサイトに「おいしいお米の条件」が出ていました。
 おいしいお米とは

  ①つやがある(透明感があり白っぽくない)
  ②ご飯粒はふっくらしている
  ③ご飯粒の表面がしっかりしている
  ④臭いをかぐと、ご飯特有の香がある
  ⑤口中に入れて噛むと、「じゅっ」と広がる淡い甘さがある
  ⑥粘りがあり、ご飯粒同志が付着している
  ⑦適度な軟らかさがあり、口中でほぐれる
  ⑧ご飯以外の異味や異臭がない
  ⑨パサついたり、硬かったりせず食べてもカスがない

というもので、おいしいお米になる条件は

  1品種
  2産地(地形・土質・水質)
  3生産者(栽培法・施肥・農薬・諸管理)
  4気象条件(気温・日照・降雨)
  5収穫
  6乾燥・調整
  7貯蔵
  8精米加工
  9炊飯

とあり、各条件について詳述されています。
例えば、乾燥・調製については、

 乾燥、調整も最近は機械化が進んできたが、注目すべき点は2点。仕上がりの水分である。15.5%をベストとすると、14%以下になると、どのようなよい品種でも、粘りが悪くなる傾向がある。また、16%を超えると、カビが発生しやすくなる。ちなみに、検査では15.9%以下であればOKとなっており、13%の1等米もある。逆に16%を超えると規格外になる。
 また、天日乾燥は風味もよく、おいしいとされる。しかし、最近では、かっこだけのはさ干しが多くみられる。つまり、はさ干しだけでは水分が均等にならないため、水分調整が大変難しく、調整乾燥を機械でする農家がほとんどである。また、はさ干しのお米は胴割れや、発芽しやすく、その点を考えるとお奨めは出来ない。(おいしいだけならいいのだが、品質がついてこない)因みにおいしさだけから言うと、1番 天日乾燥、2番 屋内ハウス内太陽光循環システム、3番 除湿乾燥機、4番 送風乾燥機、5番 低温乾燥機、6番 高温乾燥機となる。2番の、 屋内ハウス内太陽光循環システムは設備投資が大きく、また、効率が悪く、時間が掛かるため余り普及していない。また、整粒と比較すると未熟粒はタンパク質含有量が高いため、整粒歩合が低下するにつれ、タンパク質含有量が高まる傾向がある。

と論じられいます。

以下、大舘勝治さんの『田畑と雑木林の民俗』の91頁からの引用です。
 稲刈り ……鎌での刈り方は、男は横に六株刈って一つかみにし、束ねて前進し、女なら四、五株刈って一つかみにし、根元の近くをマルキワラで結わえた。湿田の場合は直に置けないので、六株刈るうちの一列を株を高く残して刈り、その稲株に稲束の根元をかけておく方法が採用されていた。また、ソリなどと称する田舟の上で束ね、畦まで運ぶ方法も広く行われていた。
 乾燥 刈った稲は、乾田の場合はそのまま地干しにするが、湿田では稲架にかけて一週間くらい天日で乾燥させるのが一般的な方法である。以前は湿田が多かったので稲架にかけることが多かったが、暗渠排水を設けて乾田化すると、稲架にかける必要がなくなった。稲架にかけて自然乾燥した米はおいしいが、乾燥しすぎても米の味が落ちるといわれる。……

乾燥しすぎるとまずくなるということは経験的に分かっていることですが、来年度からは、水分計でチェックしていきたいと思いました。

田んぼのお礼のお米パック 11月16日

岩殿の田んぼでお世話になっている地権者、岩殿・入山田んぼの会の皆さんと、大東文化大学国際関係学部須田ゼミの学生・留学生向けのお米の小袋(2キロと3キロ)ができました。
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大東大須田ゼミ版シール
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入山田んぼの会版シール
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自然に親しむ会 市民の森-秋- 11月15日

ウォーキングセンターの事業「ネイチャーウォーク・自然に親しむ会 市民の森-秋-」に参加しました。物見山駐車場に集合し、3時間かけて市民の森・石坂の森の見晴らしの丘、満喫クラブの岩殿A地区の畑を廻り、正法寺で解散しました。ガイドは渡部さんで、紅葉には少し早かったですが、見晴らしの丘から富士山、畑ではモズの早贄(はやにえ)を見る事ができ、晩秋の里山の散策を満喫しました。市民の森の尾根づたいの園路にはハグロケバエの幼虫の集団が多数見られました。
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年度後半の伐倒作業を始める 11月14日 

市民の森保全クラブ定例作業日です。参加者は芦田さん、金子さん、澤田さん、鷲巣さん、渡部さん、Hikizineと、市みどり公園課のお二人で8名でした。
11月から、実生や萌芽したコナラが成長を続けられる明るい林床、日照が確保できる森林環境を回復するための間伐・伐木作業を行います。数十年から百年のスパンで、市民の森の森林環境の遷移を予想し、次世代、次々世代の市民に市民の森を残していくためには、今、何をしておくべきなのか、市民の森の「森林整備計画」作りが必要です。市民の森保全クラブは市民の森の未来、将来像を考えながら、森林環境のモニタリングと並行して、慎重に伐倒作業をすすめます。
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作業エリアには樹齢が50年に達するコナラもあり、今年度はガイドバー50㎝のチェンソーを新たに購入しました。
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※上下作業の禁止は斜面における全ての作業の鉄則!!
 兵庫県『森林ボランティア作業安全マニュアル(Ⅱ)伐倒・機械使用編

 兵庫県『森林ボランティア作業安全マニュアル(Ⅰ)基礎編

ユリ根・ラッカセイを仕分け 11月13日

岩殿の畑で掘りあげたユリ根と児沢の畑で収穫したラッカセイを仕分けて、袋づめできるようにきれいにしました。
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市民の森保全クラブの2014年度、これまでと今後の活動

■4月~10月の活動
 チェンソーなど使用した枯損木の伐採 4月11日(7人)、4月27日(8人)、5月9日(7人)
 刈払機・鎌を試用した下草刈り・林床管理 6月13日(7人)、6月22日(雨天中止)、7月11日(雨天中止)、7月27日(8人)、8月8日(5人)、8月24日(5人)、9月12日(8人)、9月17日(追加作業日、8人)、9月28日(7人)、10月10日(東松山市環境未来フェアの出展準備、9人)、10月11日(環境未来フェア。パネル展示(活動概要・作業写真など)、ネイチャークラフト配布、作業道具・ホダ木・クヌギ苗など展示。9名)、10月17日(追加作業日、昼食会、8人)、10月26日(7人、作業終了後、作業エリア隣接地の木障刈実施)。
 市民の森植物観察会 7月25日(講師2名、会員有志参加6名)

■前半の活動の特筆できる事
今年度、降雨の影響で2回の活動を中止の作業日がでました。さらに、身体不調・故障のため保全作業に参加できないメンバーが5名近くでている中で(会員数14名)、9月、10月に追加作業日を1日ずつ設定して、年度前半に予定していた、下草刈り、林床管理を計画通り達成できたこと。東松山市環境未来フェアに参加し、活動をアピールできたこと。冬季の照度・樹木調査に向けて、7月25日の市民の森植物観察会、10月14日・16日にフロラ調査を実施し、これまでの作業中心の活動に観察・調査分野の活動を加えたことです。

■11月~3月の活動 会員募集中
 チェンソーなど使用した間伐・伐木作業 11月14日(金)、11月23日(日)、12月12日(金)、12月28日(日)、1月9日(金)、1月25日(日)、2月13日(金)、2月22日(日、キノコ駒打ち体験会に向けてホダ木準備)、3月13日(金)、3月23日(日、キノコ駒打ち体験会の予定)

参加者募集
 落ち葉掃き体験、堆肥場、焼き芋づくり 市民の森保全クラブ+岩殿満喫クラブ  1月17日(土、岩殿・物見山駐車場に午前9時集合、参加費無料)

ソラマメ、インゲンまきの準備 11月12日

夏にキュウリ、ナス、,トマトを育てた上の畑の跡地を耕運して、そらまめ、インゲンがまけるようにしました。
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物置外側の棚の整理 11月12日

児沢家の物置の外側の棚を整理しました。大塚さんから借りている稲架棒、稲わら、薪を置いています。
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刈ったササの始末 11月12日

岩殿A・B地区の田んぼの木障になっている西側の林のアズマネザサを通路西側から刈り取った場所である通路東側に積み直しました。B地区で枯草を焼却する時、一緒にもしてしまうつもりです。
■通路西側
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■通路西側
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下の畑の耕運 11月11日

下の畑を管理機で耕いました。畑の石拾いや除草、クネ(垣根)下の除草、収穫したラッカセイの選別など、気がついたら昼食も食べずに3時半まで体を動かしていました。
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ケバエの幼虫 11月11日

園路でうごめくウジ虫の群れで紹介したケバエの幼虫です。児沢の下の畑にいました。

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岩殿B地区の様子 11月11日

岩殿B地区の写真です。大きく分けると4枚あります。
下から1枚目は、今年、田んぼに戻しました。元は2枚の田んぼだったようです。
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下から2枚目。ここも、昔は田んぼが2枚あった感じです。
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下から3枚目。
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下から4枚目。B地区の一番上(奥)です。
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3枚目、4枚目には、土壌の排水性、通気性を高めるために緑肥作物、セズバニア(マメ科)などを夏季、栽培するのも一案だと思います。

ユリネの掘りあげ 11月11日

岩殿A地区の畑のユリネ(百合根)を澤田さんが、掘りあげました。
大きいの小さいの、サイズはいろいろです。
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大きくなったものの平均が左、植えた時が右という感じです。
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市民の森案内板の工事

市民の森保全クラブの作業エリアにある四阿付近に「市民の森案内板」設置工事が行われていました。
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岩殿C地区の畑 11月11日

岩殿C地区の畑の現状です。作付けが行われなくなる前は、すべて田んぼでした。
下から1枚目。4月16日に植えたサトイモ4月24日にまいたアオダイズがあります。
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下から2枚目。5月14日の黒ダイズをまいた畑です。6月2日の様子です。
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下から3枚目。7月16日はこんな様子でした。
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下から4枚目。無名沼イ号の堤のすぐ下です。4月29日はこんな様子。
荏胡麻や雑穀をまきましたが、収穫は?でした。
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ブロッコリーを植える 11月11日

下の畑のタマネギのとなりにマルチを敷いて、関口さんが育てたブロッコリーの苗を植えておきました。
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イネの収穫・調製作業の機械化

今年の田んぼの作業は、6月23日田植機、10月20日バインダで稲刈り、10月29日30日ハーベスタで脱穀と、目薬屋さんの機械で作業を行いました。満喫クラブには田植機・バインダ・ハーベスタなど手持ちのものはありません。千歯扱きと足踏み式脱穀機をならべて脱穀作業をしてみれば、足踏み式脱穀機の力を納得しますが、ハーベスタとなると格別です。少ない人数で作業に追われ、天候に左右されてタイミングをはずしていることが多いので、機械が使えるところは機械で作業できれば……と思ってしまいます。


イネ収穫調製作業の変遷 『農作業学』(農林統計協会、1999年)309頁~310頁
 水稲収穫調製作業の機械化は、足踏み式脱穀機(pedal driven thresher)が開発されて脱穀(threshing)の作業能率が飛躍的に向上してからであり、その後は回転動力が人力から電動機や発動機に置き換えられ、選別(風選)装置も備えた動力脱穀機が広く普及した。しかし、そのほかの作業については機械化の進展がみられず、昭和30年代半ばまで人力主体の作業体系が続けられていた。昭和30年代に刈取作業の機械化研究が盛んに行われ、倒伏したイネでも立ちあげて刈取結束のできるバインダ(binder)が開発されてから、イネ収穫の機械化が一気に進んだ。バインダが市販された翌年には、早くもバインダと自動脱穀機を組合せたいわゆる自脱型コンバイン(head-feeding combine)が開発され、収穫調製作業の労働時間が大幅に削減されるようになった。

機械化以前の人力作業
 [刈取り]鎌・人力→[結束]人力→[乾燥]架干し・人力→[脱穀]脱穀機・人力供給→[天日乾燥]自然エネルギー→[籾すり]臼・人力→[俵]人力

1965年頭初
 [刈取結束]バインダ→[乾燥]架干し・人力→[脱穀]自動脱穀機→[籾乾燥]静置型乾燥機→[籾すり]全自動籾摺機→[袋詰め]人力

現在の共同乾燥施設利用の一例

 [刈取脱穀]自脱型コンバイン→[籾乾燥]循環型等乾燥機→[籾貯蔵]ビン(サイロ)



『農作業学』310頁の図7-6-1。出版されたのが1999年なので、現在は90年代末ということです。

見沼田んぼで「フナノ」見学 11月9日

さいたま市見沼区の見沼田んぼに、「フナノ」とよばれる家型のワラ塚ができあがったという朝日新聞の記事を見て、見学しました。
  →「ふなの作り」(『NPO法人見沼ファーム21』HPより)

高さ4m、幅5m、奥行き2.5mという大きなもので、使ったワラは約9トン(田んぼ9反分)だそうです。
「フナノ」という命名の由来はなんでしょう。他の場所にも「フナノ」という呼び方があるのでしょうか。
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人型のワラ塚もありました。
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※藤田洋三さんの『藁塚放浪記』(石風社)の179頁や、「藁塚の桃源郷を行く 韓国」(214頁~233頁)で紹介されている、佐賀県の白石平野でかって見られた家型藁小積、韓国・京畿道水原市などの家型藁積と同タイプで、す。同書で紹介されている『全国藁こずみ大会』は2008年、第10回で一区切りをつけ終了しています。
余談ですが、大会が開催されていた大分県宇佐市安心院町は、「日本のグリーンツーリズム発祥の地」(→『NPO法人安心院町グリーンツーリズム研究会』HP)だそうです。

岩殿の田んぼにもレンゲをまく 11月8日

岩殿A地区の下とB地区の田んぼにレンゲをまきました。
ここにも、児沢にあった足跡と同じものがありました。何でしょう。
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副蹄の跡がつけばイノシシ、なければシカだといいますから、シカでしょうか。
 →「痕跡から動物を特定する」(『鳥獣被害対策.com』より)
 →「イノシシとシカの捕獲の基本プログラム」(農林水産省『【改訂版】野生鳥獣被害防止マニュアル-イノシシ、シカ、サル 実践編 -平成26年3月版(PDF:9,398KB)』の一部)
 →「イノシシの足跡とシカの足跡の見分け方」(『山蟻狩猟日記』より)


これは足跡ではなく、田んぼに数ヶ所あった穴です。
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児沢の下の田んぼにレンゲをまく 11月8日

雨が降りそうなので、児沢の下の田んぼにレンゲをまいてみました。
探検隊の田んぼにあった二つに割れた蹄(ひづめ)のある足跡。下の田んぼ、上の奥の田んぼにもあります。下の田んぼには寝っ転がったようなくぼみまであります。偶蹄目(ぐうていもく)と言えば、イノシシ、シカ。どちらでしょう。
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児沢探検隊、赤米の収穫 11月8日

6月14日に田植えしたベニロマン(赤米うるち)が収穫がされて、干されていました。長いノゲが目だつイネです。
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第11回市野川クリーンアップ作戦 11月8日

吉見百穴前で行われて市野川クリーンアップ作戦に参加し、川の生きもの展示をしました。
下流の市野川橋付近と上流の市野川・滑川合流地点付近からもんどり網を改修し、入っていた魚を仕分けて水槽に入れました。ナマズが2匹とスジエビ、ヌカエビ、モツゴ、タモロコなど。昨年に較べて、水温が低く(14℃)、水位も下がっていたせいか網に入っていた魚の量も、種類も少なかったようです。ブルーギルやバスの外来魚はいませんでした。
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稲架棒の返却 11月7日

今年は稲架用の棒をいただいたり、借りたりして間に合わせました。
今日は、岩殿・入山田んぼの会の油屋さんと目薬屋さんから借りていた稲架棒をお返ししました。軽トラの荷台から稲架棒がおちないようにロープで「南京縛り」します。途中、入山沼のところは、カーブがキツイので軽トラの前後に張り出している横棒がぶつからないか要注意。道の上から被さってきている枝にかからないように慎重に運転して、九十九川沿いに下りました。
先ず、9月24日に油屋さんの田んぼから運んだ稲架棒。児沢の田んぼと岩殿A・B・C地区で使いました。
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10月20日のお借りした目薬屋さんの分。岩殿C地区で使いました。横木の竹が長いので、軽トラの荷台に足を立て地面に平行になるようにして運びました。
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油屋さん、目薬屋さん、ありがとうございました。
稲架棒は雨ざらしにすると傷んで使いものにならなくなるので、雨除けがある置き場の確保をめざします。片桐さんが上手に、荷台に稲架棒をロープで固定していましたが、ひもやロープの結び方の勉強会があるといいですね。

タマネギを植える 11月7日

タマネギの苗を買い足して、1畝分、苗を植えきり、マルチが風で飛ばないように、細い竹をマルチの上に乗せました。
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タマネギの苗を植える 11月6日

昨日、穴あきのマルチを張った畑に、タマネギの苗を植えました。330本です。1畝にはまだ100本以上足りません。収穫は5月から6月頃です。栽培にたっぷり時間がかかる野菜ですね。
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こういう機会と捉えて、鍬の上手な使い方や、畝のたて方を勉強していきましょう。

メリケンカルカヤを刈る 11月6日

児沢の上の畑の上(山側)に密生しているメリケンカルカヤを澤田さんが刈取りました。
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この角度からの写真は今まで撮れませんでした。
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午後、片桐さんが雨が降った時に山からの水がお隣との境界にある水路に流れ込むように溝を掘りました。
お疲れ様でした。来年、メリケンカルカヤがあった場所にはサツマイモを植えるかもしれません。
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ラッカセイ収穫・タマネギの畝たて 11月5日

残っていたモチの籾スリをしました。次にラッカセイの収穫。ネットをはずして掘り出してみると、カラスに掘られて全くついていないものもありました。
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午後から、農業用品を売っているお店をはしごし、レンゲの種を買いました。
夕方から児沢の下の畑で畝を立て、穴あきマルチを張りました。明日、タマネギの苗を植える予定です。
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稲の干し方あれこれ

イネを稲架にどう干しているのか、作業の合間に稲架の呼称や写真を撮って記事にしています。
有薗正一郎(ありぞのしょういちろう)さんの『農耕技術の歴史地理』(古今書院、2007年)の第8章「近世以降の稲の干し方の分布について」を読んだのでメモしておきます。

第8章 近世以降の稲の干し方の分布について
 第1節 稲の干し方3種類の長所と短所
   稲作の作業のひとつに、刈った稲の籾を干す作業がある。その方法はおよそ次の3つである。
    (1) 穂首刈りして、穂の束を干す方法
    (2) 刈り取ってすぐ脱穀して、籾を干す方法
    (3) 籾付きの稲束を干す方法

 (1)の穂の束を干す方法は、1枚の田に成熟期が異なる稲を混植して、成熟した穂から順次摘み取っていた時代には、もっとも合理的な方法であった。この方法は、穂首の摘み取りから乾燥までの作業時間を分散できるが、まだ籾が穂軸に付いている分だけかさばるので、籾を干す方法よりも広い面積を要する。穂首刈りした稲束の干し方については、農家の庭に持ち込んで地干ししていたとの説がある。
 (2)と(3)は、1枚の田に1種類の稲を作付して一斉に刈り取る耕作法が普及してから、広くおこなわれるようになった干し方であろう。(2)の籾を干す方法は、干す場所は小さい面積で済むが、広げた籾のうち、日が当たらない下の籾が乾きにくいので、上下の籾をかき混ぜる手間がいる。(3)の籾付きの稲束を干す方法には、稲束を田面に置いて干す地干し法と、稲束を立木または稲架(はざ)に掛けて干す掛け干し法がある。
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地干し法は稲束を干すための施設作りと片付け作業をしなくて済むので、手間はかからないが、水を落とせない田では乾かしにくい。掛け干し法は田の状態に関わりなく稲束を干せるが、稲束を干すための施設作りと片付けに手間がかかる。
 近世以降は、(2)か(3)の方法で稲の籾を干していた。そして、多くの地域では(3)の中の地干し法から地干し法と掛け干し法が並用される姿に変わっていったが、近代に入っても(2)の籾を干す方法をおこなう地域があった。しかし、(2)と(3)に含まれる方法のうちで、いずれが進んだ方法かという視点は適切ではなく、それぞれの地域ごとに、またひとつの地域内においても、田の条件に応じた干し方の使い分けが行われていたようである。(以上118頁~119頁から引用)

 第2節 近世の稲の干し方の分布
 第3節 近代の稲の干し方の分布
 第4節 地干し法がおこなわれた理由を考える

 第5節 なぜ掛け干し法は普及したか
 ……近世から近代にかけて、地干し法から掛け干し法に変わっていったということである。その理由は、掛け干し法は穂先が均等に空気に触れるために、地干し法よりも籾の水分含有率を揃えることができ、これが市場での米の評価を高めたからであろう。この動きの中で目立つのは、九州が一貫して地干し法だったことであるが、その理由はわからない。
 ただし、地干し法は逐次消滅していったわけでもなく、近世後半から近代にかけて、掛け干し法と並用されていたことも明らかになった。……
 現在の日本人の多くが稲刈り後の水田の原風景としてイメージしているであろう稲架による掛け干しの歴史は、たかだか200年ほどであり、かつ掛け干し法が卓越するようになるのは20世紀中頃のことなのである。

 ……近世後半から近代にかけて地干し法が掛け干し法と並用されていたのは、それなりに理由があった。
 第一に、近世には湿田が多かったとされるが、その多くは安定しない用水事情に対応するために田に溜った水を囲っておいた人為的な湿田であり、稲刈り前に水を落とせば、刈った稲束を田面に干すことができたと考えられる。干す作業が終わってから、また水を入れて漏れないように囲っておけばよいわけで、湿田でも稲束を干すことはできる。
 第二に、近世は現在よりも背丈の高い稲が多かった。したがって、逆さに掛ける稲束の穂先が田面につかないようにするには、稲架の横木を高い位置に設定せねばならない。また、近世から20世紀初頭までの日本人は現代人よりも背丈が低かったので、稲架の横木はもっと高い位置に見えたはずである。その横木まで稲束を持ち上げる作業を続けるのは、かなり苦痛である。さらに、掛け干し法は稲束を干すための施設作りと片付けの労力がかかる。地干し法ならば、背丈が低い人でも背丈が高い稲束を楽に扱えるし、稲束を干すための施設作りと片付けの手間がいらない。
 それではなぜ、近世後半から近代にかけて掛け干し法が普及し、地干し法と並用され、次第にその割合を大きくしていったのか。掛け干し法が地干し法よりも確実に稲束を干せるといる理由だけでは、説明しきれない。
 筆者は、営農を指導する側が掛け干し法を奨励または強制したからであろうと解釈したい。米市場で評価を得る方法のひとつが、穀粒中の水分を15%ほどに揃えることであり、それを実現させる方法が、籾粒を田面につけない掛け干し法であった。この視点に立てば、近世における地域の営農の規範が記述されている農書が掛け干し法を奨励し、近代に入ってからは地方の行政組織が掛け干し法を半ば強制したことの理由を、自ずと説明できるのである。そして、掛け干し法を奨励または強制された農民も、掛け干し法の効用を少しずつ体得するようになっていった。さらに、ここ100年ほどの間に、稲の背丈は低く、人の背丈は高くなるにつれて、人の目線から見た稲架の横木の位置が低くなったために、掛け干し作業を以前よりも楽におこなえるようになったことも、掛け干し法の普及を速める方向に作用した。
 こうして掛け干し法の割合が高くなっていき、20世紀中頃には掛け干し法が卓越するようになったというのが、筆者の解釈である。……(以上134頁~136頁から引用)
 
※図31と図32は、133頁にモノクロの写真で掲載されているが、本書カバーにカラー印刷されているのでそれを掲載します。
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図の説明:「図31 コシヒカリと在来稲の株丈」左がコシヒカリ、右が在来稲。女性の身長は150㎝。稲架に掛けると、この女性が稲束を掴んでいる位置が稲架の横木の位置になる。在来種は肩よりも高い位置に横木があるので、持ち上げて掛けることになる。(筆者撮影)
「図32 同じ高さの稲架に掛けたコシヒカリと在来稲の姿」左2列がコシヒカリ、右2列2種類の在来稲。右端の在来稲の穂先が田面に着いている。(筆者撮影)

(以上引用おわり)
横木を何段にも組んで、ハシゴを掛けて稲束を干し稲架がありますが、それはどういうわけなのでしょうか。機会があれば調べてみます。


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